剣歯虎(けんしこ Saber-toothed cat)は、漸新世後期から更新世にかけて栄えたネコ科に属する食肉獣の中で、上顎犬歯がサーベル状となったグループである。おそらく単系統であり[2]マカイロドゥス亜科 Machairodontinae として分類される。サーベルタイガーとも。

マカイロドゥス亜科
スミロドンの想像図
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: ネコ目 Carnivora
: ネコ科 Felidae
亜科 : マカイロドゥス亜科 Machairodontinae
学名
Machairodontinae Gill1872[1]
和名
剣歯虎
剣歯猫
英名
Saber-toothed Cats
Saber-toothed Tigers
人間とスミロドンの大きさの比較
スミロドンの頭骨
現在のトラ犬歯

肩高は約1mから1.2m。体長は1.9~2.1m。体重は270kg[3]。独自に発達した上顎犬歯は20センチに及ぶ短刀状のとなったが噛む力は弱かったようだ。大型動物を専門に狩るための武器として使用したと考えられる。

1万年ほど前に絶滅したサーベルタイガーの一種スミロドン・ファタリス(Smilodon fatalis)は、現在の米国西部地方に君臨する捕食動物だった。カリフォルニア州にあるラ・ブレア・タールピット(天然アスファルトの池)からは、化石化したスミロドンがこれまでに3000体以上採集されており、これを調査する研究者らは長年の間、スミロドンはライオンのようなタイプのハンターで、広い草原でバイソンやウマを追いかけていたと考えていた。 (参考記事:「新発見、牙のような剣歯の古代草食動物」)

 ところが、ラ・ブレアで採集された大量の歯の分析から、体重270キロ、犬歯の長さ18センチにもなるこの猛獣の、通説とは大きく違う姿が明らかになった。

「サーベルタイガーといえば、バイソンを倒す典型的なイメージがありますが、実際には何の裏付けもありません」と、研究を主導した米ヴァンダービルト大学の古生物学者、ラリサ・デサンティス氏は言う。先日、学術誌「Current Biology」に掲載された論文では、実際のスミロドンが森で暮らし、シカのような草食動物を餌としていた証拠が示されている。(参考記事:「サーベルタイガー、アゴの力は弱かった」)

「スミロドンは草原のウマやバイソンではなく、森でバクやシカを狩っていたようです」

 デサンティス氏のチームの包括的な研究では、コヨーテやハイイロオオカミのような小型の捕食者が現代まで生き延びた一方で、サーベルタイガーやダイアウルフ(大型のイヌ科動物)、アメリカライオン(ホラアナライオンの仲間)などの大型の捕食者たちが1万〜1万2000年前に、どうして絶滅してしまったのか、その理由を説明する手がかりを提示している。

 鍵となったのは、メガテリウムやマンモス、マストドンといった、北米の大型草食動物たちが姿を消した後で、獲物の変化に柔軟に対応できたかどうかという点だった。過去の研究では、コヨーテは大型草食動物の絶滅後、体が20パーセント小型化し、歯の形も現実の変化に合わせるなど、「ライフスタイル」を大きく変えたことがわかっている。

「大型捕食者や、その餌となる動物が絶滅するとき、小型の捕食者のほうは体を小さくし、さらに食べるものを根本から変え、腐肉や植物をあさるようになっていきました。こうして、現在私たちが知る適応力のある動物となったのです」とデサンティス氏は言う。

歯の調査 編集

 科学者らは、サーベルタイガーの犬歯を中心に、ラ・ブレアで採集した、アメリカライオン、ダイアウルフ、クーガー、コヨーテ、ハイイロオオカミ、草食動物の化石化した歯を700個以上調べている。研究チームが着目したのは、その動物が何を食べていたかの手がかりとなる歯の摩耗パターンと、歯のエナメル質に残った2つの炭素同位体の割合だった。

 森の中と開けた環境の中では、2種類の炭素の同位体が異なる速度で植物に蓄積する。草食動物を調べれば、その動物が好む生息地の手がかりが得られる。さらに、草食動物の体に残った同位体は、彼らを捕食した肉食動物の体内へと移る。つまり、肉食動物の化石を調べれば、森に生息する草食動物を食べていたのか、もっと開けた草原の獲物を食べていたのかがわかるのだ。

