ノート:日豊海岸 くろしお号

最新のコメント:14 年前 | トピック:西鉄高速バス、大分バスへの統合提案 | 投稿者:Tokyodesert

西鉄高速バス大分バスへの統合提案 編集

PJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件によると、バス路線記事の単独化の要件が定められています。プロジェクト記載事項に強制力こそありませんが、本項目はプロジェクトの現状単独化の要件を満たしていないと考えられます。路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件に定められるとおり西鉄高速バス大分バスへ統合したいと考えます。統合すると不都合な点やその他ご意見がありましたらお願いいたします。明確な異論がない場合、一週間後の4月19日をもって統合作業に入ります。--Tokyodesert 2010年4月12日 (月) 10:54 (UTC)返信

  反対 PJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件には、「当該路線が、その誕生以後(路線の運行開始、ダイヤ変更、営業譲渡、廃止などを含む)の各種経緯が、歴史的意義(日本のバス事業史全体における歴史的意義、当該バス路線が運転される地域における交通史における歴史的意義、など)があると認められた場合、信頼できる情報源による報道のあるときは文字数によらず、単独記事化することが可能です。ただし、その報道が、ある程度の説明量のある報道に限ります。」という要件がありますが、本記事は、加筆の結果、Category:高速バス路線にある長期間存続している多数の記事と対比しても、同程度にはこの要件を満たす状態となったと思われるため、単独記事のまま存続することが適当と考えます。 --特大豆 2010年4月15日 (木) 08:09 (UTC)返信
多少の加筆がなされたようですが、走り始めて数ヶ月、しかも試験運行の段階の路線が「地域における交通史における歴史的意義」があるとは認められません。Category:高速バス路線にある路線を引き合いに出されていますが長期間議論無く存続されている記事があるということと、それがガイドラインに沿った正しい状況にあるとは全く別の話です。他があるからこの記事もいいはずだという理屈は成り立ちません。--Tokyodesert 2010年4月15日 (木) 11:52 (UTC)返信
すでに述べたとおり、当方はこの記事の路線は充分に「地域における交通史における歴史的意義」を有するものであると考えます。また、「地域における交通史における歴史的意義」があるか否かは主観によって判断するしかなく、その主観はこれまでの議論で明らかになったとおり、人によって異なるのですから、同じカテゴリーに属する記事の執筆者の総意を量る上でCategory:高速バス路線にある路線の記事の事情は充分に参酌されるべきです。仮にそれらの記事も「ガイドラインに沿った正しい状況に」ないと考えられるのであれば、個別の記事で統合提案をするのではなく、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスで包括的な議論をされてみてはいかがでしょうか? --特大豆 2010年4月15日 (木) 14:10 (UTC)返信
バス路線における地域的な歴史的意義があると言ったら、例えばその路線開設によって人口が飛躍的に増えた(減った)とか、商店街が活気を取り戻して地域経済が向上した(疲弊した)とか、あるいはバス路線開設が理由で何十年続いた並行する鉄道路線や航空路線が廃止になったとか、誰でも納得できるものがあるはずです。少なくとも統合提案がかけられて、歴史的意義を個人の主観の面でしか説明できないのであればその歴史的意義は他の人間と共有できなかったと言うことであり、歴史的意義はほとんど無いと考えるべきです。また普通「歴史的」といったらそれは数ヶ月程度で醸成されるものではなく少なくとも年単位であるものです。また、別の視点でお聞きしますが、この記事が単独記事でなければならない理由は何でしょうか?統合というのは書いてある中身を消すという意味ではなく、統合先である大分バス西鉄高速バスへ大部分が引き継がれます。大分バス西鉄高速バス内で説明するには不都合があるのでしょうか?お答えをお願いします。--Tokyodesert 2010年4月15日 (木) 21:23 (UTC)返信
ご説明ありがとうございます。Tokyodesertさんが「地域における交通史における歴史的意義」について具体的にどのような基準を考えていらっしゃるのかは理解できましたが、Category:高速バス路線にある路線の記事でその基準を満たすものはほとんどないように思います。Tokyodesertさんのお考えはPJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件から文言上は導き出しうるひとつの基準なのかもしれませんが、現在の運用からは相当程度離れたものであり、そのような基準でこの記事の独立の可否を判断することはCategory:高速バス路線にある他の多数の記事に行方にも影響を及ぼすものですので、やはり、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスで包括的な議論をし、Category:高速バス路線にある記事全体を「仕分け」した方がよいのではないでしょうか。