マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ=エステ

マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ=エステ(Maximilian Joseph von Österreich-Este, 1782年7月14日 - 1863年6月1日)は、神聖ローマ皇帝フランツ1世およびマリア・テレジア夫妻の四男フェルディナント大公とその妻のマッサ=カッラーラ女公マリーア・ベアトリーチェ・デステの四男。オーストリア=エステ大公ドイツ騎士団総長(在職:1835年 - 1863年)。全名はマクシミリアン・ヨーゼフ・ヨハン・アンブロジウス・カールMaximilian Joseph Johann Ambrosius Karl)。

マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ=エステ
Maximilian Joseph von Österreich-Este
オーストリア=エステ大公

出生 1782年7月14日
モデナ=レッジョ公国モデナ
死去 (1863-06-01) 1863年6月1日(80歳没)
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国アルトミュンスター
父親 オーストリア=エステ大公フェルディナント
母親 マリーア・ベアトリーチェ・デステ
役職 ドイツ騎士団総長
宗教 キリスト教カトリック教会
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先代
アントン・ヴィクトル・フォン・エスターライヒ
ドイツ騎士団総長
1835年 - 1863年
次代
ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