反日感情(はんにちかんじょう、英語:Anti-Japanese sentiment)は、日本日本人日系人に対して抱いている反感を指す言葉である。

鬼子小日本など侮蔑用語を記載したプラカードを掲げる台湾台北のデモ隊
第二次世界大戦中の反日感情を煽るアメリカのプロパガンダポスター。“東京の坊主が言っている、「材料を多く浪費すると、とても幸せになります、ありがとう」”
日本人と犬は入場禁止中国広州市内のレストランにて。かつて上海共同租界パブリック・ガーデンに入口に「犬と支那人入るべからず」との看板が建てられていたという都市伝説[1][2][3][4]をもじったもの

概要 編集

2017年 BBCワールドサービスの国際世論調査
調査対象国別の対日本観[5]
調査対象国 肯定 否定 どちらでもない 肯定-否定
  中国
22%
75%
3 -53
  スペイン
39%
36%
25 3
  トルコ
50%
32%
18 18
  パキスタン
38%
20%
42 18
  インド
45%
17%
38 28
  ロシア
45%
16%
39 29
  ペルー
56%
25%
19 31
世界平均
56%
24%
20 32
  ナイジェリア
57%
24%
19 33
  イギリス
65%
30%
5 35
  メキシコ
59%
23%
18 36
  ケニア
58%
22%
20 36
  ドイツ
50%
13%
37 37
  インドネシア
57%
17%
26 40
  アメリカ
65%
23%
12 42
  ギリシャ
52%
9%
39 43
  フランス
74%
21%
5 53
  ブラジル
70%
15%
15 55
  オーストラリア
78%
17%
5 61
  カナダ
77%
12%
11 65
2013年 ピュー・リサーチ・センターの国際世論調査
日本に対する印象(アジア・太平洋のみ)[6]
調査対象国 肯定 否定 どちらでもない 肯定-否定
  中国
4%
90%
6 -86
  韓国
22%
77%
1 -55
  パキスタン
51%
7%
42 44
  フィリピン
78%
18%
4 60
  オーストラリア
78%
16%
6 62
  インドネシア
79%
12%
9 67
  マレーシア
80%
6%
14 74
2011年 BBCワールドサービスの国際世論調査
調査対象国別の対日本観[7]
調査対象国 肯定 否定 どちらでもない 肯定-否定
  中国
18%
71%
11 -53
  メキシコ
24%
34%
42 -10
  パキスタン
34%
15%
51 19
  南アフリカ
41%
17%
42 24
  インド
39%
13%
48 26
  フランス
55%
29%
16 26
  ポルトガル
43%
13%
44 30
  イギリス
58%
26%
16 32
  ドイツ
58%
25%
17 33
  ガーナ
55%
11%
34 34
  オーストラリア
60%
26%
14 34
  スペイン
57%
19%
24 38
  エジプト
52%
14%
34 38
  ケニア
61%
20%
19 41
  トルコ
64%
21%
15 43
  韓国
68%
20%
12 48
  イタリア
66%
18%
16 48
  ブラジル
66%
16%
18 50
  ナイジェリア
65%
14%
21 51
  カナダ
67%
16%
17 51
  アメリカ
69%
18%
13 51
  チリ
66%
14%
20 52
  ペルー
64%
10%
26 54
  ロシア
65%
7%
28 58
  フィリピン
84%
12%
4 72
  インドネシア
85%
7%
8 78

アジアでは、BBC[注釈 1]が定期的に実施している世界各国を対象とした対他国感情に関する調査によれば、概ね日本に好意的な回答が示される中でいわゆる特定アジア2ヶ国である中国朝鮮は日本を肯定的に考える回答より否定的にとらえる回答が多い傾向にある。また、アジアでは読売新聞韓国日報ギャラップが共同で行った[9] 世界各国を対象とした対他国感情に関する調査によれば、東南アジアを含め他の調査対象国における対日・対日本人感情は好意的な回答を示した一方で、中国と韓国では日本を肯定的に考える回答より否定的にとらえる回答が多くなっており、「特定アジア」の国が突出して日本に対して反日感情を抱いている結果が出ている。

特に中華人民共和国、中華民国、北朝鮮と韓国との間には現在でも歴史認識などで軋轢があり、日本への歴史的・政治的批判は日本国内でも頻繁に報道されている。北東アジアにおける「反日」感情は、反日教育の賜物であるといわれている[10]

「特定アジア」による民族差別的反日感情 編集

中華人民共和国、中華民国や朝鮮半島では、組織的にあるいは突発的に「反日」感情の噴出が見られる。このような動きを、第二次世界大戦の「被害」を材料にした日本人に対する民族差別として糾弾すべきとする人もいる。日本の右派保守派は、中国・朝鮮半島の「反日」感情は自然発生的なものではなく、様々な教育によって人為的に形成・増幅された特殊な感情であるとする。このため、教育的な「反日」感情の露わな朝鮮半島と中国を「特亜(特定アジア)」と区別するなどして、その他の地域とを区別して取り扱うことがある。世界各国を対象とした各種の調査において「特定アジア」が日本を否定的に捉える比率は突出して多い[注釈 1][9]

韓国では「百済」というインディーズバンドが歌っている、日本人を「障害者」と罵倒する曲や[注釈 2]日本沈没がヒットしたほか、中国では日本人留学生が殴られたり、日本人旅行者へのサービス提供を拒否するレストランや病院などが話題となった 。韓国では教育によって大衆に植え付けられた憎悪感情がある。相手が日本なら無条件で叩けばほど支持するようになってしまっている傾向がある。国際窃盗団が日本から盗んだ盗品を返さなくてもいいという判決が出るなど、「日本相手であれば一事不再理、時効、協定、証拠、判例、国際慣習法の壁まで簡単に越えていく」という国際法無視で中立な判決を下せない司法になっていると指摘されている。1416世紀に略奪されたかもしれないという証拠もない推定を、法廷で証拠にするのが21世紀の韓国の裁判所の判決だと嘆かれている[11]

旅行者 編集

1960年代以降、海外渡航の自由化に伴い日本人の海外ツアーが一般的になると、「旅の恥はかき捨て」的な一部の恥知らずな日本人ツアー客による迷惑行為に不快感を覚える現地の人たちも増えていった。西欧において「集団で押し寄せる日本人」のイメージが出来上がったのはこの時代による。渡航自由化から数十年を経た近年ではマナーやイメージが好転し、一般的には日本人旅行者はマナーが良く、たくさんお金を使うため現在ではアメリカ人やスイス人の旅行者と並んで歓迎される外国人旅行客という評価もある[12][13]

企業活動 編集

日本企業は、その投資行為によって世界各地で摩擦を引き起こしたことがある。象徴的な例としては、バブル経済最盛期に三菱地所ニューヨークのシンボルであるロックフェラー・センターを買収し、ニューヨーク市民の反感を買ってしまったという事例がある。結局、三菱地所はロックフェラー・センターを売却し、大損失を被った。

日本の外国人政策 編集

日本政府による外国人労働者受け入れ問題や、外国人不法就労者に絡む人権問題から日本政府の対応を批判する活動がある。これらはヘイトクライムの側面こそもたないものの、広義の意味で反日感情を助長しているものと指摘する論者がある。

日本国内においては、本人の意志に反して売春させられている外国人女性たちの問題に対し日本国民がほとんど放置していたという問題に対しては、アメリカ国務省[14]国際労働機関(ILO)[15]・各種NGO[16][17]・各種研究機関[18]などから人身売買と厳しく批判されている。このため、近年、入国管理を強化する一方で、不当就労を強いられている被害者の発見と保護を目的とした法改正が始まっている[19]

また、日本の外国人労働者受け入れは少子高齢化社会のため増加傾向にはあるものの[20]、世界各国の外国人労働者受け入れ動向と比較すれば極めて限定的であり、日本国内の労働者人口に占める外国人労働者の比率は先進国の中では著しく小さい[21]。これらのことは日本国内における外国人労働者の問題が軽視される原因ともなっており、政府同士によるFTA/EPA交渉や労働組合による交渉などを通じて積極的に改善されることが望まれている。

日本では外国からの単純労働力の受け入れを原則として拒否しており、外国人研修制度技能実習制度といった抜け穴を利用した就労を斡旋された外国人出稼ぎ労働者たちが日本国内の職場に不当に拘束され、日本人には強いられないような過酷な労働を強要され続けていたという事件が発生しており、外国人就労者の反発を招いている[15][18]。一部の外国人労働者は、言語的・経済的不利にもかかわらず、余りの人権侵害的な扱いに裁判を起こさざるを得ないような状況に追い込まれている[18]

中華人民共和国 編集

概要 編集

中国は反日感情が非常に強い。歴史問題や領土問題を巡って反日感情が高まっている。しかし、日本と現在の中国を見ると、日中戦争・第二次世界大戦時の中国は中華民国であり、厳密には日本と中華人民共和国は戦争状態になったことはない。もっとも中華人民共和国の事実上の支配政党である中国共産党、その軍隊である中国人民解放軍との戦闘が中国大陸において行われたことは歴史的事実であり、このような説明は外交上の言辞的修辞以上の意味はない。また自国の歴史の重要な要素であるとして日中戦争における日本軍による残虐行為についても教科書で多く取り上げられているが、この教育については、「反西洋を愛国」とし、「野蛮な犯罪を革命」とする思想であるという指摘がある[22]

また尖閣列島の領有権や東シナ海の海底資源をめぐって対立も歴史問題に加えて反日感情を助長した。2003年9月に起こった珠海日本人買春事件では中国の多くのメディアは行為者の違法行為をもとに、連日の報道キャンペーンを展開し日本あるいは総体としての日本人にまで批判的な姿勢をとった。

反日感情から日本人が歴史・政治問題について謝らないとサービスの提供を拒否する店や病院がでてきている[23][24]

中国における反日感情は、おもに日本軍による中国大陸への侵攻(日中戦争)に焦点が集まっており、日清戦争から辛亥革命期、第一次世界大戦下における対華21ヶ条要求などが話題となることは少ない。当時は対華21ヶ条要求が大変な問題となり中華民国政府は大規模な反日キャンペーンを展開したが[25]、現代の中国でこれが問題視されることは少ない。

しかし日本は仮想敵国ソ連の脅威があったために、満州事変以降一貫して中国本土植民地化また侵略する意図は持っていなかった。特に日中戦争で中国を刺激させたのは陸軍出先が推し進めた華北分離工作であり、これが広田弘毅が訴えた日中親善政策を挫折させる事となり、抗日意識を煽った[注釈 3]梅津・何応欽協定土肥原・秦徳純協定で中国と満州国の間に中国側の自治政府の冀察政務委員会と日本側の冀東防共自治政府が成立し、事実上満州国防衛のための緩衝地帯となった。1936年、広田弘毅首相が提案した「広田三原則」や有田八郎川越茂が提案した防共協定締結を蔣介石は拒否している[注釈 4]。同年に一致抗日を主張した張学良により西安事件が起こり、これにより反共路線から反日路線へと転換し日中の防共協定は破綻となった。1937年林銑十郎内閣佐藤尚武外相が華北分離工作を中止する事を述べた[注釈 5][26]。しかし盧溝橋事件の際、現地軍が停戦協定を結んだものの蔣介石の中央軍が北上した情報により近衛文麿内閣が北支派兵を発表した事により、現地解決は困難となった。現地軍が和平したものの、結局刺激を受けた蔣介石は開戦を決意し、近衛文麿が8月に船津に華北分離工作を解消しようとした和平工作を行おうとしたものの、中国軍上海に駐留する日本軍に総攻撃した第二次上海事変が勃発する。蔣介石は自身が期待していた対日制裁が行われなかったため、11月初頭に日本側が提出した「華北の行政権は南京政府に委ねる」が記載されている非併合・非賠償の条件のトラウトマン工作で1度目の和平案を12月初頭に受諾を検討したものの、南京陥落により2度目の和平案が加重されたため失敗した。後に様々な和平案を出すが、中国側が承諾できない過酷なものであり、1940年の桐工作の際まで最悪の日中関係となった。このように日中戦争は第二次世界大戦の始まりであるナチス・ドイツとソ連のポーランド侵攻のような不可侵条約を破棄した一方的な侵攻とは多少異なる。

