小氷期(しょうひょうき、Little Ice Age, LIA)とは、ほぼ14世紀半ばから19世紀半ばにかけて続いた寒冷な期間のことである。小氷河時代ミニ氷河期ともいう。この気候の寒冷化により、「中世の温暖期」として知られる温和な時代は終止符を打たれた。

世界の平均気温の変化は、小氷期が地球全体で明確に異なる時期ではなく、最近の地球温暖化に先立つ長い気温低下の終わりであったことを示している[1]

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、小氷期を「期間中の気温低下が1℃未満に留まる、北半球における弱冷期」と記述している。なお、氷河学的にはこの間や現在なども含めて氷期の中でも比較的温暖な時期が続く、間氷期にあたる。

北半球 編集

小氷期の間、世界の多くの場所で厳冬がもたらされたが最も詳細な記録が残っているのはヨーロッパ北アメリカである。17世紀半ば、スイス・アルプス氷河は徐々にその版図を低地へと広げ谷筋に広がる農場を飲み込み村全体を押し潰していった。氷河河川を塞き止め、決壊による洪水に襲われた村も多い。テムズ川オランダの運河・河川では一冬の間完全に凍結する光景が頻繁に見られ[2]、人々はスケートや氷上縁日(フロスト・フェアー)に興じている。1780年の冬にはニューヨーク湾が凍結し、マンハッタンからスタッテンアイランドへ歩いて渡ることが可能であった。アイスランドでは海氷が何マイルにもわたって島を取り囲んで長期間に渡って港湾を封鎖し、漁業や交易に打撃を与えた。

この厳冬の到来は、大なり小なり人々の生活に影響を与えている。飢饉が頻繁に発生するようになり(1315年には150万人もの餓死者を記録)、疾病による死者も増加した。アイスランドの人口は半分に減少し、グリーンランドヴァイキング植民地は全滅の憂き目を見た。また、小氷期の影響をこの時代の芸術にも見ることができる。例えば、フランドルの画家ピーター・ブリューゲルの絵の多くは雪に覆われた風景を呈している[2]

日本においても東日本を中心にたびたび飢饉が発生し、これを原因とする農村での一揆の頻発は幕藩体制を揺るがした。

南半球 編集

南極大陸やその周辺で採取されたコアの解析により、南半球でも小氷期の影響がみられることが分かってきた。例えば南緯62度・西経56度の南極半島[3]、南緯82度・西経149度のシプルドーム[4]、南緯66度・東経113度のロウドーム[5]、南緯78度・東経158度のテイラードーム[6]などが挙げられる。単純に温度が下がったというわけではなくシプルドームでは夏季の融氷が増えていて、テイラードームでは「中世の温暖期」より温度が上昇していた[7]。一方ロウドームでは16世紀半ばから18世紀にかけて寒冷化していて、1836年にオーストラリアシドニー西洋人の入植以来唯一の降が観測されているという例もある。

珊瑚の調査から17世紀中ごろに非常に強いエルニーニョ・南方振動現象が数多く生じたことも報告されていて[8]、小氷期との関連が議論されている。

原因 編集

科学者は、海洋/大気/陸地システムの研究を通して小氷期の原因を2つ同定している。それは太陽活動の衰弱と火山活動の活発化である。研究は気候システムの内部不安定性や人類の活動による影響など比較的不確定性の高い作用を基に進められており、黒死病が蔓延した時期におけるヨーロッパの人口減少とその結果生じた農業生産の低下は小氷期を長引かせたと推測する向きもある。

太陽活動 編集

小氷期の中頃の1645年から1715年にかけては太陽黒点が示す太陽活動は極端に低下し、太陽黒点が全く観察されない年も複数年あった。太陽黒点活動が低下したこの期間をマウンダー極小期という。太陽黒点活動の低下と気温の寒冷化を結びつける明確な証拠は提示されていない[2]が、小氷期の中でも最も寒さの厳しかった時期とマウンダー極小期が一致する事実は因果関係の存在を暗示している。この期間における太陽活動の低下を示す他の指標としては、炭素1414C)とベリリウム1010Be)の存在比が挙げられる。

