ジェット・リー: Jet Li)こと、李 連杰〈リー・リンチェイ〉、本名: 李 陽中〈リー・ヤンチュン〉、1963年4月26日 - )は、中国出身のアクション俳優武術家映画プロデューサー慈善家2009年からはシンガポールに帰化した。

ジェット・リー
Jet Li
ジェット・リー Jet Li
ジェット・リー(2006年
本名 李陽中
別名義 李連杰
生年月日 (1963-04-26) 1963年4月26日(60歳)
出生地 中華人民共和国の旗 中華人民共和国 遼寧省瀋陽市[1][2][3]
国籍 中華人民共和国の旗 中華人民共和国1963年 - 1997年
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(1997年 – 2009年
シンガポールの旗 シンガポール(2009年 - )
身長 168 cm
血液型 AB型
ジャンル 俳優中国武術家
活動期間 1982年 -
活動内容 1982年:映画デビュー
1988年:初監督
1998年ハリウッド映画進出
配偶者 黄秋燕(1987年 - 1990年
ニナ・リー1999年 - )
主な作品
少林寺』(1982年)
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズ(1991年 - 1997年)
スウォーズマン 女神伝説の章』(1992年)
レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 格闘飛龍 方世玉』(1993年)
フィスト・オブ・レジェンド』(1994年)
冒険王』(1997年)
リーサル・ウェポン4』(1998年)
ロミオ・マスト・ダイ』(2000年)
キス・オブ・ザ・ドラゴン』(2001年)
HERO』(2002年)
ブラック・ダイヤモンド』(2003年)
ダニー・ザ・ドッグ』(2005年)
SPIRIT』(2006年)
ローグ アサシン』(2007年)
ウォーロード/男たちの誓い』(2007年)
ドラゴン・キングダム』(2008年)
ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008年)
海洋天堂』(2010年)
エクスペンダブルズ』シリーズ(2010年 - 2014年)
ムーラン』(2020年)
受賞
第13回香港電影評論学会大奨最優秀男優賞
SPIRIT
第27回香港電影金像奨最優秀主演男優賞
ウォーロード/男たちの誓い
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リー・リンチェイ
李連杰
各種表記
繁体字 李連傑
簡体字 李连杰
拼音 Lǐ Liánjié (北京語)
Lei5 Lin4 Git6 (広東語)
発音転記: リー・リェンジエ
英語名 Jet Li
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経歴 編集

生い立ち・中国武術習得 編集

李連杰〈リー・リンチェイ〉(本名:李陽中〈リー・ヤンチュン〉)は、1963年4月26日、中国東北部遼寧省瀋陽市で生まれた[1][2][3](Web上では北京市[4]と記されていることもある)。5人兄弟(兄2人、姉2人)の末っ子で、リーが2歳の時に父親が上海に出張中に脳梗塞で亡くなったため、母親が苦労して一家を支えた[1][3]。家は貧しくいつも腹を空かしていた状態だったが、リーは年の離れた姉たちに可愛がられて育つ[1][3]

体の小さな息子の修練になればと考えた母親の勧めで、7歳の時に北京業余体育学校の夏休みコースに参加したリーは[1]、同校に入学した8歳の頃から本格的に中国武術を習い始めた[1][2][3]。他のスポーツではなく武術のコースに進んだのは、体の大きな子にいじめられても反対にその子をやっつけていたリーを見た先生の強い勧めがあったからだった[3]。先生の見込み通りに、どんどんと上達していったリーは選抜チームに選ばれ[1][3]1972年の9歳の時に武術大会に出場した[1]。武術の訓練の傍ら、クンフー(カンフー)をさらに美しく表現するため舞踏の基礎なども学んだリーは、1974年の11歳の時に成安での中国全国武術大会・少年の部で個人総合優勝を果たす[1][3]

以降、青年の部に転じて1979年までに刀術、剣術、槍術などの種目で活躍し、個人総合優勝5年連続という大きな記録を打ち立てた[1][2][3](2019年時点で、この記録は破られていない)。「中国武術界の至宝」と賞讃され[1][3]、中国の様々な雑誌の表紙を飾っていたリーは、少年チームの仲間と一緒にアメリカヨーロッパ中東などへ親善ツアーに回った[1]

