恐怖の橋』(きょうふのはし、原題:: The Horror from the Bridge)は、イギリスのホラー小説家ラムジー・キャンベル1964年に発表した短編小説。クトゥルフ神話の1つ。クトゥルフ神話「第二世代」作家であるキャンベルの作品で、1964年にアーカムハウスから短編集『The Inhabitant of the Lake and Less Welcome Tenants』に収録されて発表された。キャンベル作品の邦訳は限られており、本短編は2012年にようやく日本で翻訳された。

翻訳者の尾之上浩司は当作品の前置きにて「ラムジー・キャンベルがそれとなくラヴクラフトの文体や構成を意識して書いている、力作長編である。クトゥルフ神話の材料を縦横無尽に使い、ブリチェスターの街を見舞った大規模な災いを見事に描ききっているので、お楽しみあれ!」と述べている[1]東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて「キャンベル版『ダニッチの怪』というべき力作中編」[2]と解説している。

舞台はブリチェスター近隣、セヴァーン河の支流、地図に載っていないクロットンの村。本作で言及されたブリチェスター大学は、キャンベル版のミスカトニック大学のような位置づけとされた。キャンベル流に、四大エレメントと星辰に着目した作品でもある。

あらすじ 編集

ジェームズ・フィップス、1800年〜 編集

1800年にクロットンに引っ越してきたジェームズ・フィップスは、リヴァーサイド・アレイの川べりの家に住みつく。ジェームズは、クロットンの土地の怪物譚に興味を持っていた。1805年、ジェームズはテンプヒル出身の女性と結婚し、翌1806年に息子ライオネルが生まれる。

1923年、一家が何かを掘っている様子が目撃される。続いて1825年、近隣の刑務所で脱獄事件が発生し、ブリチェスター警察の捜索隊が、クロットンにやって来る。結局逃亡犯は別に捕まったのだが、警官の一人がフィップス家を不審に思い、宅内に強引に踏み込む。地下室に降りてドアを開けると、なんと水脈に繋がっており、警官は水に呑まれて流される。仲間に発見されたとき、彼は水と粘液にずぶ濡れになって意識を失っており、目覚めた後に「怪物のような物を見た」と証言する。

ライオネル・フィップス、1898年〜 編集

ジェームズは、クロットンに引っ越してきてからおよそ100年後の1898年に死去する。だが、ストーンサークルの丘では、死んだはずの彼の目撃証言が相次ぐ。ライオネルは、父の残した星図を家の中から見つけることができず、母親が盗んで隠したと疑う。母親は、旧支配者を解放することに反対しつつ、ジェームズの研究は自分にはとても手に負えないから何も知らないと言い訳する。口論を盗み聞いた隣人は、内容を理解はできなかったが、ライオネルと母親が対立したことを知る。結局星図は見つからず、ライオネルは文献を閲覧するために大英博物館に出かけ、「エイボンの書」の星図を書き写して持ち帰る。帰宅後、最後の親子喧嘩が勃発し、母親は家を出る。翌朝、彼女の向かった先の道路で女性の骸骨が発見される。

ライオネルが橋を訪れる回数が増える中、奇妙な事件が多発するようになる。ライオネルは召喚実験を行うが、呪文が不完全であることを理解し、1900年に再び大英博物館を訪れ「ネクロノミコン」を読む。司書のチェスタートンは、ライオネルの行動を不審に思い、リヴァーサイド・アレイで多発している不気味な出来事について調べ始める。そしてライオネルが邪悪な妖術師であることを勘付き、彼の陰謀をくじくために行動を始める。1901年、チェスタートンは大英博物館を辞め、引っ越してブリチェスター大学の司書となる。するとチェスタートン宅にライオネルが訪ねてくるようになり、チェスタートンは相槌を打ちつつ引き出した情報から対策を練る。

それから約30年、表向き大騒ぎになるような事件は起こらなかったものの、陰でブリチェスター大学のスタッフは幾つもの超常現象の対処にあたり異界の恐怖を味わっていた。特に1928年は怪現象が多発した年であり[注 1]、チェスタートンは、星辰が特定の位置に達する時期が近いことに危機感を覚える。そしてある日、チェスタートンはフィップス家から、ネクロノミコンに掲載されている怪物に酷似したスケッチを手に入れる。彼は対抗手段を講じ、ネクロノミコンの呪文をつぎはぎすることで、ライオネルを葬り邪神を再封印するための新たな呪文を作ろうとする。