 過去の研究では、ラ・ブレアで採集されたサーベルタイガーなど捕食者の骨に見つかるコラーゲン(タンパク質)中の炭素や窒素の同位体の割合を着目したものだった。これらの研究はいずれも、スミロドン、ダイアウルフ、アメリカライオンなどの大型の捕食動物は、草原で狩りをしていた可能性が高いことを示していた。

種類 編集

剣歯虎は3族に分類される[2]。ただし、メタイルルス族とスミロドン族は、おそらく側系統で、この順に分岐した[2]

系統 編集

トラなどヒョウ属 Panthera に近いとする考えから剣歯虎、あるいは、ネコなどネコ属 Felis に近いとする考えから剣歯猫と呼ばれているが、実際は、ヒョウ属にもネコ属にも特に近くない系統である。

ホモテリウム Homotherium の遺伝子による分子系統では、ホモテリウムはネコ科の中で最初に分岐した[4]。すなわち、ネコ属にもヒョウ属にも、ネコ科の一員であるという以上には近くない。剣歯虎全体は、現生ネコ科の系統と姉妹群である[2]

ウンピョウは現生種の中ではサーベル状の犬歯を持つが、ウンピョウ属は剣歯虎ではなくヒョウ属に近縁で、剣歯虎との関係は収斂進化である[4]

進化と形態 編集

漸新世後期から鮮新世にかけてはマカイロドゥスの類が発展し、鮮新世後期から更新世にかけてはホモテリウムメガンテレオンなどが現われた。これらの動物の剣歯は、口を閉じた際には下顎にできた鞘状の長いくぼみに収まるようになっていたが、最後に出現した更新世のスミロドンはそうした鞘がなく、剣歯がじかに外に突き出していた。

生態 編集

剣歯虎の仲間は、ずんぐりした四肢の特徴から、俊足の中型・小形動物を高速で追跡して捕らえる事は困難であったと考えられ、動きの比較的緩慢な大型動物(ゾウサイの類、メガテリウムの仲間など)を襲ったと考えられる。剣歯は長大だが厚みはあまりないため、噛み殺すというよりは、柔らかな首に噛みついて器官や血管を切断させることで失血死させたのだろうと思われている[5]犬歯は頭部上顎部と歯肉歯根膜を媒介として繋がっているだけで、強い力が加わった場合、抜けたり、梃子作用により局部的に力が加わり上顎骨を破壊する危険性があり、剣歯虎も同様であったと想像される。

一方、その牙は死体を切り裂くために使われ、従って剣歯虎は死肉食であったとする見解も一部にある。しかし、古生物学者の鹿間時夫の見解では、攻撃獣の骨は損傷が多いが、腐肉食獣の方は骨に損傷がない。スミロドンの骨には損傷が目立つので、攻撃者だったと思われる[6]

参考文献 編集

  • National Geographic

脚注 編集

注釈 編集

出典 編集

  1. ^ Paleobiology Database: Machairodontinae
  2. ^ a b c d Sakamoto, Manabu; Ruta, Marcello (2012), “Convergence and Divergence in the Evolution of Cat Skulls: Temporal and Spatial Patterns of Morphological Diversity”, PLoS ONE 7 (7), doi:10.1371/journal.pone.0039752, http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0039752 
  3. ^ 今泉忠明(監修)『絶滅動物の秘密2』59頁。
  4. ^ a b Agnarsson, Igni; et al. (2010), “Dogs, cats, and kin: A molecular species-level phylogeny of Carnivora”, Molecular Phylogenetics and Evolution 54: 726–745, http://ezlab.zrc-sazu.si/uploads/2011/05/Agnarssonal2010_Carnivora.pdf 
  5. ^ 平凡社 『世界大百科事典』 「スミロドン」(亀井節夫)、「きば(牙)」(今泉吉典)の項
  6. ^ 『古脊椎動物図鑑』 朝倉書店、1979年

関連項目 編集

特徴的な“剣歯”は様々な動物で見られる[1]

  • ディキノドン類-肉食性ではないが、様々な用途のために長く鋭い犬歯を持っていた。
  • 恐角目-ディキノドン類と同様、彼らも長く鋭い犬歯を持っていたが、やはり植物食であった。

外部リンク 編集

  1. ^ Not all saber-toothed animals were predators, fossils reveal(米ナショナルジオグラフィックHP:2020)