ロドデノール(Rhododenol)は白樺樹皮メグスリノキなどに多く含まれる成分[1]。正確にはロドデンドロール(rhododendrol)。ラズベリーケトンのケトン基を水酸基に還元した形の化合物である。別名は、4-(4-ヒドロキシフェニル)-2-ブタノール (略称4-HPB)。

ロドデノール
識別情報
CAS登録番号 501-96-2
特性
化学式 C10H14O2
モル質量 166.22
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

2008年にカネボウ化粧品が認可を得て医薬部外品美白成分として化粧品に配合され、後に白斑の症状の訴えがあり2013年に回収された。症状の訴えは約2万人に上った[2]

分布 編集

白樺樹皮メグスリノキなどに多く含まれている[1]

開発 編集

1942年、日本でハクサンシャクナゲ Rhododendron fauriaei から発見・命名された[3]

2008年1月、「メラニン生成を抑え、しみ、そばかすを防ぐ効果を有する」[4]新規の医薬部外品の有効成分としてカネボウは厚生労働省の認可を取得した[5]。カネボウ化粧品は開発の過程で成人女性約330人を対象に試験などを実施、安全性を確認した[6]。その年から2013年4月にかけて、ロドデノール配合の美白化粧品が全国の百貨店や量販店など約1万5千店で累計436万個販売された[7]

2013年5月13日[8]、ロドデノール配合の製品を使って肌がまだらに白くなった人が3名いるとの連絡が皮膚科医からカネボウ化粧品に入り、これにより社長が被害を把握した[9][リンク切れ]。それまでは担当者が「化粧品による症状ではない」と判断して医師を紹介する対応に留め経営陣には伝わらず[9]、社内の被害情報システムにも登録されていなかった[10]。2週間後の5月27日に同社が医療機関を訪問して調査を開始した[11]

後に明らかになったことだが、カネボウの承認申請時に、原料となるラズベリーケトンによって白斑症状が報告されていた論文を挙げて白斑は経時的に治癒したと記載したが、実際の論文の内容は白斑症状は完全に消失していないというものであった[12][13]

薬理 編集

ロドデノールはチロシナーゼ阻害剤であり、濃度依存的にチロシナーゼ(チロシンヒドロキシラーゼ)を阻害することで色素のメラニンの生合成を抑止する美白作用があったが、その過程で生じる代謝産物のヒドロキシロドデンドロールはメラニン細胞に対する強い毒性を持つ[14][15]

副作用 編集

疫学調査では、2014年10月に日本皮膚科学会より、ロドデノール含有化粧品の安全に関する特別委員会報告書が公表され、患者年齢は多い順に 60代>50代>40代>30代≒70代、年間を通しては7月と8月に患者が比較的多かった[16]。1,338人の調査から、96%で製品使用部位に、顔では約93%に、首では約59%に、約44%に炎症があり、85%の症例では自然に生じた尋常性白斑との区別が困難とされた[17]。パッチテストによるアレルギー陽性が検出される接触アレルギーは発症要因ではない[18]

塗布部位から離れた場所にも色素脱失を生じることがあり、使用中止後の変化は、7%の人で治癒、27%が半分以上改善、38%半分未満改善、25%で変化なし、2%で大きくなった[19]。67%が治療無しで改善していっているが、白斑の標準的な治療を受けた場合には77%が改善した[19]

白斑の機序 編集

ロドデノールによる白斑形成の機序の詳細について、2014年9月、株式会社カネボウ化粧品 価値創成研究所は、ロドデノールのチロシナーゼ代謝産物(ヒドロキシロドデンドロール)が、小胞体ストレス応答活性化またはカスパーゼ3活性化、あるいはその両方の機序によってアポトーシスを誘導する可能性が示唆されたことを発表した[14][15]

代謝されたロドデノールの酸化体がメラニン細胞の細胞死につながる可能性がある[20]

健康被害と自主回収 編集

日本 編集

医薬品医療機器総合機構に報告書を提出し、カネボウと親会社である花王のそれぞれの経営会議を経て自主回収に踏み切ることとした[21]。なお強制的な自主回収を命じられる薬事法上の重篤なものに当たらず、厚生労働省からは対応の判断を委ねられた[22]

2013年7月4日、カネボウ化粧品と関連会社の株式会社リサージ、株式会社エキップは皮膚がまだらに白くなる症状(白斑)との関連性が懸念されるとしてこの成分を配合する8ブランド54製品を自主回収すると発表した[23]。日本国内では販売済みの約45万個と店頭にある58万個、あわせて100万個以上が対象となり[24][25]、回収費用は約50億円[5]消費者庁は「ただちに使用を中止し、相談窓口に連絡する」ことを呼び掛けた[4]。その時点で約25万人が使用[7]しておりカネボウ化粧品が4日に設置したフリーダイヤル300回線には当日だけで約1万5千件の問い合わせが殺到し対応できない状態が続いた[26]

7月17日、日本皮膚科学会内に「ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会」(委員長:松永佳世子教授)を設置、対応していくこととなった。