また、当方がこの記事を単独記事とすべきと考える理由は、形式的にはPJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件を満たすからであり、実質的には一定の特筆性を満たす記事はWikipediaに記載すべき相応の重要性と分量があり、他の記事と統合するとその記事の肥大化を招くおそれがあると考えるためです。なお、確かに当方は、独立記事とすべき理由を説明していませんでしたが、Tokyodesertさんも統合しなければならない理由を説明されていないのではないでしょうか。--特大豆 2010年4月15日 (木) 22:56 (UTC)返信
PJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件は2008年9月に現在の文章になりました[1]が、それまでは2社以上で共同運行されている高速バス路線記事は間接的に単独記事であることが認められていました。そのころは確か500近い高速バス路線記事があり、現在はその基準に満たないものを整理している最中です。なにぶん数が多いことと統合作業自体手間がかかることから、作業が思うように進んでおりません。従ってCategory:高速バス路線でも基準を満たすバス路線記事はほとんどなく、未だ現在の運用からかけ離れた記事も多いことは事実です。しかしこれは作成できる条件が策定される以前からあったものがほとんどで整理の最中であると言うことをご理解願います。Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスで包括的な議論をと仰ってますが、この条件策定に至るまでかなりの議論がなされております(路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件の変更提案[2]その前段の議論、路線(系統)などの記事を作成できる条件の「振り分け基準」[3])。
また統合しなければならない理由を求めていますが、理由は簡単です。この記事自体がPJ:BUS#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件にある5000文字という単独記事の要件を満たしていない、単独記事にしておく歴史的意義(=特筆性)もなさそう、と言う理由です。統合しても統合される記事が懸念するほど大きくなるわけでもありません。また開設されて数ヶ月程度の試験路線の記事が「Wikipediaに記載すべき相応の重要性」があるというなら、日本全国ほとんどのバス路線が単独記事であることが可能となります。これまでお聞きした特大豆氏の仰る歴史的意義にしろ重要性にしろ個人的主観でしかありません。先に私が申し上げたような、誰でも納得できる歴史的意義をお示しいただきたいものです。--Tokyodesert 2010年4月16日 (金) 11:41 (UTC)返信
歴史的意義があるという当方の主張が主観によるものなら、Tokyodesertさんによる歴史的意義がないという主張もTokyodesertさんご自身の主観によるものです。これもすでに2010年4月15日 (木) 14:10 (UTC) に述べているとおり、この点については主観によって判断するしかなく、そのような判断をできるだけ合理的なものとし、合意を形成するためには、複数の事例について判断することが必要と考え、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスでの議論を提案している次第です。この記事だけで議論していても、お互いの主観が対立するだけで合意の形成は難しいのではないでしょうか。--特大豆 2010年4月23日 (金) 04:24 (UTC)返信
私が歴史的意義が薄いと述べているのは個人の主観ではないですよ。私は 2010年4月15日 (木) 21:23 (UTC)に「例えばその路線開設によって人口が飛躍的に増えた(減った)とか、商店街が活気を取り戻して地域経済が向上した(疲弊した)とか、あるいはバス路線開設が理由で何十年続いた並行する鉄道路線や航空路線が廃止になったとか、誰でも納得できるものがあるはずです。」と客観的に歴史的意義を認める具体的なものを求めております。少なくとも特大豆氏のこれまで主張はご自身が仰るとおり個人的主観のみであり、ほとんど「オレが歴史的意義があると言ったんだから歴史的意義があるんだ」としかとらえられませんがこの点いかがでしょうか?--Tokyodesert 2010年4月23日 (金) 13:26 (UTC)返信
Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バス#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件における路線の「歴史的意義」についてと言う提案をしました。特大豆氏の話に沿ったものではないかも知れませんが一応報告しておきます。--Tokyodesert 2010年4月23日 (金) 13:40 (UTC)返信