2000年代の中国政府は、日本との関係が良好な時には戦時中の日本軍による残虐行為などを取り上げている映画に対して、日本や日本人への敵意が表立って見られない場合でも圧力をかけることがあり、中国における「反日」感情は政権の都合により利用されたり抑制されるのが実情であるという意見もある。2007年に成立した福田康夫政権は「親中」と見られていることから、中国は南京大虐殺を取り上げた映画などに圧力をかけているという報道もあった[27]。また、2008年に発生した四川大地震では日本の救援隊が派遣された際には歴史とは別に被災者から感謝の意を表した。

2021年、中国政府は盧溝橋事件発生日に新製品の発表を行ったことを理由に、ソニーに対して100万元の罰金を命じた[28]。中国に進出している企業の多くは、第二次世界大戦や天安門事件などの節目の日を意識しながら活動を行っている[29]

世論調査 編集

2007年に新華社通信が中国人約1万2000人を対象にアンケート調査した結果、「好きではない隣国」の1位に韓国(40.1%)、2位に日本(30.2%)が挙げられた。一方、「好きな隣国」の1位はパキスタン(28.0%)、次いでロシア、日本が3位(13.2%)となった[30]。また、2007年12月に中国の大手ポータルサイト『天涯コミュニティ』の行った世論調査では、最も嫌いな国の1位は韓国、次いで日本が挙げられた。一方、最も好きな国の3位が日本となった[31]。また、中国のインターネット上で実施された「どの国が一番好きか?」という統計によると、中国人が最も好きな国の1位は米国、2位は日本だった[32]。また人民日報の姉妹紙『環球時報』が中国の北京、上海、広州武漢重慶の5つの都市に在住する中国人、1350人を対象に「中国人が見た世界」と題する調査を行った結果、中国人が最も好きな国は順に米国フランスオーストラリアシンガポール、日本だった[33]。中国人が一番嫌いな国は韓国であり、日本は「好き」「嫌い」双方の設問で上位に入っている。

2009年末の『環球時報』の世論調査では15〜20歳の若年層では「最も好きな国」の1位に日本を挙げている。国民全体でも「最も好きな国」「最も行きたい国」の区分で、日本は5位、3位に入っている。2010年2月に『北京晨報』が報じた大手旅行会社の調査によると、海外(中国本土以外)の人気旅行先は、日本が台湾と並んで3位だった。1位の香港、2位のマカオは中国領であるため、純粋な外国では実質的には日本が1位となる[34]

南京事件を巡る対立 編集

抗日神劇 編集

中国ではテレビ番組の内容について共産党の検閲が行われているが、内容が「反日」的であれば規制が緩くなるとされる。そのため、第二次大戦中の中国大陸を舞台に中国人が日本兵を撃退する「抗日ドラマ(反日ドラマ)」というジャンルが一定数制作されていた。これらの一部は「神劇[注釈 6]」という中国のネットスラングから「抗日神劇」と通称されている。

2005年の中国における反日デモ・暴動 編集

2005年に日本の国連安保理常任理事国入りの可能性が濃厚になると、中国で反発が高まり、ネットで1,000万人を超える反対署名が集められた。4月9日には北京で日中国交正常化以来最大となる1万人の学生が参加した反日デモが発生した。このデモ隊は日本大使公邸まで行進の後、一部が日本大使館や日本企業に投石を行うなど暴徒化した。4月10日には広州で2万人参加のデモが行われた。デモ隊はいっそう過激化して、日本人が中国人に殴られたり、中国人経営の日本料理店や中国人が乗る日本車に対して攻撃するなどした。中国政府の謝罪は無く、これらに対する補償はあくまで上海市当局や国営企業名義で行われた。これには小泉政権下での歴史認識をめぐる日中間の軋轢が背後にあるという指摘もある。また他の常任理事国は第二次世界大戦で日本の敵国であったために中国を擁護し日本の過去の戦争行為を批判する面も見られた。

2010年の中国における反日デモ・暴動 編集

2010年尖閣諸島中国漁船衝突事件をめぐって中国各地で行われた反日デモに関して、中国政府の外務省スポークスマンは「一部の大衆が日本側の誤った言動に義憤を表明した」としていたが、香港のメディアは、その実態は各大学の政府系学生会が組織したものだと報じている。ある香港紙は、取材に対して「各大学の学生会が 1カ月前から準備を開始した」「校内で日本製品ボイコットの署名活動も行った」というコメントを得たとしている。また、「デモに参加したある大学生がインターネット上で、デモは学生会が組織したことを明らかにした」とも報じられている。なお、中国の大学学生会とは自主的な政治活動は認められておらず、すべて政府や共産党の指導のもとで活動が行われる[35]

精神日本人への制裁 編集

日本の支配下であった台湾と日本の交戦国である中国は政府が反日的であっても親日派に対する制裁は近年では行われていなかったが[注釈 7]、近年、江蘇省人民代表大会常務委員会会議にて南京大虐殺を否定する行為や、南京市内の国家追悼施設で旧日本軍の軍服を着るなどの「精日(精神日本人)」行為を処罰する「南京市国家公祭保障条例」を満票で可決しており、韓国同様に戦前の日本に対する言論統制を行うようになった。

中国江蘇省人民代表大会常務委員会会議は2018年11月23日、南京大虐殺を否定する行為や、南京市内の国家追悼施設で旧日本軍の軍服を着るなどの「精日(精神日本人)」行為を処罰する「南京市国家公祭保障条例」を満票で可決した。条例は12月13日から施行される。条例は第28条で、いかなる組織や個人も南京大虐殺の史実を歪曲、否定したり、犠牲者や生存者を侮辱、誹謗したり、前述の内容を含む国家と民族の尊厳を損ない人民の感情を傷つける言論や情報をつくり出したり、伝播させたりすることを禁止。第29条では、国家公祭施設や抗日戦争の遺跡や記念館などで、日本軍国主義を象徴する軍服や旗、図または関連する道具を用いて写真や動画を撮ったり、インターネットを通じて前述の行為を公開伝播したりすることを禁じた[36]

反日感情と関連のある施設 編集

朝鮮半島 編集

李氏朝鮮の小中華思想・日本小国論 編集

 
小中華思想における華夷秩序

朝鮮では中国を中心として周辺国を夷狄(いてき)とみなす小中華思想が存在し、1402年の地図「混一疆理歴代国都之図」などにもみられるように李氏朝鮮ではと朝鮮が中華(世界の中心)であり、それ以外は文明化されていないと認識していた[37]1468年に朴時衡は獄中から国王宛書簡で日本、琉球女真、三島(壱岐対馬松浦)の「四夷」が李朝に「来庭」(入貢)していると書いている[38][39]。ただし現実にはこうした扱いを出来たわけではない[39]。また両班達は自身を中華文明の体現者と捉える一方、朝鮮国内の庶民に対しても「夷狄禽獣の類い」と差別していた[40]。このような李朝の対日認識の原因としては当時の日朝外交が対馬を経由していたため、日本の情報が対馬の外交使(対馬使と称する偽使もいた[39])の裁量によって左右されていたこと[39]や、とりわけ1467年からの応仁の乱それに続く戦国時代において日本国内が混乱していたことなどがあげられる。李朝もこうした事情は察していたが[41]日本小国論の修正には繋がらなかった。琉球国王使が通交しなくなった後、李朝と国交を持っていたのは明、日本、女真族に限定されていた。女真族は建国初期から李朝の藩属として扱われていたため、残る日本を小国視することで李朝は当時の東アジアの政治情勢を、明を頂点とし李朝は小中華として日本と女真族を夷狄として従えるとする、小中華的政治観の枠に当てはめて認識していた[42][43]

13世紀の元寇で高麗軍は元・中国の手先になり日本を2度侵略した。そして15世紀には応永の外寇で対馬を再び侵略しているが、その後、小国また夷狄とみなしていた日本と女真から朝鮮は侵略をうける。16世紀末の1592年1598年にかけて豊臣秀吉を中心とした華夷秩序から抜け出ようと企図し、朝鮮半島を侵略、李氏朝鮮連合軍と大規模な戦争を行った。この文禄・慶長の役で甚大な被害を受けた朝鮮半島では反日感情が残る。一方、文禄・慶長の役などの万暦の三征による戦費と財政悪化でが疲弊するなか、女真族のヌルハチがアイシン国(後金)を1616年に建国し、さらには1619年サルフの戦いで明・朝鮮軍を破り山海関を攻略する。1627年にはヌルハチを継いだホンタイジが朝鮮へ侵略(丁卯胡乱)。さらに後金は1636年に大清国へ国号を改称したあとへの服属を拒絶した朝鮮を再度侵略する(丙子の乱)。敗北した朝鮮は清と三田渡の盟約を交わし以降、属国として服属する。

江戸時代になって1607年に日本と国交回復した朝鮮朝鮮通信使を派遣するようになるが、朝鮮通信使らは、日本の風俗風習について野蛮であるとたびたび指摘している。第四回(1636年)副使の金世濂は『金東溟海槎録見聞雑記』において「男子はみな半幅の青布でへそから下を被っている。はなはだしいのになると隠さない」と記し、また第六回使節従事官の南龍翼(1628年1692年)は『扶桑録』において倭国の草履は「前部に一本の縄があって、そこに足指を掛けて挟んで歩く。その形はひどく奇怪である。足袋は蛇の舌のようである」と日本の風習を夷狄視する記述を見せている[44][37][45]。第九回使節製述官申維翰は『日本見聞雑録』で「淫穢の行いはまったく禽獣と同じで、家々では必ず浴室を設けて男女がともに裸で入浴し、白昼からたがいに狎れあう」と書いている [44]

さらに1763年に来日した第11回朝鮮通信使の金仁謙は著書『日東壮遊歌』で京都について「沃野千里をなしているが、惜しんであまりあることは、この豊かな金城湯池が倭人の所有するところとなり、帝だ皇だと称し、子々孫々に伝えられていることである。この犬にも等しい輩を、みな悉く掃討し、四百里六十州を朝鮮の国土とし、朝鮮王の徳を持って、礼節の国にしたいものだ」と日本侵略の願望を述べている[46]。また金仁謙は「犬にも等しい倭人に拝礼するのが苦痛である」[47]と江戸での将軍との謁見を拒んで一人宿舎に残っている。同じく第11回朝鮮通信使の一員であった元重挙も帰国後、日本側の戦勝意識と朝鮮側の敗北意識を払拭する「臥薪嘗胆」の意を込めて『和国志』に壬申倭乱戦勝論を展開する[48]。このように小中華思想にもとづく反日感情は李氏朝鮮時代に存続し続けていた。

