大内 安清(おおうち やすきよ、生没不詳)は、南北朝時代武士駿河国西山の領主西山入道とも称される。別名は三郎[1]

生涯 編集

駿河国西山の領主を務めていた安清は、重須本門寺を離山していた日代に協力し、1344年康永3年)に現在の法華宗興門流の大本山である西山本門寺を開基した[2]

また大内安清の後裔が安清の「清」を称していたが、明治時代平民苗字必称義務令の際に大内姓に改姓したとされる[3]

脚注 編集

  1. ^ 『西山殿御返事』~『六郎次郎殿御返事』 高橋俊隆”. 日蓮宗妙覚寺. 2023年8月29日閲覧。
  2. ^ 静岡県・富士宮市・西山本門寺”. 静岡県の観光と歴史的建築物. 2023年8月29日閲覧。
  3. ^ 「清」(せい / きよし / すが / きよ)さんの名字の由来、語源、分布。”. 日本姓氏語源辞典. 2023年8月29日閲覧。