クレータの牡牛: Cretan Bull)は、ギリシア神話に登場する神秘的な牡牛である。ギリシア神話の有名な怪物ミーノータウロスの誕生と関係があり、またヘーラクレースは7番目の難業としてこの牡牛を捕らえたといわれる。

クレータの牡牛と、それを捕らえようとするヘーラクレース。ヘーラクレースは縄で牡牛の足を縛ろうとしている。イタリアヴルチ英語版から出土した紀元前510年頃のアッティカ黒絵式アンフォラミュンヘン州立古代美術博物館英語版所蔵。
同上。牡牛と格闘するヘーラクレースが描かれている。紀元前550年頃のラコーニア黒絵式キュリクスニューヨークメトロポリタン美術館所蔵。

神話 編集

アポロドーロス 編集

アポロドーロスによると、クレータの牡牛はポセイドーンクレータ島の王ミーノースの王権を保証するために海中から送った牡牛で、ミーノースは自分が王位を継承することに反対する人々を納得させるため、ポセイドーンに犠牲を捧げ、王位継承権の証として海から牡牛が現ることを願った。そこでポセイドーンは海中から美しい牡牛を送ったが、ミーノースはこの牡牛をポセイドーンに捧げると誓っていたにもかかわらず、牡牛の美しさに惹かれて自分の家畜に加え、別の牡牛をポセイドーンに捧げた。ポセイドーンは怒って牡牛を凶暴にして暴れさせ[1][2]、またミーノースの妻パーシパエーに牡牛への異常な恋を芽ばえさせた。恋に苦しんだパーシパエーが工匠ダイダロスに相談すると、ダイダロスは内部が空洞になった牝牛の木像を制作したので、パーシパエーはその中に入って思いを遂げた。その結果、パーシパエーは牡牛との間に牛頭の子ミーノータウロスを生み、ミーノースはこの奇怪な子を隠すため、ダイダロスに迷宮ラビュリントスを建設させた[3]

その後、ヘーラクレースはエウリュステウスにクレータの牡牛を捕らえることを命じられたので、ミーノースのところにやって来て協力を求めたが、ミーノースは1人でやれと言った。そこでヘーラクレースは牡牛と格闘して捕らえ、エウリュステウスのところに連れて行って見せた後、放逐した[1]

その他の説 編集

シケリアのディオドーロスによれば、ミーノースは毎年生まれた牛の中で最も良いものをポセイドーンに捧げていたが、ある年に生まれた牡牛は特に優れていたので、惜しくなったミーノースは別の劣った牡牛を捧げた。このためポセイドーンは怒って、パーシパエーを牡牛に恋させた[4]。その後、ヘーラクレースはミーノースと協力してこの牡牛を捕らえ、牡牛の背に乗って海を渡り、エウリュステウスのところに連れて行ったと述べている[5]

ヒュギーヌスは、パーシパエーが恋し、ヘーラクレースに退治された牡牛はアプロディーテーの牡牛だったとしている[6]。アプロディーテーはパーシパエーが自分を崇めないので、牡牛への恋を起こさせたという[7]

一方、アクーシラーオスエウローペーをさらってクレータ島に連れ去った牡牛だったとしている[8]

牡牛のその後 編集

放たれたクレータの牡牛は、アルカディアラコーニアをさまよった後にアッティカマラトーンに行って暴れ、人々を苦しめたが[1]、後にテーセウスによって退治された[9]。テーセウスは牡牛を捕らえて父であるアテーナイアイゲウスのところに連れて行き、アイゲウスは牡牛をアポローンに犠牲として捧げたといわれる[10]

脚注 編集

  1. ^ a b c アポロドーロス、2巻5・7。
  2. ^ アポロドーロス、3巻1・3-1・4。
  3. ^ アポロドーロス、3巻1・4。
  4. ^ シケリアのディオドロス、4巻77・2。
  5. ^ シケリアのディオドロス、4巻13・4。
  6. ^ ヒュギーヌス、30話。
  7. ^ ヒュギーヌス、40話。
  8. ^ アクーシラーオス断片(アポロドーロス、2巻5・7 による引用)。
  9. ^ アポロドーロス、摘要(E)1・6。
  10. ^ シケリアのディオドロス、4巻59・6。

参考文献 編集

関連項目 編集