近代朝鮮における反日感情 編集

19世紀になって、西欧列強諸国が朝鮮にも進出するようになると、開国を強要する欧米を「洋夷」とする衛正斥邪という鎖国攘夷思想が展開し、朝鮮を中華として清をも夷狄とみなした[49]。1854年に開国した日本は李氏朝鮮にも開国を要求した。衛正斥邪の思想では日本を欧米に追随する「仮洋夷」また「倭夷」とみなした[37]。のちに江華島事件で日本の砲艦外交で朝鮮は1876年開国するが、衛正斥邪思想は朝鮮における近代的民族主義の基礎となって展開していく[37]。開国後も親日派の開国派(開化派)と鎖国攘夷を訴える斥邪派が対立し、1882年の壬午事変で日本人の軍事顧問公使館員らが殺害された。1880年代に駐朝鮮アメリカ公使を務めたジョージ・クレイトン・フォークは、当時の朝鮮人の対日感情について、(中国人はその外観、行為、習慣のせいで朝鮮人から嫌われているが、残虐行為や詐欺をしても恨みを買わないが、)日本人はその外観、行為、習慣のおかげで称賛さえ受けているにも関わらず嫌われており、朝鮮人は日本人の血を流すことでこの感情を爆発させる機会を常にうかがっている、と報告している[50]

1894年東学党の乱(甲午農民戦争)の処理をめぐって日本と清が対立し日清戦争にいたる。清が日本に敗れたことで華夷秩序が崩壊し、朝鮮はへの冊封体制から独立する。三国干渉によって日本は一時半島から退いたため、親日派開化派金弘集政権は親ロシア派の王妃閔妃勢力のクーデタで1895年7月6日に崩壊する。しかしその三ヶ月後の10月8日には王妃閔妃が日本人と開化派によって暗殺される(乙未事変)。政権に復帰した金弘集が同年12月に出した断髪令 (朝鮮)を日本の真似だと反発した元儒学者らが義兵運動を開始する。朝鮮はその後、親ロシア政策によって(露館播遷)1897年に国号を大韓帝国とするが、1904年2月に日露戦争が勃発する。1905年9月に日本はロシアに勝利し、大韓帝国への優越権を獲得、11月には第二次日韓協約を締結し、大韓帝国大日本帝国保護国にする。これに反発して反日感情の強い義兵運動が活発化するが、日本軍に鎮圧される。日本はさらに1907年に第三次日韓協約大韓帝国軍を解散させると、元兵士が義兵運動に参加し、1909年には安重根が初代統監伊藤博文暗殺するが、韓国では一進会ら親日派が日韓併合論を推進して翌1910年には韓国併合が行われる。反日派にとっては夷狄視していた日本に国が併合されたため小中華思想をもとにした民族主義は、より強い反日感情へと発展した[44]古田博司は「近代に至り、この「野蛮人」である日本人の植民地支配を経ると、朝鮮の矜持を回復せんとする試みは反日思想と結合し、中華思想のより強固かつ執拗な復権となって開始され今日に至る」としている[44]。戦後の大韓民国では安重根は抗日闘争の英雄とみなされている。

姜尚中ダニ・オルバフヘブライ大学)は、「同じ大日本帝国植民地だったのに、台湾は友日的なのに、韓国反日的なのはなぜか」という対談において、【ダニ・オルバフ】「『植民地』としての朝鮮半島天皇直属です。同じ『植民地』でも台湾は内閣直属でした」【姜尚中】「そうですね。今、日本人はどうして台湾が友日的なのに韓国反日的なんだろと考えますよね。でもそれは、台湾統治と朝鮮半島の統治の組織構造の違いを考えると分かります」【ダニ・オルバフ】「当時の大日本帝国憲法のわずかな権利すら民衆に与えず、総督が天皇の代理人として弾圧できたのが朝鮮でした。朝鮮では総督が代々陸海軍大将であったのに比べ、台湾では1919年から1936年まで貴族院議員政治家が続きました」【姜尚中】「天皇直属となれば、時の政府は口出しはできません。台湾と朝鮮半島でどうしてこのような統治の違いになったのかが不思議なのですが、天皇統治とはある意味、統帥権が不可侵であるのと同じです。最終的に同化政策の時は、君たちは日本の本土にいる人たちと変わらない、ということになります。天皇の愛顧をみんなにあげるというのは大変な恩恵であるという発想です。それを天皇統治では一方的にどんどん進めていくことになり、朝鮮半島の日本に対する評価が変わってくるわけです」と述べている[51][52]

台北駐日経済文化代表処代表を務めた羅福全中国語版は、平井敏晴漢陽女子大学校)の取材に対して、「韓国が日本に反発してしまう理由はいろいろありますが、私がまず思うのは、王朝があったからですよ。台湾にはなかったでしょ」「(戦後、台湾に入城した中華民国軍の)大陸から台湾にやって来た人たちの格好を見て、台湾の人たちが愕然としたんですよ。身なりはひどいし、兵器は旧式で、日本のものと比べると雲泥の差がありましたから」「日本の台湾統治は黒字で、朝鮮統治は赤字だったんですよ。日本は成功した台湾をモデルケースにして朝鮮統治に臨んだけど、うまくいかなかった。その結果、日本人台湾人に対するのと同じように朝鮮人に接することができなかった」と述べており、平井敏晴は、17世紀を滅ぼすと、長崎出身の鄭成功は清に抵抗する拠点を築くために1662年台南に入り、その後の台湾は、清に対する抵抗の拠点であり続けたため、台湾からすると、日本に割譲されることは、抵抗を続けてきた清からの開放でもあり、「台湾はもともと清への対抗意識があり、日本統治はある意味、台湾にとって渡りに船でもあった。一方、韓国は王朝を断絶させられたことで、日本への反発が生じやすかった。そのうえ、朝鮮統治は日本にとって経済的にうまくいっていなかった」「朝鮮王朝を潰した日本への反発心が何らかの形で韓国社会に根を張っている」「1897年朝鮮は国王皇帝に代え、大韓帝国が成立し、日韓併合の1910年まで存在した。韓国は正式な国名が大韓民国であることからもわかるとおり、大韓帝国と無縁ではない」「現在の韓国には大韓帝国が重ね合わせられ、さらにそこから直接遡れる朝鮮王朝500年の歴史を自ずと回想することになる」「そんな思考体系によって、近代日本と朝鮮王朝は対立関係に置かれてしまう。当時の日本の仕業に反対・反発することは、現在の大韓民国においても正しく称賛されるべき行いであり、そうしなければ罰せられる対象になる。日本で冷淡とも言われる親日派への処遇である」「台湾には王朝がなかったので、そこを統治して開拓を進めた日本は、後に朝鮮で経験するような王政復古イデオロギーによる軋轢を経験せずにすんだ」と結論付けている[53][54][55][56]

朝鮮独立軍と大韓民国臨時政府

日本統治時代の朝鮮でも義兵運動は朝鮮独立運動として継続して1919年の三・一運動を経て、満州間島では抗日独立軍が成立し、上海では独立運動家による亡命政府大韓民国臨時政府が成立する。初代代表には、アメリカに亡命して朝鮮独立運動を展開していた李承晩が就任する(李は内紛で一時アメリカに戻る)。大韓民国臨時政府は1933年に蔣介石ら中国国民党と対日戦線で協力合意、1940年9月17日に重慶で「韓・中二つの国の独立を回復しようと共同の敵・日本帝国主義を打倒し、連合国の一員として抗戦することを目的にする」と宣言して韓国光復軍を創立した。1941年12月8日の真珠湾攻撃でアメリカ、中国が対日宣戦布告を行うのとともに臨時政府も日本へ宣戦布告を行うが、日本政府に布告文書は通達されず実効性はなかった。その後アメリカ戦略事務局 (OSS) の下、訓練を行うが、実地での戦闘を行うことはなかった。

他方、朝鮮独立軍は1920年の青山里戦闘で壊滅するが、満州では中国共産党指導下の東北抗日聯軍(抗日パルチザン)が成立し、のちの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を建国した金日成が所属していた。

大韓民国 編集

2010年から2012年まで駐韓日本大使を務めた武藤正敏は、中国の反日が共産党の指導下で国益に基づき制御されているのに対し、韓国の反日は国民感情の影響を受け、国益を毀損してでもおこなわれると述べている[57]

李承晩政権

大韓民国初代大統領李承晩は強い反日感情を持ち、「反日主義」一辺倒の民族主義を煽り、「日帝に対する闘争」を掲げることで民族の紐帯を醸成し[58]反日教育を実施した。

1957年12月に李承晩は談話で次のように述べている[59][44]

日本が日本海中の三島倭人として離れて暮らしていた頃、我が文明と礼儀作法を学び、東洋の開化をこうむっていたのだが、現今に至り、自分たちが昔から文化的な人種であるとかこつけ自慢しても歴史上の事実を拒むことはできず、東洋の文明を「韓国」からもらったということを認めているのである。
- 1957年12月30日、第二講話「すべての同胞たちが三綱五倫を知り、護れ」
朴正煕政権

朴正煕大統領は、著書『国家・民族・私』で「我が半万年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった」と韓国(朝鮮)について述べ、さらに「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない」「わが民族史を考察してみると情けないというほかない」「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やして然るべきである」と自民族を批判的に述べた[60]

朴は朝鮮史における事大主義属国性を自覚し、自著『韓民族の進むべき道』で韓国人の「自律精神の欠如」「民族愛の欠如」「開拓精神の欠如」「退廃した国民道徳」を批判し、「民族の悪い遺産」として次の問題を挙げている[61]

  • 事大主義
  • 怠惰と不労働所得観念
  • 開拓精神の欠如
  • 企業心の不足
  • 悪性利己主義
  • 名誉観念の欠如
  • 健全な批判精神の欠如

朴正煕は独裁体制(維新体制)を確立すると、「国籍ある教育」を掲げ、歴史教育の目的として「民族の中興の使命を達成するための主体的民族史観」がうたわれるようになった。この様な韓国の公教育が反日感情を増幅させている側面がある。ただ、朴正煕は李承晩とは違い、終生親日家であったといわれ、公式的な場では「反日」であるが、非公式な場では「親日」の面もあり、「昼は反日、夜は親日」とも言われる[62][63]

自身が日本に潜伏していた北朝鮮の工作員に暗殺されそうになった(妻の陸英修が死亡)1974年8月の文世光事件では韓国内の反日感情が激化し、朴も日本政府の対応に激怒した。

戦後補償

韓国では現在も日本の文化に対して否定的な風潮があり、地上波テレビは日本製コンテンツの放映をほぼ認めていない。韓国併合により一時朝鮮半島が日本の一部となっていたため、日本や日本人そのものへの敵意を抱く人もいまだに存在しているとされる。また在日コリアンの問題もあって、それらの人々の扱いを巡る感情的な問題が起こることもある。

1991年従軍慰安婦問題がマスコミで大きく取り上げられ、また元慰安婦と称する人々が名乗り出始めた。いわゆる「従軍慰安婦」問題は韓国国内における「反日」感情の高まりへと発展し、ソウルの日本大使館への侵入やデモ、国旗を焼き捨てるなどの暴動が発生した。事態を重く見た日本政府は同年12月に調査を指示、1995年には同女性らに対する補償を目的とした財団法人アジア女性基金」を設立した。しかし、慰安婦については日本軍による強制連行の証拠は発見できなかったとするのが日本政府の公式見解であり、民間レベルだけではなく日韓の外交問題としていまだに全面的な解決に至っていない。

1998年には金大中大統領の訪日や、日韓合同のワールドカップ開催などで関係改善に曙光が見えたが、依然として韓国の反日感情は強く、韓国東アジア研究院と日本の言論NPOが、2013年3月〜4月に実施した世論調査では、両国民の約4割がこの1年間に相手国への印象が「悪化した」と答え、日本に「良くない印象を持っている」、「どちらかといえば良くない印象を持っている」と答えたのは韓国人は76.6%だった[64]

