インチェントロ(Incentro)は、ドイツの鉄道車両メーカーアドトランツ(ADtranz)が1998年に発表した超低床電車シリーズである。2000年フランスナントで導入され、アドトランツがボンバルディアに買収された後の2004年にはイギリスノッティンガムでも導入された。

フランス・ナントに導入されたインチェントロ AT6/5L

日本では、新潟トランシス(旧・新潟鐵工所)が2002年以降、ボンバルディアの協力を得てこのインチェントロの車体デザインを利用した超低床電車を製造している。

導入実績 編集

ダイムラー・ベンツ傘下のAEGの鉄道システム部門とスイススウェーデンの電機メーカーアセア・ブラウン・ボベリ(ABB)の鉄道システム部門が1996年に統合して発足したアドトランツ(ADtranz、本社:ドイツ)は、1998年になって、下記の7種の新型鉄道車両シリーズを発表した[1]

このうち、路面電車の「インチェントロ」は、アドトランツが製造する3つの車両シリーズ、「GTシリーズ」(別名・ブレーメン形)、「ユーロトラム(Eurotram)」、「バリオバーン(Variobahn)」を集約・一本化すべく開発された車両シリーズである[1]。100%低床構造の超低床電車であり、編成は台車のある車体と台車のないフローティング車体からなる[2]。台車には左右の車輪を繋ぐ車軸を省いた独立車輪を使用し[2]台車枠側梁先端部分にレール方向に主電動機を取り付けて特殊な継手かさ歯車によって車輪を駆動する[3]。設計はモジュール化されており、事業者の使用条件に沿って細かな仕様変更が可能である[1]

 
(参考)オーストリアリンツを走る「シティランナーII」

2001年5月、メーカーのアドトランツはボンバルディアに買収された[4]。ボンバルディアは買収前から「シティランナー(Cityrunner)」という100%超低床車のシリーズを開発しており[3]、アドトランツ買収後は車軸付き車輪の台車を履く「シティランナーII」を標準車とする方針を採った[2]。その結果、インチェントロの導入事例は下記の2件のみに終わった[4]。なお、車種整理によって2003年にボンバルディアの低床車は「フレキシティ(FLEXITY)」というブランド名にまとめられており、「シティランナーII」は「フレキシティ・アウトルック(FLEXITY Outlook)」のCタイプとして製造が続いている[4]

フランス・ナント 編集

 
車内の様子

インチェントロの初導入はナント都市地域交通会社(SEMITAN)が運営するフランスナントのトラムである[5]。形式名は「AT6/5L」で、5車体からなる両運転台車である[6]。当初の受注編成数は23で[3]、2000年6月に最初の編成がナントに到着した[5]。最終的に33編成が納入されている[6]。車両の主要諸元は以下の通り[6]

  • 形式名:AT6/5L
  • 車体数:5車体
  • 編成寸法:長さ36.4メートル・幅2.4メートル
  • 編成出力:45キロワット×8
  • 軌間:1,435ミリメートル(標準軌
  • 自重:38.9トン
  • 床面高さ:35センチメートル
  • 定員:239人(座席76人)
  • 最高速度:70キロメートル毎時

イギリス・ノッティンガム 編集

 
イギリス・ノッティンガムに導入されたインチェントロ AT6/5

ナントに続くインチェントロの導入事例は、イギリスノッティンガムにて新規に開業したノッティンガム・エクスプレス・トランジット(NET)である[7]。形式名は「AT6/5」で、ナントと同様5車体からなり編成両側に運転台を持つ[6]2004年3月の路線開業にあわせて15編成導入された[8]。イギリス国内では100%超低床車の採用はノッティンガムが初めてであった[8]。車両の主要諸元は以下の通り[6][8]

  • 形式名:AT6/5
  • 車体数:5車体
  • 編成寸法:長さ33.0メートル、幅2.4メートル
  • 軌間:1,435ミリメートル(標準軌)
  • 定員:200人(座席62人)
  • 最高速度:80キロメートル毎時

日本での展開 編集

日本の鉄道車両メーカー新潟鐵工所では、日本市場で超低床電車を販売するにあたり、アドトランツと業務提携して同社の超低床車ブレーメン形を導入する手法を採った[9]。具体的には、新潟鐵工所がブレーメン形の日本仕様の車体を設計・製作し、その車体にアドトランツから輸入した台車・電機品を艤装することで車両を製造する、というものである[9]。この手法によって1997年(平成9年)に熊本市交通局9700形が製造された[10]

新潟鐵工所による超低床車として、9700形に続いて2002年(平成14年)には岡山電気軌道9200形が製造された[11]。この車両も9700形と同様にブレーメン形を日本仕様向けに設計変更したものであるが、車体のデザインは別のものをとの地元の意向から、ボンバルディアの協力を得てインチェントロのデザインを利用している[12]。ただし足回りは従来のブレーメン形のままであり[11]、車体座席下に主電動機を装荷して駆動軸で車輪へ動力を伝えるという駆動方式である[10]。インチェントロのデザインの車体にブレーメン形の足回りを組み合わせたこの仕様を標準として、新潟鐵工所の鉄道車両事業を引き継いだ新潟トランシスによって以後も万葉線MLRV1000形(2004年)、富山ライトレールTLR0600形(2006年)、熊本市交通局0800形(2009年)、富山地方鉄道デ9000形(同上)、福井鉄道F1000形(2013年)、えちぜん鉄道L形(2015年)[13]宇都宮ライトレールHU300形電車(2021年)と同種の超低床車の製造が続いている[11]

脚注 編集

参考文献 編集

書籍

  • 服部重敬『路面電車新時代 LRTへの軌跡』山海堂、2006年。 

雑誌記事

  • 鉄道ピクトリアル』各号
    • 里田啓「『LRTワークショップ2000』とヨーロッパ最新の話題」『鉄道ピクトリアル』第50巻第7号(通巻688号)、電気車研究会、2000年7月、24-33頁。 
    • ダイムラー・クライスラー・レール システムズ日本(株)「アドトランツ社のプロフィール」『鉄道ピクトリアル』第50巻第7号(通巻688号)、電気車研究会、2000年7月、72-74頁。 
    • 金口恭久「ノッティンガム・トラムの現況」『鉄道ピクトリアル』第55巻第8号(通巻764号)、電気車研究会、2005年8月、102-106頁。 
  • 鉄道ファン』各号
    • 服部重敬「都市交通新世紀2 低床車両の動向1 システムカーの登場」『鉄道ファン』第43巻第5号(通巻622号)、交友社、2003年5月、120-125頁。 
  • 鉄道ジャーナル』各号
    • 服部重敬「ボンバルディアの低床路面電車FLEXITYシリーズ」『鉄道ジャーナル』第39巻第8号(通巻466号)、鉄道ジャーナル社、2005年8月、126-129頁。 
  • 『鉄道車両と技術』各号
    • 大野真一「日本における低床式路面電車の導入について」『鉄道車両と技術』第5巻第5号(通巻46号)、レールアンドテック出版、1999年5月、28-34頁。 
    • 大野真一「新潟鉄工におけるLRTの実現を目指した最近の動き」『鉄道車両と技術』第8巻第4号(通巻75号)、レールアンドテック出版、2002年7月、38-42頁。 
  • 『路面電車EX』各号
    • 堀切邦生「特集・リトルダンサーと日本の超低床車」『路面電車EX』vol.03、イカロス出版、2014年5月、3-20頁。 
    • 清水省吾「福井鉄道・えちぜん鉄道相互乗り入れ事業」『路面電車EX』vol.05、イカロス出版、2015年5月、123-126頁。