7月23日、カネボウ化粧品および関連2社が自主回収発表後の状況と対応について第2報を発表。それによると7月19日現在までに寄せられた問い合わせはフリーダイヤル約10万5千人、店頭約5万8600人。回収状況は顧客から80%、店頭から86.8%。「該製品を使用し、白斑様症状を発症したお客様には、完治するまで責任をもって対応する」を基本方針とする「ロドデノール対策本部(本部長:代表取締役社長執行役員夏坂真澄)」を設置。白斑についての申し出数は6,808名(不安を感じる方を含む。うち「3箇所以上の白斑」「5cm以上の白斑」「顔に明らかな白斑」のいずれかの症状を含む方が2,250名)であり、19日までに3,181名を訪問。社員による全員の訪問にむけて活動中であるとした。またこの発表とは別に、社員247人に症状がみられたことも明らかになった[27]。症状が確認された利用者には医療費や医療機関への交通費、慰謝料を支払う方針で、補償基準の詳細は今後検討する[28][29]

7月24日、消費者庁の阿南久長官は定例の記者会見で「5月の時点で使用中止を呼び掛けていれば、被害を少しでも減らせたはずだ」と指摘[8]。今後の消費者庁としての対応について、カネボウ化粧品の対応を注視し「製品の回収状況や被害の広がり、被害者の回復の状況などは、週に1度は報告を求めたい」とした[30]。消費者の間で同社商品の買い控えが広がった[31]

2018年11月までに症状の訴えは約2万人となり、うち1万8千人と合意した[2]

日本国外 編集

台湾香港大韓民国タイ王国シンガポールマレーシアインドネシアミャンマーフィリピンベトナムのアジア10か国・地域で販売の製品も回収対象となる[32]。台湾での対象は10万個を超え、化粧品の回収数としては台湾史上最大[33]。台湾でも181人が症状を訴え、うち58人は肌の症状と該当の化粧品に直接の関係がないことが確認されたが、残り54人はカネボウ製品の台湾販売代理店「東方美企業」の職員同伴で診察を受けているという[34]中国では該当製品を販売していなかったがオンラインショッピングなどさまざまなルートから中国本土に流入しており7月21日までに176件の返品を受け付けた[35]

