トヨタ・セリカ
セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が1970年から2006年まで製造・販売していたハードトップおよびクーペ型の乗用車。日本初のスペシャリティ・カーとして初代モデルは70年代に一世を風靡した。歴代モデルには斬新なデザインが採用され、北米や欧州にも輸出された。日本国内の取り扱い販売店はトヨタカローラ店。
歴史
初代 A20/30型(1970年-1977年)
| トヨタ・セリカ(初代) TA2#/TA3#/RA2#/RA3#型 |
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|---|---|
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クーペ 1600GT(前期型)
リフトバック 2000GT(前期型)
リア(クーペ)
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| 販売期間 | 1970年 - 1977年 |
| 乗車定員 | 5人(クーペ)/4人(LB) |
| ボディタイプ | 2ドアハードトップクーペ 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 2.0/1.6/1.4L |
| 変速機 | 3速AT/5速MT/4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | F:マクファーソンストラットコイル R:4リンクリジッドコイル |
| 全長 | 4,215mm |
| 全幅 | 1,620mm |
| 全高 | 1,280mm |
| ホイールベース | 2,425mm |
| 車両重量 | 1,040kg |
| ブレーキ | F:ディスク R:ドラム |
| データモデル | リフトバック2000GT 5MT(前期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1970年12月に登場。前年の東京モーターショーに出品されたコンセプトカー・EX-1をベースとしている。登場時のボディタイプは独立したトランクルームを持つ2ドアハードトップクーペのみ。キャッチフレーズは「未来の国からやってきたセリカ」。同時に誕生したカリーナと車台を共用した。アメリカで大成功したフォード・マスタングに倣って、好みのエンジン、変速機、内装を自由に選べる“フルチョイス”と呼ばれるシステムを採用。ただし、ヤマハ製の2T-G型DOHCエンジンを積んだ最上級モデルの1600GTは“フルチョイス”の対象外だった。皮肉にも販売面ではGTの人気が高く、リフトバック登場時にフルチョイスシステムは廃止されている。
1972年8月のマイナーチェンジではリアコンビランプの方向指示器を独立させたうえにアンバーに変更したツーピースタイプとなる。燃料タンクの位置がトランク床下から後席背後に変更となり、給油口の位置もリアガーニッシュパネル裏(左右尾灯間)からリアピラーに変更された。モータースポーツ用ベース車として 1600GTV (VはVICTORY = 勝利)を追加。
1973年4月には、前年のモーターショーに出品されたコンセプトカー「SV-1」をベースに、テールゲートを備えた3ドアリフトバック ( LB ) が登場している。LBの燃料タンク位置は、初期のクーペと同じトランク床下であるため給油口はリアガーニッシュパネル裏にある。従来からのクーペには2,000cc (18R型) エンジン搭載車を追加。LBでは1,600ccOHV / 1,600ccDOHC / 2,000ccSOHC / 2,000ccDOHC の計4機種のエンジンが設定された。
1974年1月のクーペマイナーチェンジでノーズのデザインがフードの長いそれまでのLBの物に統一される。クーペに2000GT追加。1600GTのホイールキャップが廃止された。
1975年には昭和50年排出ガス規制への対策に伴い、シリーズ全体のマイナーチェンジを実施。この時、主として排ガス対策機器を納めるため、ボディサイズは全長 25mm、全幅 10mm、ホイールベース 70mm、フロントトレッド 50mm と、それぞれ拡大され、室内でも従来のイメージを残しつつ、ダッシュボードが大きく変更された。また、LB の一部グレードには、衝撃吸収バンパーが設定されている。その一方で 1400OHVモデル や 1600 DOHC モデルは廃止された。
1976年には2,000ccDOHC搭載モデルが昭和51年度排出ガス規制適合車となる。
モデル末期の1977年には特別仕様車として、「ブラックセリカ」が登場した。なお、最終型の時点で型式が A30 型に統一されている。
WRC(グループ2)には最高出力を135psまで上げたTA22型で参戦(1972-1973年)、RACラリー9位。1976年からはRA20型をベースにした車両に変更。エンジンは独シュニッツァーが製作、18R-Gを1,968ccにボアアップ、最高出力200ps。1978年まで活躍した。
