大ミサ曲 ハ短調 K. 427 (417a) は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した未完成のミサ曲。資料によって「ミサ曲ハ短調」や「ハ短調ミサ曲」とも呼ばれる。また一連のミサ曲において17番目に当たることから「ミサ曲 第17番」と表記される場合もある。モーツァルトの宗教音楽では、レクイエムに次いで有名な曲である。

音楽・音声外部リンク
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W.A.MOZART, MASS IN C MINOR, K.427 - Benjamin Niemczyk指揮WESTCHESTER ORATORIO SOCIETYによる演奏。WESTCHESTER ORATORIO SOCIETY公式YouTube。
MOZART:GRAN MISA EN DO MENOR KV427 - János Czifra指揮Orquesta de la Catedral de Salzburgo、Coro de la Catedral de Salzburgo他による演奏。Coro de Cámara Arturo Beruti《演奏参加団体の一つ》の公式YouTube。
La messa en c-mol da Wolfgang Amadeus Mozart - Clau Scherrer指揮Kammerphilharmonie Graubünden、cantus firmus surselva他による演奏。RTR《映像制作者》公式YouTube。
W.A.Mozart - Great Mass in C minor K.427 - アンサンブル・フロットによる演奏。アンサンブル・フロット公式YouTube。

概要 編集

この曲はモーツァルトの作品としては珍しく、注文を受けずに自発的に作曲された。1782年8月4日にモーツァルトはウィーンの聖シュテファン教会でコンスタンツェ・ウェーバーと結婚したが、故郷ザルツブルクにいる父レオポルトの許可を得ないままであった。モーツァルトはこの曲を作ることによって、結婚の誓約が確かなものであることを証明し、妻が技量のあるソプラノ歌手であることをアピールするつもりであったという[1]

全体は未完のまま残されており、「キリエ」、「グローリア」、「サンクトゥス」、「ベネディクトゥス」はすでに完成されている。「クレド」は前半部分が未完の形で残されており、その第1部(クレド・イン・ウーヌム・デウム)は合唱とバスのパートが、続く第2部(エト・インカルナトゥス・エスト)は声楽部と管楽とバスが完成されている。しかしそれに続く「クルシフィクス」は書かれておらず、「アニュス・デイ」に至っては冒頭のみで欠落している。このためモーツァルトの没後になってから補筆が行われることになり、後述する下記のロビンス・ランドン版やバイヤー版などが存在する。

本曲は、確認されている限りモーツァルトが作曲した最後のミサ曲であるが、20世紀後半になって、モーツァルトが1780年代後半に「キリエ」などのミサ曲のスケッチを残していたことが判明し、死後発見されたミサの断章『キリエ ニ短調(K.341)英語版』は最晩年の1791年頃にシュテファン大聖堂宮廷楽長就任を目論んで書いたと考えられている。

作曲と初演 編集

以前までは作曲の時期が不明な点が多くあって判明できていなかったが、近年になって1782年末から1783年にかけて作曲されたものと判明している。1783年1月4日付の父レオポルトに宛てた手紙の中で以下のようにしている。

「良心の問題についてはまったく正しいことなのです。僕がこの手紙でお書きしたのは考えもなしにしたことではありません。僕はそのことを心の中で実際に誓約しており、またそれを果たしたいと願っています。僕がその誓いを立てたとき、妻(コンスタンツェ)はまだ病気でした。(中略)でも僕が実際に誓約したことの証拠になるのはミサ曲の半分ほどの総譜ですが、これは完成を待っているところです」

上記の概要にある通り、頑なに結婚を許可しなかった父や姉に対して何とか軟化させようと目論んで自発的に作曲したことが理由だが、モーツァルトがこのように自発的に作曲するということは非常に珍しいことであった(後の『レクイエム』は貴族からの委嘱で作曲されたものである)。

このような事情で、妻を連れてザルツブルクへ行く際にこの曲を持って行き、故郷の教会に奉献しようと考えて作られたといわれる。しかし一度はその年の11月に行く計画を立てたものの、コンスタンツェの妊娠など種々の事情でザルツブルクへ行けず実現できなかったが、ザルツブルクに帰郷できたのは結婚して翌年(1783年8月)のことであった。だがこの時点ではまだ完全にできておらず、完成していたのは「キリエ」、「グローリア」、「サンクトゥス」、「ベネディクトゥス」の部分のみであった。初演後の10月27日にザルツブルクを発ってウィーンに向かい、再び着手したものの、結局完成させることはなかった。

初演は1783年10月23日に試演された後、26日(多くの資料によっては10月25日、8月26日とある)にザルツブルクの聖ペテロ教会にてモーツァルトの指揮で行われた。この時に妻コンスタンツェはソプラノのパートを担当している。この初演においてモーツァルトは以前作曲したミサ曲の一部を転用して演奏したと考えられている。

編成と構成 編集

 
『大ミサ曲』K.427総譜冒頭

編成 編集

構成 編集

以下の5曲(アニュス・デイを除く)から構成される。現在演奏される版の演奏時間は50分ないし60分ほど。アメリカの音楽学者のロバート・レヴィンの完成版は全曲74分ほど。