盧武鉉政権

2003年に発足した盧武鉉政権は当初は日本との関係改善に積極的であったが、小泉政権との対立が深まるにつれ日本政府との距離を置く政策を採った。2005年に韓国政府が1965年の日韓基本条約交渉議事録を公開し、韓国国民個人への補償は韓国政府が行うので日本政府は韓国政府へ一括して経済援助金を支払うという文言が存在していることが報道された。しかし、その後盧武鉉大統領は日本側に一部補償義務が残されているという演説をおこなった。2005年3月には島根県議会竹島の日条例を制定したことから韓国政府や地方自治体レベルの抗議や交流停止が相継いだ(竹島の日参照)。

親日派に対する制裁

韓国・北朝鮮は日本統治を肯定する親日派に対する制裁が厳しい。北朝鮮で親日派は終身収容所送りとなり、韓国では親日派は社会的に抹殺され、盧武鉉政権下の2005年に歴史問題、竹島問題や小泉純一郎首相の靖国神社参拝などで反日感情が高まった際には日本統治時代の親日派の子孫で日露戦争開始前から韓国独立前までの間、反民族反国家行為の対価として取得、相続もしくは故意による贈与を受けた財産の財産を没収する親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法の制定など、反日的政策が実行された。

韓国のインターネットでは親日的な書き込みに対してネット検閲が行われている。大統領直属機関である大韓民国放送通信委員会が、親日的な発言をするウェブサイトとブログを強制的に削除やアクセス禁止をし、言論統制を行っている。

李明博政権

経済界出身の李明博大統領は「実用主義」=現実主義の政策アプローチを標榜しており、対日外交政策においても硬軟おりまぜた現実的スタンスを採用している[65]。李大統領の就任以降、靖国神社参拝を行わなかった福田康夫との日韓シャトル外交が復活した。また韓国では日本文化、日本食が売れ、さらに韓国企業に退職日本人技術者を招いている。

一方で、2012年には野田佳彦首相からの親書を返送したり、竹島への上陸天皇への謝罪要求といった対日強硬外交を行った[66][67]

日本大衆文化との関連

韓国は日本を通じて近代文化を摂取した側面を持ち、日本統治時代以降も一貫して日本文化の流入が続き、日本の影響は韓国社会に広く深く浸透している。しかし、1980年代まで韓国では日本の映画や音楽の流通や広告などマスメディアでの日本文化に関する表現は厳しく禁止されていた[注釈 8]。ただし、実際には韓国南部では日本語放送を傍受できたほか、日本国内で録音録画したものが密輸入され海賊版として流通していた。一部のアニメは日本から輸入され、スタッフ欄、作品内の表現や文字を書き換えたり日本国旗を塗り潰して韓国旗を上書きしたりして、あたかも韓国内で作られた作品であるかのように修正され、或いは和服などの日本を連想させる描写をカット、或いはそのようなシーンを含む回を隠蔽・放送しない形で放送されていた。これらのアニメ手塚治虫作品など、日本国内でも高い評価を受けた作品が中心であり、韓国では公的には日本の大衆文化を排除しつつ、一般的な韓国人が気がつかない形で日本文化の摂取が行われていた。また日本統治時代の名残である日本の武道が韓国式にアレンジされる例もあった。日本文化の露骨な模倣が行われることも多々あり、その結果、韓国の大衆文化は現在でも日本の大衆文化との類似性が高い。以前はこれらの事情を知らない韓国人の間で、日本の大衆文化が韓国のそれに似ているのは前者が後者を模倣したためだという誤解も生じていた。その一方、日本文化の起源そのものが韓国であるから、模倣とは言えないとする主張(韓国起源説を参照)も一部で活発に唱えられている。この主張は日本の文化人などもすることがある。

1987年に日本語書籍、1992年に日本映画、1998年には日本のマンガが相次いで制限を解除され、2010年9月にはSKE48が「2010ソウルドラマアワード」授賞式で「強き者よ」「青空片想い」を日本語で歌う姿が韓国の地上波テレビで初めて生中継された[注釈 9]

他方、日本の自衛隊映画「亡国のイージス」に出演した韓国人女優チェ・ミンソが韓国で激しく非難されるなど、一部の韓国人の極端な反日感情は収まっていない。韓国の反日作品は大衆文化開放後も盛んに刊行され、人気を呼んでいる。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、韓国内で日本チームを応援するために日の丸を振った韓国人がいたが、即座に周りの韓国人に取り囲まれ、こづかれた。この様子は、YouTubeにて全世界に公開されている。反日デモでは、一部の団体が日の丸日本の首相の写真を焼く事は日常茶飯事であり、日本の国鳥であるキジを大使館前で屠殺する事態も発生し、日本人はもちろん海外のニコニコ動画ファンも韓国人のキジ屠殺に激しく非難し、『日本はもう韓国に謝る必要はない』『日本を敵に回していいのかい?』などと反韓的な発言が見られ、対韓感情をより悪化させた。このような反日行動は結果として日本人の対韓感情を悪化させている。

韓国のアンビバレンスな対日感情 編集

エドウィン・O・ライシャワーは、韓国人が日本へのアンビバレンス感情を抱いていることを指摘している[68]

言語であれ、基本的な文化性向であれ、旧植民地であるだけに近代的な諸機構であれ、日本にいちばん近い国は韓国である。だが日本人と朝鮮人との間には、親近感も温かい感情も存在していない。後者にしてみれば、日本に植民地支配を受けた記憶が残っているだけに、日本への嫌悪感が育ち、それは教育を通じ、次の世代に引き継がれていく。しかし日本への強い怨念と裏腹をなすのは、口には出さないが日本に対する尊敬の念である。彼らは日本に範をとることで、最高の敬意を払っている。他方、日本人は朝鮮人を軽蔑する傾向がある。朝鮮は自分たちがかつて統治した後進国に過ぎず、日本在住の朝鮮人は厄介な少数派とみなされている。 — エドウィン・O・ライシャワー、ザ・ジャパニーズ―日本人、p416

このエドウィン・O・ライシャワーの指摘に対して鄭大均は、「韓国人は日本への『強い怨念と裏腹』に『尊敬の念』を抱いていることを、ライシャワーが指摘したことの意義は大きい。韓国人と日本人の眺め合いや相互イメージに見てとれるアンビバレンスの性格は、無視・軽視されることが多いからである」「日韓の眺め合いをテーマにした戦後の議論は、このアンビバレンスの一方にのみ依拠して日本の加害者性差別性を語ろうとした。この分野を代表する旗田巍梶村秀樹和田春樹高崎宗司といったリベラル系研究者たちは、たとえば日本統治期の韓国人の思考や感情を語るとき、韓国人の日本に対する『』や『抵抗』は語っても、『憧憬』や『協力』や『暗黙の了解』を語ることはしなかったのである。日本に対する『尊敬の念』に言及したライシャワーの指摘は、その意味で貴重である」と述べている[69]

韓国有識者たちの対日意識 編集
  • 2012年12月9日、朝鮮日報の金翰秀文化部次長が「日本では記憶歪曲の集団化が進んでいるため、韓国が教育し続けなければならない」と朝鮮日報に寄稿。
  • 2012年9月25日、朝鮮日報の朴海鉉論説委員が「他人を踏み付けることに快感を覚える加虐本能が、日本人の遺伝子の中に今なお流れている」「日本文化には以前から猟奇的、怪奇的な要素が多かったが、それにしても最近の日本列島はついに巨大な虫に変化し始めたかのようだ」などの論説を朝鮮日報に寄稿。
  • 2013年5月5日、朝鮮日報の金大中顧問が「日本は結局、世界一流の国ではなかった。非常に豊かでカネをよく稼ぎ、立派なふりをしていても、やはり日本は、周辺諸国を強奪・植民地化して侵略戦争を起こした前世紀の水準から脱しきれていない」と朝鮮日報に寄稿。
  • 2014年、韓国国会議員の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)が、「政治家の立場では、日本と対立ばかりできないことも当然あるでしょうが、それでも日本は根本的に悪質だと思います。」と朝鮮日報のインタビューに回答[70]
韓国国民の対日意識調査 編集

韓国国民の対日感情に関するアンケート調査結果を以下のように推移している。

1984年

朝日新聞社と韓国の東亜日報社の共同調査では、1984年は「日本が好き」が23%、「嫌い」が39%、「どちらでもない」34%であった[71]

1995年

朝日新聞社と韓国の東亜日報社の共同調査は1984年以降、1988年、1990年と不定期に継続されたが、慰安婦問題などによって対日感情が悪化し、1995年の調査では「嫌い」が69%、「好き」が6%になる[71]

2004年

韓国中央日報社が調査期間は2004年8月19日〜9月10日、20歳以上の男女1200人を対象をとした世論調査を2004年9月22日に発表した資料を下に示す(括弧内の数字は100分率を示す)。

項目 1位 2位 3位
好きな国 米国(14%) 豪州(14%) スイス(14%)
嫌いな国 日本(41%) 米国(24%) 北朝鮮(11%)
見習うべき国 日本(33%) 米国(14%) 中国(11%)
経済協力すべき国 中国(44%) 米国(29%) 日本(15%)
2005年

CBSラジオの世論調査(526人を対象)によると「韓国の安全保障を脅かす国」として以下の結果となっている[72]

項目 1位 2位 3位 4位 5位
韓国の安全保障を脅かす国 北朝鮮(30.8%) 日本(29.5%) 米国(15.5%) 中国(11.4%) ロシア(0.8%)
2008年
2008年「中央日報」に掲載された世論調査の結果[73]
  • 「最も嫌いな国」1位は日本(57%)、2位は中国(13%)、3位は北朝鮮(10%)。
  • 「最も好きな国」1位は米国(18%)、2位はオーストラリア(14%)、3位スイス(9%)。
  • 「最も見習うべき国」1位は日本(24%)、2位は米国(18%)、3位はドイツ(9%)。
  • 「経済的に最も協力すべき国」1位は米国(42%)、2位は中国(38%)、3位は日本(6%)となった。
2008年「京郷新聞」が世論調査機関に委託した調査の結果[74]
  • 「最も好感を持つ国」1位は米国(45.4%)、2位は中国(15.2%)、3位は日本(11.7%)、4位はロシア(8.1%)、5位は北朝鮮(4.0%)。
  • 「最も脅威となる国」1位は日本(35.1%)、2位は米国(23.8%)、3位は北朝鮮(20.1%)、4位は中国(19.2%)。
  • 「韓国の国益のために親しくすべき国」1位は米国(49.8%)、2位は中国(22.9%)、3位は北朝鮮(9.3%)、4位は日本(3.3%)。
2009年

2009年のアンケートでは鳩山由紀夫首相のアジア重視路線で「靖国神社は参拝しない」と公言したためか、天皇訪韓に6割以上が「問題ない」日本に対する好感度では「嫌い」との回答は35.9%で「好き」の10.8%を上回り、「好きでも嫌いでもない」は52.0%だった。北朝鮮に対しては「嫌い」が33.8%で、「好き」は9.2%にとどまった。

2010年

2010年NHKKBSによる共同世論調査[75]では、日本を「嫌い」「どちらかといえば嫌い」の合計(a.)が、1991年1999年の過去のNHKの調査と比較して、年を経るごとに増えている。しかし、その内訳では、「嫌い」が減少して、「どちらかといえば嫌い」が増加し、(a.)の8割を占めている[76]

項目 2010年 1999年 1991年
好き 2% 5% 6%
どちらかといえば好き 26% 31% 33%
わからない/無回答 1% 0% 3%
どちらかといえば嫌い 57% 44% 37%
嫌い 14% 19% 21%