1977年にドイツツリーングカー選手権へ参戦した車両も存在した。脚注を参照。
2代目 A40/50型(1977年-1981年)
| トヨタ・セリカ(2代目) TA4#/RA4#型 |
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|---|---|
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リフトバック(前期型)
クーペ(後期型)
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| 販売期間 | 1977年 - 1981年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 2.0/1.6L |
| 変速機 | 3速AT/5速MT/4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | F:マクファーソンストラットコイル R:4リンクリジッドコイル |
| 全長 | 4,410mm |
| 全幅 | 1,640mm |
| 全高 | 1,300mm |
| ホイールベース | 2,500mm |
| 車両重量 | 1,055kg |
| ブレーキ | F:ディスク R:ドラム |
| データモデル | リフトバック2000GT 5MT(前期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1977年8月、2代目にフルモデルチェンジ。先代と同じくカリーナと共通。ドアは先代と同じサッシュレスタイプで、センターピラー付のボディ構造となる。この代よりトヨタアメリカ ( TMS ) のデザインオフィスである、キャルティデザインリサーチ ( CALTY ) がスタイリングを担当。
1978年3月には、リフトバック(のちにクーペにも追加)にサンルーフ付き(日本車初/手動)を加え、翌4月には米国市場での対フェアレディZを主眼にした、上級モデルのセリカXX(MA40型)が登場する。
1979年8月、マイナーチェンジ。 フロントグリルが変更され、ヘッドライトが角型4灯になる。
他の変更点は外観ではセンターピラー・リアコンビネーションランプ 車体もエンジン前のフレームが変更されている。
1980年1月、4ドアセダンのセリカカムリが登場する。こちらはカリーナの姉妹車である。
1980年8月、GT系リフトバックのみリアサスペンションがこれまでの4リンクコイルリジッド式から、セリカXX同様、セミトレーリングアーム式に変更。リフトバックのみ変更。セミトレーリングアーム車はA50系。セミトレーリングアームのみホイールも14インチに拡大された。
WRC(グループ4)には1978年の1000湖ラリーからRA40型(最高出力230ps)が参戦する。1981年にはアイボリーコーストラリーにて最高位の準優勝を飾る。なお、1979年のRACラリーからDOHC4バルブのエンジン使用が許可されたため、ベース車両はRA63型に移行する。
また、1977年のF1日本GPで、オフィシャルカーとして、LBモデルが使用されている。
3代目 A60型(1981年-1985年)
| トヨタ・セリカ(3代目) SA6#/TA6#/RA6#型 |
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|---|---|
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クーペ 1.8ST EFI(前期型)
リフトバック(後期型)
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| 販売期間 | 1981年 - 1985年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 2.0/1.8/1.6L |
| 変速機 | 4速AT/5速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | F:マクファーソンストラットコイル R:4リンクリジッドコイル |
| 全長 | 4,435mm |
| 全幅 | 1,665mm |
| 全高 | 1,310mm |
| ホイールベース | 2,500mm |
| 車両重量 | 1,030kg |
| ブレーキ | F:ディスク R:ドラム |
| データモデル | リフトバック2000GT 5MT(前期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1981年7月にモデルチェンジ。車台はカリーナやコロナと共通。先代より一層スペシャルティカーの要素を強めて登場した。キャッチコピーは「世界、新CELICA」。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズ(GA60/MA60型)も含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディ(ショートノーズ・ショートホイールベース)は先代同様にリフトバック (LB) とクーペの2種類。エンジンは1,600cc・DOHC・EFI (2T-GEU)、1,800cc・SOHC・シングルキャブレター(1S-U)、1,800cc・OHV・EFI(3T-EU)、2000cc・DOHC・EFI (18R-GEU) の計4種類となる。
