スエヒロジョウオー[1]日本競走馬繁殖牝馬1992年阪神3歳牝馬ステークスを16頭立ての9番人気で勝利し、2着に入った12番人気マイネピクシーとの馬連が120,740円というGIレース(当時)史上最高の払戻金額となった[3]。同年のJRA賞最優秀3歳牝馬[2]

スエヒロジョウオー
欧字表記 Suehiro Jo O[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1990年4月16日[1]
死没 2020年4月30日(30歳没)
トウショウペガサス[1]
イセスズカ[1]
母の父 マルゼンスキー[1]
生国 日本の旗 日本北海道新冠町[1]
生産者 小泉賢吾[1]
馬主 小林乙次郎[1]
調教師 吉永猛栗東[1]
厩務員 烏山正信[2]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀3歳牝馬(1992年)[1]
生涯成績 11戦3勝[1]
獲得賞金 7195.6万円[1]
勝ち鞍
GI 阪神3歳牝馬ステークス 1992年
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戦績 編集

1992年6月21日函館の新馬戦で、鞍上に田面木博公を迎えデビュー。394kgという牝馬としても小柄な馬体から12頭立て10番人気という低評価で、8着に敗れる。2戦目の未勝利戦で初勝利を挙げたが、その後2戦は良い所なく大敗。しかし5戦目のきんせんか賞で1番人気のワコーチカコを抑え、単勝オッズ100.6倍という最低人気で勝利する。

続いて迎えたGI阪神3歳牝馬ステークスでは、スローペースになったレースで後方に控えると、直線で一気の差し脚を見せ、9番人気の低評価をはね返しての勝利を収めた。2着にも12番人気のマイネピクシーが入り、馬連払戻金額120,740円はGIレース史上最高配当となった(現在でも馬連ではGI最高配当)[3]。なおこの時の馬体重390kg[3]カネヒムロ優駿牝馬優勝時の馬体重384kgに次ぐ、史上2番目の軽量馬体重GI勝利である。この勝利によってスエヒロジョウオーはこの年のJRA賞最優秀3歳牝馬(旧称。現在のJRA賞最優秀2歳牝馬)に選出された[2]

しかし4歳になってからは活躍を続けることができなかった。桜花賞で6着の後、オークストライアル4歳牝馬特別(東)に向けての追い切り当日、他馬の放馬のあおりを受けてスエヒロジョウオーも放馬、肩を20針以上も縫う大怪我を負い、4歳牝馬特別と優駿牝馬(オークス)を回避。ここで引退の話もあったが、陣営は諦めきれず、秋のエリザベス女王杯に出走させるためにスエヒロジョウオーを休養させて現役を続行した。

秋になってエリザベス女王杯トライアルのサファイヤステークスから戦線復帰したが、結局秋の成績は3戦してサファイヤステークスの9着が最高で、ローズステークス10着、本番のエリザベス女王杯でも12着と力を発揮することができず、このレースを最後に競走馬を引退した。

競走成績 編集

以下の内容は、netkeiba.com[4]およびJBISサーチ[5]に基づく。

年月日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ(人気) 着順 タイム
(上り3F/4F
着差 騎手 斤量
(kg)
勝ち馬/(2着馬)
1992.06.21 札幌 3歳新馬 芝1000m(良) 12 6 7 116.1(10人) 8着 1:00.3 (36.9) -1.7 田面木博公 53 ハヤオトヒメ
0000.09.05 函館 3歳未勝利 芝1200m(不) 8 5 5 8.9(6人) 1着 1:14.5 (38.3) -0.3 田面木博公 53 (オサイチギフト)
0000.09.27 函館 函館3歳S GIII 芝1200m(重) 14 6 9 106.0(14人) 5着 1:15.0 (39.1) -1.5 田面木博公 53 マザートウショウ
0000.10.17 京都 りんどう賞 500 芝1400m(良) 14 4 6 113.4(13人) 13着 1:26.3 (51.2) -0.3 藤田伸二 53 エルレイナ
0000.11.07 東京 きんせんか賞 500 芝1600m(良) 12 7 9 100.6(12人) 1着 1:36.3 (34.7) -0.1 田面木博公 53 ワコーチカコ
0000.12.06 阪神 阪神3歳牝馬S GI 芝1600m(良) 16 7 13 35.9(9人) 1着 1:37.9 (48.0) -0.2 田面木博公 53 (マイネピクシー)
1993.03.13 阪神 チューリップ賞 OP 芝1600m(良) 16 8 15 06.8(3人) 9着 1:38.4 (49.9) -1.6 田面木博公 54 ベガ
0000.04.11 阪神 桜花賞 GI 芝1600m(良) 18 3 5 28.5(8人) 6着 1:38.1 (49.7) -0.9 田面木博公 55 ベガ
0000.10.03 阪神 サファイヤS GIII 芝2000m(良) 12 5 6 33.5(10人) 9着 2:11.0 (42.1) -6.9 熊沢重文 54 アルファキュート
0000.10.24 京都 ローズS GII 芝2000m(良) 14 8 13 44.6(9人) 10着 2:01.5 (35.1) -1.3 熊沢重文 55 スターバレリーナ
0000.11.14 京都 エリザベス女王杯 GI 芝2400m(良) 18 2 4 61.0(13人) 12着 2:26.4 (36.6) -1.5 田面木博公 55 ホクトベガ

