マーク・ゼプチンスキー

マーク・ウォルター・ゼプチンスキーMarc Walter Rzepczynski, 1985年8月29日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州クック郡オーク・ローン英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。アメリカ独立リーグ・アトランティックリーグランカスター・バーンストーマーズ所属。愛称はスクラブル(Scrabble)[1][2]ゼップ(Zep)[3]

マーク・ゼプチンスキー
Marc Rzepczynski
ランカスター・バーンストーマーズ
クリーブランド・インディアンス時代
(2015年4月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州クック郡オーク・ローン英語版
生年月日 (1985-08-29) 1985年8月29日(38歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 MLBドラフト5巡目
初出場 2009年7月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

Rzepczynskiという姓はポーランド系であり、アメリカ合衆国では非常に珍しい。最初のRは発音せず、「Zep-CHIN-ski」と発音する[4]。メジャーデビュー時のブルージェイズの監督だったシト・ガストンも当初は読み方がわからず、その後も正しいスペルを覚えるのに手間取ったと語っている[5][6]

経歴 編集

プロ入り前 編集

カリフォルニア州アナハイムサーバイト高等学校英語版を卒業後、カリフォルニア大学リバーサイド校に進学。大学時代は3年目までは平凡な成績だったが、最終シーズンで一気に成績が向上した。

プロ入りとブルージェイズ時代 編集

2007年MLBドラフト5巡目(全体175位)でトロント・ブルージェイズから指名され、プロ入り。傘下のA-級オーバーン・ダブルデイズでプロデビューし、5勝0敗・防御率2.70の好成績を残す。

2008年はA+級ダニーデン・ブルージェイズで1年間先発ローテーションを守り、防御率2点台の安定した成績を残した。

2009年はAA級ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツからスタートし、6月にAAA級ラスベガス・フィフティワンズへ昇格。マイナーで16試合、88回を投げ、防御率2.65、104奪三振と活躍し、怪我で離脱したスコット・リッチモンドに代わる先発要員として7月6日にメジャー昇格を果たした[7]7月7日タンパベイ・レイズ戦でメジャー初登板初先発、6回2安打1失点と好投するも、勝ち負けは付かなかった。ブルージェイズの先発投手陣に故障が相次いだため、ゼプチンスキーは2009年のブルージェイズで6人目[8]の新人投手、12人目の先発投手となった。これはいずれも球団史上最多であった[7]7月18日ボストン・レッドソックス戦でメジャー初勝利[5]。その後は故障者続出のため新人投手が主体となった先発ローテーションに定着し、11試合に先発して2勝4敗ながらも、安定した投球で7度のクオリティ・スタート(QS)を達成した。8月16日以降は4試合連続でQSを達成していたが、マイナーでの88イニングと合わせて年間投球回数が149.1に達し、新人のゼプチンスキーに対して球団が定めた制限回数(150)に近づいたため[9]9月1日テキサス・レンジャーズ戦がシーズン最終登板となった。

2010年では前年度メジャーで防御率3点台という好成績を残したためローテーションの一角を担うことを期待されたが、スプリングトレーニング中の試合で中指を骨折し開幕を故障者リストで迎えた。AAA級ラスベガスで調整を続け、夏場からメジャーに復帰したが、防御率は前年度より1点以上悪化した。 オフにはアリゾナ秋季リーグに登板。6試合に先発し防御率1.16と好投した[10]

カージナルス時代 編集

 
2011年ワールドチャンピオンのパレード

2011年7月27日にブルージェイズ、シカゴ・ホワイトソックスセントルイス・カージナルス間での三角トレードで、カージナルスに移籍した[11]

インディアンス時代 編集

2013年7月30日にトレードで、クリーブランド・インディアンスへ移籍[12]

2014年1月17日にインディアンスと137万5000ドルの1年契約に合意した[13]

2015年1月15日に球団と年俸調停を回避し、1年契約・総額240万ドルで契約を結んだ[14]

パドレス時代 編集

2015年7月31日エイブラハム・アルモンテとのトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した。背番号は45と決まった[15]

アスレチックス時代 編集

2015年12月2日ドリュー・ポメランツホセ・トーレス及び後日発表選手[注 1]とのトレードで、ヨンダー・アロンソと共にオークランド・アスレチックスへ移籍した[17]

ナショナルズ時代 編集

2016年8月25日マックス・シュロックとのトレードで、ワシントン・ナショナルズへ移籍した[18][19]。オフの11月3日にFAとなった[18]

マリナーズ時代 編集

2016年12月3日シアトル・マリナーズと2年1100万ドルで契約した[20]

2018年は開幕から18試合に登板して防御率9.39と結果を残せず、6月1日DFA[21]、6日に自由契約となった[22]

インディアンス復帰 編集

2018年6月18日にインディアンスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズへ配属された[23]7月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[24]7月11日にDFA[25]、18日にマイナー契約でAAA級コロンバスへ配属された後、19日にFAとなった[18]