登場当初は4気筒系ボディ全車に日本車初となるライズアップ(ポップアップ)式ヘッドランプが採用されていたが、1983年のマイナーチェンジでリトラクタブル式ヘッドランプ(通称ブラックマスク)に変更となる。このモデルは2010年現在、日本車として唯一のポップアップ式ヘッドランプの採用例となっている。
1982年9月、2,000ccDOHCに代わって1,800ccツインカムターボ (3T-GTEU) GT-T系が追加された。とき同じくして姉妹車種のコロナ・カリーナにも同名のグレードが追加設定された。 1982年10月にはWRC・グループBホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。
1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを拡大した4T-GTEUをさらに2,090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃えるグループB時代のサファリラリーで3連覇を飾った。
1983年8月のマイナーチェンジではドアミラーの標準装備。GT系に60扁平タイヤを採用。1,600cc・DOHCのエンジンが2T-GEUから4A-GEUに変更。これに伴い1,800cc・OHV・EFIの3T-EUが廃止された。
なお、このモデルは2代目セリカXXとほぼ同時期に発売されたため、セリカXXの人気の影に隠れる形となってしまった。そのため、セリカとしてはマイナーなモデルとなっている。TA61型をベースにしたコンバーチブルが北米市場向けに生産されており、1985年に貿易摩擦解消のため9台限定(RA65L/2,400cc/オーバーフェンダー 当時600万円)で日本でも販売されている。
GT-TS
ツインカム・ターボが発表された1カ月後の1982年10月にグループBカーとなるGT-TS[2](TA-64型)が発売された。この車は当時のFISAのグループBカーの基となる200台生産が要求される型であり、この中から更に高度な改造を施した20台のエボリューション・モデルを製造することができた。純粋なラリーカーのベース仕様車であり、改造を前提とした簡素なモデルのために、価格も市販量産型のGT-Tよりも10万円安価な169万円である。同時期に日産自動車が同様の目的で製造した日産・240RSが既に競技用の改造が施された状態で200台生産されたこととは対照的な手法を採った。
エンジンは、市販型1,770ccの3T-GTEU型のボアを0.5 mm拡大し85.5 X 78.0 mmのボア&ストロークとした排気量1,791ccの4T-GTEU型が搭載された。これは競技規定でターボチャージャー付エンジンは係数1.4を掛けた値の排気量でクラス分けされるため3T-GTEU型では2,500cc未満のクラスに入れられてしまうことを避け、タイヤ巾のより広い3,000cc未満のクラスに入れるようにという配慮からである。エンジンに関する変更はこのボア拡大のみで160hp/6,000rpm、21.0mkg/4,800rpmといった値は3T-GTEU型と同じ。
当時の4気筒エンジン搭載のセリカの市販車には、後輪サスペンションが上位グレードの独立型セミトレーリングアームと下位グレードの固定型4リンク式リジッドの2種類があった。ツインカム・ターボ エンジン搭載の市販車は全て前者で、GT-TSは改造度の高さとラリー競技での整備性の高さから固定型サスペンションを採用していた。
ボディもスポイラーやオーバーフェンダーといった付加物は装着されておらず、フロントフェンダーの素材が鋼板から「R-RIM」と呼ばれるウレタン樹脂になったのが唯一の変更点である。車両重量は主にリアサスペンションの変更により標準のGT-Tよりも約35kg軽量化された1,110kgとなっていた。
グループB
それまでのRA61型グループ4カーを代替する競技車両として、前年に発売された200台生産のGT-TSから高度な競技専用の改造を施した20台のエボリューション・モデルが西ドイツのケルンを本拠地とするトヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)で1984年に製造されグループB[3]の公認を取得することになった。エンジンの開発とテストは日本で行い、車両の開発はドイツのTTEで行った。
