齋藤 高行(さいとう たかゆき、1819年12月9日文政2年10月22日) - 1894年明治27年)6月12日)は、幕末明治期の報徳運動家相馬中村藩士。通称は久米之助または粂之助(くめのすけ)。二宮尊徳四大門人の一人。号は大原山人(だいげんさんじん)。

略歴 編集

  • 1819年12月9日(文政2年10月22日) - 陸奥国相馬中村藩士である斎藤完高の長男として誕生。
  • 1840年(天保11年) - 江戸に移って、留守書役をしはじめる。この頃に従兄である富田高慶を通じ二宮尊徳を紹介される。
  • 1845年(弘化2年) - 入門。相馬仕法後半を富田に代わり指導。
  • 1894年(明治27年)6月 - 相馬郡中村にて死去。享年76。

著書 編集

  • 『報徳外記』(1854年)
  • 『二宮先生語録』(1905年、報徳學図書館)

出典 編集