また、日本を「好き」「どちらかといえば好き」と答えた年層別の割合(b.)は、40代から60代で減少している。一方で、20代と30代の若者層では、(b.)は、調査年による変化がほぼ無く、他の年層より比較的高い[77]

年層 2010年 1999年 1991年
20代 42% 40% 37%
30代 35% 36% 41%
40代 25% 37% 37%
50代 20% 33% 38%
60代 17% 25% 37%
70代以上 17% - -
2011年

韓国青少年未来リーダー連合などが韓国国内の400校以上の中高校生を対象に実施した『青少年の国家観と安全保障観』調査。現在韓国の敵対国について[78]

項目 日本 北朝鮮 アメリカ 中国 ロシア
韓国の敵対国 44.5% 22.1% 19.9% 12.8% 0.6%
2013年

韓国の学習塾「ノーベルと蟻」及び「ノーベル子ども」が小学生(618人が回答)を対象に実施した嫌いな国アンケート。一番嫌いな国について[79]

項目 日本 中国 ロシア アメリカ フランス
一番嫌いな国 86%
(530人)
9%
(53人)
2%
(13人)
2%
(11人)
2%
(11人)

朝鮮民主主義人民共和国 編集

北朝鮮では、国家の樹立者である金日成朝鮮独立運動の民兵司令官であったこと、および自国の独裁政権への不満をそらすために、アメリカと並んで日本への侮蔑意識をあおるプロパガンダが随時流されている。北朝鮮国内で反日ドラマ・反米ドラマが放映しており、内容は現実で起こらなかった虐殺描写なども描かれている。教育においても金日成の朝鮮独立運動における役割をきわめて誇大化した内容が教えられている。反日宣伝の一方で、金日成・金正日親子を崇拝するプロパガンダも流されている。

1993年8月31日北朝鮮の日刊政府機関紙である『民主朝鮮』には以下のことが書かれている[44]

日本の荒唐無稽な建国神話によっても、やつらの国家起源年代は紀元前660年をさらに越えることはできないが、我々の檀君神話(朝鮮の建国神話)や檀君に関する記録によれば、朝鮮の建国年代は紀元前2300年まで遡る。かくして日本の歴史が朝鮮より1600年以上も短いものとなり、したがって自ずから文化もその分だけ劣ったものとなる。 — 日帝の檀君抹殺策動、民主朝鮮、1993年8月31日

中華民国(台湾) 編集

概要 編集

台湾は日本の植民地支配の歴史問題や慰安婦問題、尖閣諸島の領土問題などから、かなりの反日感情を持っている。蔡亦竹によると、国共内戦後、中国から台湾に逃れた少数派の中国国民党は、多数派の元日本国民であった台湾人に「われわれは対日戦争に勝って台湾人を二等国民の扱いから解放した」と主張することで、自らの高圧的統治を正当化した[80]。また、台湾人アイデンティティを喚起する恐れがあるため、元々台湾人のみに共有された、日本文学日本映画テレビ番組などは推奨しなかった[80]1972年の日中国交正常化に伴い、台湾は直ちに日本に国交断絶を宣言したが、中国との国交樹立は裏切りであり、この年に台湾政府は一切の放送で日本語を禁止にし、日本映画の輸入もご法度になり、1980年代末にようやく禁制が緩くなったが、薬師丸ひろ子が台湾で映画宣伝をおこなった際は、日本語ではなく英語で司会者とやり取りをおこなったほどであり、「日本追放」の全面解除は1993年まで待たねばならず、蔡亦竹は「今、台湾は親日的な国柄で知られている。しかし、このような理由からわれわれ40代の人間は中学校まで日本を悪者として教育されていた」と述べている[80]

尖閣諸島の領有権を巡る問題や台中関係における日本の外交姿勢などが論じられる事がある。尖閣諸島を台湾の領土と主張する運動である保釣運動など日本政府に抗議しているものも存在している。2008年6月13日劉兆玄行政院長立法院の答弁で「問題解決の最終手段として開戦も辞せず」と戦争の可能性を示唆したが、その日の晩に行政院は、行政院長の発言の趣旨について、外交処理を優先し、日本と開戦するとは言っていないとする見解を出している[81]

また日本統治時代の差別・圧迫を強く記憶している本省人先住民や日本軍の慰安婦として性的搾取を受けたとする女性たちを中心に、日本の植民地統治への反感も存在しており、日本政府に対する訴訟や抗議なども行われている。2007年の安倍晋三首相の慰安婦に関する発言に関しては、台湾政府も元慰安婦たちの圧力に押されて抗議声明をだした[82]

麻生太郎外相(当時)が2006年に講演で植民地支配下で台湾の教育水準が向上したなどと述べたことについて、台湾の英字紙『タイペイ・タイムズ』は「麻生外相の発言(それ自体)はその通りであり、抗議するには及ばない。日本の為政者から発せられる冷淡で無思慮なコメントは日本の友人の好意を損ないかねないという点を東京は考慮すべきであろう」「日本の植民地時代を過ごした台湾人には、懐旧の念とほろ苦さのこもごもの思いを持つ人がよく見受けられる。これは自然なことである。日本人が国家として台湾の発展に貢献した多くの良い側面があるのは疑う余地がない」という社説を掲載した[83]

世論調査 編集

2009年4月財団法人交流協会が実施した初の台湾人対象の対日意識世論調査では、「日本に親しみを感じる」が69%で、「親しみを感じない」の12%を大きく上回った。「最も好きな国」としても38%が日本を挙げ、2位のアメリカ(5%)、中国(2%)を大きく上回った[84]。2010年度「台湾における対日世論調査」では、「日本に親しみを感じる」が62%で、「親しみを感じない」の13%を大きく上回り、「最も好きな国」としても52%が日本を挙げ、2位のアメリカ(8%)、中国(5%)を大きく上回った[85][86][87][88]

2021年8月10日、台湾のシンクタンクである台湾制憲基金会中国語版が実施した台湾の世論調査結果を発表し[89]、アメリカに好感を持つ人が75.6%、日本に好感を持つ人が83.9%、中国に好感を持つ人は16.4%にとどまり、9割近くがアメリカや日本と正式な外交関係を構築することを支持した[89]

ワシントン・ポスト』は、「台湾は、1895年から1945年まで日本の占領下にあったにもかかわらず、アジアにおいて稀有な親日感情を抱き続けている。台湾人の年輩者らは未だに日本語と日本文化に大変な共感を示す。台湾は毎時200マイル走行が可能な日本の弾丸列車を30億ドルで導入し、先月(試験走行を)開始した。また、日本政府は、12月に台湾の李登輝総統(彼は日本で教育を受け、親愛の念を抱く大学時代の元教授と再会を果たした)に観光ビザを発給したが、中国側はこれに激しく反発した」と報道した[90]

中華民国(台湾)の政治における対日感情 編集

かつての国民党独裁政権下においては、日本の中国侵攻による大陸の被害を重視した教育がなされていたが、李登輝総統以降の台湾民主化による反動、および李自身が日本の台湾統治を肯定していたこともあり、「親日」的な学者の勢力が増大し彼らによる日本統治時代についての肯定的な発言などが表立って唱えられるようになった。李政権時代に採用されていた台湾の歴史教科書では、日本統治時代に台湾の経済基盤の整備や教育の普及、衛生環境の改善などの近代化がなされたと記述されている(認識台湾)。李登輝は2009年の講演において、「あなたたちの偉大な祖先の功績を知り、誇りに思ってほしい」と訴え、台湾が日本統治下にあった時代に、日本人技師らの貢献でインフラ整備などが進められたことを説明し、「公に尽くし、忠誠を尽くした偉大な祖先が作り上げてきた日本精神を学び、あなたたちも大切にしてほしい」と発言した[91]。また李登輝は、日本統治時代に台湾人が学んで純粋培養されたのは、「勇気」「誠実」「勤勉」「奉公」「自己犠牲」「責任感」「遵法」「清潔」といった「日本精神」であり、国共内戦後に中国大陸から来た国民党は、自分たちが持ち合わせていない価値観だったので、「日本精神」を台湾人の持ち合わせている気質だと定義して、これらの言葉が広まり、台湾に浸透した「日本精神」があったからこそ、台湾は中国文化に吞み込まれずに近代社会を確立できたのであり、台湾人の親日の背景にはこうした歴史的経緯があると述べている[92]。また李登輝は、日台は現在のところ正式な外交関係がないため、経済文化交流を強化すれば良いという意見が多く、経済・文化交流を促進して、日本人台湾人の心の絆を深めることは重要であるが、日本人が中華意識に囚われて台湾を軽視した場合、日本は地政学的危機に陥ってしまい、まさしく日台は生命運命共同体なのであり、このことを日本人は常に意識して欲しいとしている[93]

かつて馬英九総統の外交政策・対日戦略のブレーンで中華民国総統府国家安全会議諮問委員を務めた楊永明は、「一般的に言って、日台間では相互に友好感情が存在するという基本認識がある。台湾はおそらく世界で最も親日的な社会であり、日本でも台湾に対する好感が広範に存在するのである」と指摘している[94]。同じく中華民国総統府国家安全会議諮問委員(閣僚級、日台関係担当)を務めた李嘉進は、「日台は『感情の関係』だ。普通の外交関係は国益が基本だが、日台は特別。お互いの好感度が抜群に高い。戦前からの歴史が育てた深い感情が出発点となっている」と発言している[95]

2006年10月9日、陳水扁は中華民国国慶日の式典に出席するため訪台した日華議員懇談会のメンバーと会見し、その席で北朝鮮が同日に地下核実験を実施したことを強く非難するとともに、日本とアメリカとの軍事交流を強化して、両国と準軍事同盟を構築する必要性を強調した[96]

東南アジア 編集

東南アジア各国は前述のBBCの調査結果によると日本を高評価しており、また日本の外務省が東南アジア諸国連合の各国(一カ国約300名)に世論調査(Ipsos香港社に調査依頼)をしたところ、「最も信頼できる国」として日本はトップ(日本33%、米国16%、中国5%、韓国2%)であり[97]、一般的には東南アジアは日本や日本人への感情は良好な国々である[注釈 1][9]

しかし、第二次世界大戦における日本軍の東南アジア侵攻と占領統治の影響で、東南アジアの住民の間にも日本による占領統治への批判や感情的軋轢も存在する。軍政への批判としては、いわゆる慰安婦問題、捕虜や現地住民に対する大小の虐殺・虐待、皇民化教育、ヨーロッパ宗主国(イギリスオランダフランス)と日本軍による二重支配がしばしば提示されることもある。

フィリピンは国土が大規模な戦場となりマニラ大虐殺など戦争の直接の被害を受けたこともあり、他の東南アジア諸国と比較すると日本軍の統治や戦争被害への反感がある。フィリピンはアジアの中では例外的にカトリックが古くから定着し(約8割、キリスト教で9割以上)第二次世界大戦前のスペイン・アメリカ支配が圧政を伴いながらも浸透していたこと、侵攻した日本軍が国土の約3割しか制圧できなかったこと、27万もの反日ゲリラが組織され存命中の彼らやその家族が日本を受け入れがたい心情を抱いている事、また旧ケソン政権の通貨を廃止し軍票を大量に発行して貨幣経済を混乱に陥れたことなど統治軍政に失敗したこともあり、旧日本軍に対する評価は高くない。また、戦前、フィリピンで建設業等に従事した日本人労働者と現地女性との間に生まれた日系フィリピン人は、戦後、数十年にわたり強い反日感情の中、身を隠して厳しい環境の中で生活を余儀なくされてきた[98]。しかし1980年代までには戦後の反日感情は緩和しており、日系フィリピン人会の運動は表立って活発化することが可能となった[98]。近年では、前述のBBC等の調査によればフィリピン国民は概して日本・日本人へ好感を持っている結果(「日本は好影響約70%」対「日本は悪影響約10%」)が出ている。

