丁世均
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정세균(チョン・セギュン)
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丁世均
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| 生年月日 | 1950年9月26日(61歳) |
| 出身校 | 高麗大学校 |
| 前職 | 双竜グループ常務理事 |
| 現職 | 常任顧問 |
| 所属政党 | 民主統合党 |
| 公式サイト | skchung |
| 選挙区 | 鎮安郡・茂朱郡・長水郡・任実郡 |
| 当選回数 | 4回 |
丁 世均(チョン・セギュン、정세균)は、韓国の政治家、民主党最高委員(2010年10月~)。李明博政権(2008年2月~)における野党第1党であった民主党の代表(党首)も勤めた。現・民主統合党常任顧問[1]。
歩み
韓国の財閥の一つである双竜グループの常務理事から、金大中が創党した「新政治国民会議」に入党。1996年4月の第15代国会議員選挙で初当選して政界入りした。盧武鉉政権では、経済通を活かして経済担当ブレーンとして活躍、産業資源相を務めた。また、盧大統領の与党「開かれたウリ党」では、院内代表や議長(党首)といった要職を歴任し、大統領と袂を分って野党に転じた新千年民主党から改編した民主党も含めた旧与党勢力の統合を巡って揺れつづけた党を支えた。2008年7月、ウリ党の後身である大統合民主新党と民主党が統合して発足した統合民主党が党名を改称した民主党の初代代表に就任した。
その後、民主党の代表として政府及びハンナラ党と対峙し続け、再補選や2010年6月の全国同時地方選挙で陣頭指揮に当たった。全国同時地方選挙の結果、与党・ハンナラ党に勝利したことで、2012年の次期大統領選挙における民主党の大統領候補の一人として名乗りを上げるものと目された[2]。しかし、7月の国会議員再補選で敗北した責任をとって、党代表を辞任した[3]。そして10月に行われた党代表と指導部を選出する選挙に出馬したが、8名の候補者中、3位に留まり、代表再選は果たせず、新たに党最高委員に就任した[4]。
2011年12月に発足した民主統合党では常任顧問に就任した。2012年4月に行われた第19代総選挙では地元選挙区を離れてソウル市鍾路区より出馬[5]、ハンナラ党元代表であるセヌリ党洪準杓候補を僅差で下して5選を果たした。なお鍾路区では過去7回の選挙で保守系政党の候補が当選(1998年の補欠選挙を除く[6])しており、民主系が当選を果たしたのは1985年の第12代総選挙以来27年ぶりである[7]。
略歴
学歴
職歴
選挙
- 1996年4月11日:第15代総選挙、当選(新政治国民会議)
- 2000年4月13日:第16代国会議員選挙、当選(新千年民主党)
- 2004年4月15日:第17代国会議員選挙、当選(開かれたウリ党)
- 2008年4月9日:第18代総選挙、当選(統合民主党)
- 2012年4月11日:第19代総選挙、当選(民主統合党)
議員歴
- 1996年5月~2000年5月:第15代国会議員(新政治国民会議→新千年民主党)
- 2000年5月~2004年5月:第16代国会議員(新千年民主党→開かれたウリ党)
- 2004年5月~2008年5月:第17代国会議員(開かれたウリ党→大統合民主新党→統合民主党)
- 2008年5月~現在 第18代国会議員(統合民主党→民主党→民主統合党)
党職・議員活動
- 1997年7月~1998年4月:国会財政経済委員会幹事及び労使政委員会幹事会委員(1998/06まで)
- 2000年6月~2000年12月:新千年民主党、第二政策調整委員長
- 2000年11月~2003年9月:新千年民主党、労使問題対策委員会委員
- 2000年12月~2001年11月:新千年民主党、基調委員
- 2000年12月~2001年1月:国会公的資金運営実態究明のための国勢調査特別委員会委員長
- 2001年11月~2002年4月:国会財政経済委員会担当幹事
- 2002年6月~2002年12月:新千年民主党、大統領選挙企画団政策企画室長
- 2002年7月~2003年4月:国会建設交通委員会委員
- 2002年9月~2002年12月:盧武鉉大統領候補(当時)中央選挙対策委員会国家ビジョン21委員会本部長
