ジュニアJunior)は日産自動車が過去に製造販売していたピックアップトラックである。2022年の現在でも140型がイラン国内において製造が継続されている。ダットサントラックと大型トラックの間を埋める車種として登場した。

初代 B40/B140型(1956年-1962年) 編集

日産・ジュニア(初代)
B40/B140型
 
1956年式 ジュニアB40型
概要
販売期間 1956 - 1962年
ボディ
エンジン位置 フロント
駆動方式 後輪駆動
パワートレイン
エンジン 1H型 1,489cc 直列4気筒 OHV
G型 1,488cc 直列4気筒 OHV
最高出力 1H:50→57PS
G:71PS
変速機 4速MT
車両寸法
ホイールベース 2,500mm (B40)
2,610 mm (B140)
全長 4,290mm
全幅 1,675mm
全高 1,820mm
車両重量 1,475kg
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B40 (1956年–1960年) 編集

B40型は、1956年10月に1.75トンの荷物と3人の乗員を運ぶことができる中型トラックとして発売された。キャブオーバーほどスペース効率は良くないが、ボンネットのレイアウトは非常に良い乗り心地を提供した[1]

初代ジュニアには、パネルバン(VB40)、ガラス張りバン(VSB42)、タンクローリーバキュームカー(EGB42)、消防車(FB42)[2]など、さまざまな特別仕様も用意された。なお消防車については、パトロールの消防車仕様と同じくPF型エンジンが搭載された[2]

  • 1956年10月 登場。オースチンA50ケンブリッジ1H型1500ccエンジンを搭載する。当初の最高出力は50 PS (37 kW) / 4,400 rpmで、最高速度90 km/h (56 mph)を発揮するのに十分だった[3]
  • 1957年12月、キャブオーバー版のジュニア・キャブオールが登場。型式番号はC40である。
  • 1958年8月 マイナーチェンジ。エンジン改良で最高出力は57 PS (42 kW)に変化し、型式番号はB42型になり1.25トン積のNB42型が追加される(B41型の登録は省略された)[4]。同時に、ジュニア・キャブオールも同じ変更を受け、C42となった[5]

B140 (1960年–1962年) 編集

1960年にB140型にマイナーチェンジすると[2]、グリルのデザインが変更され、ホイールベースが2,610 mmとやや延長されたものの、マイナーチェンジ前の外観を維持しながら新型のG型エンジンを搭載した。セドリックと共通の新型エンジンは、排気量は旧型とほぼ同じ1,488ccだが、最高出力は71PS(52kW)/5,000rpmを発生し、最高速度は95 km/h (59 mph)であった[4]。その後まもなく、キャブオールから名前の「ジュニア」の部分は完全に削除された。また、B140(B)と呼ばれる1.25トン版もあった。通常の1.75トン版はB140(A)と呼ばれた。

2代目 40型(1962年-1970年) 編集

日産・ジュニア(2代目)
40型
 
1965年式ジュニア 消防車仕様
概要
販売期間 1962 - 1970年
ボディ
乗車定員 3名
エンジン位置 フロント
駆動方式 後輪駆動
パワートレイン
エンジン ガソリン:
G型 1,488cc 直列4気筒 OHV
H型 1,883cc 直列4気筒 OHV
H20型 1,982cc 直列4気筒
ディーゼル:
2,164cc SD22 直列4気筒
最高出力 G
71PS(日本仕様)
78 PS(輸出仕様)[6]
H
85PS(日本仕様)
93 PS(輸出仕様)[6]
変速機 4速MT
サスペンション
ダブルウィッシュボーン式
リーフ式
車両寸法
ホイールベース 2,800mm
全長 4,660mm
全幅 1,695mm
全高 1,730mm
車両重量 1,500kg
その他
ブレーキ ドラムブレーキ
データベース ジュニア(2トン積み40型)
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40型 (1962年-1966年) 編集