エンジンは、ベースの排気量1,791ccの4T-GTEU型を89 X 84 mmのボア&ストロークとして規定いっぱいの2,090cc(換算値2,926cc)まで拡大した360hp/8,000rpm、35.0mkg/5,200rpm の4T-GT改となった。ターボチャージャーはそれまで他のセリカのレースカーで使用していたエアリサーチ社の物からラリー競技での実績やサービス性を考慮してTTEと同じドイツのKKK製K27型を採用した。吸気側のインタークーラーに備えたリリーフバルブと高度調整装置付きウェイストゲートバルブにより如何なる気圧環境下でも0.8kg/cm2の過給圧を保つことができた。燃料供給方式はトヨタグループの日本電装製のEFI、点火方式も日本電装製の電子制御ESAを採用した。
ターボチャージャー以外にもレース用部品を多用しており、変速機はトヨタとヒューランドが共同開発したドグクラッチ式5速マニュアルトランスミッション、クラッチはボーグ&ベック(Borg & Beck)製、デファレンシャルと後輪車軸はソールズベリー製、ブレーキは4ピストンキャリパーのAPロッキード製を使用していた。タイヤはピレリ製の前165-16、後195-15という大径細身のものを採用し、ホイールは当初マグライト製を使用していたが、後にスピードライン製に変更した。
ボディ側では、前後重量配分を改善すべくエンジン、変速機の位置を後方へ100mm移動させ、トランクリッド上にはトランク内に設置されたドライサンプ式オイルタンク用のオイルクーラーが搭載していた。市販車ではライズアップ式ヘッドライトが重量と信頼性を重視した固定式となり、大きく張り出した前後のフェンダーを含む多くの外板が軽量な樹脂製に交換されていた。
| 年月 | イベント | 順位 |
|---|---|---|
| 1983年7月 | ミルピステ | 2位 |
| 1983年8月 | 1000湖 | 6、12位 |
| 1983年10月 | コートジボワール | 1、3位、リタイア |
| 1983年11月 | RAC | 7位、リタイア、リタイア |
| 1984年3月 | ポルトガル | リタイア、リタイア |
| 1984年4月 | サファリ | 1位、リタイア、リタイア |
| 1984年6月 | ニュージーランド | 5位、リタイア |
| 1984年8月 | 1000湖 | 5位、リタイア |
| 1984年11月 | RAC | 3位、リタイア、リタイア |
| 1985年4月 | サファリ | 1、2位、リタイア |
| 1985年6月 | ニュージーランド | リタイア、リタイア |
| 1985年8月 | 1000湖 | 7位、リタイア |
| 1985年10月 | コートジボワール | 1、2位 |
| 1985年11月 | RAC | 5位、リタイア |
| 1986年3月 | サファリ | 1、2、4位 |
4代目 T160型(1985年-1989年)
| トヨタ・セリカ(4代目) ST16#型 |
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|---|---|
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FF モデル (ST162)
ターボ 4WD モデル (ST165)
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| 販売期間 | 1985年 - 1989年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 2.0/1.8/1.6L |
| 変速機 | 4速AT/5速MT |
| 駆動方式 | AWD/FF |
| サスペンション | F:マクファーソンストラットコイル R:ストラットコイル |
| 全長 | 4,365mm |
| 全幅 | 1,690mm |
| 全高 | 1,295mm |
| ホイールベース | 2,525mm |
| 車両重量 | 1,150kg |
| ブレーキ | 4輪ディスク |
| データモデル | 2000GT-R 5MT(後期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1985年8月、4代目にモデルチェンジし前輪駆動への大変革となった。FFコロナ/カリーナのフロアパンをベースにしているため、型式も「T」となり、セリカにはコロナクーペとカリーナEDという姉妹車も生まれた。『流面形、発見さる。』の広告コピーが象徴するように、スタイリングは、先代モデルを流動感ある曲線でなめらかに整形したかのようなラインを採用し、その後のトヨタ車やダイハツのクーペ風軽自動車「リーザ」にも影響を与えた。クーペはコロナ・ハードトップと統合されコロナクーペとなり、ボディタイプはリフトバックのみとなった。なお、トヨタでは4代目からリフトバックのことを「クーペ」と呼ぶようになった。
1986年にはトヨタ初のベベルギア式センターデフ(手動デフロック付き)をもつフルタイム4WDである排気量2,000ccのGT-FOUR(ST165型)が満を持して登場した。
1987年8月のマイナーチェンジでは2,000cc・16バルブ (3S-FE) 車が追加。1,600ccDOHC (4A-GE) 車は廃止。同時にGT-FOURの4WDシステムがビスカスカップリング式に変更された。