(インデント戻し)最終の発言から一週間経過しましたが追加の統合反対意見がありませんのでWikipedia:合意形成に則り統合という形ですすめさせていただきたいと思います。なお、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バス#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件における路線の「歴史的意義」についてのなかでも「歴史的意義」を『信頼できる情報源による検証可能性を満たした出典に基づくものでなければならない』と考える人のみで、歴史的意義を執筆者の主観で認めてよいという意見はないと言うことを申し添えます。--Tokyodesert 2010年5月1日 (土) 20:58 (UTC)返信

コメントが遅くなりすみません。どうも話が噛み合わないようですが、「歴史的意義」があるかどうかを判断するためには、具体的には、あるラインを設定して、それより上のものは歴史的意義があり、それより下のものは歴史的意義がない、と判断する必要があるのではないかと思います。当方は、具体的なラインこそ示していないものの、Category:高速バス路線から想定されるラインを基準にすれば、この記事はその上に位置するのではないかと説明していますが、Tokyodesertさんはどのようなラインを基準にしてこの記事がそれを満たしていないのかをまったく説明されていないように思えます。また、私がWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスでの議論が適当ではないかと累次申し上げているのも、このようなラインを議論する場としては、個々の記事よりも、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バスが適当と考えるからです。--特大豆 2010年5月1日 (土) 21:19 (UTC)返信
即答してくれとまでは言いませんが返答はあまり日にちをおかないように願います。私が発言して20分程度で回答が書けるのですから時間がないとは思えませんので。先日も申し上げましたが2008年9月にバス路線の独立記事たる基準が改められ、現在順次基準に満たないものを統合をしている最中です。Category:高速バス路線の中にある現在400近くある記事を一斉に統合の検討・実施などできるはずもありません。従って現在のカテゴリ内にある記事を基準に特大豆氏の言う「Category:高速バス路線から想定されるラインを基準」なるもの想定されても困ります。そもそもその想定した基準も特大豆氏が勝手に想定したものでありそれを採用しろと言われても困ります。特大豆氏より再三プロジェクトで提案しろと仰るのでWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バス#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件における路線の「歴史的意義」についてを提案しましたがこの議論をご覧頂いているのでしょうか?歴史的基準のラインはそこで何名かの方から述べられており『歴史的基準は信頼できる情報源による検証可能性を満たした出典に基づくものでなければならない』というものです。このラインはウィキペディアの各種方針文書に沿ったものであり、歴史的基準のラインはそれでよいと思います。もしこの議論で不足があるなら他人任せにせず貴殿がご提案されればよろしいと思います。--Tokyodesert 2010年5月1日 (土) 22:22 (UTC)返信
前回は当方がコメントを準備している最中にTokyodesertさんからのコメントがあり、結果的にその直後にコメントする形になったため、短期間でコメントしたように見えたかもしれませんが、基本的に当方の都合でまとまった時間をとることが難しいため、今後も今回のようにコメントが遅くなることが多いと思います。できるだけ早くコメントを返すように心がけますが、事情をご賢察の上、ご理解いただければと思います。
さて、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト バス#路線(系統)または停留所の記事を作成できる条件における路線の「歴史的意義」についてでの議論は、「歴史的意義」があることを示すためには、どのような出典が必要かという議論であり、私が再三申し上げている「歴史的意義」があることを判断するためのラインをどのように設定するかという議論とはまったく異なるものと認識しています。私は、400近くある記事について同時にすべての記事の統合の検討や実施をすべきだと言っているわけではありません。個別の記事の統合の検討や実施は順次行っていくしかないと考えていますし、その場合にも、歴史的意義についての言及が全くないなどの極端な記事(確かにこのような記事が多いのは事実だと思います。)については特に「歴史的意義」があることを判断するためのラインが具体的に設定されていなくても、統合の議論に師匠はないものと考えます。しかし、この記事のように「歴史的意義」があるか否かの議論が起きた場合には、「歴史的意義」があることを判断するためのラインがないと、「歴史的意義」があるとかないとかの抽象的な主張を繰り返すだけの水掛け論となり、結局は合意が得られないのではないかと思います。 --特大豆 2010年5月7日 (金) 20:54 (UTC)返信
貴殿の事情を説明することなく、「事情を賢察」など出来ないのですが…。貴殿の参加態度は少々無責任に感じます(このことはこの記事の議論とは離れますので後程会話ページに書かせていただきます)。先般、当方がバスプロジェクトで挙げさせていただいた議論は貴殿が言うようにバス関連の記事でどういった出典あるものが単独記事の要件を満たすものであるかという議論です。歴史的意義があるかないかをどこでラインを引くためには結局どんな出典があるかに頼らざるを得ません。出典によらず「ライン」を設定したところでまたそのラインの上か下かを個人の主観で判断することになるでしょう。またプロジェクトでの議論も個人の主観を排除するため歴史的意義があるかないかから特筆性の話に移っています。どうしても歴史的意義のラインについて論じたいのであれば、再度申し上げますが、貴殿がプロジェクトでご提案されればよろしいと思います。--Tokyodesert 2010年5月9日 (日) 01:25 (UTC)返信

(インデント戻し)最終の発言から一週間経過しましたのでこれ以上の異論はないものと認め、Wikipedia:合意形成に則り統合という形ですすめさせていただきます。--Tokyodesert 2010年5月16日 (日) 09:33 (UTC)返信

ページ「日豊海岸 くろしお号」に戻る。