体育学校でのチーム練習に励んでいた厳しい修業時代には、やんちゃでいたずら小僧的な面やユーモアもあり、こっそりとうまく倉庫に忍び込みチョコレートやリンゴやみかんなどをこっそり盗んできてみんなに配ったり、1975年の地震で寮や練習場が倒壊寸前になった時も、先生の言うことを聞かずに危険な建物に窓から入って食堂から食べ物を調達したりする子供だったという[5]

香港映画界へ 編集

そんな中国武術の活動の日々の中、映画監督の張鑫炎(チャン・シン・イエン)が少林拳を題材とする映画の出演者を選ぶために北京業余体育学校を訪れ、監督らによるカメラテストで主役はリーが適役と判断された[5]1981年に知り合いの映画スタッフから映画主演の誘いがあり、「自分が学んできた中国武術の素晴らしさを世に示せるなら……」と考えたリーは依頼を快諾し[1]、19歳の時に中国・香港合作の初主演作『少林寺』(1982年)で映画デビューを果たした(芸名の李連杰=リー・リンチェイ名義)[1][2][3]

動乱の中国を舞台に、圧政を強いるワン将軍に父親を殺され仇討ちをする少年「小虎ショーホ」を演じた初々しい18歳のリーはたちまち中国の人気スターとなった[6][7][8]。リー同様に少林拳法の武術特訓を演じた他の武術少年たちも無名キャストばかりだったが、武術修行に励むシーンのリーの動きの芸術性や[7]、中国本土ロケのエキゾチックな風景、生真面目で切れ味の鋭い拳法の美しさが日本人の好みに合致して、中国や香港だけでなく日本でも大ヒットとなった[1][3]

杭州全国武術大会や南京武術友好大会の模様を収録した記録映画ドキュメンタリー映画『ジェット・リー 燃えよカンフー』(1983年)にもゲスト出演したリーは、母校の北京業余体育学校で武術のコーチをしながら、コメディ・タッチの2作目『少林寺2』(1984年)や、北少林寺で修行する青年が偶然であった男女と力を合わせて悪代官を倒す3作目の『阿羅漢』(1986年)でも主役を演じて成功を収め、本格的に映画界への転身を決意する[1][3]。この『阿羅漢』の頃にフィリピンなどで覚えやすいように「ジェット・リー(Jet Li)」という英語名も付けられた[3]

そして1988年の『ファイナル・ファイター 鉄拳英雄中国語版』では初監督を果たし(本名の李陽中=リー・ヤンチュン名義)、日中戦争後の混乱が続く中国に駐留する米兵の理不尽で横暴な扱いに耐えかねて戦いに挑む青年を好演し[1][9]、翌1989年の『ドラゴンファイト中国語版』ではデビュー間もないチャウ・シンチーニナ・リーと共演して、シリアスな映画2本が公開されたが、興行成績は全く振るわなかった[1][3]。同年には、珍しいキス・シーンもあるロサンゼルスを舞台にした『ハード・ブラッド中国語版』も製作されたが、現代物でのリーの興行成績の低さから公開が見合わされた(3年間お蔵入りとなる)[1][3][9]

北京業余体育学校時代からの幼なじみで『少林寺2』(1984年)や『阿羅漢』(1985年)で共演した黄秋燕(フワン・チウイェン)と1987年に結婚し女児2人を儲けていた当時のリーは、『ファイナル・ファイター 鉄拳英雄』、『ドラゴンファイト』の興行成績不振などの失意から映画界での未来が見えなくなり、一家で渡米しロケ地だったロサンゼルスやサンフランシスコで暮らし始めながら、生活のため武術教室を開校することも考えていた(黄秋燕とはその後1990年に離婚)[1][3]。そんな折、1989年に製作された『ハード・ブラッド』の監督ツイ・ハークがリーを香港に呼び戻し、歴史映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明』の主人公で中国に実在した伝説的なヒーロー「黄飛鴻」役にリーを抜擢し、それがリーの当り役となった[1][10][3][11]

