下野新聞

株式会社下野新聞社
Shimotsuke Shinbunsha 2011.jpg
下野新聞本社
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
320-8686
栃木県宇都宮市昭和一丁目8番11号
設立 1878年明治11年)6月1日
業種 情報・通信業
事業内容 新聞・雑誌・書籍等の発行印刷・販売業
主要子会社 下野新聞印刷センター
下野新聞アドセンター
下野テレビ映像
関係する人物 田中正造
外部リンク http://www.shimotsuke.co.jp/

下野新聞(しもつけしんぶん)は栃木県の地方新聞で、下野新聞社が発行している。1878年明治11年)創刊。毎日新聞社と資本・協力関係にある[1]

1878年(明治11年)に栃木(現・栃木市)の万象堂が発行した「栃木新聞」がはじまりで、県内他新聞との合併を行いながら6年余り発行される。その間には田中正造らが編集者として名を連ねている。1884年(明治17年)3月7日に「下野旭新聞」を発行していた鶏鳴社と合併し本拠地を宇都宮へ移転、同日付より現題名となった。1941年昭和16年)、経営難から東京日日新聞の支援を受ける一方、一県一紙の国策で栃木県の代表紙となり、県内の他新聞社を吸収している。県域紙としての影響力は大きく、県域テレビ・ラジオ局の設立にも大きく関与している。 2006年平成18年)4月より紙面製作は宇都宮市の本社で行い、印刷は本体から分社した下野新聞印刷センター(鹿沼市)で行っている。

会社概要

支社・総局・支局

支社 東京支社 東京都千代田区内幸町
大阪支社 大阪府大阪市北区梅田
総局 大田原総局 大田原市浅香
日光今市総局 日光市今市本町
宇都宮総局 宇都宮市
真岡総局 真岡市荒町
足利総局 足利市大橋町
小山総局 小山市粟宮
支局 那須塩原支局 那須塩原市沓掛
矢板支局 矢板市富田
那須烏山支局 那須烏山市
日光支局 日光市石屋町
さくら支局 さくら市卯の里
鹿沼支局 鹿沼市下田町
下野支局 下野市石橋
茂木支局 芳賀郡茂木町茂木
佐野支局 佐野市高萩町
栃木支局 栃木市万町
宇都宮まちなか支局 宇都宮市江野町

出典 : 支社・総支局住所一覧 - 下野新聞 公式ホームページ

沿革

番組表

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最終面

中面

栃木新聞時代の補足

1878年6月1日 - 1878年11月2日(計37号)
発行所は栃木(現・栃木市)の万象堂、月8回刊。紙面にははっきり書いてないが、交付式新聞(県が発行代金の一部を負担するかわりに、県の命令などを知らせるための記事も載せた新聞)だったと考えられている。
1879年8月2日 - 1882年7月31日
発行所は共進社、隔日刊。田中正造が編集長になり、紙面上で国会の設立を訴える。足利新報との合併準備のため1882年7月31日付を最後に休刊した。なお、田中正造は合併に反対し、合併前の1882年5月に退社している。ただしこれは田中の記述を元にしており、他の関係者の記述では、田中は退社後も合併準備のために走り回り、第3次栃木新聞の発刊を見届けるところまで関係していたともいう。
1882年9月2日 - 1884年2月21日
足利(現・足利市)の足利新報と対等合併。発行所名は足利新報の旭香社を引継ぎ、題字は栃木新聞を継承した。宇都宮で「下野旭新聞」を発行していた鶏鳴社との合併・移転準備のため1884年2月21日付で休刊。なお「下野旭新聞」についてはほとんど記録がないが、発行回数などはあまり多くなかったらしい。

関連事業 等

関連会社

脚注

  1. ^ ただし、記事交流はなく、ホームページのリンク等にも毎日新聞社へのリンクはない。これは同じく毎日新聞と資本、協力関係にある福島民報も同様である
  2. ^ Media Report

関連項目

外部リンク