ノーザンブロッティング

ノーザンブロッティング: Northern blottingノーザンブロット Northern blot とも)あるいはRNAブロッティング: RNA blottingRNAブロット RNA blot とも)[1][2]とは、分子生物学研究において用いられる、RNAを検出することによって遺伝子発現を解析する手法である[3][4]。「ノーザン(northern; 北の〜)ブロッティング」の名称は、DNAを検出するサザンブロッティングと同様の原理によることから、一種の洒落として名づけられた通称である[「サザンブロッティング」は開発者エドウィン・サザン(Southern; 英語で南の〜、の意)の名からとられている)][2][3]

ノーザンブロッティングによるRNAの検出の流れを示した図。抽出したRNAをゲル(黄色)を用いて電気泳動して分離したのち、それをメンブレン(赤色)に転写した上で、核酸プローブ(緑色の矢印)を用いて目的のRNAのみを検出する。

ノーザンブロッティングを用いることによって、形態形成細胞分化病気の発病などの様々な状況下で、ある特定の遺伝子がどのように発現しているかを比較・解析することが可能である[5]。ノーザンブロッティングにおいては、まずサンプルから抽出したRNAを電気泳動によってそのサイズごとに分離したのち、メンブレン(フィルター膜)への転写を行なう。その後RNAが転写されたメンブレン上で、標識した核酸プローブ英語版を用いて目的とするRNAの量、サイズを検出する。なお本来「ノーザンブロッティング」という言葉が指すのは、RNAを電気泳動ゲルからメンブレンへ転写(「ブロッティング」)する過程のみである。しかし、一般的には電気泳動、検出といったその前後の一連の過程を合わせて「ノーザンブロッティング」と呼ぶことが多い[2][6]。ノーザンブロッティングの手法は1977年にスタンフォード大学のJames Alwine、David Kemp、そしてGeorge Starkによって米国科学アカデミー紀要に発表された[7]。サザンブロッティングとの主な違いは、ノーザンブロッティングにおいてはDNAではなくRNAが解析の対象となることである[8]

手法 編集

概要 編集

一般的なノーザンブロッティングの手順[6][9]は、まずホモジェナイズ(均質化)された組織または細胞サンプルからRNAを抽出することから始まる。真核生物メッセンジャーRNA(mRNA)は、その末端にポリA尾部を持つことから、それに結合するオリゴdTを用いたクロマトグラフィーによって単離することができる[10][11]。こうして得られたRNAサンプルはゲル電気泳動によって分離される。電気泳動に用いるゲルは崩れやすく、またRNAの検出に用いる核酸プローブ英語版はゲルの基質に侵入することができないので、分離されたRNAは続いてメンブレンと呼ばれるナイロン膜へ、吸引もしくはキャピラリーを用いた拡散によって転写(ブロット)される。

 
キャピラリー(毛細管)を用いて電気泳動ゲルからメンブレンへRNAを転写する装置の例。毛細管現象を利用して下側に位置するゲル(黄色)から上方のメンブレン(赤)へRNAを移動させる。

ナイロンでできたメンブレンは正の電荷を帯びているため、負の電荷を帯びている核酸を効率よく吸着することができる。転写に用いるバッファーホルムアミドを含んでおり、RNAとプローブのハイブリダイゼーションに必要な温度を下げる働きを果たしている。これにより、反応を低温で行うことができ、高温によるRNAの分解を防ぐことができる[12]。RNAがメンブレンに転写された後、UV照射や熱処理によって、RNAをメンブレンへ固定化する。その後、標識のついたプローブをRNAとハイブリダイズさせる。この段階でハイブリダイゼーションの効率と特異性に影響を与える因子として、イオン強度や粘度、RNAおよびプローブの長さ、不対合塩基対の数、塩基組成などが挙げられる[13]。ハイブリダイゼーションののちメンブレンを洗浄して、非特異的な結合を生じているプローブを洗い流す。ハイブリダイゼーションしたプローブとRNAの複合体を、標識の種類によってX線写真などの方法によって検出したのち、デンシトメトリー英語版によってそのシグナルの強さを定量し、RNAの量を定量する。対照実験ネガティブコントロール)として、マイクロアレイRT-PCRによって標的のRNAが存在しないことが確認されているサンプルを用いることもある[13]

ゲル 編集

 
ホルムアルデヒドを含んだアガロースゲルで電気泳動された真核生物の全RNA。28S(最も上のバンド)、および18S(その下の明るいバンド)リボソームRNAが目立つ。左側にはRNAラダーが一緒に泳動されている。

RNAサンプルはRNAの二次構造形成を阻害するための変性剤としてホルムアルデヒドを含んだアガロースゲルを用いた電気泳動によって分離されるのが一般的である[13][14]。泳動後のゲルをブロッティングする前にエチジウムブロマイドで染色し、UV照射下で観察することで、RNAの量と品質を確認することもある[13]尿素を加えたポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動でもRNAを分離することができるが、これは断片化したRNAやマイクロRNAに対して用いられることが多い[15]。 サンプルの隣にはRNAラダー(分子量マーカー)を共に泳動して、得られたRNAの長さなどを調べることも多いが、全RNAサンプルの場合はリボソームRNAをマーカーの代わりとして用いることもできる[13]。リボソームの大サブユニットは分子量28S(約5,000 塩基対)、小サブユニットは分子量18S(約2,000 塩基対)であるため、泳動像には2本の目立つバンドが現れる(右図)[13][16]

