ドラール賞(ドラールしょう、Prix Dollar)とはフランスギャロパリロンシャン競馬場1950メートルで施行する競馬G2競走国際競走)である。凱旋門賞ウィークエンドにおいて凱旋門賞の前日に開催されている。競走名の由来は19世紀後半に活躍した競走馬種牡馬であるドラールから。

ドラール賞
Prix Dollar
1980年の勝ち馬ノーザンベイビー
painted by Bob Demuyser (1920-2003)
開催国 フランスの旗フランス
主催者 フランスギャロ
競馬場 パリロンシャン競馬場
2014年の情報
距離 芝1950メートル
格付け G2
賞金 賞金総額20万ユーロ[1]
出走条件 サラブレッド3歳以上
負担重量 別定戦本文に記載
テンプレートを表示

概要 編集

1905年にフランスのサラブレッド生産において不可欠な結果を残した種牡馬であるドラールを記念し、ロンシャン競馬場の芝3100メートルで創設された。第1回は秋に行われたが、次回以降に春季開催へ移行した。1909年に施行距離が2200メートルに短縮され、これ以降もたびたび変更されるが小幅にとどまり概ね中距離で行われている[2]

1934年のみサントネール賞 (Prix du Centenaire) の名で2100メートルのハンデキャップ競走として開催された。サントネールとはフランス語で百年の意味であり、その名の通り奨励協会(フランスギャロの前身)の100周年を記念したものである。賞金をハンデキャップ競走としては驚異的な318,600フラン[† 1]とし20頭の競走馬を集めたが、結果は斤量51kgの穴馬ピュリシュリミュス (Pulcherrimus) [† 2]が勝つという波乱となった[2][3]

1969年には施行距離が現在と同じ1950メートルに変更された。それ以降で異なる距離で施行されたのは、1986年シャンティイ競馬場の2000メートルで行われた1度だけである。1987年からロンシャン競馬場に戻り、翌1988年には3歳馬も出走可とした上で凱旋門賞の前日に開催されることとなった[2]

近年は本競走から香港カップを目指す馬がおり、2002年優勝馬ダノマストと2007年優勝馬ミュージカルウェイが共に3着と結果を残した。優勝馬の中から種牡馬としてモンタヴァルとシャラプールおよびクリエイターが、繁殖牝馬として前述のミュージカルウェイが日本に輸入されている。

負担重量は3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬1.5kg減を基本とし、

  • 施行年のG2競走優勝馬は2kg増
  • 施行年のG1競走優勝馬は3kg増

以上の条件で斤量が課せられる[4]

歴史 編集

  • 1905年
    • ロンシャン競馬場で行われる芝3100メートルの重賞競走、ドラール賞として創設。
    • エドモン・ブランの所有馬Gouvernant[† 3]が優勝。
  • 1907年 ProcopeとEiderが同着優勝。
  • 1909年 施行距離を2200メートルに短縮。
  • 1915年 - 1918年 - 第一次世界大戦の影響により中止。
  • 1922年 Zagreusが史上初の連覇。
  • 1934年 この年のみ2100メートルの奨励協会100周年記念ハンデキャップ重賞、サントネール賞として開催。
  • 1940年 - 1943年 第二次世界大戦の影響により中止。
  • 1944年 - 1945年 ル・トランブレー競馬場の2150メートルで代替開催。
  • 1957年 施行距離を2000メートルに短縮。
  • 1958年 施行距離を2250メートルに延長。
  • 1960年 施行距離を2000メートルに戻す。
  • 1962年 Bondolfiが史上2頭目の連覇。
  • 1965年 - 1966年 シャンティイ競馬場で開催。
  • 1969年 施行距離を1950メートルに短縮(以降、1986年を除きこの距離で固定)。
  • 1971年 グループ制導入に伴いG2に格付け。
  • 1979年 トリリオン (Trillion) が史上3頭目の連覇。
  • 1986年 シャンティイ競馬場の2000メートルで開催。
  • 1987年 ロンシャン競馬場の9月末に移行し、施行距離は1950メートルに戻る。
  • 1988年
    • 施行時期を凱旋門賞の前日(原則10月第1週土曜日)に移行。
    • 出走条件を4歳以上から3歳馬以上に変更。
  • 1996年 フレメンズファース (Flemensfirth) が史上4頭目の連覇。
  • 2002年 デンマーク調教馬ダノマストが制覇。
  • 2005年 タッチオブランド (Touch of Land) が史上5頭目の連覇。
  • 2012年
    • 賞金総額を13万ユーロから20万ユーロに増額。
    • シリュスデゼーグル (Cirrus des Aigles) が9馬身差で優勝。前年の2着をはさみ前々年に続く本競走2勝目。
  • 2013年 シリュスデゼーグルが史上6頭目の連覇。かつ、史上初の本競走3勝目。
  • 2016年 - 2017年 シャンティイ競馬場で代替開催。

