マシュマロ実験(マシュマロじっけん)、またはマシュマロ・テストとは、子ども時代の自制心と、将来の社会的成果の関連性を調査した著名な実験。スタンフォード大学心理学者ウォルター・ミシェル英語版1960年代後半から1970年代前半にかけて実施した。

著名な実験であるが、2010年代後半に行われた追試では再現が困難であることが報告されている。

マシュマロ実験という名前ではあるが、報酬はマシュマロの代わりにクッキープレッツェルが使われることも多くあった。

最初の実験 編集

一連の実験が最初に行われたのはトリニダード・トバゴである。ミシェルは1つの島に住んでいる異なる民族はそれぞれの民族に対して、特に無謀さや自制心、物事を楽しむことなどについて互いに異なる固定観念を抱いていることに気づいた[1]。そこでミシェルは地元の学校に通う7歳から9歳の子供たち53人(黒人35人と東インド人18人)に対して実験を行った。子供たちは今すぐに1セントのキャンディーをもらうか、1週間後に10セントのキャンディーをもらうか選ぶ。この実験で、ミシェルは子供たちの属する民族や年齢による選択の違いははっきり出たものの、経済環境による違いは出なかったと報告した[1]。一方でアフリカ系黒人には父親のいない子供が多くいたが、東インド人には父親のいない子供が1人しかいなかったことから、家族のメンバーがそろっていることが喜びを遅らせる能力と強く結びついていると結論づけた。

スタンフォード大学での実験 編集

「自制心」「セルフコントロール」などと呼ばれている「将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」(Delayed gratification)が、人の社会における成功に重要であることはよく知られている。この実験の本来の目的は、この能力の幼児期における発達を調査するためであった。最初の実験は、ミシェルと、エッベ・B・エッベセン(Ebbe B. Ebbesen)によって1970年に行われた。最終的にこの実験には、600人以上が参加した。

方法 編集

職員の子どもたちが通う、学内の付属幼稚園の4歳の子ども186人が実験に参加した。被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個載っている。実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもうひとつあげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出ていく。

子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子どもたちは、自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗した。小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたりして、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどであった[2]

ウォルター・ミシェルの娘も実験に参加した一人だったが、娘の成長につれ、ミシェルは実験結果と、児童の成長後の社会的な成功度の間に、当初予期していなかった興味深い相関性があることに気がついた。そして1988年に追跡調査が実施された。その結果は、就学前における自制心の有無は十数年を経た後も持続していること、またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもをグループにした場合、マシュマロを食べなかったグループが周囲からより優秀と評価されていること、さらに両グループ間では、大学進学適性試験(SAT)の点数には、トータル・スコアで平均210ポイントの相違が認められるというものであった。ウォルター・ミシェルはこの実験から、幼児期においてはIQより、自制心の強さのほうが将来のSATの点数にはるかに大きく影響すると結論した。2011年にはさらに追跡調査が行われ、この傾向が生涯のずっと後まで継続していることが明らかにされた。

また被験者の大脳を撮影した結果、両グループには、集中力に関係するとされる腹側線条体前頭前皮質の活発度において、重要な差異が認められた[3]。同実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験のうちの1つ」とされた[4]

再現実験 編集

一方、被験者の数を900人以上に増やしてマシュマロ実験の検証を行っていたニューヨーク大学のテイラー・ワッツ、カリフォルニア大学アーバイン校のグレッグ・ダンカンとホアナン・カーンは、2018年5月25日に「マシュマロ実験の結果は限定的」とする実験結果を発表した。スタンフォード大学での実験は被験者が大学の関係者に限られていたが、再現実験ではより広範な被験者についての実験が行われ、実験結果について被験者の家庭の年収といった要素ともあわせて、複合的な分析が行われた。その結果、「2個目のマシュマロを手に入れたかどうか」は被験者の経済的背景と相関が高く、長期的成功の要因としては「2個目のマシュマロを手に入れたかどうか」よりも被験者が経済的に恵まれていたかどうかの方が重要であったこと、「2個目のマシュマロ」と長期的な成功は原因と結果の関係ではなく、経済的背景という一つの原因から導かれた2つの結果であったこと、が示されたという[5]

すなわち、我慢強いことよりも、教育や家庭環境の要因の方が将来の成功に対する影響はより大きいと考えられ、この考え方が遅くとも2019年末頃には主流の考え方となった[6][7]

脚注 編集

  1. ^ a b W. Mischel. (1958). Preference for delayed reinforcement: An experimental study of a cultural observation. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 56, 57-61
  2. ^ Mischel, Walter; Ebbesen, Ebbe B.; Raskoff Zeiss, Antonette (1972). "Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification.". Journal of Personality and Social Psychology 21 (2): 204–218.
  3. ^ “Marshmallow Test Points to Biological Basis for Delayed Gratification”. Science Daily. (2011年9月1日). オリジナルの2011年10月4日時点におけるアーカイブ。. https://webcitation.org/62C1F65DW?url=http://www.sciencedaily.com/releases/2011/08/110831160220.htm 2011年10月4日閲覧。 
  4. ^ Camber, Rebecca (2008年11月2日). “Marshmallow test - how resisting a sweet can lead to a better life”. Daily Mail. オリジナルの2011年10月4日時点におけるアーカイブ。. https://webcitation.org/62Bm6R1Uw?url=http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-1082430/Marshmallow-test--resisting-sweet-lead-better-life.html 2011年10月4日閲覧。 
  5. ^ Watts, Tyler, W.; Duncan, Greg, J.; Quan, Haonan (May 25, 2018). “Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes”. Psychological Science (SAGE Publications) 29 (7): 1159-1177. http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797618761661. 
  6. ^ 心理学実験、再現できず信頼揺らぐ 学界に見直す動き」『日本経済新聞』、2019年12月14日。
  7. ^ 新聞記事へのコメント掲載”. 大阪大学大学院人間科学研究科三浦研究室 (2019年12月15日). 2022年8月18日閲覧。

外部リンク 編集

  • 実験の映像。 - YouTube
  • 1972 article – Mischel, Walter; Ebbe B. Ebbesen, Antonette Raskoff Zeiss (1972). “Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification.”. Journal of Personality and Social Psychology 21 (2): 204–218. doi:10.1037/h0032198. ISSN 0022-3514. http://psycnet.apa.org/journals/psp/21/2/204/.