1991年公開の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明』は以降もシリーズ化されるほどの大ヒットを記録し、再ブレイクしたリー自身も香港映画界の最前線に復帰して「功夫皇帝」と呼ばれるスターの座を確固たるものにした[1]。この映画の大ヒットにより、香港で古装片(時代劇)アクション・ブームが巻き起こり[3]、日本でも、「ラン提督」役のドニー・イェンとリーが死闘を繰り広げた2作目の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』(1992年)が大ヒットして[12]、『少林寺』(1982年)の頃のリーを知らない新たな日本の若いファン層の支持も得た[1]金庸の小説を原作とした『スウォーズマン/女神伝説の章』(1992年)では剣の達人だが女や酒にもいけるというリーとしては珍しい役柄で主演し、これも大ヒットとなった[13]

流れに乗ったリーは1992年に映画製作会社「正東制作有限公司」を設立し、自作のプロデュース業も始めて、南派少林拳の達人とされる伝説の格闘家「方世玉」のお茶目な若き日をユーモラスに描いた『レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 格闘飛龍 方世玉』(1993年)や[1][14][3]ブルース・リー1972年のヒット作『ドラゴン怒りの鉄拳』をリメイクした『フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳』(1994年)などを製作兼任で演じ、日本人の恋人役の中山忍や空手家の倉田保昭とも共演した[1][15][9]

さらには、ケビン・コスナー主演の『ボディーガード』(1992年)と似たあらすじで殺人事件を目撃してしまった女性を守るボディーガードの青年を演じたラブ・サスペンス風の現代物『ターゲット・ブルー中国語版』(1994年)や、ガンアクションを取り入れた父子物の『D&D 完全黙秘中国語版』(1995年)では潜入秘密公安捜査官を演じ[1][3]ブルース・ウィリス主演の『ダイ・ハード』(1988年)をパロディ化したような『ハイリスク中国語版』(1995年)ではジャッキー・チュンジャッキー・チェンを模したスター「フランキー」役)を相手にしたコメディ演技にも挑戦した[3][9]。翌年には、普段は図書館勤務の堅物青年で実は人体改造手術を受けているスーパー・ヒーロー青年の活躍を描いたSF風の『ブラック・マスク中国語版』(1996年)や[16][17]、香港版の「インディアナ・ジョーンズ」のような考古学者役を演じた『冒険王』(1996年)も発表するなど様々な作風を試みながら、世界的な視野を見据えた意欲的な活動をみせた[1][3][18][9]

ハリウッド映画界に進出 編集

そうした活動がアメリカのリチャード・ドナー監督の目にとまって出演オファーが舞い込み、メル・ギブソン主演の人気シリーズ4作目『リーサル・ウェポン4』(1998年)でハリウッド映画デビューを果たし、同時にグローバルネームを英語名のジェット・リーと改めた[1][19][3]。初の悪役に挑戦した『リーサル・ウェポン4』で無敵の強さを持つ中国マフィアの殺し屋を好演し、主役の2人を食うほどの圧倒的な存在感を発揮したリーの元には[20][19][3]、それ以後様々な監督から出演依頼が殺到するようになった[1][2][3][21]。この頃、私生活では1999年に香港の女優ニナ・リーと再婚してカリフォルニア州に居を構えた[1][3]

人気R&B歌手のアリーヤと共演したハリウッド初の主演作『ロミオ・マスト・ダイ』(2000年)も大成功し[1][22][3]、125ものパラレルワールドに存在する善と悪の何役もあるSFアクションの話題作『ザ・ワン』(2001年)でも主役を演じダイナミックなカンフーを見せた[1][23]。フランスのリュック・ベッソン監督の『キス・オブ・ザ・ドラゴン』(2001年)では、リー自らが原案・企画をし、異国のパリで濡れ衣を着せられた中国麻薬捜査官の孤軍奮闘のアクションを見事に演じ[1][24][3]、ヨーロッパの格闘技チャンピオンのシリル・ラファエリを迎えての本格的な格闘シーンも見せ場となった[25]。ラッパーのDMXと共演した『ブラック・ダイヤモンド』(2003年)でも秘密警察官を好演し金網内での多数相手のデスマッチが注目されたリーは、世界的なアクション・スターに飛躍した[1][26]

