カーニアン多雨事象

後期三畳紀の湿潤化現象

カーニアン多雨事象(カーニアンたうじしょう)[1]またはカーニアン湿潤化イベント(カーニアンしつじゅんかイベント)[2][3]は、後期三畳紀カーニアン期に約200万年間継続していた湿潤化現象である[4]後期三畳紀の前期、約2億3400万年前から約2億3200万年前まで継続した[5]。三畳紀にはパンゲア大陸が広がっており内陸部は乾燥していたが[1]、カーニアン多雨事象の時期には気候の湿潤化により砂漠から湿地への環境変化も見られた[6]。カーニアン多雨事象は複数の生物群の絶滅や多様化と時期が一致しており、その関連が考えられている[1]

カーニアン期の生物の変遷

原因 編集

原因としてパンサラッサ海での大規模火成活動が考えられている[7]。カーニアン階にあたる日本岐阜県坂祝町木曽川の河床から得られたチャートからはオスミウム同位体比の負シフトが確認されている。低いオスミウム同位体比は地下深部のマントル物質に特有であるため、このことから大規模な火成活動によりマントル由来物質が前期カーニアン期に地表へ供給されたことが示唆されている。また、コノドント化石と有機炭素同位体比層序からもこの火成活動の活発な時期とカーニアン多雨事象の時期が一致することが示唆されている[1]。噴火で放出された二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの作用により、地球気温は上昇し、それにより降水量の増大が起きたと考えられている[3]

当時の火成活動で形成された火山岩には北アメリカ大陸北西部のランゲリア洪水玄武岩や、日本の三宝帯ロシア極東のタウハ帯がある。当時は全大陸が1か所に集中していたため海洋も超大洋パンサラッサが形成されており、これらの玄武岩はかつて巨大火成岩岩石区を形成していたが、後のプレートの運動で各地に分散したと考えられている[1]

影響 編集

カーニアン多雨事象の基底では、陸上植物の分子化石や全有機炭素炭素の安定同位体比 (δ13C)が約4‰である[8]。また、コノドント燐灰石からは約1.5‰の酸素の安定同位体比(δ18O)が得られており、温暖化が示唆されている[9][10]

火成活動に伴い、その最盛期には海洋無酸素事変も発生していた[1]。また、大気中に放出された火山性ガスは降水に溶け込んで酸性雨として降り注ぎ、海洋表層の酸性化にも働いた[3]イタリア南部の深海では、炭酸塩補償深度(CCD)の上昇によって炭酸塩の沈降が停止したと考えられている[11]。こういった火成活動由来の環境変化が大量絶滅をもたらしたと考えられており[1]炭酸カルシウムの生成に関与する生物はカーニアン多雨事象の間に大規模な変動を受けた[12][13][14]。絶滅率が上昇した生物にはアンモノイド亜綱コノドント外肛動物ウミユリ綱がいた[4]

カーニアン期の陸上では、球果植物鱗竜類恐竜の爆発的多様化や哺乳類の出現があった。これらの生物は大量絶滅からの生態系回復に乗じて勢力を増したと考えられる[15][1][3]。また、カーニアン期には浮遊性石灰質プランクトンと現代型造礁サンゴも出現した[1]。炭酸イオンが多く溶存していた当時の海洋では、炭酸カルシウムが蓄積し、石灰質の殻を持つ生物が回復した[3]

