キャスリング(castling、キングの入城)は、チェスにおける指し手の一つである。キングルークを一手で同時に動かす特殊な動きのことを指す。

概要 編集

キャスリングは、キングをルークの方向に2マス移動し、そのキングを跨ぐようにルークを移動することによってなされる。キャスリングを行うためには、以下の条件が満たされていなければならない。

  1. キングが一度も移動していない。
  2. (キャスリングに関わる)ルークが一度も移動していない。
  3. (キャスリングに関わる)ルークとキングの間に敵味方いずれの駒も置かれていない。
  4. キングがチェックされていない。
  5. キングがまたぐマスと移動先のマス、そのいずれも敵の駒に攻撃されていない。
 
キングサイド・キャスリング
 
クイーンサイド・キャスリング

キャスリングの目的 編集

  • 初期配置で中央にいるキングは、敵の攻撃にさらされやすい。特に多くの駒が飛び交う序盤戦では、できるだけキングはチェスボードの隅側に配置した方が安全である。
  • 逆に両端のルークは、できるだけ早めに中央に繰り出す方が活躍させやすい。
  • キャスリングを行えば、この2点を一挙に進めることができる。このルールはチェスをよりスピーディーに、また面白くさせるために、14世紀から15世紀のヨーロッパで確立された。

キャスリングの基本 編集

キャスリングは一回のゲーム中に、一度だけ行うことができる権利である。非常に効率の良い手なので、殆どのプレーヤーが好んで使用している。しかし便利な反面、この手は守らなければならない条件(制約)も多い。

キングサイドとクイーンサイド 編集

白から見た版
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●:クイーンサイド ○:キングサイド
  • 白から見て、チェスボードの左側はクイーンサイド、右側はキングサイドと呼ばれている。
  • 白黒あわせて合計4つの場所で、チェスのキャスリングは行われる。
キングとルークの初期配置
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(まだキャスリングしていない状態)

注意点 編集

  • チェスのルール上では、必ずキング→ルークの順番に動かさなければならない。両手で2つの駒を同時に動かすことは禁じられている。
  • キャスリングは、あくまでも権利であって義務ではない。戦法や戦型によっては、あえてキャスリングしないで戦った方が良い場合もある。
  • あまりに早い段階でのキャスリングは一概に良いとは言えない。特に黒は、端を敵の攻撃目標にされ、却ってキングが危険になる場合も多い。
  • 左右どちらでもキャスリングできるような形にして、敵の戦型を見て決めるのも一つの手である。この場合は、キャスリングを行う前に攻め込まれないよう注意が必要である。

キングサイド・キャスリング 編集

(またはショート・キャスリング)
展開に必要な駒は2つで、キャスリング後のキングの位置が端に近い。ほとんどのオープニングではこちらが採用されているため、何もつけず単に「キャスリング」という場合は、通常こちらを指す。
 
Kingside castling: O-O
記号: 0-0(ゼロ-ゼロ)
またはO-O(オウ-オウ)[1]

クイーンサイド・キャスリング 編集

(またはロング・キャスリング)
展開に必要な駒は3つで、キャスリング後のキングの位置が中央に近い。こちらの長所は移動後のルークの位置。中央に近く、非常に効率的な形である。
また、キングサイドのポーンを攻めに使いやすくなる利点もある。特にfファイルのポーンを自由に動かせるのが大きい。
 
Queenside castling: O-O-O
記号: 0-0-0(ゼロ-ゼロ-ゼロ)
またはO-O-O(オウ-オウ-オウ)

キャスリングの条件と原則 編集

キャスリングに必要な条件 編集

チェスにおいて自分の駒を一手で2つ動かせる手は、 キャスリング以外に存在しない。キャスリングは義務でないが、殆どのゲームで白黒ともに高確率で行われている。しかし、その使用についてはいくつかの条件(制約)がある。

キャスリングできないケース1
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理由: キングが動いてしまった。
1.キングとキャスリングさせる側のルークが、ともに初期配置から動いてはならない。
一度でも移動させてしまった場合、たとえ元の場所に戻したとしてもキャスリングすることはできない。
特にキングを動かすと、そのゲーム中はどちら側にもキャスリングできなくなる。キャスリングに関係ない側のルークは、どんなに動かしても問題はない。
キャスリングできないケース2
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理由: ナイトが邪魔をしている。
2.キングとキャスリングさせる側のルークの間に、他の駒がいてはならない。
どちらの側のキャスリングも、駒を飛び越えて行うことはできない。邪魔をしている駒を全てランクから移動させると、キャスリング可能になる。
キャスリングできないケース3
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理由: 現在チェックされている。
3.キングが相手の駒に攻撃(チェック)されていてはならない。
キャスリングでチェックから逃れることは禁止されている。この場合、キングが移動する以外の方法でチェックに対処すれば、キャスリング可能となる。
また、攻撃されているルークをキャスリングで逃す手は特に問題ない。
キャスリングできないケース4
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理由: 敵駒の筋が効いている。
4.キャスリングでキングが通過するマスと移動先のマスは、いずれも敵駒に攻撃されていてはならない。
白の場合キングサイドはf1g1が、クイーンサイドはc1d1のマス、そのどちらかに敵駒の筋が効いているとキャスリングは不可能。この場合、敵駒の筋を一旦解消すれば、その間にキャスリング可能である。
ルークだけが通過するマスは攻撃されていてもキャスリング可能[2]