中国のチャン・イーモウ監督の武侠映画『HERO』(2002年)では刺客「無名」を演じ、オープニング間もなく繰り広げられたドニー・イェンとの華麗な武術対決シーンが話題となった[1][27][28]。その後も、自身も製作に参加しモーガン・フリーマンと共演した『ダニー・ザ・ドッグ』(2005年)では、悪徳高利貸しにピアニストの母を殺され闘犬のように育てられた主人公「ダニー」の野性と繊細さを好演し、次第に人間らしさを取り戻していく難しい表現にも挑戦し成功を収めた[3][29]

しかし2004年12月に起きたインドネシアスマトラ島沖地震の際には、ちょうど家族とインドネシアにバカンスに来ていたリーは災害に巻き込まれてしまい、一時は行方不明と報道されて安否を危ぶまれたこともあった[3]。幸い怪我は軽傷で済んで無事にチャリティー・コンサートに出席しファンをほっとさせた[3]。翌2005年10月にも、インドへの聖地巡礼の旅の最中にパキスタン地震に遭遇する出来事もあったが、この地震では特に何の被害もなかった[3]

2006年には、実在の武術家「霍元甲」を演じた『SPIRIT』(2006年)を最後に武術映画から引退すると公言した[3][5]。「異種格闘技戦」のシーンでは中村獅童とも共演し死闘を好演した[3][30]。この映画で、香港映画評論学会大奨の主演男優賞を受賞した。『SPIRIT』の撮影後、リーは長く住んでいたカリフォルニアを離れ、家族とともに故郷の中国へ帰国し移住した[3]

その後は『ザ・ワン』(2001年)以来、ジェイソン・ステイサムと共演した『ローグ アサシン』(2007年)で謎の殺し屋を演じ、馬新貽殺人事件を題材とした『ウォーロード/男たちの誓い』(2007年)ではアンディ・ラウ金城武と共演し、香港電影金像奨の主演男優賞を受賞した。

2008年にはジャッキー・チェンとの本格的なアクション共演作『ドラゴン・キングダム』が公開され、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』では「始皇帝」役で出演した。2010年にはアクション映画ではない『海洋天堂』で自閉症の息子の行く末を憂える一般人の父親役を演じて高評価され新境地を開いた[2]。また同年には、シルヴェスター・スタローンアーノルド・シュワルツェネッガージェイソン・ステイサムブルース・ウィリスなどハリウッドアクション俳優の主役級が多数出演する『エクスペンダブルズ』に参加し、シリーズ2作目『エクスペンダブルズ2』(2012年)や3作目の『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(2014年)にも出演した。

甲状腺の病気を告白以後 編集

しかし2013年には、数年前から甲状腺の病気(甲状腺機能亢進症)を患い心臓の動悸を薬で抑えている状態のため、カンフーはおろか簡単な運動もできないことを明かしていた[31]。その後2016年には、一時はかつての面影が見られなくなった写真に心配の声がTwitterなどで上がっていたが[32]

そうした中、2017年には中国武術の振興を目的に自身が製作し、ジャック・マー主演の短編映画『功守道中国語版』が公開され、リーも老召使い役で出演した。この映画は、親交のあるジャック・マーとの交流から生まれた映画で[33]、「アリババグループ」会長のマーの映画デビュー作となった。アクション顧問には、リーの代表作や『マトリックス』などの武術指導でも有名なユエン・ウーピン、共演者にはドニー・イェンサモ・ハン、元横綱ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ(朝青龍)、トニー・ジャーら著名人も出演した[34][35]

2018年には体調も回復し、チベット自治区の首都ラサにあるトゥルナン寺や、北京市内にある太極拳関連の施設を訪問して元気はつらつとした姿を見せた[36]2020年には、「皇帝」役でリウ・イーフェイやドニー・イェンと共演したディズニーの実写版映画『ムーラン』が公開され、登場シーンは少ないが老練なアクションシーンも披露。本人は当初出演のオファーを断っていたが、この映画に出てほしいと15歳の愛娘に懇願され、仕事を引き受け、結果的に娘のアドバイスを聞き入れて引き受けて良かったと語っている[37]

