ジェフ・ファーマー英語: Jeff Farmer, 1962年8月14日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーニューヨーク州ニューヨーク出身。リングネームはnWoスティング[1]スーパーJ。兄はアメリカで名の知れた医師ポール・ファーマーである。

ジェフ・ファーマー
プロフィール
リングネーム ブラック・スコーピオン
ライトニング
コブラ
インポスター・スティング
nWoスティング
スーパーJ
本名 ジェフ・ファーマー
ニックネーム 謀略戦士
身長 191cm
体重 120kg
誕生日 (1962-08-14) 1962年8月14日(61歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク
スポーツ歴 レスリング
フットボール
ウエイトリフティング
トレーナー スティーブ・カーン
ブラックジャック・マリガン
オレイ・アンダーソン
デビュー 1991年
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来歴 編集

1991年、IWFにて従兄弟のサンダーとともにライトニングのリングネームでプロレスデビュー。

1993年にWCW入りし、スティービー・レイ&ブッカーTハーレム・ヒートと抗争する。また、8月にはサンダーとのタッグで全日本プロレスに初来日した。

1995年にサンダーとのタッグを解消してコブラを名乗るが、大きな実績は残せなかった。その後WCWを離れヨーロッパにて活動。

1996年に再びWCWに戻ることになる。ファーマーはスティングそっくりのいでたちで、nWo5人目のメンバーであるインポスター・スティング(後のnWoスティング)として登場。いわゆる偽スティングである。9月に行われたビッグマッチで、ハルク・ホーガンケビン・ナッシュスコット・ホールと組み、リック・フレアーレックス・ルガーアーン・アンダーソン、そして本物のスティングと戦い、サソリ固めでルガーをタップさせた。

1997年からは、蝶野正洋率いるnWoジャパンのメンバーとして来日。nWoジャパンの主力メンバーとして暴れまわった。初期の頃は入場テーマは蝶野の「CRASH」を使用していた。

1999年にはそのまま新日本に残りTEAM 2000の一員に加わる。その後しばらくして素顔に戻し、スーパーJに改名。

2002年には仲間割れを起こし新日本本隊としても戦った。ちなみに、スーパーJの時は、もみあげを「J」の文字に剃っていた。

その後新日本を離れ、UCWに参戦。nWoスティングに戻りヘビー級王座も獲得している。

2018年2月16日に後楽園ホールで開催された「プロレスリング・マスターズ」にTEAM 2000のメンバーとして参戦した[2]

得意技 編集

出典 編集

  1. ^ 「nWo」の表記は、大文字で「NWO」とする場合もある。
  2. ^ “蝶野がTEAM2000とともに“復活” ケンカキック発射でアシスト”. デイリースポーツ. (2018年2月16日). https://www.daily.co.jp/ring/2018/02/16/0010992594.shtml 2018年2月18日閲覧。 

外部リンク 編集