インディアンス退団後 編集

2019年2月8日アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加したが、メジャー昇格はならず3月31日に自由契約となった[18]。6月24日に再びダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだが8月25日に自由契約となった[18]

2020年2月24日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[18]新型コロナウイルスの感染拡大のためマイナーリーグの開催が中止となったため、公式戦に出場することなく、7月18日に自由契約となった[18]

2021年はいずれの球団にも所属しなかったが、5月に東京オリンピック野球競技アメリカ大陸予選アメリカ合衆国代表に選出された[26]。本選の代表メンバーには選出されなかった。

2022年3月16日にアメリカ独立リーグ・アトランティックリーグランカスター・バーンストーマーズと契約した[18]

投球スタイル 編集

スリークォーターから2種類の速球(球速は平均80mph後半)、スライダーを中心に三振を多く奪う投球スタイル。カーブチェンジアップも投げるが、投球の大部分は速球とスライダーで組み立てている[27]。マイナー時代には投球回数を超える奪三振数を記録している[6]。メジャー1年目となった2009年も、61イニングで60奪三振を記録した。

詳細情報 編集

年度別投手成績 編集





















































W
H
I
P
2009 TOR 11 11 0 0 0 2 4 0 0 .333 261 61.1 51 7 30 0 1 60 4 1 27 25 3.67 1.32
2010 14 12 0 0 0 4 4 0 2 .500 287 63.2 72 8 30 1 5 57 4 1 37 35 4.95 1.60
2011 43 0 0 0 0 2 3 0 10 .400 158 39.1 28 2 15 0 3 33 5 0 16 13 2.97 1.09
STL 28 0 0 0 0 0 3 0 8 .000 98 22.2 22 1 11 1 1 28 1 0 11 10 3.97 1.46
'11計 71 0 0 0 0 2 6 0 18 .250 256 62.0 50 3 26 1 4 61 6 0 27 23 3.34 1.23
2012 70 0 0 0 0 1 3 0 18 .250 196 46.2 46 7 17 2 0 33 3 0 22 22 4.24 1.35
2013 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 50 10.1 16 1 4 1 1 9 0 0 9 9 7.84 1.94
CLE 27 0 0 0 0 0 0 0 6 ---- 79 20.1 11 1 6 2 3 20 0 0 4 2 0.89 0.84
'13計 38 0 0 0 0 0 0 0 6 ---- 129 30.2 27 2 10 3 4 29 0 0 13 11 3.23 1.21
2014 73 0 0 0 0 0 3 1 14 .000 196 46.0 42 1 19 3 3 46 2 0 19 14 2.74 1.33
2015 45 0 0 0 0 2 3 0 12 .400 94 20.1 23 1 10 3 1 24 1 0 15 10 4.43 1.62
SD 27 0 0 0 0 0 1 0 4 .000 17 14.2 17 2 4 1 2 17 1 0 14 12 7.36 1.43
'15計 72 0 0 0 0 2 4 0 16 .333 158 35.0 40 3 14 4 3 41 2 0 29 22 5.56 1.54
2016 OAK 56 0 0 0 0 1 0 0 6 1.000 169 36.0 38 1 24 6 2 37 5 0 14 12 3.00 1.72
WSH 14 0 0 0 0 0 0 0 5 ---- 46 11.2 8 0 5 2 2 9 0 0 3 2 1.54 1.11
'16計 70 0 0 0 0 1 0 0 11 1.000 215 47.2 46 1 29 8 4 46 5 0 17 14 2.64 1.57
2017 SEA 64 0 0 0 0 2 2 1 20 .500 261 31.1 29 2 20 5 1 25 3 0 16 14 4.02 1.56
2018 18 0 0 0 0 0 1 0 3 .000 47 7.2 13 2 9 2 0 10 1 0 11 8 9.39 2.87
CLE 5 0 0 0 0 0 0 0 2 .--- 10 2.2 3 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0.00 1.50
'18計 23 0 0 0 0 0 1 0 5 .000 57 11.1 16 2 10 2 0 11 1 0 11 8 6.97 2.52
MLB:10年 506 23 0 0 0 14 27 2 110 .341 1892 434.2 419 36 205 29 25 409 30 2 218 188 3.89 1.44
  • 2018年度シーズン終了時

背番号 編集

  • 34(2009年 - 2013年7月29日)
  • 35(2013年7月30日 - 2015年7月30日、2016年 - 同年途中)
  • 45(2015年7月31日 - 同年終了)
  • 23(2016年途中 - 同年終了)
  • 25(2017年 - 2018年5月31日)
  • 33(2018年7月1日 - 7月10日)

脚注 編集

  1. ^ 12月10日に同日シアトル・マリナーズからウェイバー公示により獲得したジャバリ・ブラッシュと発表されている[16]