2023年11月に自伝本『超越生死:李連杰尋找李連杰』(Beyond Life and Death: Jet Li Looking For Jet Li)を出版した。

慈善活動 編集

2004年に、インドネシアスマトラ島沖地震に巻き込まれるも軽傷で済み、家族は無事に避難した[3]。それをきっかけに2006年1月に中国紅十字会の親善大使となった[38]

 
中国天津市での「世界経済フォーラム」にて(2008年)

2007年には中国紅十字会と協力して「ワン基金」(壹基金)を設立して基金活動を本格的に開始した。

2008年3月、「ワン基金」の取り組みでフォーブス誌に「アジアの慈善家48人」に選出され、同年5月には、発生した四川大地震でのボランティア活動に専念するため、年内の芸能活動はしないと宣言し、2009年平成21年台風第8号などによる災害からの復興支援にも尽力した。

2010年9月、国際赤十字赤新月社連盟の初代親善大使となった[39]

武術広報 編集

1986年の時には、中国の「中華武術国際発展公司」の理事長として活動した[1]

2007年に中国武術の競技を統轄する国際武術連盟英語版の宣伝大使に選ばれており[40]、2010年に中国で行われた第1回スポーツアコードワールドコンバットゲームズなどで広報活動を行った[41]

2011年太極拳を世界に広めるために「太極禅国際文化発展有限公司」をアリババ社の創業者ジャック・マーと共同設立してCEOに就任した[42][43]

アクション・スタイル 編集

ジェット・リーの武術アクションは、ダイナミックでスムーズな動きの美しさに特徴があり、中国武術の型に則った演武のアクションが基本になっている[2]

リーのアクションの基礎は北京武術大会5連覇の実績からも分かるように、競技武術の長拳武術太極拳)が中心となっている。映像などの記録では翻子拳などを映画撮影のために学んだ経緯も残っている。

映画『少林寺』(1982年)で披露した技は本来の少林拳ではない。本来の少林拳は今や民間伝承に僅かに残るものだけになっており、中国で少林拳とされる諸派は映画『少林寺』公開以後のブームから創作された近代少林拳である。当時、少林寺(嵩山少林寺)には武僧はほとんど残っておらず、やむなく競技武術選手であるジェットを招聘した。中国の少林拳を参考に創作された日本の少林寺拳法の一団も招聘され、何とかして無き少林拳を見た目だけでも映像化したかった窮状が垣間見える。