1931年の事件 編集

1931年9月2日の夜、3つの出来事が同時に起こる。ライオネルは橋に立ち、地平線から上り始めたフォーマルハウトを見つめながら呪文を唱える。そこへたまたま射撃訓練帰りの若者3人が橋を渡ろうと通りかかる。チェスタートンは離れた場所から阻止の呪文を唱える。3要素が合わさった状況で、橋の封印が解かれ、異形の怪物2匹が現れる。召喚に成功したライオネルは力に溺れ、怪物に若者達を殺すよう命じるが、若者達は持っていたライフルで怪物を攻撃する。怪物はチェスタートンの呪文によって弱体化していたため、銃弾を浴びて倒れる。ライオネルは逆上して若者に飛び掛かろうとするも、彼もまた銃撃を浴び、腐肉と骸骨に変わり崩壊する。さらにチェスタートンの呪文の効果により、橋の封印が再び発動するが、怪物を取り逃がす。

騒ぎを聞きつけた群衆が橋へと押しかけ、チェスタートンも現場に到着する。若者達がチェスタートンに事情を説明する中、倒したと思っていた怪物が起き上がり、若者1人が巻き込まれて死ぬ。チェスタートンは別の若者のライフルを借りて怪物の急所を狙い撃ち射殺する。もう1匹の怪物は屋根の上で姿を隠し、目撃した住人達はパニックに陥り闇雲に散る。若者2人は、殺された友人の仇を取りたいと、チェスタートンに協力を申し出る。

翌朝、チェスタートンと2人の若者はもう1匹の怪物をしとめ、怪物の死体をコンクリートで固め、表面に封印の模様を施す。その後、フィップス家は解体されるが、クロットンの住人は今でも川の近くに住もうとしない。

主な登場人物 編集

クロットンの人物 編集

わたし
語り手。全ての事件が終わった後に、クロットンに移住してきた人物ということ以外は詳細不明。チェスタートンの手記を入手し、公開する。
フィリップ・チェスタートン
大英博物館の司書で、のちにブリチェスター大学の司書となる。ライオネル・フィップスの陰謀を阻止すべく奮闘する。
事件の全容をまとめて手記を公刊する準備を進めていたが、死去により中断し、<わたし>が引き継ぐ。
メアリー・アレン
1898年時点での隣家の家主。フィップス家の様子を証言する。
若者3人
工務店に勤務する。1931年9月2日の夜、射撃訓練の帰りに橋を訪れ、ライオネルと怪物に遭遇する。

川の家 編集

ジェームズ・フィップス
1800年にクロットンに移住してきた科学者。1805年に素性のわからない女性と結婚し、息子ライオネルをもうける。移住から100年近く後の1898年に死去。
旧支配者を崇拝し、彼らに再び地球を支配させるための祭司を務めていた。
フィップス妻
誰も名前を知らない。テンプヒルの、悪魔崇拝団体の出身らしいことがほのめかされる。とうに死人であり、ジェームズの処置で生き永らえていた。
ライオネル・フィップス
1806年生まれ。父親の知識を継承するが、足りず、大英博物館を訪れて禁断の文献にあたる。両親同様に、何らかの手段で長命を維持していたようである。
1900年ごろに恒星フォーマルハウトヒアデス星団が直列になり、そこからさらに30年待つというタイムスケールで活動する。1931年9月2日に行動を起こし、橋の怪物の封印を解く。
地下室の門から旧支配者を召喚したら自分も巻き込まれて死んでしまうという事情から、本命の旧支配者を呼び出すまでには至っていたない。まず下級の怪物の封印を解いて、増殖させて地球を覆いつくし、旧支配者が再臨する下地を築こうとする。
怪物
旧神によって川の橋に封印されていた2匹の水棲生物。単為生殖で繁殖する。半ゼラチン状の肉体で攻撃を無効化するが、脳を壊されると即死する。
TRPG資料『マレウス・モンストロルム』では「淵みに棲むもの」と命名され、「上位の奉仕種族」にカテゴリされている。水エレメントの旧支配者に奉仕すること、おそらく深きものどもの血筋だがより巨体で強力であること、などが説明されている。[3]

収録 編集

  • 『古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待』扶桑社尾之上浩司
  • 『グラーキの黙示 1』サウザンブックス社、尾之上浩司訳(邦題『橋の恐怖』)

関連作品 編集

関連項目 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 作中で具体的な説明はない。クトゥルフ神話年表において、1928年のアメリカでは怪事件が多発しており、ラヴクラフト作品をはじめ幾つもの作品が1928年を作中時としている。

出典 編集

  1. ^ 扶桑社『クトゥルフ神話への招待 遊星からの物体X』224ページ。
  2. ^ 学習研究社『クトゥルー神話事典第四版』423ページ。
  3. ^ 新紀元社『マレウス・モンストロルム』100ページ。