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g h i 大量絶滅と恐竜の多様化を誘発した三畳紀の「雨の時代」 〜日本の地層から200万年にわたる長雨の原因を解明〜』(プレスリリース)熊本大学海洋研究開発機構九州大学千葉工業大学早稲田大学神戸大学、2020年12月8日https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2020-file/release201208-2.pdf 
  2. ^ 冨松由希、尾上哲治、⼭下大輔、野崎達⽣、⾼⾕雄太郎「パンサラサ海遠洋域における後期三畳紀カーニアンに形成した層準規制型マンガン鉱床の形成環境」『日本地質学会学術大会講演要旨』2019年、doi:10.14863/geosocabst.2019.0_559  
  3. ^ a b c d e 新しい「大量絶滅イベント」を発見!恐竜が勢力を伸ばしたきっかけが明らかに”. ナゾロジー. kusuguru (2021年1月27日). 2021年8月14日閲覧。
  4. ^ a b Simms, M. J.; Ruffell, A. H. (1989). “Synchroneity of climatic change and extinctions in the Late Triassic”. Geology 17 (3): 265–268. doi:10.1130/0091-7613(1989)017<0265:soccae>2.3.co;2. 
  5. ^ Furin, S.; Preto, N.; Rigo, M.; Roghi, G.; Gianolla, P.; Crowley, J.L.; Bowring, S.A. (2006). “High-precision U-Pb zircon age from the Triassic of Italy: Implications for the Triassic time scale and the Carnian origin of calcareous nannoplankton, lepidosaurs, and dinosaurs”. Geology 34 (12): 1009–1012. doi:10.1130/g22967a.1. 
  6. ^ マイケル・マーシャル「100万年以上続いた後期三畳紀の長雨」『Natureダイジェスト』第17巻第3号、Nature Research、doi:10.1038/ndigest.2020.200314 
  7. ^ 尾上哲治、マニュエル・リゴ「イタリア北部ドロミテ山塊の上部三畳系に記録された2度の湿潤化イベント」『堆積学研究』第77巻第1号、2018年、2頁、doi:10.4096/jssj.77.2  
  8. ^ Dal Corso, J.; Mietto, P.; Newton, R.J.; Pancost, R.D.; Preto, N.; Roghi, G.; Wignall, P.B. (2012). “Discovery of a major negative δ13C spike in the Carnian (Late Triassic) linked to the eruption of Wrangellia flood basalts”. Geology 40 (1): 79–82. doi:10.1130/g32473.1. 
  9. ^ Hornung, T.; Brandner, R.; Krystin, L.; Joachimski, M.M.; Keim, L. (2007). “Multistratigraphic constrains in the NW Tethyan "Carnina Crisis"”. New Mexico Museum of Natural History and Science Bulletin 41: 59–67. 
  10. ^ Rigo & Joachimski, 2010
  11. ^ Rigo, M.; Preto, N.; Roghi, G.; Tateo, F.; Mietto, P. (2007). “A rise in the Carbonate Compensation Depth of western Tethys in the Carnian: deep-water evidence for the Carnian Pluvial Event”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 246: 188–205. doi:10.1016/j.palaeo.2006.09.013. 
  12. ^ Keim, L.; Schlager, W. (2001). “Quantitative compositional analysis of a Triassic carbonate platform (Southern Alps, Italy)”. Sedimentary Geology 139 (3–4): 261–283. doi:10.1016/s0037-0738(00)00163-9. 
  13. ^ Hornung, T.; Krystin, L.; Brandner, R. (2007). “A Tethys-wide mid-Carnian (Upper Triassic) carbonate productivity crisis: Evidence for the Alpine Reingraben Event from Spiti (Indian Himalaya)?”. Journal of Asian Earth Sciences 30 (2): 285–302. doi:10.1016/j.jseaes.2006.10.001. 
  14. ^ Stefani, M.; Furin, S.; Gianolla, P. (2010). “The changing climate framework and depositional dynamics of Triassic carbonate platforms from the Dolomites”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 290 (1–4): 43–57. doi:10.1016/j.palaeo.2010.02.018. 
  15. ^ Jones, M.E.H.; Anderson, C.L.; Hipsley, C.A.; Müller, J.; Evans, S.E.; Schoch, R. (2013). “Integration of molecules and new fossils supports a Triassic origin for Lepidosauria (lizards, snakes, and tuatara)”. [BMC Evolutionary Biology 12: 208. doi:10.1186/1471-2148-13-208. PMC 4016551. PMID 24063680. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4016551/.