岸和田市

きしわだし
岸和田市
Kishiwadaj8.jpg
Flag of Kishiwada, Osaka.svg
岸和田市旗
Emblem of Kishiwada, Osaka.svg
岸和田市章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27202-7
面積 72.32km²
総人口 198,615
推計人口、2012年2月1日)
人口密度 2,750人/km²
隣接自治体 大阪府
和泉市泉北郡忠岡町貝塚市
和歌山県
紀の川市伊都郡かつらぎ町
市の木 クス
市の花 バラ
市歌 岸和田市讃歌
岸和田市役所
所在地 596-8510
大阪府岸和田市岸城町7番1号
Kishiwada City Hall.jpg
外部リンク 岸和田市ホームページ

岸和田市位置図(大阪府)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

岸和田市(きしわだし)は、大阪府泉南地域に位置する

岸和田藩城下町を中心に発展してきた人口約20万人の特例市。泉南地域の中心都市でもあり、大阪府の出先機関や企業の支店などが集中している。岸和田だんじり祭で有名。行政の特徴として、永住外国人と国内在住期間が3年を越え満18歳以上で3ヵ月以上市内に住む「定住外国人」に住民投票の投票権(参政権ではない)を認めている。市のキャッチフレーズは「人がいき 地域が輝くまち岸和田」。

地理

岸和田市の総面積は72.24km²である。府南西部に位置し、大阪湾から和泉山脈に至る細長い市域(東西7.6km、南北17.3km)を形成している。

大阪湾に臨む市の中心部は寛永時代(17世紀初め)以降、岸和田藩岡部氏の城下町として栄え、明治時代中期以後は泉州綿織物を主とする紡織工業都市として発展した。1966年(昭和41年)には、臨海部の埋立により工業団地が建設され、以降、木材コンビナートや鉄工団地が造られた。

和泉山脈北麓と台地では溜池灌漑によるのほかタマネギみかん花卉の栽培が盛んである。また、関西国際空港から車で約15分という距離にあり、大阪都心部からは、南海電気鉄道南海本線南海空港線)、JR西日本阪和線関西空港線)、阪神高速道路4号湾岸線)、NEXCO西日本阪和自動車道)が通じているため、交通アクセスは充実している(大阪都心部から約20~35分)。海抜0.0m~865.7m。

人口

2010年(平成22年)国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.93%減の199,172人であり、増減率は府下43市町村中27位、72行政区域中47位。

Demography27202.svg
岸和田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 岸和田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 岸和田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
岸和田市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 162,022人
1975年 174,952人
1980年 180,317人
1985年 185,731人
1990年 188,563人
1995年 194,818人
2000年 200,104人
2005年 201,000人
2010年 199,172人
総務省統計局 / 国勢調査

歴史

沿革

行政

市長

市議会

会派(2007年(平成19年)5月17日現在)

岸和田選出の大阪府議会議員

永野孝男(ながのたかお、[大阪維新の会])

垣見大志朗(かきみだいしろう、公明党)

市章・市歌

市章

1920年(大正9年)に岸和田の紋章として公募したもので、岸和田城が「千亀利城」と呼ばれていたことから「千」の文字を図案化したもの、岸和田の「岸」または「キ」の図案化あるいは、欄干橋の「干」からとったものといわれている1922年(大正11年)の市制施行の際に正式に市章として制定された。

市歌

1972年(昭和47年)に、市制施行50周年を記念して市歌が制定された。「岸和田市讃歌」と題し、歌詞については、市民から募集した。なお、歌詞の補作として、作詞家星野哲郎が関わっている[1]

経済

産業

大阪鉄工金属団地
岸和田市臨海町

地元の中小企業による、繊維機械工業が盛んである。もともと近郊で栽培されていた綿花を利用した綿織物産業が中心であったが、綿花の栽培そのものがなくなったことと、海外製品に押される形で、かつて数多く立地していた工場の大半が姿を消した。また、臨海町にある大阪鉄工金属団地は、1966年(昭和41年)に立地が開始された、国内でも古株の大規模鉄工団地として知られている。このほか、地場産業としてはガラスレンズ産業が有名であり、特に顕微鏡カバーガラスは、一時期日本国内シェアの90%以上を独占していた。

