チベットの正月としても知られるロサル(ロサール、ロサー、ラサルとも、チベット語: ལོ་གསར་ワイリー方式lo-gsar、「新年」[1][2])は、チベット仏教の祭りである[3]。チベット以外の地域(ブータンネパールインドほか)でも祝われるが、実際の日付は地域や伝統によって異なる[4][5]。ロサルは、太陰太陽暦であるチベット暦における元日、グレゴリオ暦の2月ないし3月に当たる時期に祝われる[1]。2020年には、2月24日から26日にかけて催された。なお、この年はチベット暦において「鉄の男の鼠年」である[6]

ロサル
ロサル
ロサルの準備をする人々
カルナータカ州ビラクッペ英語版にて
別名 チベット旧正月
ロサー
ラサル
ローサル
ロサール
ロチャル
ロサ
挙行者 チベット人ブータン人ネパール人メンパ族
種類 チベットの文化英語版チベット仏教徒新年
関連祝日 ガルダン・ナムチョ英語版(燃燈節)、ロソン祭英語版ギャルポ・ロサル英語版シェルパ)、タム・ロサル英語版グルン)、ソナム・ロサルタマン族)、春節中国)、旧正月東アジア
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ネパールにおいてこの行事はロチャルLhochhar)と呼ばれ、チベットよりも8週間ほど前に祝われる[7]

歴史 編集

 
ロサル祭、ラサにて 1938年

成立は仏教のチベットへの伝来以前に遡り、ボン教の習俗である、冬に香を焚く儀式に由来するとされる。ヤルルン王朝の伝説上の人物にして九代目の王、プデ・グンギャル中国語版(317年-398年?)の治世のこと、この香を焚く儀式と収穫祭が習合してロサルになった、と伝えられている[8]

ダライ・ラマ14世は、ロサルの挙行にあたってネチュンの神託官英語版(クテン)[9]に相談することの重要性について、次のように語っている。

何百年にもわたり、ダライ・ラマとガンデンポタンは、新年の祭典のさいにネチュンに相談するのが習わしとなっています。[10]

ボン教のラマ、テンジン・ワンギャル英語版は、チベット文化におけるロサルを、五大元素ナーガ[注釈 1]との関わりのなかで捉えたうえで、次のように語っている。

チベットの新年行事、ロサルのあいだ、私たち[チベット人]はシャンパンを開けて飲むわけではありません。かわりに、地元の温泉におもむいて、感謝の儀式を行います。その土地の水元素を活性化してくださる水精、ナーガに供物を捧げるのです。そして、私たちの周りに広がるこの自然界と結びつく、その土地の精霊に薫煙を捧げます。西洋の人々からは、古代に発展したわたしたちの信仰や慣習は、しばしば原始的なものと見なされます。しかし、人類学者や歴史学者の一部が同意しているように、これらの信仰・慣習は、人間が抱く恐怖を自然界に投影したものに過ぎない、というわけではありません。私たちの[五大] 元素への関わり方は、外的および内的元素の神聖な性質について、巫僧や普通の人々が直接体験したことに端を発しています。これらの元素を、わたしたちは「火、水、風、土、空」と呼びます。[11]
 
ロサルにチャム舞踊を踊る人々。シッキム州ラチュン英語版

儀式 編集

ロサルは15日間にわたって催されるが、最初の3日間が主たる祭日である。初日には、チャン[注釈 2]からつくられたチャンコル[注釈 3]と呼ばれる汁物が作られる。二日目はケサル王ギャルポ・ロサル英語版)として知られる。ロサルは伝統的に、ヴァジュラキラヤ英語版を祀る5日間の儀式に引き続いて祝われる。ウイグル人が採ったキタイ・ウイグル暦を、モンゴル人やチベット人を採用したことで[12]、ロサルは中国の春節やモンゴルのツァガーンサルと同日または近い日付で祝われるようになったが、この祝日はチベット独自のものであり、成立はインドや中国からチベットへ影響が及ぼされる以前の歴史に遡る。