1987年10月にはトランクルームを持つ専用ボディーのコンバーチブル(ST162C型)が日本でも正式にラインナップに加わり、3S-FEエンジンを搭載して発売された。コンバーチブルは米国のASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション=現アメリカン・スペシャリティ・カーズ)によってオープン化改造を行っており、太平洋を往復する生産ラインが後のモデルのコンバーチブルでも継承されることになった。
1988年5月には1,800cc車もDOHC化 (『ハイメカ・ツインカム』4S-Fi) され、これでセリカ全車がDOHC化される。
WRCでは、グループBが廃止された後、1987年にトヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。TTEはグループAで勝つために、5,000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとし、X-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。そして1990年に、カルロス・サインツの手によって、日本車初のドライバーズタイトルを獲得することとなった。
4A-GE型エンジンを搭載した廉価版も用意されていた。
5代目 T180型(1989年-1993年)
| トヨタ・セリカ(5代目) ST18#/ST183C/ST185H型 |
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|---|---|
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2.0 Z-R (ST182)
2.0 Convertible (ST183C)
2.0 GT-Four A (ST185H)
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| 販売期間 | 1989年 - 1993年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 3ドアリフトバック 2ドアコンバーチブル |
| エンジン | 3S-GTE型 1,998L 直列4気筒 ターボ 225ps/6,000rpm 3S-GE型 1,998L 直列4気筒 165ps/6,800rpm 3S-FE型 1,998L 直列4気筒 125ps/5,600rpm |
| 変速機 | 4速AT/5速MT |
| 駆動方式 | 4WD/FF |
| サスペンション | 4輪ストラットコイル |
| 全長 | 4,420mm(標準 リフトバック) 4430mm (ワイドボディ リフトバック) 4480 mm (コンバーチブル) |
| 全幅 | 1,690mm(標準車) 1,745mm(ワイドボディ車) |
| 全高 | 1,295-1,305mm |
| ホイールベース | 2,525mm |
| 車両重量 | 1,160-1,460kg |
| ブレーキ | F:ベンチレーテッドディスク R:ディスク |
| データモデル | GT-FOUR 5MT(前期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1989年9月、セリカは5代目にモデルチェンジ。先代のイメージを踏襲しつつニューエアロフォルムと呼ばれる未来感覚にあふれる個性的なスタイリングを纏って登場した。プラットフォームは先代ベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。さらにフルタイム4WDであるGT-Fourのリアデフには日本初のトルセンLSDを装着した。限定車として、油圧制御式アクティブサスペンション装着車が用意された。オーディオは10スピーカーのスーパーライブサウンドシステムがオプション設定された。
ラリー競技への参加用車両として、クロスミッションを標準装備したラリーベースグレード「GT-Fourラリー」が設定された。オーディオ・エアコン・パワーウィンドウなどの快適装備はもちろんの事、標準装備品は交換される事を前提としてタイヤサイズも1サイズ細く、純正オプションのアルミホイールも設定無しという徹底ぶりだった。
1990年8月には、先代同様に輸出仕様車のみの設定のクーペボディをASCによって改造されたコンバーチブル(ST183C型)を追加した。エンジンを3S-GEにグレードアップしたほか、デュアルモード4WSの標準装備、本革シートの豪華版TYPE-Gを新たに設定。ダークブルーマイカメタリックのボディーに青い幌のLIMITED300も国内300台限定販売された。GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーによりワイドボディ化されたGT-FOUR A(ST185H型)が登場した。Aはアドバンスを意味する。