歴代優勝馬 編集

※1978年以降の優勝馬を記載する[5][6]

回数 施行日 調教国・優勝馬 日本語読み 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師
第89回 1978年5月28日  Trillion トリリオン英語版 牝4 1:59.9 L.ピゴット M.ジベール (en)
第90回 1979年5月27日  Trillion トリリオン 牝5 2:10.7 L.ピゴット M.ジベール
第91回 1980年6月1日  Northern Baby ノーザンベイビー英語版 牡4   P.パケ (en) F.ブータン (en)
第92回 1981年5月31日  P'tite Tete ペティテート[† 4] 牡5 2:08.5 G.デュブロウク G.デロワ
第93回 1982年5月30日  Al Nasr アルナスル英語版 牡4 1:59.3 A.ジベール A.ファーブル
第94回 1983年5月29日  Welsh Term ウェルシュターム 牡4 2:03.0 Y.サンマルタン Rb.コレ (en)
第95回 1984年5月27日  Mourtazam ムルタザム 牡6 2:08.0 P.ボダン A.ファーブル
第96回 1985年6月2日  Yashgan ヤシュガン 牡4 2:00.9 Y.サンマルタン A.ロワイエ=デュプレ
第97回 1986年6月8日  Iades イアデス[† 5] 牡4 2:00.7 F.ヘッド F.ブータン
第98回 1987年9月27日  Takfa Yahmed タクファヤハメド 牡4 2:04.6 A.ジベール M.サリバ
第99回 1988年10月1日  Squill スキル 牡3 2:02.4 G.ギニャール C.ヘッド
第100回 1989年10月7日  Creator クリエイター 牡3 2:04.1 C.アスムッセン A.ファーブル
第101回 1990年10月6日  Agent Bleu エージェントブルー 牡3 2:05.9 D.ブフ E.ルルーシュ
第102回 1991年10月5日  Wiorno ウィオルノ 牡3 2:04.0 T.ジャルネ (en) A.ファーブル
第103回 1992年10月3日  Sillery シレリー 牡4 2:11.6 F.ヘッド C.ヘッド
第104回 1993年10月2日  Knifebox ナイフボックス 牡5 2:07.7 M.ロバーツ J.ゴスデン (en)
第105回 1994年10月1日  Alderbrook オルダーブルック英語版[† 6] 牡4 2:04.6 Pl.エデリー[† 7] J.セシル[† 8]
第106回 1995年9月30日  Flemensfirth フレメンズファース英語版 牡3 2:07.8 L.デットーリ J.ゴスデン
第107回 1996年10月5日  Flemensfirth フレメンズファース 牡4 2:07.7 L.デットーリ J.ゴスデン
第108回 1997年10月4日   Alhaarth アルハース英語版 牡4 1:59.2 L.デットーリ S.ビン・スルール
第109回 1998年10月3日  Insatiable インセイシャブル 牡5 2:07.7 O.ペリエ M.スタウト
第110回 1999年10月2日  State Shinto ステイトシント 騸3 2:19.0 T.ジャルネ A.ファーブル
第111回 2000年9月30日   Slickly スリックリー 牡4 1:59.3 L.デットーリ S.ビン・スルール
第112回 2001年10月6日  Albarahin アルバラヒン 牡6 2:10.5 R.ヒルズ (en) M.トレゴニング (en)
第113回 2002年10月5日  Dano-Mast ダノマスト 牡6 2:01.6 O.ペリエ F.ポールセン
第114回 2003年10月4日  Weightless ウェイトレス 牡3 2:05.4 T.テュリエ (en) P.バリー (en)
第115回 2004年10月2日  Touch of Land タッチオブランド 牡4 1:58.3 C.ルメール H-A.パンタル
第116回 2005年10月1日  Touch of Land タッチオブランド 牡5 2:04.4 C.ルメール H-A.パンタル
第117回 2006年9月30日  Soldier Hollow ソルジャーホロー 牡6 1:59.4 O.ペリエ P.シールゲン
第118回 2007年10月6日  Musical Way ミュージカルウェイ 牝5 2:04.2 R.トーマス P.バン・デ・ポール
第119回 2008年10月4日  Trincot トランコト 牡3 2:03.5 I.メンディザバル P.ドゥメルキャステル
第120回 2009年10月3日  Pipedreamer パイプドリーマー 牡5 2:00.3 D.ブフ J.ゴスデン
第121回 2010年10月2日  Cirrus des Aigles シリュスデゼーグル 騸4 2:09.6 F.ブロンデル C.バランド=バルブ
第122回 2011年10月1日  Byword バイワード英語版 牡5 2:00.41 M.ギュイヨン A.ファーブル
第123回 2012年10月6日  Cirrus des Aigles シリュスデゼーグル 騸6 2:07.95 O.ペリエ C.バランド=バルブ
第124回 2013年10月5日  Cirrus des Aigles シリュスデゼーグル 騸7 2:02.83 C.スミヨン C.バランド=バルブ
第125回 2014年10月4日  Fractional フラクショナル 騸5 2:05.78 R.Marchelli A.ファーブル
第126回 2015年10月3日  Free Port Lux フリーポートルクス 牡4 1:59.58 T.Jarnet F.ヘッド
第127回 2016年10月1日  Potemkin ポテムキン 騸5 2:06.54 E.Pedroza A.Wohler
第128回 2017年9月30日  Garlingari ガルリンガリ 騸6 2:04.48 S.Pasquier M.C.Barande-Barbe
第129回 2018年10月6日  Alignement アラインメント 騸5 2:02.23 M.Guyon C.Laffon-Parias
第130回 2019年10月5日  Skalleti スカレティ英語版 騸4 2:06.56 P-C.Boudot J.Reynier
第131回 2020年10月3日  Skalleti スカレティ 騸5 2:10.41 M.Guyon J.Reynier
第132回 2021年10月2日  Dubai Honour ドバイオナー 騸3 2:08.14 J.Doyle W.Haggas
第133回 2022年10月1日  Anmaat アンマート 騸4 2:05.37 J.Crowley O.Burrows
第134回 2023年9月30日  Horizon Dore オリゾンドレ 騸3 1:59.86 M.バルザローナ P.Cottier