また、概ね国道26号以東では典型的な近郊農業が行われている。野菜をはじめとする農産物は各地に出荷されており、包近町は府内最大の桃の産地である。なお、近年まではタマネギの大産地としても有名であり、畑のあちこちに立つタマネギ小屋が象徴的なランドスケープであったが、様々な事情で廃業した農家もあり、また、住宅地開発が急速に進んだため、最近では見かけることはまれである。

岸和田市内のこうした厳しい経済雇用情勢もあってか、近年、仕事を求めて隣接する和泉市にある工業団地テクノステージ和泉」を訪れる市民も多く見られる。
なお、岸和田市では、かつてのように市の産業を再び活性化させるため、現在、企業誘致を積極的に進めているという。

漁港

岸和田漁港で水揚げされた海産物は、近郊のスーパーでも販売されている。

岸和田市で事業を営む主な企業

岸和田市に本社を置く主な企業

岸和田市に拠点・事業所を置く主な企業

かつて岸和田市に本社を置いていた企業

友好交流都市、姉妹都市

日本国内

海外

交通

鉄道

中心となる駅

JR西日本

南海電気鉄道

※東ケ丘町など一部の地域では、大阪方面への通勤・通学の足として、主に、隣接する和泉市いぶき野にある泉北高速鉄道和泉中央駅」を利用している。

南海ウイングバス南部
写真のバスは、岸和田駅と隣接する和泉市にある和泉中央駅泉北高速鉄道)を結ぶバスである。

バス

路線バス

深夜急行バス

中百舌鳥駅から泉北ニュータウン・和泉府中経由で岸和田駅までを結んでいる。

道路

高速道路

※ 注意:「岸和田和泉インターチェンジ」の所在地は、和泉市唐国町である。

都市高速

一般国道

一般府道

岸和田市道

港湾

教育

大学サテライトキャンパス

特別支援学校

高等学校

高等専修学校

中学校


小学校


学校教育以外の施設

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

岸和田だんじり祭

岸和田だんじり祭
1703年元禄16年)から毎年行われている伝統行事。

1703年(元禄16年)、時の岸和田藩主岡部長泰が、京都伏見稲荷大社を岸和田城内三の丸に勧請し、五穀豊穣を祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられ、約300年の歴史と伝統を誇る。曳き手が走り、速度に乗っただんじりを方向転換させる「やりまわし」を見所として、多くの観光客を集める。幾つかの神社の祭りの総称で、基本的には地元の神社でその年の五穀豊穣を祝う祭り。全国的にも知名度が高く、日本を代表する祭りの一つである。毎年二日間で約60万人もの観光客が訪れる。岸和田市民(特に岸和田旧市地区)はだんじりのために生きている、といわれるほど祭り好きであり、全国の著名な祭が資金や人手不足で観光不振におちいっているなか岸和田だんじり祭だけは今もその勢力を拡大している。

なお、祭典の模様については、市内のケーブルテレビ局であるテレビ岸和田(上記参照)が制作する番組として、毎年放映されている。

その他の名所・旧跡・観光スポット

公共施設

国関連

国税庁 大阪国税局 岸和田税務署]
岸和田市土生町

大阪府関連

大阪府警察 岸和田警察署
岸和田市作才町1057

岸和田市関連

文化・観光施設・ホール等

防災

医療関係

市立岸和田市民病院
岸和田市額原町1001

岸和田市出身の有名人

岸和田市に所縁のある人物

岸和田市を舞台とした作品

脚注

  1. ^ 公式ホームページでは、『岸和田女声合唱団 キャッスルフレンズ』による合唱]を楽しむ事ができる

関連項目

外部リンク

行政
観光