出典 編集

  1. ^ a b メラニンの生成を抑制する研究2 - ロドデノールの開発 Archived 2013年7月5日, at the Wayback Machine.
  2. ^ a b “カネボウ「白斑」訴訟、39人の調停が成立 東京地裁”. 朝日新聞. (2018年12月18日). https://www.asahi.com/articles/ASLDL432CLDLUBQU004.html 2019年4月10日閲覧。 
  3. ^ Kawaguchi R et al. J. Pharm. Soc. Japan 1942, 62, 4
  4. ^ a b 株式会社カネボウ化粧品 - 消費者庁 2013年7月4日 (PDF)
  5. ^ a b “カネボウは美白化粧品54製品を自主回収、回収費用約50億円”. ロイター. (2013年7月4日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE96303I20130704 
  6. ^ “「異常」の訴えを軽視 カネボウ化粧品被害拡大”. 中日新聞. (2013年7月24日). http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20130724073628211 
  7. ^ a b “カネボウ、「美白」化粧品を回収 「肌がまだらに白く」の被害報告”. 中日新聞. (2013年7月4日). http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20130704162039891 
  8. ^ a b “消費者庁長官、カネボウを批判 美白化粧品の被害対応”. 時事ドットコム. (2013年7月24日). http://www.47news.jp/CN/201307/CN2013072401001407.html 
  9. ^ a b “カネボウ“美白効果”製品による健康被害、白斑症状の実態”. 毎日放送. (2013年7月25日). http://www.mbs.jp/news/jnn_5392546_zen.shtml 
  10. ^ “化粧品の「白斑」 被害に対応誠意を示せ”. 中日新聞. (2013年7月29日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013072902000119.html [リンク切れ]
  11. ^ “カネボウ 白斑指摘2週間後に調査開始”. NHK. (2013年7月31日). オリジナルの2013年8月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130803044708/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130731/k10013436341000.html 
  12. ^ 薬害オンブズパースン会議 (22 May 2014). 医薬部外品の審査と安全対策に関する意見書 (PDF) (Report). 薬害オンブズパースン会議. 2019年6月19日閲覧 「医薬部外品の審査と安全対策に関する意見書」を提出”. 薬害オンブズパースン会議 (2014年5月22日). 2019年6月19日閲覧。
  13. ^ Fukuda Yoshiharu、Nagano Megumi、Futatsuka Makoto「Occupational Leukoderma in Workers Engaged in 4-(p-Hydroxyphenyl)-2-Butanone Manufacturing.」『Journal of occupational health』第40巻第2号、1998年、118-122頁、doi:10.1539/joh.40.118 
  14. ^ a b Minoru Sasaki; Masatoshi Kondo; Mai Umeda; Keigo Kawabata; Yoshito Takahashi; Tamio Suzuki; Kayoko Matsunaga; Shintaro Inoue (2014-09). “Rhododendrol, a depigmentation-inducing phenolic compound, exerts melanocyte cytotoxicity via a tyrosinase-dependent mechanism”. Pigment Cell & Melanoma Research 27 (5). doi:10.1111/pcmr.12269. PMID 24890809. 
  15. ^ a b ロドデノール(rhododendrol)誘発性白斑に関する基礎研究について”. 2014年9月13日閲覧。
  16. ^ 一次全国疫学調査報告書” (2014年10月21日). 2014年11月23日閲覧。
  17. ^ 日本皮膚科学会ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会「ロドデノール誘発性脱色素斑症例における一次全国疫学調査結果」『日本皮膚科学会雑誌』第124巻第11号、2014年、2095-2109頁、doi:10.14924/dermatol.124.2095 
  18. ^ 鈴木加余子「疫学調査その1 ロドデノール誘発性脱色素斑の臨床症状と検査結果」『日本皮膚科学会雑誌』第127巻第2号、2017年、137-144頁、doi:10.14924/dermatol.127.137 
  19. ^ a b Harris, John E. (2017). “Chemical-Induced Vitiligo”. Dermatologic Clinics 35 (2): 151–161. doi:10.1016/j.det.2016.11.006. PMC 5362111. PMID 28317525. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5362111/. 
  20. ^ 秋山卓美、清水久美子、藤巻日出夫、内野正、最上知子、五十嵐良明「ロドデノールの代謝とメラノサイトに対する細胞毒性」『日本毒性学会学術年会』第41巻第0号、2014年、P-250、doi:10.14869/toxpt.41.1.0_P-250 
  21. ^ “花王-カネボウ連合の誤算 美白化粧品回収で、資生堂との"王座争い"に悪影響も”. 東洋経済オンライン. (2013年7月4日). http://toyokeizai.net/articles/-/14615 
  22. ^ “「メカニズムがわからない」 カネボウ化粧品・夏坂社長、まだら美白問題で困惑隠せず”. SankeiBiz. (2013年7月4日). https://web.archive.org/web/20130707170025/http://www.sankeibiz.jp/business/news/130704/bsc1307041801020-n1.htm 
  23. ^ お詫びと自主回収についてのお知らせ カネボウ化粧品 2013年7月4日
  24. ^ “ブランドに痛撃=美白化粧品の自主回収-カネボウ”. 時事ドットコム. (2013年7月4日). http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2013070400909 
  25. ^ “カネボウ自主回収 親会社・花王にも打撃 経営戦略に影響”. MSN産経ニュース. (2013年7月5日). https://web.archive.org/web/20130705040337/http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130705/biz13070507100000-n1.htm 
  26. ^ “カネボウ化粧品回収、問い合わせ殺到 治療費負担へ”. 中日新聞. (2013年7月5日). オリジナルの2013年7月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130705040300/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2013070401001665.html 
  27. ^ “カネボウ、対応遅れ認める 夏坂社長「病気と思い込み」 社員247人にも症状”. SankeiBiz. (2013年7月24日). https://web.archive.org/web/20130727033707/http://www.sankeibiz.jp/business/news/130724/bsc1307240700003-n1.htm 
  28. ^ “カネボウ化粧品、被害報告相次ぐ 重い症状の申し出2千人超”. 時事ドットコム. (2013年7月23日). https://web.archive.org/web/20130726122614/http://www.47news.jp/CN/201307/CN2013072301001876.html 
  29. ^ “カネボウの美白化粧品回収、まだら被害申告2250人”. 日本経済新聞. (2013年7月23日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2304W_T20C13A7CR8000/ 
  30. ^ “カネボウ問題 公表遅れ指摘”. NHKニュース. (2013年7月24日). オリジナルの2013年7月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130728024605/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130724/k10013263641000.html 
  31. ^ “カネボウ、経営さらに打撃 美白化粧品回収で顧客流出”. 日本経済新聞. (2013年7月23日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD230MI_T20C13A7TJ0000/ 
  32. ^ “カネボウ、54製品を自主回収 美白化粧品で「肌まだらに」”. AFPBB News. (2013年7月4日). https://www.afpbb.com/articles/-/2954235?pid=11003718 
  33. ^ “台湾では過去最大の化粧品回収に カネボウ製品のまだら美白問題”. SankeiBiz. (2013年7月5日). https://web.archive.org/web/20130705171617/http://www.sankeibiz.jp/business/news/130705/bsc1307051310008-n1.htm 
  34. ^ “カネボウ化粧品の「白まだら」被害、台湾でも54人確認”. 中央通訊社. (2013年7月24日). https://web.archive.org/web/20130726162006/http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201307240003.aspx 
  35. ^ “カネボウ:台湾でも100人以上に「白斑」症状、中国では返品が増加”. 財経新聞. (2013年7月25日). http://www.zaikei.co.jp/article/20130725/142497.html 

関連項目 編集

  • グアノフラシン白斑:1950年に発生したグアノフラシン点眼薬で発生した白斑。1951年厚生省が使用を禁止した。

外部リンク 編集