厭勝銭(ようしょうせん[1][2][3])は、銭貨の形状を模した護符の一種。災いを避け好運を願うため所持するものであり[4]、通貨として流通されるものではない[5]。俗にえんしょうせん[6]あっしょうせん[7]とも読む。「厭勝」は「人をおさえしずめるまじない」を意味する。「えんしょう」とも読む[8]

表側は、通常の通貨を模すか、「千秋万歳」・「天下太平」・「長命富貴」・「大宜子孫」・「花生不老」といった吉祥語や、「去殃除凶」(きょおうじょきょう)「万災永滅」・「万病不侵」などの語句が刻まれる。裏側は、やはり縁起の良い北斗、双魚、亀蛇(きだ)、竜鳳、新月といった図案や、そのほか人物や動物が刻まれる。裏側に上述の吉祥語類が刻まれることもある。形状は必ずしも円型で中央に穴の開いたいわゆる銭形とは限らず、長方形などもある[6][7]

厭勝銭の起源は、讖緯説が流行した王莽(BC45 - 23)のの時代、あるいは前漢時代(BC206 - 8)まで遡る。特に(420 - 479)・(618 - 907)以降、盛んに鋳造され、時代が下るにつれて趣味品としての性格も帯びていった[6][7]。日本に伝来したものは絵銭(画銭)として珍重され、室町時代から江戸時代にかけて親しまれた[5]

厭勝銭が成立した背景には貨幣経済の浸透という社会情勢があり、貨幣が持つ一種呪術的な力[9]が銭という形に仮託された[10]と一般に考えられている[11]。しかし前漢時代に鋳造された五銖銭に吉祥語を刻んだものがあったり、朝鮮半島や日本では中国から流入した五銖銭が副葬品として使われるなど、通貨としての貨幣と厭勝銭は厳密に区分けできるものではない[11]

脚注 編集

  1. ^ 武陵地1号古墳出土の富本銭” (PDF). 高森町歴史民俗資料館 時の駅. 2023年3月23日閲覧。
  2. ^ 東野治之「東アジアの中の富本銭」『文化財学報』第19巻、奈良大学文学部文化財学科、2001年、24頁、ISSN 0919-1518 
  3. ^ 李祖定「中国伝統吉祥図案」、Setsuwa-sha Publishing、2009年、ISBN 978-4-916217-76-9 
  4. ^ 『日本国語大辞典 第二版』 第二巻、小学館、2001年2月20日、756頁。ISBN 4-09-521002-8 
  5. ^ a b 松村明 編『大辞林』(第3版)三省堂、2006年、292頁。ISBN 978-4-385139050 
  6. ^ a b c 『世界大百科事典』 第29巻(改訂新版)、平凡社、2007年、29-30頁。ISBN 978-4-58202700-6 
  7. ^ a b c 『日本大百科全書』 第3巻(第2版)、小学館、1994年、750頁。 
  8. ^ 山口明穂, 武田晃 編『岩波新漢語辞典 第3版』岩波書店、2014年1月29日、220頁。ISBN 978-4-00-080316-8 
  9. ^ 栗本慎一郎『<新版>パンツをはいたサル――人間は、どういう生物か』現代書館、2005年4月20日、76-78頁。ISBN 4-7684-6899-3 
  10. ^ 栄原永遠男『日本古代銭貨研究』清文堂出版、2011年7月20日、237-238頁。ISBN 978-4-7924-0921-0 
  11. ^ a b 小野正敏, 佐藤信, 舘野和己, 田辺征夫 編『歴史考古学大辞典』吉川弘文館、2007年3月1日、1194-1195頁。ISBN 9784642014373 

関連項目 編集