ザ・ワン』では柔と剛を象徴して柔は八卦掌中心、剛は形意拳を中心に演じている。

演じた武術家 編集

史実に登場する伝説的な武術家を演じることが多い。

オファーがあったが断った作品 編集

エピソード 編集

 
スイスでの「世界経済フォーラム」にて(2009年)
  • 日本では「リー・リンチェイ」表記が一般的だが、中国普通話の発音だと「リー・リェンジエ」が近い。
  • 英語名の「ジェット」は、3作目の『『阿羅漢』(1986年)の頃、中国国外のフィリピンなどで上映されることになって付けられた[3]
  • 中国語圏では「功夫皇帝」の名前で呼ばれることも多い[44][45][46][47][48][49]
  • 出身地は北京市と記されていることもあるが[4]遼寧省瀋陽市と記されていることもある[1][2]
  • 北京業余体育学校では、同い年のドニー・イェンと同期生であった。練習チームは別であったが、リーはイェンの練習の様子は見ていて「彼の脚、スゴイなあ」とイェンの足技に感心していたという[5]
  • 1974年にアメリカで武術交流会に参加した際、リチャード・ニクソン大統領に「大きくなったら、私のボディーガードになってくれ」と言われるが、「10億の中国国民を護らなくちゃいけないから…」とやんわりと拒否した[50]
  • かなり熱心なチベット仏教徒としても知られ、常に数珠を左手首にはめており[5]、共演者に数珠をプレゼントすることもあった。
  • 2000年にアメリカ国籍を取得するも後に放棄し[51]2009年にはシンガポール国籍を取得している。
  • スウォーズマン/女神伝説の章』(原作:『秘曲 笑傲江湖』)の令狐冲や、『カンフー・カルト・マスター 魔教教主』(原作:『倚天屠龍記』)の張無忌など、中国で大きな知名度を誇る作家・金庸の小説の主人公を演じた。
  • マトリックス』シリーズの主演を務めたキアヌ・リーブスは、ジェット・リーの作品を見てマトリックスにカンフースタイルを取り入れたと語っている[52]
  • ウォーロード/男たちの誓い』の撮影時に、一部の台湾メディアが文盲だと報じたが、共演者のアンディ・ラウらがそれを否定した[53]
  • 暴力的要素の濃い映画に出演することが多かったが、本人はコミカルな作品を好んでおり、2008年頃からは『ドラゴン・キングダム』のようなコミカルな作品の出演が増えていた。
  • 私生活では、1987年に黄秋燕フワン・チウイェン(当時は武術家、後に女優)と結婚(のちに離婚)。彼女との間に2人の娘がいる[5]。1999年には女優のニナ・リーと再婚。彼女との間にも2人の娘がいる[5]。リーが映画でラブ・シーンをやらなかったのは、ニナ・リーが厳しいためで、ニナとの再婚後リーは映画で肌も見せないようにしていたという[5]。なお、リーの母親は結婚前の若い頃に芸能人だったこともあるという[5]
  • 2013年に中国で行われた青島東方影都の起工式に中国国内外の著名な俳優とともに出席した[54]

おもな出演作品 編集

映画作品 編集

ドキュメンタリー 編集

  • 『ジェット・リー 燃えよカンフー』 中華武術 This is Kung Fu(1983年)
  • 『ジェット・リーの軌跡』 東方巨龍 Dragons of the Orient(1988年)
  • 少林海燈大師 Abbot Hai Teng of Shaolin(1988年) - 上作品とほぼ同じもの。
  • 大八掛 Lucky Way(1992年)
  • 『真少林寺』 少林真功夫 Li Lian Jie's Shaolin Kung Fu(1994年)
  • 『リーサル・ウェポン・ドキュメンタリー』 “Jet Li: Lee-thal Weapon” Documentary(1999年)
  • 『HERO外伝』 Cause: The Birth Of Hero(2002年)
  • 電影香江:功夫世家 Chop Socky: Cinema Hong Kong(2003年)
  • 毎日文娛播報・特輯解密李連杰(2005年)
  • 『バイオグラフィー:ジェット・リー』 Biography: jet li(2008年)
  • 傑出華人系列:李連杰(2008年)
  • カンフースタントマン 龍虎武師』(2023年) - 製作は2021年。アーカイブ出演

ミュージックビデオ 編集

著書 編集

  • 『超越生死:李連杰尋找李連杰』(Beyond Life and Death: Jet Li Looking For Jet Li)(2023年11月)

DVD BOX 編集

日本語吹き替え 編集

デビュー当初は水島裕などが吹き替えを務めていたが、後に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズで池田秀一が起用されたことがきっかけで池田が吹き替えを担当することが多くなる。ハリウッド・デビューをした後は異なる声優が務めることが多くなっていたが、『ドラゴン・キングダム』での吹き替えを機に池田がフィックス(専属)に近い形で担当するようになった[55]