- 2002年9月~2002年12月:国会公的資金国勢調査対策特別委員会委員長
- 2000年12月~2003年9月:新千年民主党、政策委員会議長
- 2003年4月~2004年5月:国会農林海洋水産委員会委員
- 2003年9月~2004年4月:開かれたウリ党、政策委員会議長
- 2004年8月~2004年10月:開かれたウリ党、公職候補資格委員会委員長
- 2004年7月~2005年1月:国会予算決算特別委員会委員長、国会科学技術情報通信委員会委員
- 2005年1月~2006年1月:開かれたウリ党、院内代表[8]。国会運営委員会委員長
- 2005年10月~2006年1月:開かれたウリ党、臨時議長[9](院内代表と兼務)。
- 2006年2月9日 産業資源部の長官(大臣)に任命[10]
- 2007年1月3日 産業資源部長官を辞任[11]
- 2007年2月14日 ウリ党の定期党大会、議長選挙で議長に選出される[12]。
- 2008年7月6日:民主党、党大会。代表選挙で、秋美愛と鄭大哲の二人に大差をつけて、代表に当選(任期2年)[13]。
- 2009年7月24日:ハンナラ党がメディア関連法を国会で強行採決したことに抗議して議員辞職を表明。自身を含めた民主党議員全員の辞表を金炯旿国会議長に提出した[14]。
- 2010年6月8日:11ヶ月ぶりに院内への復帰を表明。[15]
- 2010年8月2日:国会議員再補選における敗北の責任をとって、代表の職を辞任。
- 2010年10月4日:党指導部選挙で敗北。党最高委員(2010年10月~2011年12月)
- 2011年12月:民主統合党常任顧問
注:日本経済新聞が主催して毎年開催している国際交流会議「アジアの未来」のサイト[16]に掲載されている丁世均の略歴[17](同会議において講師を務めた)を元に、聯合ニュースや朝鮮日報などマスメディアの記事も参考にして作成した。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 李熙範 |
(現・大韓民国知識経済部) 第63代:2006 - 2007 |
次代: 金栄柱 |
| 党職 | ||
| 先代: 金槿泰 |
ウリ党議長 第11代:2007 - 2007 |
次代: (大統合民主新党へ吸収) |
| 先代: |
民主党代表 初代:2008-2010 |
次代: 孫鶴圭 |
脚注
- ^ 상임고문 정세균(常任顧問 丁世均).民主統合党ホームページ(2012年1月28日閲覧)
- ^ “ソウル市長選で与党辛勝、民主党躍進の地方選挙に”聯合ニュース2010年6月3日
- ^ 「民主党の丁世均代表が辞任 再・補欠選挙敗北で」」KBSワールドラジオ 2010-08-02 15:42:21配信
- ^ 「民主党の新代表 孫鶴圭氏選出」、KBSワールドラジオ2010-10-04 10:57:20配信
- ^ “정세균 '정치 1번지' 종로 출마 선언(丁世均‘政治1番地’鍾路出馬宣言)”. 韓国日報. (2011年12月1日) 2012年3月20日閲覧。
- ^ この時の補選で当選したのは後に大統領となる盧武鉉(當時、国民会議副総裁)。
- ^ “정세균 `정치1번지' 거물대결서 승리(丁世均‘政治1番地’大物対決で勝利)”. 聯合ニュース. (2012年4月11日) 2012年4月21日閲覧。
- ^ 「ウリ党、院内代表に丁世均議員選出」朝鮮日報日本語サイト(2005年1月24日)
- ^ 「盧大統領「来年初めに国民に進路を提示」」朝鮮日報日本語サイト(2005年10月31日)
- ^ 「韓国の基礎データ(政治動向)」日本貿易振興機構(ジェトロ)の国・地域別情報より
- ^ 「丁世均・産業資源部長官が離任、後任は4日に発表」聯合ニュース(2007年1月3日)
- ^ 「ウリ党議長に丁世均議員を選出、大統合新党結成へ」聯合ニュース(2007年2月14日)
- ^ 「民主党の代表選、丁世均議員が大差で当選」聯合ニュース(2008年7月7日)
- ^ 民主党代表が議員辞任表明、メディア法無効化闘争へ-聯合ニュース2009年7月24日付。
- ^ 정세균, 11개월만에 의원직 복귀 (丁世均 11ヶ月ぶりに議員職復帰)。韓国日報2010年6月8日付
- ^ 第12回アジアの未来 概要
- ^ 丁世均略歴
