数学において、コバノフホモロジー(: Khovanov homology)は、鎖複体ホモロジーとしてできる向きづけられた結び目の不変量である。コバノフホモロジーはジョーンズ多項式カテゴリ化英語版として考えられる。

コバノフホモロジーは1990年代の終わりに、ミハイル・コバノフ英語版(Mikhail Khovanov)により導入された。彼は当時はカリフォルニア大学デービス校に在籍しており、現在はコロンビア大学に所属している。

概要 編集

結び目もしくは絡み目 L を表現する図形 D に、コバノフ括弧 [D]、これは次数付きベクトル空間鎖複体、を割り当てる。すると、ジョーンズ多項式の構成の中でのカウフマン括弧の類似物となる。次に、[D] を(次数付きベクトル空間の中の)一連の次数シフトと(鎖複体の中の)高さシフトにより正規化して、新しい複体 C(D) を得る。この複体のホモロジーは L の不変量であることが分かり、その次数付きオイラー標数は L のジョーンズ多項式であることが分かる。

定義 編集

(以下の定義はドロール・バー-ナタン英語版(Dror Bar-Natan)の論文に沿う。)

次数付きベクトル空間の上の次数シフト 作用素を {l} で表す;すなわち、m 次元内の同次成分は、 m + l へシフトする。

同様にして、鎖複体の上の 高さシフト 作用素を[s] と表す。つまり、r 番目のベクトル空間 もしくは 加群は、(r + s) 番目の場所へ移動し、そのときにすべての微分写像もともにシフトすることになる。

V を次数 1 の生成子 q と次数 −1 の生成子 q−1 とを持つ次数付きベクトル空間とする。

ここで絡み目 L を表現する任意の図形 D をとる。コバノフホモロジー の公理は次のようになる:

  1. [ø] = 0 → Z → 0, ここの ø は空の絡み目を表す。
  2. [O D] = V ⊗ [D], ここの O は結ばれていない自明な成分を表す。
  3. [D] = F(0 → [D0][D1]{1} → 0)

これらの内の三番目で、F は「平坦化する」作用素を表していて、単体複体は二重複体から、対角に沿って直和をとることで得られる。また、D0 で D の中のある選ばれた交点の「0-smoothing」を表すとして、D1 で「1-smoothing」、同じようにすると、カウフマン括弧のスケイン関係式と似た式が得られる。

次に、「正規化された」複体 C(D) = [D][−n]{n+ − 2n} を構成する。ここで n は D の選択された図形の中の左手の交叉の数を表し、n+ は右手の交叉の数を表す。

L の コバノフホモロジー は、この複体 C(D) のホモロジー H(L) である。コバノフホモロジーは実際に L の不変量となっていて、図形の選択には依存しないことが分かる。H(L) 次数付きオイラー標数は、L のジョーンズ多項式であることも分かる。H(L) は、ジョーンズ多項式以上の L の情報を持っていることが示されているが、完全な詳細は未だ完全には理解されていない。

2006年にドロール・バー-ナタン英語版(Dror Bar-Natan)は、任意の結び目のコバノフホモロジー(もしくはカテゴリ)を計算するに十分なコンピュータプログラムを開発した。[1]

関連する理論 編集

コバノフホモロジーでもっとも興味を持たれている側面の一つに、完全系列が形式的に3次元多様体英語版フレアーホモロジーの完全系列に似ていることである。さらに、ゲージ理論やその類似を使い示すことでのみ、結果を再現することがある。ヤコフ・ラスムッセン英語版(Jacob Rasmussen)のクロンハイマーとムロフカの定理の別の新しい証明があり、これはミルナー予想の証明である(以下を参照のこと)。予想であるが、コバノフホモロジーをピーター・オズバス英語版(Peter Ozsváth)とゾルタン・ザボー(Zoltán Szabó)のフレアーホモロジーに関係づけるスペクトル系列がある(ダンフィールド他の2005年も参照)。別のスペクトル系列 (オズバス-ザボー 2005) は、コバノフホモロジーの変形を結び目に沿った分岐した二重被覆のヒーガードフレアーホモロジーと関係づける。三番目 (ブルーム 2009) は、分岐した二重被覆のモノポールフレアーホモロジーの変形に(コバノフホモロジーが)収束するという結果もある。