1991年8月にはリアコンビランプや細部の意匠変更、フロント・リアデザイン(エンブレムがトヨタマークに変更)、ドア内にサイドインパクトビームの追加、後席3点式シートベルトの装備、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。標準・ワイドの2種類のボディが混在していたGT-FOURは全てワイドボディ化され、実質的にGT-Four Aと差異が無くなった事からGT-Four Aはラインナップから消滅した。またGT-Fourは標準装備のタイヤ・ホイールが15インチ化されている。
同年9月、ST18#系最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルGT-Four RCが発表された。(RCとはラリー・コンペティションの略)生産台数はグループA規定の5,000台、日本国内ではそのうちの1800台が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。しかし実戦投入までの開発テスト期間もあり、WRCへ参戦したのは1992年からである。
空冷式インタークーラーとツインエントリーセラミックタービンを搭載した標準のGT-Fourに対し、GT-Four RCは冷却性能が車両の姿勢に左右されにくい水冷式インタークーラーと、耐久性を重視し金属製タービンブレードを使用したタービンを搭載、ワイドボディ化によりタイヤ選択の幅が広がり、ブレーキサイズ拡大で制動力を高め、1993年には宿敵ランチア・デルタ・HFインテグラーレを抑え、トヨタには初めてとなるWRCメイクス・ドライバーズのダブルタイトルをもたらした。
後年(2011年)放映されたトヨタの企業CM(ドラえもんとのコラボ)において同車(ST183Cコンバーチブル後期)がアニメとして登場するが、その登場の仕方が「セリカに乗ってデートする若いカップルを見て、のび太がしずかちゃんのドライブデートに憧れる」と言う内容だった。1990年前後(30歳=2011年ならばその20年前=1991年で、T180系の生産時期と時代が一致する)のセリカのキャラクターを表しているとも言える。(CM自体は30歳になったのび太の姿を通じ若者の車離れを暗に嘆く内容であった。)
6代目 T200型(1993年-1999年)
| トヨタ・セリカ(6代目) ST20#/ST202C型 |
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|---|---|
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Liftback (AT200, ST202, ST203, ST204)
Convertible (ST202C, ST204C)
GT-Four (ST205)
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| 販売期間 | 1993年 - 1999年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 2.0L |
| 変速機 | 4速AT/5速MT |
| 駆動方式 | AWD/FF |
| サスペンション | 4輪ストラットコイル |
| 全長 | 4,420mm |
| 全幅 | 1,750mm |
| 全高 | 1,305mm |
| ホイールベース | 2,535mm |
| 車両重量 | 1,390kg |
| ブレーキ | 4輪ベンチレーテッドディスク |
| データモデル | GT-FOUR 5MT(後期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1993年10月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上、カリーナEDとコロナ・エクシヴと共用される。重量は逆に20kg程度軽量化(ST205,ST185前期型比)されている。まずはNAモデルが先行発売され、ラインナップはハイメカツインカム3S-FE (140ps) 搭載のSS-Iと、スポーティツインカム3S-GE (MT:180ps/AT:170ps) 搭載のSS-IIの2グレードが発売された。また、SS-IIにはセリカとしては初採用のスーパーストラットサスペンション装着モデルも用意された。スーパーストラットモデルのMT車にはビスカスLSDが搭載され、オプションでスポーツABSも選択可能とし、更なるスポーツドライビングを実現した。
1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。搭載されるツインカムターボ3S-GTEはレーザークラッドバルブシートや、インジェクター容量の拡大(430cc→540cc)、メタルガスケットの採用、Dジェトロ燃料供給方式や水冷式インタークーラーなどにより255psとなった。駆動方式は先代同様フルタイム4WDだがスーパーストラットサスペンションを装着しブレーキも対向4ポット(前)、対向2ポット(後)のアルミキャリパー4輪ベンチレーテッドディスクとなり制動力も向上した。またWRC仕様車という、国内限定2,100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。