1977年以前のおもな優勝馬は以下のとおり。

  • 1905年 - Gouvernant
  • 1907年 - Eider / Procope
  • 1921年 - Zagreus
  • 1922年 - Zagreus
  • 1938年 - Kiss Curl
  • 1939年 - Le Téméraire
  • 1949年 - Priolo
  • 1950年 - Flocon
  • 1951年 - Violaine
  • 1957年 - モンタヴァル (Montaval)
  • 1960年 - Javelot
  • 1961年 - Bondolfi
  • 1962年 - Bondolfi
  • 1964年 - Fast Dip
  • 1967年 - グレートネフュー (Great Nephew)
  • 1970年 - プリアモス (Priamos)
  • 1971年 - カロ (Caro)
  • 1972年 - シャラプール (Sharapour)
  • 1973年 - Gift Card
  • 1974年 - Margouillat
  • 1975年 - アレフランス (Allez France)
  • 1976年 - カスティール (Kasteel)

日本調教馬の成績 編集

日本人騎手の成績 編集

日本調教馬以外での調教成績

  • 日本調教馬以外と言っても馬主は2頭とも日本人である。
回数 施行日 騎乗馬名 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順
第105回 1994年10月1日  Jeune Homme[† 9] 牡4 武豊 F.ブータン 6頭 5着
第121回 2010年10月2日  Cima De Triomphe(チマデトリオンフ 牡4 武豊 B.グリゼッティ 10頭 7着

記録 編集

  • レースレコード - 1:58.30(2004年優勝馬タッチオブランド)
  • 最多優勝騎手 - フレディ・パーマー 6勝(1949年 - 1951年、1957年、1960年、1964年)
  • 最多勝調教師 - ペルシー・カーター 7勝(1938年、1939年、1949年 - 1951年、1960年、1964年)

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 当時のフランス高額賞金競走であるジョッケクルブ賞の403,000フランに次ぐ、ディアヌ賞は265,000フラン[2]
  2. ^ ピュリシュリミュスは障害馬であり、19日後のアンギャンのハードル大障害 (Grande Course de Haies d'Enghien) にも続けて勝利している[2]
  3. ^ 既に1904年のプール・デッセ・デ・プーランや共和国大統領賞(現在のサンクルー大賞)、1905年のカドラン賞バーデン大賞などを勝っていた名競走馬。
  4. ^ アメリカ転厩後、同年の第1回ジャパンカップに出走し4着。
  5. ^ アメリカ転厩後、翌年の第7回ジャパンカップに出走し6着。
  6. ^ 1995年のカルティエ賞最優秀ハードラー。
  7. ^ ポール・エデリーは名騎手パット・エデリーの実弟。
  8. ^ ジュリー・セシルは名調教師ノエル・マーレスの娘でヘンリー・セシルの妻(後に離婚)。
  9. ^ 協和牧場の創業者である浅川吉男の所有馬。後に血統の良さ(ストームキャットのいとこなど)から種牡馬となる。

出典 編集

  1. ^ ICSC 2014 France2014年12月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e フランスギャロ、ドラール賞の歴史
  3. ^ チボー2004、97頁
  4. ^ IFHA、競走詳細
  5. ^ レーシング・ポスト
  6. ^ courses-france

参考文献 編集

ウェブサイト
出版物
  • ギイ・チボー 著、真田昌彦 訳『フランス競馬百年史』クロード・ロベルジュ監修、財団法人競馬国際交流協会、2004年。