カルロ3世・ディ・サヴォイア

カルロ3世・ディ・サヴォイアCarlo III di Savoia, 1486年10月10日 - 1553年8月17日)は、サヴォイア公ピエモンテ公アオスタ伯、モーリエンヌ伯、ニース伯、キプロス王エルサレム王(在位:1504年 - 1553年)。通称イル・ブオーノil Buono:善人)。

カルロ3世
Carlo III
サヴォイア公
在位 1504年 - 1553年

出生 (1486-10-10) 1486年10月10日
フランス王国
シャゼ=シュル=アン
死去 (1553-08-17) 1553年8月17日(66歳没)
サヴォイア公国
ヴェルチェッリ
配偶者 ベアトリス・デ・ポルトゥガル
子女 エマヌエーレ・フィリベルト
家名 サヴォイア家
父親 フィリッポ2世
母親 クロディーヌ・ド・ブロス
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カルロ・ジョヴァンニ・アメデーオを数えずにカルロ2世と呼ぶ場合もある。フランス語名シャルル3世・ド・サヴォワCharles III de Savoie)。

生涯 編集

サヴォイア公フィリッポ2世と2番目の妃クラウディーナの間の息子で、異母兄フィリベルト2世が24歳で早世したため、その後を継いで公位に就いた。

1521年にポルトガル王マヌエル1世の娘ベアトリス(ベアトリーチェ)と結婚した。息子エマヌエーレ・フィリベルトに祖父の名マヌエルイタリア語名であるエマヌエーレを付けたことから、それ以降サヴォイア家の男子の名前にしばしばエマヌエーレと付けられることとなる。