火山活動 編集

小氷期の全体にわたって、世界各地で広範な火山活動が記録されている。火山が噴火した時にその火山灰が大気上層に達し、地球全体を覆うように広がることがある[9]。こののベールが日射をある程度遮り、噴火後2年にわたって全世界の気温を引き下げる。さらに火山ガスの成分であるSO2が噴火の際に大量に放出されるとこのガスが成層圏に達したときに硫酸粒子に変化し、太陽光線を反射して地表に届く日射量をさらに縮小させる。1815年に起きたインドネシアのタンボラ火山の噴火は大気中に大量の火山灰をばら撒き、翌年の1816年は「夏のない年」として記録されている。このときニューイングランド北ヨーロッパでは、6月と7月に降霜と降雪が報告されている。

小氷期の終わり 編集

1850年代が始まると世界の気候は温暖化に転じており、小氷期はこの時点で終了したと述べられている。何人かの科学者[誰?]は地球の気候は未だ小氷期からの回復の途上であり、この状況が人間のもたらした気候変動に関連する諸問題に寄与していると考えている。

小氷期の再来 編集

英国ノーザンブリア大学のジャルコヴァ教授が2015年に発表した研究では、2030年代には太陽活動が60パーセント低下し地球の温度も急激に低下、370年間にわたって極寒の時代が続くという記事が科学雑誌に載った[10]。しかし、教授自身は、小氷期の可能性を否定はしないながらも、自分の研究は気候変動についてのものではないとのべている[11]

脚注 編集

  1. ^ 2019 years”. climate-lab-book.ac.uk (2020年1月30日). 2020年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月2日閲覧。 ("The data show that the modern period is very different to what occurred in the past. The often quoted Medieval Warm Period and Little Ice Age are real phenomena, but small compared to the recent changes.")
  2. ^ a b c 小倉 2016, pp. 274–276.
  3. ^ Khim, B.-K.; Yoon H. I.; Kang C. Y.; Bahk J. J. (November 2002). “Unstable Climate Oscillations during the Late Holocene in the Eastern Bransfield Basin, Antarctic Peninsula”. Quaternary Research 58 (3): 234–245. http://www.ingentaconnect.com/content/ap/qr/2002/00000058/00000003/art02371. 
  4. ^ Ice Core” (英語). National Centers for Environmental Information (NCEI) (2020年10月1日). 2022年8月21日閲覧。
  5. ^ Historical CO2 Records from the Law Dome DE08, DE08-2, and DSS Ice Cores - ウェイバックマシン(2017年8月23日アーカイブ分)
  6. ^ IsoLab”. isolab.ess.washington.edu. 2022年8月21日閲覧。
  7. ^ Broecker, W.S..; Sutherland, S.; Peng, T.-H. (1999). “A possible 20th-Century Slowdown of Southern Ocean Deep Water Formation”. Science 286: 1132–1135. http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/286/5442/1132. 
  8. ^ アーカイブされたコピー”. 2004年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年5月4日閲覧。
  9. ^ 山川修治、「小氷期の自然災害と気候変動」 『地学雑誌』 1993年 102巻 2号 p.183-195, doi:10.5026/jgeography.102.2_183
  10. ^ あと5〜10年で地球は極寒に? 最新の太陽研究が予測|WIRED.jp
  11. ^ There Probably Won't Be A “Mini Ice Age” In 15 Years|IFLSCIENCE

参考文献 編集

  • 『歴史を変えた気候大変動』“The Little Ice Age”:ブライアン・フェイガン(Brian Fagan)、河出書房新社 ISBN 4-309-25154-4
  • 小倉, 義光『一般気象学』(第2版補訂版)東京大学出版会、2016年。ISBN 978-4-13-062725-2 
  • 中川毅『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)』講談社、2017年。ISBN 9784065020043 

関連項目 編集

外部リンク 編集