水島裕

  • 「少林寺」(1982年)*TV:日本テレビ版
  • 「少林寺2」(1983年)*TV:日本テレビ版
  • 「阿羅漢」(1986年)*TV:日本テレビ版

森久保祥太郎

  • 「少林寺」(1982年)*ソフト版
  • 「少林寺2」(1983年)*ソフト版
  • 「阿羅漢」(1986年)*ソフト版

池田秀一

  • 「ファイナル・ファイター 鉄拳英雄」(1988年)
  • 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明」(1991年)
  • 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」(1992年)
  • 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地争覇」(1993年)
  • 「スウォーズマン/女神伝説の章」(1992年)
  • 「レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 格闘飛龍」(1992年)*VHS版
  • 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地雄覇」(1993年)*VHS版
  • 「レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 電光飛龍」(1993年)*VHS版
  • 「カンフー・カルト・マスター 魔教教主」(1993年)*VHS版
  • 「マスター・オブ・リアル・カンフー 大地無限」(1993年)*VHS版
  • 「新・少林寺伝説」(1994年)
  • 「フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳」(1994年)
  • 「ターゲット・ブルー」(1994年)
  • 「ハイリスク」(1995年)
  • 「ブラック・マスク」(1996年)
  • 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ&アメリカ 天地風雲」 (1997年)
  • 「冒険王」日本公開版(1997年)
  • 「ヒットマン」(1998年)
  • 「リーサル・ウェポン4」(1998年)*TV:テレビ朝日版
  • 「SPIRIT」(2006年)
  • 「ローグ アサシン」(2007年)
  • 「ドラゴン・キングダム」(2008年)
  • 「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」(2008年)*TV:フジテレビ版
  • 「エクスペンダブルズ」(2010年)
  • 「白蛇伝説」(2011年)
  • 「エクスペンダブルズ2」(2012年)
  • 「ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝」(2011年)
  • 「ドラゴン・コップス 微笑捜査線」(2013年)
  • 「封神伝奇 バトル・オブ・ゴッド」(2016年)

川本克彦

  • 「レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 格闘飛龍 方世玉」(1992年)*DVD版
  • 「ラスト・ヒーロー・イン・チャイナ 烈火風雲」(1993年)*DVD版
  • 「レジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター 電光飛龍 方世玉2」(1993年)*DVD版
  • 「カンフー・カルト・マスター 魔教教主」(1993年)*DVD版
  • 「マスター・オブ・リアル・カンフー 大地無限」(1993年)*DVD版
  • 「ダニー・ザ・ドッグ」(2005年)*ソフト版
  • 伝説の香港映画コレクション

堀内賢雄

  • 「D&D 完全黙秘」(1995年)

古澤徹

  • 「リーサル・ウェポン4」(1998年)*ソフト版

楠大典

  • 「リーサル・ウェポン4」(1998年)*TV:日本テレビ版
  • 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」(2001年)*ソフト版
  • 「ブラック・ダイヤモンド」(2003年)*TV:テレビ朝日版

飛田展男

  • 「ロミオ・マスト・ダイ」(2000年)*ソフト版
  • 「ブラック・ダイヤモンド」(2003年)*ソフト版

横堀悦夫

  • 「ロミオ・マスト・ダイ」(2000年)*TV:日本テレビ版
  • 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」(2001年)*TV:テレビ東京版
  • 「ザ・ワン」(2001年)*TV:テレビ東京版
  • 「ダニー・ザ・ドッグ」(2005年)*TV:テレビ東京版

井上和彦

  • 「ザ・ワン」(2001年)*ソフト版

森田順平

  • 「HERO」(2002年)

小山力也

  • 「ウォーロード/男たちの誓い」(2007年)

広瀬彰勇

  • 「ムーラン」(2020年)

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 「ジェット・リー・スペシャル――中国の至宝から世界のHEROへ」(ジェット・リー 2003, pp. 3–34)
  2. ^ a b c d e f g h i 浦川留「ASIAN ACTION STAR TRIBUTE/秘宝的永世王位式打星――ジェット・リー」(アジアン 2017, pp. 20–21)
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参考文献 編集

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  • 長野辰次; 佐野亨; 馬飼野元宏; 飯塚克味; 中垣恒太郎; 川合拓郎; お髭のマツオカ; 池畑寧子 ほか 著、藤本晃一 編『アクション映画大解剖――見る者を飽きさせないスリルと興奮!』三栄書房〈映画大解剖シリーズ vol.7〉、2023年8月。ISBN 978-4779648502 
  • 『ジェット・リー&世界にはばたいたドラゴンたち』(Screen特編版)近代映画社、2003年10月。ISBN 978-4764881051 
  • 『ジェット・リー』近代映画社〈スクリーン・デラックス〉、2006年3月。ISBN 978-4764820678 

外部リンク 編集