2012年12月9日、フィリピンのアルバート・デル・ロサリオ外務大臣 (フィリピン)英語版は『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューに対して、「フィリピンはこの地域でバランスを保つ要素を探しており、日本は重要なバランサーになり得る。フィリピンは、これ(日本の再軍備)を歓迎する」と述べ、南シナ海中国と領有権をめぐり対立しているフィリピンが、中国を牽制するため、日本の再軍備を歓迎すると表明し[99][100]インドネシア外務大臣 (インドネシア)インドネシア語版も同様の態度を示した[101]。『フィナンシャル・タイムズ』アジア版のデビッド・ピリング編集長は、「当時、暴行や虐殺が普遍的だった日本による侵略の歴史はフィリピン人の記憶の中に鮮明に残っているはずだが、アルバート・デル・ロサリオ外務大臣 (フィリピン)英語版はそれについて大したことではないと表明している。かつて大日本帝国に蹂躙された国の多くは、韓国のようには日本に恨みを抱いていない」と述べている[101][102]

アメリカ合衆国国務副長官だったリチャード・アーミテージは、「世界でどの国が優れているか聞いた調査によると、アジアの人々の82%が『日本』と回答しました。彼らは(第二次世界大戦の)日本軍による占領は独立への機会になったと考えています。日本は文化政治安全保障の面でも優れた模範を提供でき、その役割は高まっているのです。日本はこの現状をゆったりと構えてとらえ、もっとアジアに関わっていくべきです」と指摘している[103]

2021年2月16日シンガポールシンクタンクであるISEASユソフ・イサーク研究所英語版ASEAN加盟国を対象とした調査結果をまとめた報告書を発表したが、日本は「最も信頼できる強大国」(67.1%)「最も好きな旅行先」(30.2%)で1位に選ばれており、「米中の対立でASEANが直面している潜在的リーダーシップの空白を、ソフト・パワーの強い日本は埋めることができる」と評している[104]

欧米 編集

第二次世界大戦では、旧日本軍はイギリス・オランダ・フランスの植民地を攻撃し、アメリカ合衆国、1945年からはソビエト連邦とも戦闘状態に陥った。そして日本に対する反感は日系人に向けられ強制収容された。この際、同じく枢軸国で大戦を戦ったドイツおよびイタリアに起源を持つドイツ系アメリカ人、イタリア系アメリカ人の強制収容は行われなかった(日系人の強制収容)。日本側における連合国軍側兵士の捕虜の取り扱いについては、戦後の東京裁判において捕虜への虐待や必要以上の重労働への動員などが取り上げられた。今日でもイギリスを始めとする関係国では、戦時博物館などに於いて日本軍との戦闘に関する資料が展示され、学校教育の一環で見学者も絶えない。高齢者を中心として、一定のネガティブな印象を持つ人々がいる。

オランダは17世紀から日本と交流関係を持っているが、現在でも反日感情が見られる国の一つでもある。1971年昭和天皇のオランダ訪問の際に卵が投げつけられたり、手植えの苗を引き抜かれたりした。また、1960年代中頃一人の日本人作家がアンネ・フランクの家近くの書店にてアンネ・フランクに関する資料を探したところ、客の一人の老婦人から「アンネの悲劇はナチス・ドイツと手を組んだ日本にも責任がある」と激しく非難された[105]1986年にはベアトリクス女王の訪日が国内世論の反発により中止され、昭和天皇崩御後の1991年の訪日の際には、宮中晩餐会で『(日本のオランダ人捕虜問題は)お国ではあまり知られていない歴史の一章です』とのスピーチがあった(→オランダ#歴史)。

ロシアは北方領土問題などで日本大使館などに対して抗議集会が起こった事があった。

ヨーロッパに限らず、第二次世界大戦に巻き込まれた国家の反日感情の心底には天皇制が残された事や、大日本帝国の国家元首かつ大元帥だった昭和天皇が戦後も引き続き天皇の地位にあった事も要因に挙げられることがある[要出典]。第二次世界大戦当時、イギリス、オーストラリアソ連中華民国などの政治家や民衆は昭和天皇の戦争責任を主張していたが[注釈 10][要出典]ダグラス・マッカーサーの政治的思惑で昭和天皇の訴追が却下された[注釈 11]近衛文麿元首相や昭和天皇の弟宮でもある三笠宮崇仁親王は天皇制は維持するものの、昭和天皇自身は退位して皇太子に譲位するような工作を検討したがマッカーサーや吉田茂首相は昭和天皇の退位に反対し、そのまま天皇として在位させ続ける事を主張した。マッカーサーが占領政策に天皇を利用すべきと、アメリカ議会や他の戦勝諸国の反対を押し切って戦犯に指名されなかった。この経緯から朝鮮半島台湾、中国、東南アジア、アメリカ、イギリス、オランダや日本国内では天皇に対して敵意や憎悪を持つ者も存在する事が明らかになっている[要出典]

2005年の中国のデモと同時期に、中国系、韓国系アメリカ人により国連本部前でのデモが行われた。

アメリカにおける各種世論調査では反日感情は特に見られない。ギャラップによる「アメリカ人の最も好ましい、好ましくない国」アンケート2008年度では1位のカナダ92%、2位のイギリス89%、3位のドイツ82%に次いで日本は80%が好ましいとする回答結果が出ている[106]2010年度調査では1位のカナダ90%、2位のイギリス87%、3位ドイツ80%に次いで日本は77%が好ましいとする回答結果が出ている[107]2009年外務省が米国で実施した対日世論調査では、日本を「信頼できる」と答えた人が一般市民で80%、行政財界などに関係する有識者で91%、「アジアで最も重要なパートナー」を質問したところ、日本を挙げたのは一般市民と有識者でそれぞれ46%と44%でいずれも1位であり、2位の中国もそれぞれ39%と42%だった[108]ギャラップ2021年度の日米関係に関する世論調査によると、アメリカ人日本に対する意識は圧倒的に好意的な状況が続いており、好意的が84%、非好意的が17%であり、ギャラップは「一般的にアメリカ人は重要な同盟国日本に対して高い敬意を払っている。2月に実施した調査では、84%のアメリカ人が日本に対して“非常に”、あるいは“最も”好意を抱いている。1996年以来、一貫して大多数のアメリカ人は日本を好意的に見ている」と指摘している[109]。国別でみれば、アメリカ人の好意度ランキングでは、トップがカナダ、2位がイギリス、3位がフランスで、4位が日本である[109]。アメリカ人にとって日本はアジアで最も評価が高い国である[109]民主党支持者の84%、共和党支持者の80%、無党派の86%が日本に対して好感を抱いている。アメリカ人男性の86%、アメリカ人女性の80%が日本に好意を抱いている。白人の85%、非白人の79%が日本に好意的と答えている。教育水準で見ると、大卒以上では好感度は92%と異常といえるほど高く、低学歴でも87%が日本に対して好意的な見方を示している[109]ピュー・リサーチ・センターアメリカ人を対象に、日本中国インド北朝鮮アジア4か国に対する意識調査を行い、最も高い好感度を100度とし、50度は中立的、0度は最も否定的としたところ、2018年調査では、日本61度、インド51度、中国42度、北朝鮮21度である[109]2021年調査では、日本59度、インド48度、中国28度、北朝鮮21度である[109]また、若年層においては、財団法人日本青少年研究所2006年に日本、米国、中国、韓国の高校生計約7300人を対象に行ったアンケート調査の結果「日本が好き」と答えたのは米国がトップで45.2%、次いで中国24.5%、韓国24.0%。一方、日本の生徒が「好き」と答えた国は米国が39.6%で最も高く、韓国16.7%、中国10.2%で、日米は双方で好感度が高かった[要出典]

ジャパンバッシング(貿易摩擦) 編集

アメリカ合衆国自動車産業は、1980年代、小型低燃費な日本車の輸入がオイルショックの追い風もあり壊滅的打撃を被っていた。アメリカの農家からは日本の農家保護を目的とした輸入制限措置により、不満が噴出していた。そのため次第にアメリカ内の国民対日感情は悪化していった。また1987年に東芝機械がソ連技術機械輸入公団への取引の件について、対共産圏輸出統制委員会(略称「ココム」。1994年解散)の協定に違反したことが問題視された。尚、当時、日本の商業捕鯨を停止させる目的で自然保護団体と環境ロビイストに押された議員などが日本批判のキャンペーンを実施、これに貿易不均衡に不満を持つ業界団体を加えて、大規模な反日キャンペーンが方々で開催された。この中には、日章旗を燃やしたり、日本製乗用車をハンマーで叩き潰すといった過激なパフォーマンスが行われた。ただし、これらのパフォーマンスは反日の個人の行為であり組織的なものではないという指摘もある[110]。(→捕鯨問題

ロシア 編集

両院に議席を持つロシア自由民主党が長年反日的な内容の主張をしており、党首のウラジーミル・ジリノフスキーは日本の北方領土返還運動に対して懲罰として東京に核爆弾を落とすべきなどの発言をしている[111]

オーストラリア 編集

日本は第二次世界大戦当時、オーストラリアにも攻撃を加え、北部・西部沿岸部に空爆潜水艦による攻撃を行った。この際、医療船セントールを攻撃した事件(戦時活動中の医療関係への攻撃は、特に問題視される)においても、第二次世界大戦中の悲劇として伝えられている。また東南アジア方面で活動していたオーストラリア兵2万2000名が日本軍によって捕虜とされたが、内1/3が収容所で死亡しており、捕虜の扱いに関する非人道性が問題となった[注釈 12]

近年では、オーストラリアは捕鯨問題をめぐって日本を特に強く非難している国の一つであり、オーストラリアにおける反捕鯨運動の盛り上がりとともに反日感情の増大が一部で見られ、2008年7月には親日家が多いケアンズにおいて、レンタカー会社がレンタカーのキャンピング・カーに「Save a Whale,Harpoon a Jap(クジラを救え、ジャップに銛を打ち込め)」という反日的な反捕鯨スローガンをスプレーで書き付けていたことが発覚した[112]クイーンズランド州首相アンナ・ブライは、このスローガンを人種差別的だと非難した[112]

また、オーストラリアのテレビでは、太った日本人が寿司を食べようとすると、銛が飛んで来て刺さって死ぬという内容のビール会社「Blue Tongue」のCMが放映されている[113]。このCMについてビール研究者のブライス・エディングス(Bryce Eddings)は、「ブルータン社以外のビールを飲むと、クジラの殺害に加担するというのか」として、同社の「安っぽい」販売戦略を批判している[114]

