グルコーストランスポーター

グルコーストランスポーター英語: glucose transporter、GLUTあるいはSLC2Aと略記)またはグルコース輸送体(グルコースゆそうたい)ないし糖輸送体(とうゆそうたい)は、大部分の哺乳類の細胞に見出される一連の膜タンパクファミリーである。

機能 編集

グルコースは、ほとんどの細胞代謝に不可欠な基質である。グルコースの分子は極性を有するため、生体膜を通過するのには特別な膜輸送タンパク質を必要とする。

能動輸送 - 共役輸送タンパク - SGLT, SLC5A 編集

小腸の頂端膜や腎臓上皮細胞を通るグルコースの輸送は、ナトリウム-グルコース共輸送体タンパク(後述)のSGLT1およびSGLT2の存在に依存する。SGLTはsodium-dependent glucose transporterまたはsodium/glucose cotransporter の略称である。これらは、ナトリウムポンプのつくるNa+の電気化学的勾配によって供給されるエネルギーを利用して二次的に活性化される二次性能動輸送タンパクで、グルコースの細胞内濃度を高める[1]

腎臓近位尿細管の管腔側に発現しているSGLT2を阻害すると、尿中にろ過された糖の再吸収を抑制し排出を促進するので、糖尿病の治療薬として用いられる。

受動輸送、促進輸送 - GLUT, SLC2A 編集

前述の、細胞膜を通過するグルコースの能動輸送は、輸送促進タンパクのスーパーファミリーのひとつに属するグルコース輸送体(タンパクとしてはGlucose Transporter, GLUT、遺伝子としては溶質キャリヤータンパクファミリー2, Solute Carrier Family 2, SLC2、と表される)によって触媒される。これらの輸送タンパクによって引き起こされる分子の移動は、促進拡散により起こる[2]。このため、能動輸送タンパクがその輸送機構を進行させるのにATPの存在を要求し、ATP/ADP比があまり低下すると立ち往生してしまうのとは異なり、促進拡散輸送タンパクはエネルギーがなくとも機能できる。

構造 編集

GLUTは、12回膜貫通型の膜内在性タンパク質で、アミノ末端とカルボキシル末端の両方が細胞膜の細胞質側に出ている。GLUTタンパクは、交互配座モデルに従いグルコースおよび類似のヘキソースを輸送する[3][4][5]。ここから、トランスポーターが基質結合部位を1か所だけ、細胞の外側または内側のいずれかに露出させていることが推論できる。ひとつの結合部位にグルコースが結合すると構造の変化が誘発され、グルコースを輸送して膜の反対側に放出する。内側と外側のグルコース結合部位は、おそらく膜貫通セグメント9、10、11に位置している[6]。また、第7位の膜貫通セグメントに位置するQLSモチーフも、輸送された基質の選択と親和性に関連していると考えられる[7][8]

種類 編集

グルコーストランスポーターの各アイソフォームは、グルコースの代謝において、組織発現のパターン、基質特異性、輸送速度論、異なる生理学的状況においての発現調整によって定められた、特色ある役割を果たす[9]。これまでに、14種類のGLUT/SLC2が同定されている[10]。アミノ酸配列の類似性に基づいて、GLUT(グルト)ファミリーは2つのサブクラスに分類されている。

クラスI 編集

クラスIには、目立った特徴を持つグルコーストランスポーターであるGLUT1からGLUT4までが含まれる[11]

血中のグルコースを脳内に取り込むGLUT1はインスリンでも反応するがインスリンの有無に関わらずGLUT1は細胞膜上に存在してグルコースを取り込む。他方、GLUT4は主に脂肪細胞、骨格筋、心筋に認められ、インスリンがないとき細胞内に沈んでいるが、インスリンにより細胞膜上へと浮上してグルコースを取り込む[12]脂肪細胞から分泌される分泌蛋白であるアディポネクチン骨格筋において受容体に結合し、AMPキナーゼを活性化して、通常はインスリンにしか反応しないインスリン感受性のGLUT4を膜の表面へ移動させ、グルコースを細胞内に取り込む作用がある[13][信頼性要検証]。運動の結果によりアデノシン一リン酸(AMP、アデニル酸)が増加することが知られているが、このAMPがAMPキナーゼを活性化する経路と同じである。つまり、アディポネクチンは、インスリンの作用を介さずに、運動効果とほとんど類似のグルコースを取り込む作用を示すことになる[14][信頼性要検証]