この他(通常は気にする必要はないが)、キングとルークが同じランクに存在する必要もある[3]

キャスリングの原則 編集

チェスのルール#公式戦でのルールとマナー」の2番目の項目、『「手」について』を参照のこと。

(1)2つの駒を動かす際に、両手を使ってはならない。必ず片手でキングから順番に動かす。
(2)キャスリングは、キングの動きの一つとされている。そのため先にルークを動かしてしまうと、キャスリングの動きとはみなされない。
公式戦では先にルークに触れてしまうと、キングは初期の配置に戻さなければならない。ルーク単独の動きとみなされ、そのゲーム中は手が触れたルーク側へのキャスリングの権利が失われてしまう。

この(1)と(2)は国際チェス連盟において、公式なルールとされている。

よくある誤解 編集

  • キングがキャスリングの数手前にチェックを受けていても、キャスリングは可能である。キャスリングの際にチェックを受けていなければ問題ない。
  • キャスリングしない側のルークはもちろん、キャスリングする側のルークも敵の攻撃の有無は関係ない。ルークが攻撃を受けていても、キャスリングは可能である。
  • キャスリングする側のルークが通過するマス[2]も、敵の攻撃の有無は関係ない。現在敵駒の筋が効いていても、キャスリングは可能である。
  • キャスリングによって、ルークで敵のキングをチェックあるいはチェックメイトすることもルール上は問題ない。

キャスリングの実戦例 編集

実戦におけるキャスリングは、次のような形になる。これらはあくまで一例であり、他にも様々な形がある。

キャスリング直前
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キャスリング直後
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白のキングサイド・キャスリングの一例

キャスリング直前
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キャスリング直後
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白のクイーンサイド・キャスリングの一例

キャスリング直前
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キャスリング直後
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黒のキングサイド・キャスリングの一例

キャスリング直前
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キャスリング直後
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黒のクイーンサイド・キャスリングの一例

キャスリングに関係した用語 編集

オポジット・キャスリング
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シシリアン・ドラゴンの例

オポジット・キャスリング 編集

  • 英語の「opposite castling」を指す。白黒互いのプレイヤーが、反対の側へキャスリングを行うこと。
  • 「白:キングサイド、黒:クイーンサイド」、または「白:クイーンサイド、黒:キングサイド」のどちらかになる。
  • シシリアン・ディフェンスドラゴン・ヴァリエーションなど、よく知られたオープニングも多数存在する。
  • オポジット・キャスリングをした後で、相手のキングの頭にポーンを繰り出す攻撃もある。これは「ポーン・ストーム (Pawn storm) 」と呼ばれている。
アーティフィシャル・キャスリング
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アーティフィシャル・キャスリング 編集

  • 英語の「Artificial castling」で、「人工的な」キャスリングという意味。「キャスリング・バイ・ハンド(castling by hand)」とも呼ばれている。
  • キャスリングの権利を失ったキングが、(余分な手数をかけつつも)自分で動いて通常のキャスリングの形に収まること。

(例:1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Nf6 4. Nc3 Nxe4 5. Bxf7+ Kxf7 6. Nxe4 Be7 7. 0-0 Rf8 8. d4 exd4 9. Nxd4 Kg8 右図)

注釈 編集

  1. ^ 一般的には「0(ゼロ)」を使用する。「O(オウ)」の方は、PGNなどで使用される。
  2. ^ a b 白の場合はクイーンサイドのb1のマスを、黒の場合はb8のマスを指す。
  3. ^ この制約は、1972年FIDEに採用された。この制約がないと、ファイルeのポーンがプロモーションしてルークになったとき、盤の上下両端のキングとルークで垂直に長いキャスリングができてしまう。 これは、Max Pam によって“発見”され、制約ができる前に Tim Krabbe によって彼のジョーク・チェス・プロブレムで使われた。
    e2のポーンがe7まで移動する
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    ポーンがルークにプロモーション
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    (誤った)キャスリング直後
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関連項目 編集