ドルゴルーコフ家またはドルゴルーキー家ロシア語表記:Долгоруковы,Долгору́кие / 英語表記:Dolgoroukov)は、リューリク朝の流れをくむロシアクニャージ)の家系。本家筋のオボレンスキー家と同じく、1246年にモンゴル帝国によって殺害された、チェルニゴフ公家出身のキエフ大公ミハイル2世の子孫である。家名は一族の始祖の異名「ドルゴルーキー」(ロシア語で「長い腕」を意味する)に由来する。ただし、ユーリー・ドルゴルーキーの直系子孫ではない。

輩出した人物 編集

 
ドルゴルーコフ家のポドモクロヴォの領地に建てられた教会(1714年‐1722年)

同家に属する人物は全て「prince」に相当する「公(Князь / knyaz)」ないし「公女(княжна / knyaginya)」の称号を以て称されるが、ここでは略する。

外部リンク 編集