繁殖成績 編集

阪神3歳牝馬ステークスの勝利がフロックと見られたことと地味な血統背景から、関係者も繁殖牝馬としては期待していなかった。スエヒロジョウオーが未勝利戦を勝ち上がったころ、馬主から生産者の小泉賢吾に対し「将来繁殖牝馬として引き取るか」という打診があったが、小泉はスエヒロジョウオーが軽量馬だったことからこれを断っている。しかしその後GI優勝馬となったため、前言を覆して引き取ることにした。

繁殖牝馬となったスエヒロジョウオーは、初年度産駒から重賞2勝、4億円以上を稼ぎ出したスエヒロコマンダー(父・コマンダーインチーフ)を出したのを始め、競走馬としてデビューした9頭のうち6頭が勝ち上がるなど、繁殖牝馬としても低評価を覆している。

また、祖母としても朝日杯FSで2着に入ったマイネルロブスト(母は2番仔のコウエイベラドンナ)、アルマワイオリ(母は7番仔のイナズマローレル)を輩出した。

2020年4月30日、余生を送っていた小泉牧場で死亡した[6]

血統表 編集

スエヒロジョウオー血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 リュティエ系
[§ 2]

トウショウペガサス
1979 鹿毛
父の父
*ダンディルート
Dandy Lute
1972 鹿毛
Luthier Klarion
Flute Enchantee
Dentrelic Prudent
Relict
父の母
ソシアルトウショウ
1972 黒鹿毛
*ヴェンチア Relic
Rose O'Lynn
*ソシアルバターフライ Your Host
Wisteria

イセスズカ
1982 青鹿毛
マルゼンスキー
1974 鹿毛
Nijinsky Northern Dancer
Flaming Page
*シル Buckpasser
Quill
母の母
サリュウエイション
1969 黒鹿毛
*インファチュエイション Nearco
Allure
ミスナカヤマ トサミドリ
ミスイエリュウ
母系(F-No.) メダリオン系(FN:3-l) [§ 3]
5代内の近親交配 Relic 5・4(父系内) [§ 4]
出典
  1. ^ [7]
  2. ^ [8]
  3. ^ [9][7]
  4. ^ [7]
父・トウショウペガサスはダービー卿チャレンジトロフィー中山記念に勝ち、朝日杯3歳ステークスマイルチャンピオンシップ2着[9]。産駒のGI優勝馬は本馬の他にフェブラリーステークス優勝のグルメフロンティアがいる[10]
母系
祖母サリュウエイションの半弟ロッコーイチは、小倉記念北九州記念小倉大賞典の勝ち馬[9]
4代母ミスイエリュウは朝日チャレンジカップの勝ち馬[9]

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p スエヒロジョウオー”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月27日閲覧。
  2. ^ a b c 優駿』1993年2月号、日本中央競馬会、1993年、9頁。 
  3. ^ a b c 優駿』1993年2月号、日本中央競馬会、1993年、138頁。 
  4. ^ スエヒロジョウオーの競走成績”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年8月27日閲覧。
  5. ^ スエヒロジョウオー 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月27日閲覧。
  6. ^ スエヒロジョウオーの死亡について”. 引退名馬(名馬.jp) (2020年4月30日). 2020年4月30日閲覧。
  7. ^ a b c 血統情報:5代血統表|スエヒロジョウオー”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2015年6月26日閲覧。
  8. ^ スエヒロジョウオーの血統表”. netkeiba.com. 2020年6月6日閲覧。
  9. ^ a b c d 『優駿』1993年2月号、日本中央競馬会、141頁
  10. ^ 種牡馬情報:種牡馬成績 |トウシヨウペガサス”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2015年6月26日閲覧。

外部リンク 編集