ネパールのヒマラヤ山脈地帯に住むシェルパ族も、チベットの人々と同様、ロサルを祝う。1950年の中国によるチベット併合以前、ロサルは、ナムギャル寺での朝の修正会によって幕を上げた。護法善神パルデン・ラモ英語版の法要であるこの儀式は、ダライ・ラマと高位のラマたちによって執り行われ、チベットの高官も参列した[13][14]。ダライ・ラマ14世のインド亡命後、チベットの僧院は破壊され、僧侶たちも多くが投獄された。以降、同国においてチベット仏教の儀式を大々的に執り行うことは難しくなった[要検証]

ロサルはラダックの文化英語版でもあり、インド北部のラダックでも仏教徒によって祝われる[15]

 
ロサルを祝うチベット、チャムドの人々。シェマルと呼ばれるバケツを抱えている。 1985年

チベットでは、この祝日に関連する、種々の慣習が見られる:

ロサルを迎える数日前から、人々の家では準備のために徹底的な大掃除が行われる。家々は香しい花で荘厳され、壁には縁起の良いシンボルである太陽や月、が小麦粉で描かれる。ヒマラヤスギツツジセイヨウネズの枝が、香木として焚くために準備される。借金は清算され、諍いは収められ、新しい衣服が準備され、カプセ英語版[注釈 4]のような、特別な食べ物が作られる。温められたチャン(大麦のビールである)が飲まれる。チベット語では「羊頭」と「年初」の音が似ることから、色付きのヤクバターから作った羊の頭を模した彫刻が飾られる。また、五穀豊穣を象徴する伝統的な飾りとして、「シェマル」(五穀バケツ)がある。これは、バケツの中を二分する木の仕切り板を備えている。バケツはツァンパとオオムギの種で満たされたうえで、オオムギの穂と色付きのヤクバターで飾り付けされる。[1]

ブータンにおいてもロサルは祝われるが、その祝い方はチベットとは異なっている[16]。ブータンにおけるロサルが今日行われているような形になったのは、1637年のことである。初代シャブドゥン[注釈 5]ガワン・ナムゲルプナカ・ゾン英語版の竣工式と就任式を執り行った際に「国中のブータン人が、それぞれの地域から農産物を持ち寄った。現在においても、この習わしは、ロサルのあいだに食べられる食材の多様さにその姿を留めている[17]」具体的には、縁起の良い食物とされるサトウキビ青バナナ英語版を含め、伝統的な料理が食される。ブータンでは伝統的に、ピクニックや踊り、歌、ダーツ、弓矢による射的(ブータンにおけるアーチェリー英語版参照)、供養が行われる[18]

期間 編集

チベットの暦法は太陰太陽暦である。ロサルは、チベット暦の朔望月の一日から三日にかけて催される。

グレゴリオ暦の年 ラプジュン[注釈 6](60年で一巡) チベット暦の年 ロサルの日程[注釈 7] 十干五行と性別)と十二支
2008 第17ラブジュンの22年 2135 2月7日 地の男の
2009 第17ラブジュンの23年 2136 2月25日 地の女の[19]
2010 第17ラブジュンの24年 2137 2月14日 鉄の男の[20]
2011 第17ラブジュンの25年 2138 3月5日 鉄の女の[21]
2012 第17ラブジュンの26年 2139 2月22日 水の男の
2013 第17ラブジュンの27年 2140 2月11日 水の女の
2014 第17ラブジュンの28年 2141 3月2日 木の男の
2015 第17ラブジュンの29年 2142 2月18/19日 木の女の
2016 第17ラブジュンの30年 2143 2月9日 [22] 火の男の
2017 第17ラブジュンの31年 2144 2月27日 火の女の
2018 第17ラブジュンの32年 2145 2月16日 地の男の
2019 第17ラブジュンの33年 2146 2月5日 地の女の
2020 第17ラブジュンの34年 2147 2月24日 鉄の男の鼠
2021 第17ラブジュンの35年 2148 2月14日 地の女の牛
2022 第17ラブジュンの36年 2149 3月3日 水の男の虎
2023 第17ラブジュンの37年 2150 2月20日 水の女の兎

ギャラリー 編集

関連項目 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ : Klu
  2. ^ チベットやネパールで見られる、ビール・どぶろくに似た醸造酒
  3. ^ ワイリー方式: changkol
  4. ^ 揚げ菓子の一種
  5. ^ チベット語:ཞབས་དྲུང་、ワイリー方式zhabs drung ブータンにおける、政教両面の統治者。
  6. ^ ラプジュン (チベット語: རབ་བྱུང་ワイリー方式: rab byung)とはチベット暦で使用される単位。西暦1027年を起点として、六十年を一期とする。
  7. ^ ロサルは、アジア地域のみならず域外でも祝われる。チベット暦においては、夜明けから次の夜明けまでを一日とする。したがって、ロサルの開始時間も現地のタイムゾーンに従って移動する。

