大西洋岸森林(たいせいようがんしんりん、ブラジルポルトガル語: Mata Atlântica マタ・アトランチカ)は、ブラジル大西洋岸の北部から南部にかけて分布する森林の総称である。[1]

黄色の分布域に点在して残る

アマゾンと並ぶ、ブラジルの17の州を跨ぐ世界有数の森林地帯である。大西洋岸森林の地理的分布をみると、北東部では海岸沿いの幅狭い地域に限られているが、ブラジルの南東部から南部にかけてはリオデジャネイロフロリアノーポリスサンパウロなどの都市の郊外およびマンチケーラ山脈ジェラウ山脈ポルトガル語版マール山脈周辺に加え[2]、内陸部まで分布しており、その一部はパラグアイアルゼンチンにまで広がっている。大西洋岸森林は、熱帯雨林熱帯・亜熱帯乾燥広葉樹林英語版、ブラジル南部に分布する針葉樹パラナマツ英語版ナンヨウスギ林英語版(Araucaria Forest)から構成される。なお、大西洋岸森林の範囲を、海岸沿いに分布する熱帯雨林のみに限定して使用する場合もあるが、一般にブラジルの環境保全団体や政府機関、マスメディアの論調では、湿潤林から季節林、パラナマツのナンヨウスギ林の全ての森林を含んだものを指すことが多い。その一方、ポルトガル語セハードとよばれるサバナのほか、マングローブレスチンガポルトガル語版(海浜植物)は、関連した生態系として位置づけられ、通常、大西洋岸森林の範疇には含まれない。なお、半乾燥気候が卓越するブラジル北東部の内陸には、周囲よりも標高が高いために雨量が多く島状に森林が生育するブレジョポルトガル語版(Brejo)と呼ばれる場所があるが、これらブレジョの森林も大西洋岸森林に含まれる。

マタ・アトランチカ(大西洋岸森林)は、もともと人間によって開発が始まる前、アマゾンの森林の約4分の1に相当する1億ヘクタール弱を覆っていたとされている。しかしながら1500年以降に始まるポルトガル人の植民地化を契機に森林は徐々に失われ始め、現在ではもとの7%弱しか残っていない。特に19世紀半ば以降、コーヒー栽培を目的に開拓が進むにつれて、森林は急速に失われていった。加えて、牧草地の造成、道路、ダム、都市建設、不動産開発などのあおりを受け、今日、森林が残っているのは、傾斜地や環境保全地域などに限られている。

面積的に見ればアマゾンの森林に劣るものの、生物多様性に富んでおり、とりわけ、遺伝資源の宝庫としての役割に注目が集まっている。そういった事情を背景に、大西洋岸森林は大西洋岸森林生物圏保護区ポルトガル語版としてユネスコ生物圏保護区に指定されており[2]自然遺産に登録された場所(コスタ・ド・デスコブリメントの大西洋岸森林保護区群大西洋岸森林南東部の保護区群)も存在している。森林にはTabebuia cassinoides英語版ブラジリアン・ローズウッドなどの樹種が生え、ゴールデンライオンタマリンジャガーキバナアホウドリ英語版フラマリオツコツコ英語版クロガオライオンタマリン英語版ズキンミズナギドリ英語版オウギワシアカハシホウカンチョウキタムリキ英語版マスクティティ英語版などの絶滅危惧種およびハシナガアリサザイ英語版ヒムネオオハシが生息している[2][3][4][5][6][7]。周辺の海域にはアオウミガメラプラタカワイルカオサガメタイマイアカウミガメザトウクジラハタ類アナサンゴモドキ科英語版サンゴなどが生息しており、南部沿海のリオ・グランデ・ド・スル州タイム生態系保護拠点ポルトガル語版[3]パラナ州グアラトゥバポルトガル語版[4]グアレケサバ生態系保護拠点ポルトガル語版[8]サン・パウロ州カナネイア=イグアペ=ペルイベ景観保護地域ポルトガル語版[5]、南東部内陸のミナス・ジェライス州ドセ川州立公園ポルトガル語版[6]、ルンド・ワミング地区[7]およびバイーア州の沖合にあるアブロリョス諸島ポルトガル語版にあるアブロリョス国立海洋公園ポルトガル語版など[9]、多くの地点はラムサール条約登録地に指定されている。

脚注 編集

  1. ^ 最近では日本でも、現地のブラジルポルトガル語のカタカナ表記でマタ・アトランチカと書くことが増えてきている。というのは、「大西洋岸」というのは、世界には多数あり、北米の大西洋岸も「大西洋岸」であり、ただ「大西洋岸」と言っただけでは、どこの大西洋岸か、さっぱりわからないからである。あくまでブラジル人がブラジル語(ブラジルポルトガル語)で「大西洋岸」と言うから、ブラジル人にとってもっとも身近なブラジルの大西洋岸なのだ、と聞いている人に分かるからである。日本人やアメリカ人が「大西洋岸」と言っても、いったいどこの大西洋岸なのかさっぱり判らない。北米の大西洋岸だろう、と思うほうがむしろ自然になってしまう。だからあえてブラジル語でマタ・アトランチカと言ったほうがかえって分かりやすいのである。それに、これは一般名詞ではなく、あくまで固有名詞であるから、マタ・アトランチカと言ってしまって良いのである。おそらく一番適切なのは、文献で最初に登場する時だけ マタ・アトランチカ(ブラジルの大西洋岸森林) などと表記し、読者に音と意味の両方を伝え、2回目以降は「マタ・アトランチカ」で通すことである。
  2. ^ a b c Mata Atlântica Biosphere Reserve, Brazil” (英語). UNESCO (2020年7月). 2023年3月24日閲覧。
  3. ^ a b Taim Ecological Station | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年7月10日). 2023年3月29日閲覧。
  4. ^ a b Guaratuba | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年10月27日). 2023年3月29日閲覧。
  5. ^ a b Environmental Protection Area of Cananéia-Iguape-Peruíbe | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年9月11日). 2023年3月29日閲覧。
  6. ^ a b Rio Doce State Park | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2010年3月15日). 2023年3月29日閲覧。
  7. ^ a b Lund Warming | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年7月10日). 2023年3月29日閲覧。
  8. ^ Guaraqueçaba Ecological Station | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年7月10日). 2023年3月29日閲覧。
  9. ^ Abrolhos Marine National Park | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2010年2月2日). 2023年3月29日閲覧。

参考文献 編集

  • 池永啓介(2007)、大西洋岸森林(マタアトランチカ)500年の歴史、坂井正人、鈴木紀、松本栄次編、朝倉世界地理講座―大地と人間の物語ーラテンアメリカ、朝倉書店、324-333. 
  • 斎藤功・松本栄次・矢ケ崎典隆編(1999)、ノルデステ -ブラジル北東部の風土と土地利用-、大明堂

外部リンク 編集