出典 編集

  1. ^ Josh Visser (2010年4月3日). “2010 Blue Jays preview: Few wins, but future bright(er)”. CTVToronto. http://www.ctv.ca/CTVNews/Canada/20100401/TOR_jays_preview_100403/ 2011年5月31日閲覧. "Youngsters Marc Rzepczynski (nicknamed "Scrabble" for obvious reasons) and Brett Cecil will probably get their shot later in the season." 
  2. ^ Bill Lankhof (2011年5月21日). “Everyone knows Rzepczynski now”. Edmonton Sun. Toronto Sun. http://www.edmontonsun.com/2011/05/12/everyone-knows-rzepczynski-now 2011年5月31日閲覧. "Developed the nickname “Scrabble” in the blogosphere in reference to the high score his last name would earn in the board game." 
  3. ^ M's Players Weekend nicknames explained MLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年9月1日閲覧
  4. ^ Lisa Winston (2009年7月10日). “Movin' On Up: Rzepczynski joins Jays” (英語). MLB.com. 2015年12月2日閲覧。
  5. ^ a b Jordan Bastian (2009年7月18日). “Jays' bats fuel Rzepczynski's first win” (英語). MLB.com. 2015年12月2日閲覧。
  6. ^ a b Morgan Campbell (2009年7月7日). “Walkoff homer beats Jays 3-1” (英語). Toronto Star Newspapers Ltd.. 2015年12月2日閲覧。
  7. ^ a b Rookie lefty Rzepczynski called up” (英語). MLB.com (2009年7月6日). 2015年12月2日閲覧。
  8. ^ その他の5人はスコット・リッチモンドリッキー・ロメロブレット・セシルロバート・レイブラッド・ミルズ
  9. ^ Larry Millson (2009年3月9日). “Jays shut down Rzepczynski for season” (英語). MLB.com. 2015年12月2日閲覧。
  10. ^ Marc Rzepczynski Stats, Highlights, Bio” (英語). MiLB.com. 2015年12月2日閲覧。
  11. ^ Joey Nowak (2011年7月27日). “Jackson to Cards, Rasmus to Jays in big swap” (英語). MLB.com. 2015年12月2日閲覧。
  12. ^ "Indians & Cardinals Complete Trade" (Press release) (英語). MLB.com (Cleveland Indians). 30 June 2013. 2015年12月3日閲覧
  13. ^ Jason Beck (2014年1月17日). “Indians avoid arbitration with reliever Rzepczynski” (英語). MLB.com. 2015年12月3日閲覧。
  14. ^ Jordan Bastian (2015年1月16日). “Rzepczynski, Chisenhall avoid arb with Tribe” (英語). MLB.com. 2015年1月20日閲覧。
  15. ^ Jordan Bastian (2015年7月31日). “Tribe deals Rzepczynski to Friars for Almonte” (英語). MLB.com. 2015年7月31日閲覧。
  16. ^ Jeremy F. Koo (2015年12月10日). “Oakland A's lose 2B Colin Walsh to Brewers in Rule 5 Draft, sending Jabari Blash to Padres” (英語). Athletics Nation / SB Nations. Vox Media. 2016年3月16日閲覧。
  17. ^ Jane Lee (2015年12月2日). “A's acquire Alonso, Rzepczynski from SD” (英語). MLB.com. 2015年12月3日閲覧。
  18. ^ a b c d e f g h MLB公式プロフィール参照。2022年3月21日閲覧。
  19. ^ https://twitter.com/Athletics/status/768825265686401024
  20. ^ Greg Johns (2016年12月3日). “Mariners bolster bullpen with Rzepczynski, Fien” (英語). MLB.com. 2016年12月5日閲覧。
  21. ^ Greg Johns (2018年6月1日). “Mariners designate Rzepczynski, recall Elias” (英語). MLB.com. 2018年6月3日閲覧。
  22. ^ Alyson Footer (2018年6月6日). “Mariners release veteran reliever Rzepczynski” (英語). MLB.com. 2018年6月8日閲覧。
  23. ^ Jordan Bastian (2018年6月18日). “Carrasco's elbow shows no structural damage” (英語). MLB.com. 2018年6月22日閲覧。
  24. ^ Jordan Bastian (2018年7月1日). “Plutko sent down; Carrasco returning Friday” (英語). MLB.com. 2018年7月2日閲覧。
  25. ^ Jordan Bastian (2018年7月11日). “Tribe activates Olson; Miller throws off mound” (英語). MLB.com. 2018年7月21日閲覧。
  26. ^ Team USA Announces Olympic Qualifying Roster”. USA Baseball (2021年5月30日). 2022年3月21日閲覧。
  27. ^ Marc Rzepczynski » Statistics » Pitching” (英語). FanGraphs Baseball. 2015年12月3日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集