國見 泰央(くにみ やすお、1974年8月24日 - )は、元プロボクサーで、第32代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。石川県金沢市出身。カシミボクシングジム所属。

来歴 編集

金沢市立工業高等学校ボクシングをはじめ、インターハイ国体に出場するなどの活躍をするが、一度は家業を継ぐためプロには進まなかったものの、高校卒業5年後にプロライセンスを取得。

1997年12月6日、プロデビュー戦。松元達也を4R判定で退けフェザー級でデビューを飾る。

2000年12月16日、6勝3敗3引分の戦績で西軍代表として全日本フェザー級新人王を小林秀徳と争うも、6R判定で敗れ新人王獲得ならず。

2004年5月30日、その後9勝1敗1引分で石川県産業展示館にて、OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者ジムレックス・ハカと対戦。ハカが直前軽量で体重超過で王座剥奪されるアクシデントがあったが、7RKOで勝利し王座奪取。北陸地方のジム初のタイトルとなった。

2005年2月20日、防衛一度の後、名古屋国際会議場菅原雅兼を迎え撃つ。2-1の12R判定で敗れ失冠。

2005年10月9日、菅原から王座を奪取したウェタヤ・サクムアンクランに挑戦。12R判定で敗れる。その後2006年7月23日に引退スパーを行い引退。その後は所属したカシミボクシングジムでトレーナーも務める。

プロ戦績 編集

27戦16勝(6KO)7敗4分

日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1997年12月6日 4R 判定3-0 松元達也(浜松堀内)   日本 プロデビュー戦
2 1998年5月10日 4R 判定0-3 田島隆宏(松田)   日本 1998年度中日本スーパーバンタム級新人王予選
3 1998年9月27日 4R 判定0-3 薄井善貴(岐阜ヨコゼキ)   日本
4 1998年11月8日 4R 判定 藤元健二(陽光アダチ)   日本
5 1999年3月20日 4R 判定3-0 中野成俊(天熊丸木)   日本
6 1999年7月18日 2R 負傷引分 伊藤泰久(緑)   日本 1999年度中日本スーパーバンタム級新人王準決勝
7 1999年9月15日 4R 判定1-1 寺島太一(東海)   日本
8 1999年12月12日 4R 判定0-3 若井藤一(京拳)   日本
9 2000年5月14日 4R 判定3-0 佐藤真士(駿河)   日本
10 2000年7月29日 4R KO 長屋洋(岐阜ヨコゼキ)   日本
11 2000年9月16日 6R 判定3-0 大庭宏之(西遠)   日本2000年度中日本フェザー級新人王決勝
12 2000年11月4日 6R 判定3-0 中野智弘(風間)   日本 2000年度全日本フェザー級新人王西軍代表決定戦
13 2000年12月16日 6R 判定1-2 小林秀徳(角海老宝石)   日本 2000年度全日本フェザー級新人王決定戦
14 2001年4月22日 3R KO アピワト・シプルード   タイ
15 2001年6月20日 4R KO ダオジャラスノイ・ピタ   タイ
16 2001年11月29日 8R 判定1-1 栄村繁幸(横浜光)   日本
17 2002年3月24日 10R 判定3-0 ビルゴ・ワロウ   インドネシア
18 2002年7月21日 8R 判定3-0 岡本裕(久留米櫛間)   日本
19 2002年10月14日 3R KO パヤック・ツインズジム   タイ
20 2002年12月1日 1R KO ルツカイ・シスソーエン   タイ
21 2003年4月6日 10R 判定2-0 トニー・ブラウン   オーストラリア
22 2003年7月14日 8R 判定0-3 宮田芳憲(角海老宝石)   日本
23 2003年10月5日 10R 判定3-0 ノラシン・キャットプラサンチャイ   タイ
24 2004年5月30日 7R KO ジムレックス・ハカ   フィリピン OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ
25 2004年10月17日 5R 負傷判定2-1 イム・フンシク   韓国 OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座防衛1
26 2005年2月20日 12R 判定1-2 菅原雅兼(松田)   日本 OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座陥落
27 2005年10月9日 12R 判定0-2 ウェタヤ・サクムアンクラン   タイ OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ
テンプレート

関連項目 編集

外部リンク 編集

前王者
ジムレックス・ハカ
第32代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者

2004年5月30日 - 2005年2月20日

次王者
菅原雅兼