第1曲 キリエ(Kyrie 編集

  • 完成。自筆譜が残されている。
  • アンダンテ・マエストーソ、ハ短調、4分の4拍子。ソプラノIの独唱と4部合唱。

第2曲 グローリア(Gloria 編集

  • 完成。自筆譜が残されている。
  • 全体は8つの部分に分けられる。
    • 第1部 天のいと高きところには、神に栄光(Gloria in excelsis Deo
      • アレグロ・ヴィヴァーチェ、ハ長調、4分の4拍子。4部合唱。
    • 第2部 我らは主をほめ(Laudamus te
      • アレグロ・アペルト、ヘ長調、4分の4拍子。ソプラノIIの独唱。
    • 第3部 主の大いなる栄光のゆえに(Gratias agimus tibi
      • アダージョ、変ハ短調 - イ短調、4分の4拍子。5部合唱
    • 第4部 神なる主(Domine Deus
      • アレグロ・モデラート、ニ短調、4分の3拍子。ソプラノI&IIの二重唱。
    • 第5部 世の罪を除きたもう主よ(Qui tollis
      • ラルゴ、ト短調、4分の3拍子。二重合唱。
    • 第6部 主のみ聖なり(Quoniam tu solus
      • アレグロ、ホ短調、4分の3拍子。ソプラノI&II、テノールの三重唱。
    • 第7部 イエス・キリストよ(Jesu Christe
      • アダージョ、ハ長調、4分の3拍子。4部合唱。
    • 第8部 聖霊とともに(Cum Sancto Spiritu
      • アレグロ、ハ長調、2分の2拍子。4部合唱。フーガ形式。

第3曲 クレド(Credo 編集

  • 未完成。後生の研究者によって補筆されたものが演奏される。
  • 2つの部分に分けられる。
    • 第1部 我は信ず、唯一の神(Credo in unum Deum
      • アレグロ・マエストーソ、ハ長調、4分の3拍子。5部合唱。
    • 第2部 聖霊によりて(Et incarnatus est
      • アンダンテ、ヘ長調、8分の6拍子。ソプラノIの独唱。

第4曲 サンクトゥス(Sanctus 編集

  • 完成。パート譜をもとに再構成された。
  • ラルゴ - アレグロ・コモド、ハ長調、4分の4拍子。二重合唱。「ホサンナ」の部分はフーガ形式。

第5曲 ベネディクトゥス(Benedictus 編集

  • 完成。パート譜をもとに再構成された。
  • アレグロ・コモド、イ短調、4分の4拍子。四重唱と二重合唱。同じくホサンナはフーガ形式。

アニュス・デイ(Agnus Dei 編集

  • 未完成。スケッチのみが残っている。通常、演奏されない。

未完成のままの補筆版 編集

この曲にはレクイエム同様に複数の補筆版が作成されているが、一部を補いつつも、あくまで未完成のままにしてあり、この形態で演奏されるのがほとんどである。主なものとして、ロビンス・ランドン版(1956年)、新全集に採用されたエーダー版(1986年)、モーンダー版(1988年)、バイヤー版(1989年)などがある。

補筆による完成版 編集

旧モーツァルト全集に採用されたドレスデン指揮者でもあるシュミット版(1901年)は、レクイエム同様キリエの一部をアニュス・デイに転用し、他の宗教曲の素材も用いて補筆した完成版となっている。

これまでにモーツァルトの協奏交響曲K.297bやレクイエムの補筆を行ってきた音楽学者ピアノ・即興フォルテピアノ奏者のロバート・レヴィンRobert D. Levin)は、マリア&ロバート・A・スカーニック・ファンドの依頼により、未完の部分を全て補った補筆完成版を作成した。このレヴィン版は2005年1月15日に、補筆に協力したヘルムート・リリングの指揮によりカーネギー・ホールで初演した。この補筆完成版には『悔悟するダヴィデ』(後述)やモーツァルトの他のミサ曲などから素材が転用されており、補筆されたのは以下の7曲で、全曲演奏すると76分ほど。

  • Credo: Crucifixus (十字架に磔られ):合唱
  • Credo: Et resurrexit (復活):合唱
  • Credo: Et in Spiritum Sanctum (われは信ず、主なる聖霊):テノール独唱
  • Credo: Et unam sanctam (唯一なるもの聖なるもの):合唱
  • Credo: Et vitam venturi (来世の生命を待ち望む):合唱
  • Agnus Dei (神の子羊):ソプラノ独唱II、合唱
  • Agnus Dei: Dona Nobis Pacem (われらに平安を与え給え):独唱4人、合唱

オラトリオ「悔悟するダヴィデ」 編集

オラトリオ悔悟するダヴィデ』(かいごするダヴィデ, Davide penitente)K.469は、1785年にモーツァルトが大ミサ曲ハ短調を転用して作ったカンタータ3月13日にウィーンのブルク劇場で初演された。ミサ曲のキリエとグローリアにイタリア語の歌詞を付け、2つのアリアを新しく追加している。作詞は『フィガロの結婚』などの台本作者ロレンツォ・ダ・ポンテと思われる。

内容 編集

  •  第一曲:合唱
  •  第二曲:合唱
  •  第四曲:合唱
  •  第五曲:二人のソプラノ二重唱
  •  第六曲:テノールアリア
  •  第七曲:合唱
  •  第八曲:ソプラノ・アリア
  •  第九曲:二人のソプラノとテノールの三重唱
  •  第十曲:合唱

脚注 編集

  1. ^ コンスタンツェに本当に技量があったかどうかについては見解が分かれている。ソルフェッジョ K.393(385b)に見るコンスタンツェの技量ハ短調ミサ曲(大阪モーツァルトアンサンブル)

参考資料 編集

書籍 編集

  • 作曲家名曲解説ライブラリー『モーツァルト』(音楽之友社

関連項目 編集

  • アマデウス (映画)
    • モーツァルトとコンスタンツェの結婚式のシーンでこの曲のキリエが流れる。また、サリエリがモーツァルトの楽譜を取り落とす印象的なシーンで、キリエの中でソプラノのソロが「Christe eleison」を歌う部分が流れる。
  • 抵抗(レジスタンス) - 死刑囚の手記より(ロベール・ブレッソン監督のモノクロ映画)
    • キリエの冒頭部分が何度も用いられている。

外部リンク 編集