ゴイGoyヘブライ語: גוי‎)とは、ヘブライ語聖書で「民族」を指す[1]。非ユダヤ人の諸民族を指す複数形ゴイムgoyimגויםגויים)は、『出エジプト記』34章24節の「我は汝の前に諸民族を追放するであろう」という表現にも見られ、古代ローマ時代にはすでに「異教徒」の意味をもつようになって久しかった[2]。後者はイディッシュ語に見られる表現である。

現在では専ら非ユダヤ人を指す差別語でもあり、クリスチャンムスリムに対して広く用いられるが、ユダヤ人がユダヤ教以外のあらゆる宗教を奉じる人々を指して使うことが多い。

ヘブライ語聖書 編集

トーラーではゴイやその異形が、ヘブライ人や異教徒に言及する中で550回以上使用。初出は『創世記』10章5節で、当初は非ユダヤ民族を指す悪意の無い語であった。ヘブライ人に関する初の言及は、アブラハムに対して、子孫が偉大なる民族(goy gadol)を形成すると約束した、『創世記』12章2節に見られる。

『出エジプト記』19章6節ではユダヤ人が「聖なる民族」(goy kadosh)と述べられている[3]ように、初期のヘブライ語聖書ではゴイをヘブライ人に対して用いることが多い一方、後には他民族を指すようになってゆく。

翻訳された聖書の中には、ゴイムという語を訳出せず、名として扱っているものもある。『創世記』14章1節では「ゴイムの王」はティドアル(テダル)であるとなっている。聖書の解説書の中にはゴイムはグティウムを示しているかもしれないとするものもある[1]

ユダヤ教ラビ 編集

旧約聖書で選民についてのより詩的かつ、ユダヤ人学者の間で一般的な表現の1つに、神が聖書の中でユダヤ人を「この世で唯一無二の民族」(goy ehad b'aretz)と宣言している箇所がある(『サムエル記上』7章23節および『歴代志上』17章21節)。

ラビ文学においては世界に70の民族(goyim)がおり、いずれも独自の言語を持つとしている。当該節では「彼(神)がイスラエルの数に従って国境を取り決めた」(『申命記』32章8節)としており、中世フランスラビであるラシは、「セムから生まれることになるイスラエルや、エジプトに下ったイスラエルの70のにより、彼は70の言語(によって特徴付けられる)『国境』を取り決めた」と主張。

一方、ハイム・イブン・アター[4]は「(エルサレム神殿にある)メノーラーという7脚の蝋燭は世界の70民族に対応し、それぞれ(の蝋燭)が10(の民族)を表している。これはそれらが皆西方(の蝋燭)、つまりユダヤ人の反対側で輝いていることをほのめかしている」とした。

現代の用法 編集

 
エリア・レヴィタイディッシュ-ヘブライ-ラテン-ドイツ対訳辞書より(16世紀)。ラテン語で「民族」(ethnicus)と訳された「ゴイ」という語を含む諸民族の一覧

前述の通り、ラビ文学では「ゴイ」という語の意味がヘブライ人、ないしはユダヤ人から「ユダヤ人以外の民族」へと変遷してきた。後にはそのような非ユダヤ人を指す語として定着するに至る。

現代ヘブライ語およびイディッシュ語では、「ゴイ」という語が異教徒(gentile)を表す一般的な表現である。なお、両者には関連があり、古代ギリシャ語で「タ・エスネ」(τα έθνη)が「ハ・ゴイム」(ha goyim)を訳す際に用いられ、いずれも「諸民族」を表す。ラテン語では「gentilis」が「民族」という意味があるギリシャ語の「タ・エスネ」を訳すために使われており、「gentile」という語につながってゆく[5]

英語では非ユダヤ人を意味する侮蔑語である[6][7][8]。なお、否定的な意味合いを避けるため、「非ユダヤ人」を表す場合「gentile」や「non-Jew」といった語を使うのが無難とされる。

イディッシュ語では非ユダヤ人を指すのに相応しい唯一の語であるため、英語とイディッシュ語が話せる場合、あえて用いる者も多い[9]

関連項目 編集

脚注 編集

  1. ^ a b James Orr, ed. (1939). "Goiim". International Standard Bible Encyclopedia. Vol. 2. Grand Rapids: William B. Eerdmans Publishing Company. OCLC 819295. 2012年1月13日閲覧
  2. ^ The Cambridge history of Judaism, Volume 2, Cambridge University Press, 1989, p. 193. ISBN 978-0-521-24377-3
  3. ^ Or N. Rose; Margie Klein; Jo Ellen Green Kaiser; David Ellenson (2009). Righteous Indignation: A Jewish Call for Justice. Jewish Lights Publishing. p. 4. ISBN 978-1-58023-414-6. https://books.google.co.jp/books?id=DNbvH10-jLoC&pg=PA4&redir_esc=y&hl=ja 2010年11月18日閲覧。 
  4. ^ 民数記』8章2節より
  5. ^ Chambers Dictionary of Etymology, 1988
  6. ^ アメリカ英語遺産辞典(The American Heritage Dictionary of the English Language)
  7. ^ Rich, Tracy R.. “Jewish Attitudes Toward Non-Jews”. Judaism 101. 2012年1月13日閲覧。 “本来「ゴイ」という語に侮辱的な意味合いは無い。実際、トーラーにユダヤ人を指す語として度々出てくる。なかんずく『出エジプト記』19章6節において、神がイスラエルは「聖職者と聖なる民族の王国」(goy kadosh)なりと述べている。ユダヤ人は何世紀にもわたり反ユダヤ主義的非ユダヤ人と軋轢を重ねてきたため、「ゴイ」という語が否定的な意味を持つに至ったが、一般的には「非ユダヤ人」という程の意味である。
  8. ^ Wolfthal, Diane (2004). “III - Representing Jewish Ritual and Identity” (Google Books). Picturing Yiddish: gender, identity, and memory in the illustrated Yiddish books of Renaissance Italy. Brill Publishers. p. 59 footnote 60. ISBN 978-90-04-13905-3. https://books.google.co.jp/books?id=2hKI1Q3Qd1cC&pg=PA204&lpg=PA204&dq=Picturing+Yiddish:+gender,+identity,+and+memory+in+the+illustrated+Yiddish+books+of+Renaissance&source=bl&ots=T0a3YmXGOs&sig=N4S4ZmJxpqeXnhSpyXX47oT1c80&hl=en&sa=X&ei=7HYQT-m7K6f50gHLzZn_Ag&redir_esc=y#v=snippet&q=Shabbos%20goy%20candle&f=false 2012年1月13日閲覧. "本来「ゴイ」という語は文字通り「民族」という意味があるが、侮蔑的な意味合いを時に伴いつつ、「非ユダヤ人」を表すようになった。" 
  9. ^ Locker, Ben (2008), “Goy Next Door”, North Meadow Media, http://www.north-meadow.com/2008/11/goy-next-door/ 2011年4月27日閲覧。