コバノフホモロジーはリー代数 sl2表現論に関係する。ミハイル・コバノフとレフ・ロザンスキーはすべての n に対して sln に付随するコホモロジー論を定義した。2003年にカサリーナ・ストロッペル英語版(Catharina Stroppel)は、コバノフホモロジーをすべての n について sln へ一般化されたタングル(レシェーティキン-トゥラエフ不変量のカテゴリ化されたバージョン)の不変量に関係付けた。

ポール・ザイデル(Paul Seidel)とイワン・スミス(Ivan Smith)は、ラグランジアン交叉フレアーホモロジーを使い、単一の次数付き結び目ホモロジー論を構成しました。そこでは、単一次数付きのコバノフホモロジーは同型であろうと予想されている。シプリアン・マノレスク英語版(Ciprian Manolescu)は、この構成を単純化し、どうするとザイデル-スミス不変量英語版(Seidel-Smith invariant)の彼のバージョンを元にして鎖複体からのジョーンズ多項式を再現できるかを示した。

結び目(絡み目)多項式との関係 編集

2006年の国際数学者会議でミハイル・コバノフは、コバノフホモロジーの観点より、結び目多項式の関係の説明を提案した。 3つの絡み目  ,  スケイン関係式は、次のようになる。

 

この式に   と代入すると絡み目多項式不変量   が導かれる。この式で、  に対し、次のように正規化する。

 

また、  とする。  について、多項式   は、量子群   の表現論を通して解釈することができ、また   は、量子リー超代数英語版   を通して解釈することができる。

アレクサンダー多項式   は二重結び目ホモロジー論のオイラー標数である。
  は自明である。
ジョーンズ多項式   は二重絡み目ホモロジー論のオイラー標数である。
ホムフリー多項式(HOMFLY多項式、もしくはHOMFLYPT多項式)は、三重次数付き絡み目ホモロジー論のオイラー標数である。

応用 編集

コバノフホモロジーの第一の応用は、ヤコフ・ラスムッセンにより与えられた。彼はコバノフホモロジーを使い、s-不変量英語版を定義し、この結び目の整数に値を持つ不変量は、スライス種数英語版を有限とし、ミルナー予想を証明することができた。

2010年には、クロンハイマー英語版(Peter B. Kronheimer)とムロフカ英語版(Tomasz Mrowka)は、コバノフホモロジーが、自明な結び目か否かを識別することを証明した。カテゴリ化された理論は、カテゴリ化されていない理論よりも多くの情報を持ってる。従って、コバノフホモロジーが自明な結び目か否かを識別するからといって、ジョーンズ多項式が自明な結び目か否かを識別するとは限らない。

参考文献 編集

  • Mikhail Khovanov, A categorification of the Jones polynomial, Duke Mathematical Journal 101 (2000) 359–426. arXiv:math.QA/9908171.
  • Catharina Stroppel, Categorification of the Temperley-Lieb category, tangles, and cobordisms via projective functors, Duke Mathematical Journal 126 (2005) 547–596.
  • Dror Bar-Natan, On Khovanov's categorification of the Jones polynomial, Algebraic and Geometric Topology 2 (2002) 337–370. arXiv:math.QA/0201043.
  • Jonathan M. Bloom (2009). "A link surgery spectral sequence in monopole Floer homology". arXiv:0909.0816
  • Nathan M. Dunfield, Sergei Gukov, Jacob Rasmussen (2005). "The Superpolynomial for Knot Homologies". arXiv:math.GT/0505662
  • Ozsváth, Peter and Szabó, Zoltán. On the Heegaard Floer homology of branched double-covers. Adv. Math. 194 (2005), no. 1, 1—33. Also available as a preprint. This paper discusses the spectral sequence relating Khovanov and Heegaard Floer homologies for knots.
  • Mikhail Khovanov (2006). "Link Homology and Categorification". arXiv:math.GT/0605339
  1. ^ New Scientist 18 Oct 2008

外部リンク 編集