マニラアサ(マニラ麻[1]、学名:Musa textilis)はバショウ科バショウ属多年草[2][3]。丈夫な繊維が取れるため、繊維作物として経済的に重要である[2][3]

マニラアサ
マニラアサ
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 単子葉植物綱 Liliopsida
: ショウガ目 Zingiberales
: バショウ科 Musaceae
: バショウ属 Musa
: マニラアサ M. textilis
学名
Musa textilis Née
和名
マニラアサ
英名
Abacá

名称の「マニラ」は、原産地であるフィリピン首都マニラに由来する[1]分類上はアサの仲間ではないが、繊維が取れることから最も一般的な繊維作物である「アサ」の名がついている。そのほか、アバカセブ麻ダバオ麻とも呼ばれる。

性質 編集

フィリピン原産で[2][3]ボルネオ島スマトラ島にも広く分布する。植物学的には多年草であるが、高さは平均6メートルに達するため、のように見える。これは同属のバナナと同様であり、外見もよく似ている。

葉は楕円形で大きく、基部は状でを包むようになっており(葉鞘)、ここから繊維が取れる。

栽培と利用 編集

マニラアサの繊維は植物繊維としては最も強靭なものの1つである。また、マニラアサはに浮き、太陽光などに対しても、非常に高い耐久性を示す。船舶係留用などのロープをはじめ、高級な紙(紙幣[注釈 1]封筒)、織物などに用いられている。

マニラアサは3か月から8か月ごとに収穫される。生長した個体を残して切り倒し、葉鞘を引き剥がすと、残された根から新しく出芽して生長する。

葉鞘からは肉質などを除去し、繊維だけを取り出す。繊維はセルロースリグニンペクチンなどで構成されており、長さは1.5メートルから3.5メートルである。これを縒り合わせるとロープができる。

フィリピンでは1800年代からロープ用に栽培されており、1925年にはフィリピンでの栽培を見たオランダ人によってスマトラ島に大規模なプランテーションが作られ、続いて中央アメリカでもアメリカ合衆国農務省による援助で栽培が始まった。英領北ボルネオでは1930年に商業栽培が始まった[4]

第二次世界大戦前の日本人も、フィリピンのミンダナオ島ダバオ市に渡り、麻栽培従事者が2万人におよんだ。その後に設立された日本人墓地があった慰霊碑の前で、2013年ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(当時ダバオ市長)が、地域経済の発展に寄与したと評価する挨拶をしている。

脚注  編集

注釈 編集

  1. ^ 日本銀行券の紙幣も該当。和紙の原材料(ミツマタ)と混合して使用される。

出典 編集

  1. ^ a b USDA 2020.
  2. ^ a b c "マニラアサ". 日本大百科全書、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンクより2022年10月22日閲覧
  3. ^ a b c "マニラ麻". 精選版 日本国語大辞典、デジタル大辞泉、世界大百科事典 第2版. コトバンクより2022年10月22日閲覧
  4. ^ "abaca." ブリタニカ百科事典. 22 January 2007

参考文献  編集