1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが、直前になっても車両の開発状況が思わしくなかった。特にスーパーストラットサスによるハンドリングチューンは難航し、結局オーストラリアでのデビューとなる。しかし、重い車体と決まらないハンドリングにチームとドライバーは悩まされ続け、WRCの勝利は1995年のツールドコルスのみ。これらの状況に加え、1995年に行われたレギュレーション変更によるターボリストリクター規制の厳格化が、1995年カタルニアラリーでのリストリクター違反発覚につながった。これが基で1995年のポイント剥奪+WRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。
1994年9月には日本市場向け量産型としては3代目となるコンバーチブル(ST202C型)を発売。ASCが引き続き手掛けた電動幌開閉装置は先代までの油圧式からオール電動モーターに変更され、3分割のレールが外側に広がりながら重なり合う「アウターフォールド機構」の採用で省スペース化を実現。後部座席幅が260mm広がり、大人男性2人でも窮屈にならない程度に改善された。また、リアウインドウに初めてガラス(電熱線入り)を採用。幌を閉じた状態はクーペタイプに見劣りしないスマートなシルエットとなった。ボディはクーペと異なり、3ドアリフトバックではなくモノコックボディを採用している事が一番の特徴であろう。これによりクーペタイプとほぼ変わらない重量と剛性を実現している。ST202CはST183Cなどと同様に北米仕様のセリカクーペをベースとしているため、ST200型セリカクーペのフロントマスクを日本独自のデザインにして販売していたカレンとは、トランクパネルやテールランプなどリア周辺の部品が共通している。
1997年12月にはエンジン改良等のマイナーチェンジが行われ、特にSS-II、SS-IIIに搭載される3S-GEエンジンはマイナーチェンジの枠を大きく超える改良が施された。3S-GEのエンジン本体の変更点は、VVT-i採用のBEAMSとなったことが挙げられる。VVT-i採用に伴って、オイルポンプの吐出量の増量化、オイル通路の新設、プーリーの追加、タイミングベルトカバーの形状変更、タイミングベルトの歯数・材質の最適化、ECUの変更などが余儀なくされた。その他、エンジン関係の変更点としては、シリンダーヘッドガスケットのメタル化や、シリンダーヘッドの形状変更、バルブ挟み角の変更、ピストンの軽量化、インジェクター噴射口数の増加、ダイレクトイグニッションの採用など、枚挙に遑がない。エンジンのみならず、同時に補機類にも数々の改良が加えられている。補機類の変更点としては、熱線式エアフロメーターの採用、サージタンク容量の拡大、フライホイールの軽量化、スロットルボア径の拡大、インテークポートにポートファンネル形状の採用、ステンレス製エキマニの採用、エキマニの等長化、触媒の小型化、新ダイアグノーシスの採用(国際規格化)、熱害警告装置の廃止(全グレード)などがある。以上のようなフルモデルチェンジに迫る改良の結果、最高出力と燃費を大幅に向上させている(200ps)。同時にエクステリアも変更を受け、マルチリフレクター(ハイビーム)プロジェクター(ロービーム)ヘッドライトを採用、GT-FOURとSS-IIIには大型リアスポイラーやサイドマッドガードが標準装備された。インテリアの変更点は、メタル調パネルの採用(全グレード)や、エアバッグの小型化(全グレード)、ホワイトメーターの採用(3S-GE搭載車)などがある。以上のような目まぐるしい改良が行われたにもかかわらず、販売的には苦戦を強いられ、わずか1年半後には次期モデルにバトンタッチすることになった。
GT-FOURとコンバーチブルは次期モデルのZZT230系は市販に至らず、ST200型が最終モデルである。
HKSの手によってチューンされたST202型は日本産FF車として、初めて0→400m加速で10秒を切るタイムを叩きだした。
GTCC・TEAM坂東がST202をGT300クラスで走らせていた。
7代目 T230型(1999年-2006年)
| トヨタ・セリカ(7代目) ZZT23#型 |
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|---|---|
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前期型
後期型
リア
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| 販売期間 | 1999年 - 2006年 |
| デザイン | CALTY |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 3ドアリフトバック |
| エンジン | 直列4気筒 1.8L |
| 変速機 | 4速AT/5速MT/6速MT |
| 駆動方式 | FF |