名称 遺伝子 表現部位 備考
GLUT1 SLC2A1 胎児組織に広く表現している。成人では、赤血球で最も高頻度に発現しており、また血液脳関門のような関門組織の内皮細胞にも発現している。しかし、すべての細胞で、呼吸を維持していくのに必要な最低限のグルコース取り込みに深く関わっている。 細胞膜における密度は、グルコース濃度が下がると増加し、グルコース濃度があがると減少する。
GLUT2 SLC2A2 グルコースを輸送するの尿細管上皮細胞および小腸の上皮細胞、それに肝細胞と膵β細胞に発現している。3種類の単糖類(グルコースガラクトースフルクトース)はすべて、GLUT2によって小腸の粘膜上皮細胞から門脈循環へと輸送される。 高容量で低親和性のアイソフォームである。
GLUT3 SLC2A3 おもに神経細胞(神経細胞で最多のグルコース輸送体アイソフォームであると考えられている)と胎盤に発現している。 高親和性のアイソフォームである。
GLUT4 SLC2A4 脂肪組織横紋筋骨格筋および心筋)に見出される。 インスリン感受性のグルコーストランスポーターである。インスリン感受性のグルコースの蓄積に深くかかわっている。

クラスII 編集

クラスIIには以下のものが分類される。

以前はクラスIIIに分類されていたGLUT6 (SLC2A6)、8 (SLC2A8)、10 (SLC2A10)、12 (SLC2A12) もクラスIIに分類され、主にに発現しプロトンとともにイノシトールを輸送するH+/myo-イノシトールコトランスポーター (HMIT, SLC2A13)[16]はProton-coupled inositol transporterに分類されている[17]

クラスIIトランスポーターの大部分は、最近になって、EST (en:Expressed sequence tag)データベースの相同性探査法や、さまざまなゲノムプロジェクトから提供されたアミノ酸配列情報から同定された。

これらの新しく発見されたグルコース輸送体アイソフォームの機能は、現在のところまだ明確には定義されていない。クラスIIトランスポーターは主に細胞内に存在していると考えられていて[17]、このうちのいくつか (GLUT6、GLUT8)は、トランスポーターを細胞内にとどめた結果、グルコース輸送を妨げるような働きを促すモチーフを有している。 これらのトランスポーターの細胞表面への転移を促進する機構が存在するかどうかはまだ不明だが、明確に立証されているのは、インスリンがGLUT6やGLUT8の細胞表面の転移を促進しないということである[要出典]

遊離グルコースの合成 編集

ほとんどの細胞では、グルコースの取り込みと異化に関わる唯一の酵素であるグルコース-6-ホスファターゼの発現が欠如しているために、遊離のグルコースを生成することができない。グルコース-6-ホスファターゼを有する肝細胞と、激しい飢餓条件の下での小腸と腎臓のみが、糖新生反応に従って生成したグルコース-6-リン酸のリン酸基を外して遊離のグルコースを生成し、血管中に遊離のグルコースを放出することが可能である。

なお、グルコースが細胞に取り込まれると直ちにリン酸化が起こりグルコース-6-リン酸が生成されるのは、グルコースが細胞膜を超えて拡散してしまうのを防ぐためである。リン酸化により電荷が導入されるので、グルコース-6-リン酸は容易に細胞膜を通過することができない。

ナトリウム-グルコース共輸送タンパク質の発見 編集

1960年4月プラハで、ロバート・K.クレインは、小腸におけるグルコースの吸収機構としてのナトリウム-グルコース共輸送タンパクの発見を初めて発表した[18]。クレインによる同じ方向に送る共輸送体の発見は、生物学上初めて双流対の考え方を提案するものであった[19][20]