オーストラリアの反日・反捕鯨運動には日本の女性にも参加者がおり、男女問題やフェミニズムと絡めてこの問題を複雑化している。

2019年に外務省が実施した世論調査における「オーストラリアにとって今後重要なパートナーとなるのは次のうちどの国か」という設問では、日本は44%でアメリカと同率1位となっている[115]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ a b c 27カ国のうち韓国を含む25カ国が日本は「主として世界に好影響を与えていると感じる」と回答した人の数が「主として悪影響を与えていると感じる」と答えた人の数を上回っている(全体平均は「好影響」57%対「悪影響」20%)。メキシコと中国の2カ国では日本について「主として悪影響」が多数であった(メキシコ24%対34%中国16%対71%)。[8]
  2. ^ インディーズバンド百済の日本人罵倒曲「fUCk zAPAN」については、日本国内における一部ネットユーザーの間で、韓国で有名なラッパー「DJ DOC」の作品として大ヒットしたと言う誤報があったが、単なる誤報であり決して意図的に流された悪質なデマでは無い。
  3. ^ その影響で土肥原賢二は華北分離工作を計画した罪でA級戦犯として絞首刑にされた。
  4. ^ 広田、有田、川越は三者とも日中両国で防共協定を締結する事で日中関係を改善しようとしたのである。
  5. ^ 更に児玉訪中団のメンバーであった藤山愛一郎(大日本製糖社長)は岳父の結城(豊太郎)蔵相のメッセージを新任の外交部長王寵恵らの国民政府首脳に伝えた。それは日中経済提携の実績によって出先の関東軍や支那駐屯軍を抑制し、両国の関係安定化を図りたいとの趣旨であった。
  6. ^ 本来の中国語ではオラトリオの意味だが、ネットスラングでは「ネット上で人気のあるドラマ」を意味しており、ニュアンスとしては日本語の「神作品」に近い。
  7. ^ 中華民国は汪兆銘政権を支えた陳公博などの要人52名を銃殺刑にし、さらに、親日派ゆえに漢奸とされた約4万人が処刑や処罰を受け、処刑された者には墓を建てることも禁止された。
  8. ^ 韓国での日本大衆文化の流入制限
  9. ^ 韓国は2004年1月の日本大衆文化第4次開放で日本語の歌の放送を許したが、放送局側で録画だけに制限していた。事前に放送通信審議委員会を通した上で、放送が決定された 韓国地上波放送で日本歌手が日本語の歌、初の生放送 聯合ニュース 2010年9月13日
  10. ^ アメリカの上院は昭和天皇を裁判に掛けることを決議、中国は国民政府海外の雑誌に「ミカド去るべし」の論文を発表、フィリピンの弁護士会はアメリカ大統領に昭和天皇を裁判に掛けるよう要請、オーストラリアは国家元首たる天皇は一兵卒より罪が大きいと天皇を戦争犯罪人として裁くよう公式に要求していた。
  11. ^ マッカーサーの本国であるアメリカでは連邦議会上院で昭和天皇の訴追を求める議案が通ったが、この議案を潰した者がマッカーサーである。
  12. ^ この件は、オーストラリア在住の漫画原作者・雁屋哲の漫画『美味しんぼ』でも取り上げられている。