| サスペンション | F:ストラットコイル R:ダブルウイッシュボーン |
| 全長 | 4,335mm |
| 全幅 | 1,735mm |
| 全高 | 1,305mm |
| ホイールベース | 2,600mm |
| 車両重量 | 1,120kg |
| ブレーキ | F:ベンチレーテッドディスク R:ディスク |
| データモデル | 1.8 SS-II 6MT(前期型) |
| -自動車のスペック表- | |
1999年10月にフルモデルチェンジ。CALTYがスタイリングを手がけた、つり目状のヘッドランプが特徴。
ダウンサイジングを果たしたボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり、高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらず、ベースプラットフォーム(同社のMCプラットフォームに相当)にビスタ、Opa、カローラ、プレミオ、アリオンなどの4WD仕様のものを採用したことで、リア・サスペンション形式がバイザッハアクスル式ダブルウィッシュボーンとなっている。
新設計のZZ系エンジンは、先代から200ccスケールダウンした1,800ccとなるも、トップグレード SS-II が搭載する2ZZ-GE型エンジン(ハイオク指定)は連続可変バルブタイミング・リフト機構 (VVTL-i) を備え、190psを発揮する。エントリーグレードの SS-I は実用エンジンの1ZZ-FE型を搭載しているが、専用チューンにより同型エンジンを積む車種の中で最も高い145psとなっている。なお、環境性能は SS-I、SS-II ともに☆1つの「平成12年基準排出ガス25%低減レベル」となっている。
軽量化と自然吸気エンジンへの回帰は、開発時期が重なっていたMR-Sでも同様に目標に掲げられており、パワー&ドライブトレーンも同じ両車は、一部の実験データも共有している。ともにそのハンドリングは、特にイギリスでの評価が高い。
GT-FOURが廃止され、車格の低いカローラレビン / スプリンタートレノとの統合が図られ、排気量も小さくしたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60~90kgの軽量化を果たしている。特に、SS-I のMT車に至っては車両重量1,090kgと、SS-II のMT車よりも30kg軽く、スーパーストラットパッケージ車と比較で50kgの差で、単純にロワグレードと言い切れないメリットがある。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-II ではそれほど値が下がっておらず、同グレードの SS-II スーパーストラットサスペンションは T230型の方が幾分高くなっている(消費税抜き)。SS-I では、SS-II と比べて内装・外装を適度に省略 / 簡略化する事で、低価格を実現している。SS-II との仕様、装備の差は、1ZZ-FE型エンジン(145ps)、リアはディスクでなくドラムブレーキ、電動格納が省略されたドアミラー、マニュアルエアコン、本革でなくウレタンステアリングとウレタンシフトノブ、リアスポイラー無し、マフラーカッター無し、60扁平。これにより、SS-I は発売当初で標準価格は168万円を実現した。その後のマイナーチェンジにより価格が若干上がる。
近未来的で独特なヘッドライトはスポコンブームも手伝ってフェイスリフトの素材として人気を博した。
2006年4月、折からのスペシャルティカー市場の不振の影響を受け、生産を終了した。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。ただし北米ではサイオン・tCの名前でセリカ同様の4気筒FF2ドア・スポーツクーペが2004年より販売されている。
TEAM坂東からFR化したセリカで参戦していた当初のエンジンは3S-GTEである。
車名の由来
- 「天上の、空の、神々しい」という意味のスペイン語のcelicaより。
脚注
- ^ この他、ドイツツーリングカー選手権に、シュニッツァーが製作したRA20ベースのセリカLBターボがGr.5クラス(シルエットフォーミュラ)へ出場した。後にトムスが輸入。日本国内レースで活躍した。
- ^ 「NEW MODEL」、『CAR GRAPHIC』No. 2611982年12月、 pp. 57。
- ^ 飯島, 俊行「THE STORY OF CELICA RALLY VERSION」、『ラリー & rally WORLD』VOL.1、1986年、 pp. 26 - 39。
関連項目
- 世界ラリー選手権
- トヨタ・カリーナ
- トヨタ・カムリ
- トヨタ・セリカXX - 上級車種
- トヨタ・スープラ - セリカXXの後継車
- トヨタ・コロナクーペ
- トヨタ・カリーナED
- トヨタ・コロナEXiV
- トヨタ・カレン - 輸出仕様セリカクーペを日本国内用にモデファイした姉妹車。
- トヨタ・カルディナ - GT-fourを継承したグレードがある。
- トヨタ・FT-86