脚注 編集

  1. ^ Hediger M, Rhoads D (1994). “Molecular physiology of sodium-glucose cotransporters”. Physiol. Rev. 74 (4): 993–1026. PMID 7938229. 
  2. ^ H.H. Freeze (1999). “6 Monosaccharide Metabolism”. In Varki A, Cummings R, Esko J, et al.. Essentials of Glycobiology. Cold Spring Harbor (NY): Cold Spring Harbor Laboratory Press. ISBN 0-87969-559-5. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK20703/#402 
  3. ^ Oka Y, Asano T, Shibasaki Y, Lin J, Tsukuda K, Katagiri H, Akanuma Y, Takaku F (1990). “C-terminal truncated glucose transporter is locked into an inward-facing form without transport activity”. Nature 345 (6275): 550–3. doi:10.1038/345550a0. PMID 2348864. 
  4. ^ Hebert D, Carruthers A (1992). “Glucose transporter oligomeric structure determines transporter function. Reversible redox-dependent interconversions of tetrameric and dimeric GLUT1”. J. Biol. Chem. 267 (33): 23829–38. PMID 1429721. 
  5. ^ Cloherty E, Sultzman L, Zottola R, Carruthers A (1995). “Net sugar transport is a multistep process. Evidence for cytosolic sugar binding sites in erythrocytes”. Biochemistry 34 (47): 15395–406. doi:10.1021/bi00047a002. PMID 7492539. 
  6. ^ Hruz P, Mueckler M (2001). “Structural analysis of the GLUT1 facilitative glucose transporter (review)”. Mol. Membr. Biol. 18 (3): 183–93. doi:10.1080/09687680110072140. PMID 11681785. 
  7. ^ Seatter M, De la Rue S, Porter L, Gould G (1998). “QLS motif in transmembrane helix VII of the glucose transporter family interacts with the C-1 position of D-glucose and is involved in substrate selection at the exofacial binding site”. Biochemistry 37 (5): 1322–6. doi:10.1021/bi972322u. PMID 9477959. 
  8. ^ Hruz P, Mueckler M (1999). “Cysteine-scanning mutagenesis of transmembrane segment 7 of the GLUT1 glucose transporter”. J. Biol. Chem. 274 (51): 36176–80. doi:10.1074/jbc.274.51.36176. PMID 10593902. 
  9. ^ Thorens B (1996). “Glucose transporters in the regulation of intestinal, renal, and liver glucose fluxes”. Am. J. Physiol. 270 (4 Pt 1): G541–53. PMID 8928783. 
  10. ^ Thorens B. and Mueckler M. (2010). “Glucose transporter in the 21st Century”. American Journal of Physiology 298 (2): E141-E145. doi:10.1152/ajpendo.00712.2009. 
  11. ^ Bell G, Kayano T, Buse J, Burant C, Takeda J, Lin D, Fukumoto H, Seino S (1990). “Molecular biology of mammalian glucose transporters”. Diabetes Care 13 (3): 198–208. doi:10.2337/diacare.13.3.198. PMID 2407475. 
  12. ^ http://www.akita-noken.jp/index.php?id=75 秋田県脳血管研究センター [リンク切れ]
  13. ^ 鎌田勝雄糖尿病治療薬 (星薬科大学オープン・リサーチ)
  14. ^ 鎌田勝雄脂肪細胞とインスリン抵抗性 (星薬科大学オープン・リサーチ)
  15. ^ Page 995 in: Walter F., PhD. Boron (2003). Medical Physiology: A Cellular And Molecular Approaoch. Elsevier/Saunders. pp. 1300. ISBN 1-4160-2328-3 
  16. ^ Uldry M, Thorens B (2004). “The SLC2 family of facilitated hexose and polyol transporters”. Pflugers Arch. 447 (5): 480–9. doi:10.1007/s00424-003-1085-0. PMID 12750891. 
  17. ^ a b Alecander SP, et.al. (2017). “THE CONCISE GUIDE TO PHARMACOLOGY 2017/18: Transporters.”. British Journal of Pharmacology 174 (Dec. Suppl 1): S360-S446. doi:10.1111/bph.13883. PMID 29055035. 
  18. ^ Robert K. Crane, D. Miller and I. Bihler. “The restrictions on possible mechanisms of intestinal transport of sugars(小腸の糖輸送とおぼしき機構の制限)”. In: Membrane Transport and Metabolism. Proceedings of a Symposium held in Prague, August 22–27, 1960. Edited by A. Kleinzeller and A. Kotyk. Czech Academy of Sciences, Prague, 1961, pp. 439-449.
  19. ^ Ernest M. Wright and Eric Turk. “The sodium glucose cotransport family SLC5”. Pflügers Arch 447, 2004, p. 510. 『1961年のクレインの論文は、能動輸送を説明するのに共輸送の概念を系統立てて説明した初めてのものである [7]。特に、彼は 刷子縁膜越しの小腸上皮内へのグルコースの蓄積が、楽にできる刷子縁越しのナトリウムイオン輸送と対になっていることを発表した。この仮説はすぐさま試験され、純化され、演繹されて、多様な種類の分子とイオンがほとんどすべての種類の細胞で能動輸送されていることを明らかにした。』
  20. ^ Boyd, C A R. “Facts, fantasies and fun in epithelial physiology”. Experimental Physiology, Vol. 93, Issue 3, 2008, p. 304. 『現在出回っているすべての教科書のなかでも今回すぐれて目を惹くのは、ロバート・クレインがもともと1960年に出版した学会論文に補遺として発表された文章である (Robert K. Crane et al. 1960)。鍵となる用語は「flux coupling(双流対)」で、これはナトリウムとグルコースが小腸上皮細胞の頂端膜で共輸送されることである。半世紀後、この考えはすべての膜輸送タンパク質 (SGLT1、ナトリウム-グルコース共輸送タンパク)の中でも最もよく研究されたものとなっている。』

関連項目 編集

外部リンク 編集