出典 編集

  1. ^ Robert A. Bickers and Jeffery N. Wasserstrom, "Shanghai's Dog and Chinese Not Admitted" Sign: Legend, History and Contemporary Symbol", , China Quarterly, no. 42 (June 1995), pp. 444-66.
  2. ^ Jeffery N. Wasserstrom, "Citizenship and Exclusion in Old Shanghai", Merle Goldman, Elizabeth J. Perry (ed.), Changing Meanings of Citizenship in Modern China - Harvard Contemporary China Series 13, Harvard University Press, 1 June 2009, ISBN 978-0-674-03776-2, p. 116.
  3. ^ Jeffrey N. Wasserstrom, Global Shanghai, 1850–2010: A History in Fragments - Asia's Transformations /Asia's Great Cities, Routledge, 15 November 2008, ISBN 978-1-134-61373-1, p. 121.
  4. ^ Joseph W. Esherick, China and World, Brantly Womack (ed.), China's Rise in Historical Perspective, Rowman & Littlefield Publishers, 16 July 2010, ISBN 978-0-7425-6723-8, p. 30.
  5. ^ “2017 BBC World Service poll” (英語) (PDF). BBCワールドサービス. (2017年7月4日). p. 20. オリジナルの2017年7月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170730112140/http://www.globescan.com/images/images/pressreleases/bbc2017_country_ratings/BBC2017_Country_Ratings_Poll.pdf 
  6. ^ “Japanese Public's Mood Rebounding, Abe Highly Popular” (英語). ピュー・リサーチ・センター. (2013年7月11日). オリジナルの2021年5月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210512114832/https://www.pewresearch.org/global/2013/07/11/japanese-publics-mood-rebounding-abe-strongly-popular/ 
  7. ^ “Positive Views of Brazil on the Rise in 2011 BBC Country Rating Poll” (英語) (PDF). BBCワールドサービス. (2011年3月7日). p. 10. オリジナルの2021年6月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210625085141/https://globescan.com/wp-content/uploads/2011/03/bbc2011_countries_global_rls.pdf 
  8. ^ Views of US Continue to Improve in 2011 BBC Country Rating Poll” (PDF). BBC (2011年3月7日). 2012年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月6日閲覧。
  9. ^ a b c 1995年5月29日 読売新聞
  10. ^ [1][出典無効]
  11. ^ “【コラム】韓国裁判所の反日冒険、その次に来るもの”. 朝鮮日報. (2021年1月23日). オリジナルの2021年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210123013219/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/01/23/2021012380021_2.html 
  12. ^ Japanese are Simply the Best (Press Release British tourists amongst worst in the world by Expedia.co.uk)
  13. ^ “"最も好ましい観光客"は日本人、では最下位は? - エクスペディア調査”. マイナビニュース. (2007年5月29日). オリジナルの2021年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210616131629/https://news.mynavi.jp/article/20070529-a034/ 
  14. ^ "Japan" from "Country Reports on Human Rights Practices - 2005"
  15. ^ a b Efforts mount in Japan to counter human trafficking
  16. ^ “外国人女性被害者を犯罪者扱い…人身売買実態で報告書”. 読売新聞. (2004年11月19日). オリジナルの2004年11月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20041121063743/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041119it06.htm 2021年9月15日閲覧。 
  17. ^ Trafficking Alert International Edition, May 2005 (Vital Voice)
  18. ^ a b c “「強制労働」と未払い賃金求め提訴 中国人実習生 熊本”. 朝日新聞. (2007年12月6日). オリジナルの2007年12月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071229092727/http://www.asahi.com/job/news/SEB200712060003.html 
  19. ^ Human Rights, Japan Anti-Trafficking Programs (Vital Voices)
  20. ^ 外国人労働者数の推移 (社会実情データ図録)
  21. ^ 世界各国の外国人労働者 (社会実情データ図録)
  22. ^ 中国の歴史教科諸問題(袁偉時著、2006年、日本僑社)
  23. ^ 海南一医院挂牌称“日本人拒不认罪禁止入内" Archived 2005年7月25日, at the Wayback Machine.」(南方都市报、2005年7月15日)
  24. ^ 深圳のバーで 「日本人の入店お断り」」(人民網日本語版、2002年5月23日)
  25. ^ 福間, 成章『満蒙認識』公民研究会、1931年、87-93頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1273566/51 
  26. ^ 松浦「再考・日中戦争前夜」142-143 頁。
  27. ^ 朝日新聞2007年12月13日
  28. ^ 「盧溝橋事件の日」に新製品発表と広告…中国当局、ソニーに罰金1778万円”. 読売新聞 (2021年10月18日). 2021年10月27日閲覧。
  29. ^ 「前後1週間は絶対に宣伝しない」。中国にある「日本の話題を避ける日」対策どうする?”. huffingtonpost (2021年9月17日). 2021年10月27日閲覧。
  30. ^ 2007年12月10日 中央日報
  31. ^ 高田勝巳 (2008年2月28日). “中国人が「最も嫌いな国」は、日本ではなくなった!”. ダイヤモンド・オンライン. オリジナルの2008年3月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080301234809/http://diamond.jp/series/chinabiz/10009/ 
  32. ^ 畠山栄 (2009年6月27日). “「反日の中国人」はどれだけ存在するか?”. サーチナ. オリジナルの2009年6月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090630083323/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0627&f=national_0627_028.shtml 
  33. ^ 畠山栄 (2009年12月31日). “好きな国アンケート、米国や日本のランクインに「納得できない」-中国”. サーチナ. オリジナルの2010年4月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100422021101/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1231&f=national_1231_014.shtml 
  34. ^ 朝日新聞2010年8月3日
  35. ^ 反日デモ、実は官製=政府系学生会が組織-香港紙[リンク切れ]
  36. ^ “南京市、「精神日本人」行為に処罰条例、12月13日施行―中国メディア”. Record China. (2018年11月26日). オリジナルの2021年1月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210124223434/https://www.recordchina.co.jp/b665545-s0-c30-d0054.html 
  37. ^ a b c d 河宇鳳『朝鮮王朝時代の世界観と日本認識』明石書店、2008年
  38. ^ 朝鮮王朝実録』(世祖14年3月乙酉)
  39. ^ a b c d 村井章介 『中世倭人伝』 岩波新書、1993年.p59-61
  40. ^ 山内弘一 『朝鮮からみた華夷思想』 山川出版社〈世界史リブレット 67〉、2003年
  41. ^ 朝鮮王朝実録』(中宗20(1525)年4月丁巳)
  42. ^ 小中華思想参照
  43. ^ 河宇鳳2008,第一部第一章「朝鮮時代の人々の世界観と日本認識」3節「他者としての日本と女真」
  44. ^ a b c d e f 古田博司 (2005年6月). “「相互認識」 東アジア・イデオロギーと日本のアジア主義” (PDF). 日韓歴史共同研究報告書(第1期) (日韓歴史共同研究). オリジナルの2015年10月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20051026161523/https://www.jkcf.or.jp/history/3/13-0j_furuta_j.pdf 
  45. ^ 李景稷著・若松実訳『扶桑録 江戸時代第二次(元和三)朝鮮通信使の記録』(日朝協会愛知県連合会、1988
  46. ^ 金仁謙『日東壮遊歌平凡社東洋文庫 662〉、1999年、p251
  47. ^ 金仁謙1999,p292
  48. ^ 河宇鳳2008,第二部第二章「朝鮮時代後期の通信使使行員の日本認識――一七六四年甲申通信使の元重挙を中心に」
  49. ^ 世界大百科事典 第2版
  50. ^ "In Korea with Marquis Ito" p201ジョージ・トランブル・ラッド、 New York, C. Scribner's sons, 1908
  51. ^ 姜尚中ダニ・オルバフ (2019年9月27日). “台湾は親日的なのに、韓国が反日的なのはなぜか? 明治初期の「バグ」が一因に”. AERA. オリジナルの2019年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190927030359/https://dot.asahi.com/aera/2019092500031.html?page=1 
  52. ^ 姜尚中ダニ・オルバフ (2019年9月27日). “台湾は親日的なのに、韓国が反日的なのはなぜか? 明治初期の「バグ」が一因に”. AERA. オリジナルの2019年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190927030318/https://dot.asahi.com/aera/2019092500031.html?page=2 
  53. ^ 平井敏晴 (2021年3月19日). “韓国が日本に反発するのは、王朝があったから?”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2021年3月19日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/4mA2K 
  54. ^ 平井敏晴 (2021年3月19日). “韓国が日本に反発するのは、王朝があったから?”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2021年3月19日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/HRfFt 
  55. ^ 平井敏晴 (2021年3月19日). “韓国が日本に反発するのは、王朝があったから?”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2021年3月19日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/w7Uub 
  56. ^ 平井敏晴 (2021年3月19日). “韓国が日本に反発するのは、王朝があったから?”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2021年3月19日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/llUic 
  57. ^ 12年間 韓国大使を務めた武藤正敏氏に聞く“元徴用工”問題の今後”. FNNプライムオンライン. FNN. 2019年2月13日閲覧。
  58. ^ 木村幹『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識―朝貢国から国民国家へ』ミネルヴァ書房、2000年、ISBN 978-4623032921[要ページ番号]
  59. ^ 『大統領李承晩博士儒教談話集』1958年
  60. ^ 朴正煕『朴正煕選集2 国家・民族・私』鹿島研究所出版会、1970年、234-238頁。全国書誌番号:72004958 
  61. ^ 朴正煕『朴正煕選集1 韓民族の進むべき道』鹿島研究所出版会、1970年、79-91頁。全国書誌番号:72004958 
  62. ^ 黒田勝弘『日韓新考』産経新聞社、2002年8月
  63. ^ 金文学 『「反日」という甘えを断て 再び、韓国民に告ぐ!』祥伝社、2002年 [要ページ番号]
  64. ^ 2013年8月18日日本社会新聞
  65. ^ 「東アジアの対日論調-揺れ動く中韓の日本報道」時事通信編集委員佐々木真(時事トップ・コンフィデンシャル2008年6月13日付)P.77
  66. ^ 黒田勝弘 (2012年8月23日). “【親書返送】反日にブレーキかからず 李大統領、強硬外交で人気取り(1/2ページ)”. MSN産経ニュース. 産経デジタル. 2012年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月13日閲覧。
  67. ^ 黒田勝弘 (2012年8月23日). “【親書返送】反日にブレーキかからず 李大統領、強硬外交で人気取り(2/2ページ)”. MSN産経ニュース. 産経デジタル. 2012年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月13日閲覧。
  68. ^ エドウィン・O・ライシャワー『ザ・ジャパニーズ―日本人』文藝春秋、1979年6月1日、416頁。ISBN 4163350918 
  69. ^ 鄭大均 (2019年). “松本厚治 著『韓国「反日主義」の起源』”. 歴史認識問題研究 (モラロジー研究所歴史研究室): p. 143-144. オリジナルの2021年10月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211003055059/http://harc.tokyo/wp/wp-content/uploads/2019/09/8cff5c3294c7d87bc89966eb33bfc3b4.pdf 
  70. ^ “朝鮮日報記者に質問:与党議員の自衛隊行事出席は事実か”. 朝鮮日報日本語版. (2014年8月8日). オリジナルの2014年8月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140812203938/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/08/2014080801274.html 2021年9月15日閲覧。 
  71. ^ a b 野平俊水「韓国ドラマ「日本嫌い」事情えっ、ヨン様までが反日!?」『諸君!』2004年8月号文藝春秋
  72. ^ “韓国の安全保障脅かす国「1位北朝鮮・2位日本」”. 朝鮮日報日本語版. ニューシス. (2006年4月30日). オリジナルの2006年10月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061020203338/http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/30/20060430000027.html 2021年9月15日閲覧。 
  73. ^ “韓国人の「最も嫌いな国」は日本、でも「最も見習うべき国」も日本”. Record China. (2008年10月5日). https://www.recordchina.co.jp/b24555-s0-c70-d0000.html 2021年9月15日閲覧。 
  74. ^ 水沼啓子 (2008年8月16日). “日本が最大の脅威国 韓国の世論調査 竹島問題が影響”. MSN産経ニュース. オリジナルの2009年2月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090210064831/http://sankei.jp.msn.com/world/korea/080816/kor0808161811002-n1.htm 2021年9月15日閲覧。 
  75. ^ 『放送研究と調査』 2010年11月号 「日韓をめぐる現在・過去・未来 ~日韓市民意識調査から~」 NHK放送文化研究所 2010年11月1日発行.
  76. ^ 『放送研究と調査』 2010年11月号 「日韓をめぐる現在・過去・未来 ~日韓市民意識調査から~」 p.15 NHK放送文化研究所 2010年11月1日発行.
  77. ^ 『放送研究と調査』 2010年11月号 「日韓をめぐる現在・過去・未来 ~日韓市民意識調査から~」 p.15-16 NHK放送文化研究所 2010年11月1日発行.
  78. ^ 及川源十郎 (2011年6月26日). “韓国の中高校生「1番の敵は日本」 北の2倍、中国は1割”. サーチナ. オリジナルの2015年7月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150721071952/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0626&f=national_0626_061.shtml 2021年9月15日閲覧。 
  79. ^ 新川悠 (2013年10月10日). “韓国小学生86%「日本が嫌い」…嫌いな国アンケートで圧倒的”. サーチナ. オリジナルの2015年5月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150518081205/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=1010&f=national_1010_053.shtml 2021年9月15日閲覧。 
  80. ^ a b c 蔡亦竹 (2020年4月3日). “台湾人だけが知る、志村けんが台湾に愛された深い理由”. ニューズウィーク. オリジナルの2021年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210813195835/https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/post-92988_1.php 
  81. ^ 浅野和生「中国国民党馬英九政権の対日政策」『問題と研究』2008年10・11・12月号、『聨合報』2008年6月14日
  82. ^ “(3/7)台湾も慰安婦問題で安倍首相に抗議”. 日本経済新聞. (2007年3月7日). オリジナルの2007年5月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070505015040/http://www.nikkei.co.jp/china/taiwan/20070307c1a37004_07.html 
  83. ^ Tipei Times Feb、06、2006
  84. ^ 台湾における対日世論調査』(プレスリリース)交流協会、2009年4月22日。 オリジナルの2016年4月2日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20160402193332/http://www.koryu.or.jp/taipei/ez3_contents.nsf/04/902CF24F8C0C64824925759F0037CA22/$FILE/Japanese.pdf 
  85. ^ 台湾における対日世論調査』(PDF)(プレスリリース)交流協会、2010年3月。 オリジナルの2016年12月26日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20161226072626/https://www.koryu.or.jp/taipei/ez3_contents.nsf/04/52F6843250D2FB0E492576EF00256445/$FILE/detail-japanese.pdf 
  86. ^ “最も友好的な国は日本、非友好的は「中国大陸」―台湾アンケ”. サーチナ. (2009年7月15日). オリジナルの2009年7月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090718194125/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0715&f=national_0715_014.shtml 
  87. ^ “どうして台湾は、こんなに親日なんですか?”. R25. (2007年8月2日). オリジナルの2013年5月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130531023947/http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20070802-90002642-r25 
  88. ^ 小林良樹 (2008年10月). “中国における「対日感情」に関する考察 各種世論調査結果の複合的分析”. アジア研究 (アジア政経学会): p. 106. オリジナルの2021年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210616161246/https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/54/4/54_87/_pdf 
  89. ^ a b “「私は台湾人」9割、「日本に好感」8割強―台湾世論調査”. Record China. (2021年8月13日). オリジナルの2021年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210813014915/https://www.recordchina.co.jp/b880837-s25-c30-d0052.html 
  90. ^ Anthony Faiola (2005年2月18日). “Japan to Join U.S. Policy on Taiwan” (英語). ワシントン・ポスト. オリジナルの2009年12月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091203211914/http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A33297-2005Feb17.html 
  91. ^ “「日本人の誇りを持って」 李登輝氏が高校生に講演 台北”. MSN産経ニュース. (2009年12月18日). オリジナルの2009年12月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091221181608/http://sankei.jp.msn.com/life/education/091218/edc0912181925004-n1.htm 
  92. ^ 李登輝 (2013年5月). “台湾が感動した安倍総理の友人発言”. Voice (PHP研究所): p. 40. https://books.google.co.jp/books?id=Lrxf36yn1VwC&pg=PT40#v=onepage&q&f=false 
  93. ^ 李登輝 (2013年5月). “台湾が感動した安倍総理の友人発言”. Voice (PHP研究所): p. 42. https://books.google.co.jp/books?id=Lrxf36yn1VwC&pg=PT42#v=onepage&q&f=false 
  94. ^ 川島真清水麗松田康博楊永明『日台関係史 1945‐2008』東京大学出版会、2009年3月1日。ISBN 978-4130322119 
  95. ^ “道を探る 台湾の未来思い、選挙支援へ動く―第11部〈台湾脈脈〉”. 朝日新聞. (2010年3月23日). オリジナルの2020年7月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200706193315/http://www.asahi.com/special/kajin/TKY201003230278.html 
  96. ^ “陳総統:日米との準軍事同盟関係構築の必要性を強調”. 台北駐日経済文化代表処. (2006年10月10日). オリジナルの2009年12月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091202101640/http://www.roc-taiwan.org/ct.asp?xItem=44500&ctNode=3591&mp=202&nowPage=63&pagesize=50 
  97. ^ 外務省「ASEAN7カ国対日世論調査(PDF)」
  98. ^ a b - 外務省 - 最近のフィリピン情勢と日・フィリピン関係 - 6.日・フィリピン関係 -(8)日系人調査の項 参照
  99. ^ 車学峰 (2012年12月11日). “フィリピン外相「日本の再軍備を歓迎」”. 朝鮮日報. オリジナルの2012年12月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121214054924/http://www.chosunonline.com:80/site/data/html_dir/2012/12/11/2012121100584.html 
  100. ^ “Philippines backs rearming of Japan”. フィナンシャル・タイムズ. (2012年12月9日). オリジナルの2021年7月17日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/H4YlT 
  101. ^ a b “かつて侵略されたアジアの国々が日本の再軍備を歓迎することは意外―英紙”. Record China. (2013年11月30日). オリジナルの2021年7月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210717230056/https://www.recordchina.co.jp/b79872-s0-c10-d0046.html 
  102. ^ David Pilling (2013年11月27日). “China may have overplayed its hand on the islands”. フィナンシャル・タイムズ. オリジナルの2021年7月18日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/MnKEr 
  103. ^ “アーミテージ氏が語る新しい日米安全保障体制”. 日経BP. (2006年7月11日). オリジナルの2008年6月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080608000617/http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/special/150/index3.html 
  104. ^ “ASEANにおける日韓の影響力に大きな差? 初の調査結果に韓国ネット「当然だ」「韓国はこれから」”. Record China. (2021年2月17日). オリジナルの2021年2月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210217083627/https://www.recordchina.co.jp/b872154-s25-c100-d0195.html 
  105. ^ 「悲劇の少女アンネ」シュナーベル著 久米穣訳 偕成社
  106. ^ Americans’ Most and Least Favored Nations, Gallup, March 3, 2008
  107. ^ Gallup, February 19, 2010
  108. ^ “日本「信頼できる」80%で最高 米世論調査、中国も上昇”. 共同通信. (2009年5月18日). オリジナルの2009年5月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090521080822/https://www.47news.jp/CN/200905/CN2009051801000662.html 
  109. ^ a b c d e f 中岡望 (2021年4月15日). “アメリカの世論調査から見た“日米関係”と“米中関係”の姿:日米首脳会談で菅首相は何を語るのであろうか”. Yahoo!ニュース. オリジナルの2021年4月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210415234600/https://news.yahoo.co.jp/byline/nakaokanozomu/20210415-00232765/ 
  110. ^ 『鯨捕りよ、語れ!』C・W・ニコル、アートデイズ、2007年 ISBN 9784861190896 P82
  111. ^ Zhirinovsky in His Own Words: Excerpts From The Final Thrust South”. The Heritage Foundation (1994年2月4日). 2022年4月3日閲覧。
  112. ^ a b “レンタカーに反日スローガン「日本人に銛を打ち込め」、豪州”. AFP. (2008年7月18日). オリジナルの2016年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160123103402/https://www.afpbb.com/articles/-/2419573?pid=3143745 
  113. ^ "whale-safe beer" campaign
  114. ^ Bryce Eddings (2006年12月23日). “Bryce Eddings' Beer Blog”. The Spruce Eats. オリジナルの2007年12月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071224003240/http://beer.about.com/b/2006/12/23/whale-safe-beer-are-you-kidding-me.htm 
  115. ^ オーストラリアにおける対日世論調査結果』(PDF)(プレスリリース)外務省、2018年12月28日。 オリジナルの2021年6月16日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20210616190924/https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000453087.pdf 

関連項目 編集

外部リンク 編集