プローブ 編集

ノーザンブロッティングにおけるRNAの検出には、標的RNAの一部または全部と相補的な塩基配列核酸でできたプローブを用いる。プローブはDNAでもRNAでもよく、標的RNAと相補的な最低でも25塩基対以上のオリゴヌクレオチドであれば用いることができる[6]。一般に、in vitroでの転写反応によって作成されたRNAプローブの方が、複数回の洗浄に耐え、バックグランドのノイズを一部低減することができる[13]。プローブは放射性同位体32P)、またはアルカリホスファターゼ西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)などを用いた化学発光による方法で標識されるため、前者であれば写真の感光、後者であれば発光というかたちでプローブの存在する位置(すなわち、標的RNAの存在する位置)を検出できる[17]。化学発光による標識の方法は主に2つに分けられる。つまり、プローブを化学発光を起こす酵素で直接標識して検出する方法と、プローブを何らかの小分子(例えばビオチン)で標識し、それと結合する別の分子(例えばアビジンストレプトアジビン)に化学発光を起こす酵素(例えばHRP)を繋げてプローブと結合させることで化学発光を起こす方法である[13]。放射性同位体による標識に比べ、化学発光による標識は短時間で検出が可能で感度も高い。また、前者は放射性物質を扱う事による健康への危険も伴うので、近年では放射性同位体を用いた方法よりも化学発光を用いた方法を用いる研究者が多い[17]。一枚のメンブレンで最大で5回、異なるプローブによる異なる標的遺伝子の検出を行うことができることが分かっている[12]

応用 編集

ノーザンブロッティングによって異なる組織器官、環境ストレスのレベル、または感染の有無、何らかの処理の有無などによってある特定の遺伝子発現がどのように変動しているかを解析することができる[11][18][19]。例えば、がん細胞において、通常の細胞と比べてがん遺伝子が過剰発現されていて、逆にがん抑制遺伝子の発現は下がっていることを示すのに、ノーザンブロッティングが用いられてきた[13]。他の例として、移植された臓器の拒絶反応における遺伝子の発現変化を調べるのに用いられたこともある[20]。ある特定の条件における遺伝子発現のパターンから、その遺伝子の機能を推測することもできる。RNAはまずそのサイズによって分離されるが、一つのプローブを用いてサイズの異なる複数のRNAが検出されれば、同一遺伝子における選択的スプライシングの存在、または共通する配列モチーフ英語版を持つ複数の遺伝子の存在などが示唆されることになる[10][16]突然変異体における遺伝子の欠失や転写後修飾の異常によってRNAサイズの違いが生じる場合もあるが、これもノーザンブロッティングによって検出が可能である。同一遺伝子の中でも異なる標的配列に対して複数のプローブを設計することで、変異体においてRNAのどの部分で欠失が起こっているかを調べることもできる[3]

利点と欠点 編集

ノーザンブロッティングと同様に遺伝子発現を解析する手法として、RT-PCRヌクレアーゼプロテクションアッセイ英語版DNAマイクロアレイRNA-seq英語版SAGE法などが挙げられ、それぞれが場面に応じて使い分けられている[5][6]。例えばそのうちマイクロアレイを例にとると、この手法は通常1から少数の遺伝子のみを対象にするノーザンブロッティングと比べ、何千もの遺伝子の発現を同時に可視化できる点が優れている[19][21]。逆にノーザンブロッティングは、マイクロアレイでは検出できないような遺伝子発現における微小な差異を検出できることがある[21]

RT-PCRと比較すると、ノーザンブロッティングは感度が低いという欠点があるものの、特異性が非常に高いため、偽陽性シグナルを検出してしまうことが少ないという利点がある[13]。その他、上述のようにRNAのサイズを検出し選択的スプライシングなどについても解析できる点や、メンブレンが数年単位で保管可能であるため追実験が可能である点などがノーザンブロッティングの利点として挙げられることがある[13]

ノーザンブロッティングを行う際に頻発するトラブルとして、サンプルに残存していた、または環境中から混入したリボヌクレアーゼ(RNase)によってRNAサンプルが分解されてしまうことが挙げられる。これは使用器具を適切に滅菌すること、ジエチルピロカーボネート(DEPC)といったRNase阻害剤を用いることなどによって予防できる[6]。また、ノーザンブロッティングで用いられるDEPC、エチジウムブロマイド、放射性同位体といった薬品は、人体にとって危険なものが多いことにも注意が必要である[13]

関連項目 編集

出典  編集

  1. ^ Gilbert, S. F. (2000) Developmental Biology, 6th Ed. Sunderland MA, Sinauer Associates.
  2. ^ a b c RNAブロット法”. 光合成事典. 日本光合成学会. 2020年9月21日閲覧。
  3. ^ a b c Alberts, B., Johnson, A., Lewis, J. Raff, M., Roberts, K., Walter, P. 2008. Molecular Biology of the Cell, 5th ed. Garland Science, Taylor & Francis Group, NY, pp 538–539.
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外部リンク 編集