出典 編集

  1. ^ a b c William D. Crump, "Losar" in Encyclopedia of New Year's Holidays Worldwide (McFarland & Co.: 2008), pp. 237-38.
  2. ^ 星実千代. “チベット暦正月の行事”. www.aa.tufs.ac.jp. 2022年4月14日閲覧。
  3. ^ Buddhism: Losar” (英語). BBC (2004年9月8日). 2022年4月14日閲覧。
  4. ^ Peter Glen Harle, Thinking with Things: Objects and Identity among Tibetans in the Twin Cities (Ph.D dissertation: Indiana University, 2003), p. 132: "In Tibet, Nepal, Bhutan, India and other areas where Tibetan Buddhism is practiced, the dates for Losar are often calculated locally, and often vary from region.".
  5. ^ William D. Crump, Encyclopedia of New Year's Holidays Worldwide (McFarland & Co.: 2008), pp. 237: ""Different traditions have observed Losar on different dates."
  6. ^ Losar 2020 - Google Search”. www.google.com. 2020年2月25日閲覧。
  7. ^ Tibetan Borderlands: PIATS 2003: Proceedings of the International Association of Tibetan Studies, Oxford, 2003, p. 121: "Yet though their Lhochhar is observed about eight weeks earlier than the Tibetan Losar, the festival is clearly borrowed, and their practice of Buddhism comes increasingly in a Tibetan idiom."
  8. ^ William D. Crump, "Losar" in Encyclopedia of New Year's Holidays Worldwide (McFarland & Co.: 2008), pp. 237-38.
  9. ^ 石濱 2004, p. 226.
  10. ^ Gyatso, Tenzin (1988). Freedom in Exile: the Autobiography of the Dalai Lama of Tibet (rev. ed.: Abacus Books, London. ISBN 0-349-11111-1
  11. ^ Tenzin Wangyal Rinpoche (2002). Healing with Form, Energy, and Light. Ithaca, New York: Snow Lion Publications. ISBN 1-55939-176-6
  12. ^ Ligeti, Louis (1984). Tibetan and Buddhist Studies: Commemorating the 200th Anniversary of the Birth of Alexander Csoma De Koros. 2. University of California Press. pp. 344. ISBN 9789630535731 
  13. ^ J. Gordon Melton, "Losar" in Religious Celebrations: An Encyclopedia of Holidays, Festivals, Solemn Observances, and Spiritual Commemorations, Vol. 1 (ABC-CLIO), 2011), pp. 530-31.
  14. ^ DLJ 2022.
  15. ^ ANI. “Ladakh Buddhist Association celebrates 'Losar' festival in Leh” (英語). http://businessworld.in/article/Ladakh-Buddhist-Association-celebrates-Losar-festival-in-Leh-/16-12-2020-354190 2021年5月18日閲覧。 
  16. ^ James Mayer, Losar: Community Building and the Bhutanese New Year Archived February 28, 2017, at the Wayback Machine., Smithsonian Folklife Festival, Smithsonian Institution (February 15, 2013).
  17. ^ James Mayer, Losar: Community Building and the Bhutanese New Year Archived February 28, 2017, at the Wayback Machine., Smithsonian Folklife Festival, Smithsonian Institution (February 15, 2013).
  18. ^ James Mayer, Losar: Community Building and the Bhutanese New Year Archived February 28, 2017, at the Wayback Machine., Smithsonian Folklife Festival, Smithsonian Institution (February 15, 2013).
  19. ^ Kālacakra Calendar”. Kalacakra.org (2013年7月27日). 2017年1月21日閲覧。
  20. ^ Archived copy”. 2010年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月11日閲覧。
  21. ^ Losar, Nouvel An tibétain en 2011 : année 2138 du Lièvre de Fer”. Tibet-info.net (2011年1月5日). 2017年1月21日閲覧。
  22. ^ Tibetan Medical and Astrological Institute”. Tibetan Medical and Astrological Institute. 2016年1月27日閲覧。

参考文献 編集