  • 1962年1月 フルモデルチェンジ。丸型4灯ヘッドランプを採用した。1.9L H型エンジンを搭載した2トン積の40型と、1.5L G型エンジンを搭載した1.5トン積のN40型の2種類。2トン積の40型には「1900」のバッジが付いていた[6]
  • 1962年7月、消防車(F40型)がラインナップに追加。ボンネットとフロントガラスだけのものは40E、シャシー付きキャブは40A、ドロップサイドピックアップ版は40Hと呼ばれた。
  • 1964年2月 ディーゼル車のQ40型追加。このQ40型は2.2L SD22型エンジンを搭載した。唯一の外観上の違いは、フェンダーに小さな「ディーゼル」バッジがある[6]

140型 (1966年-1970年) 編集

  • 1965年10月 マイナーチェンジ。41型/N41型/Q41型へ変更。41型のエンジンはそれまでの1.9L H型に代わり、2.0L H20型に変更され[7]、最高速度は120 km/h (75 mph)に達した[8]。バッジは新たに、「1900」ではなく「2000」と表記されたものに変更された。

3代目 140型(1970年- ) 編集

日産・ジュニア
140/141型
 
日産・ジュニア(140型)
概要
製造国   日本(日産自動車)
販売期間 1970 - 1982年(日産)
ボディ
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドアピックアップトラック
エンジン位置 フロント
駆動方式 後輪駆動
パワートレイン
エンジン ガソリン:
1,567cc J16 直列4気筒
1,982cc H20 直列4気筒[9]
ディーゼル:
2,164cc SD22 直列4気筒
最高出力 J16
60kW(82PS)/5,400rpm
H20
68kW(92PS)/4,800rpm[9]
SD22
45kW(62PS)/4,000rpm
最大トルク H20
157N・m(16.0kgm)/3,200rpm[9]
SD22
237 N・m(24.2kgm)
変速機 4速MT
サスペンション
ダブルウィッシュボーン式[9]
縦置リーフ式[9]
車両寸法
ホイールベース 2,865mm[9]
全長 4,690mm[9]
全幅 1,690mm[9]
全高 1,720mm[9]
車両重量 1,455kg[9]
最大積載量 2,100kg(発表値)
その他
ブレーキ ドラムブレーキ[9]
トレッド 前:1,405mm[9]
後:1,400mm[9]
系譜
後継 日産・アトラス(実質)
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  • 1970年10月、フルモデルチェンジ。このモデルでプリンス店扱いのマイラーを統合[9]。ダッシュボードは乗用車に似せてデザインされた。また、フロント部分のデザインはポンティアック・GTOに似ている。シングルキャブまたはダブルキャブがラインナップされた。当初ジュニアには3つのエンジンがラインナップされていたが、日本国内ではガソリン車(H20OHVエンジン搭載車)のみとなり、もう一つのガソリン車(J16型OHVエンジン搭載車)とディーゼル車は輸出専用となる。しかし市場での成功が芳しくなかったため、ジュニアは早くも1970年代半ばに輸出市場から徐々に撤退した。中東地域では比較的よく売れていたため,イラクでの生産を続けた。
  • 1979年、昭和54年排出ガス規制適合。型式を141型に変更[9]純正ホイールはそれまでの15インチではなく16インチに変更され、ホイールベースは6cm縮小した[10]
  • 1983年、キャブオーバートラックの販売が増加した影響で、ボンネットトラックであるジュニアの日本国内での製造及び販売を中止した。

ザミャド・Z24 編集

ザミャド・Z24
2021年モデルのスペック[11]
 
ザミャド・Z24
概要
製造国   イラク(ザミャド/サーイパー)
販売期間 1970 - 1982年(日産自動車)
1970年 - (ザミャド/サーイパー)
ボディ
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドアピックアップトラック
エンジン位置 フロント
駆動方式 後輪駆動
パワートレイン
エンジン ガソリン:
2,389cc Z24 直列4気筒
バイフューエル
2,389cc Z24i 直列4気筒
ディーゼル:
2,771cc CA4D28C4-1 直列4気筒
最高出力 Z24、Z24i(ガソリン
71 kW (97 PS)/4,500rpm
Z24i(CNG
59 kW (80 PS)/4,500rpm
CA4D28C4-1
45kW(62ps)/4,000rpm
最大トルク Z24、Z24i(ガソリン)
175 N⋅m (18 kg⋅m)/2,500rpm
Z24i(CNG)
160 N⋅m (16 kg⋅m)/2,000rpm
CA4D28C4-1
225 N⋅m (23 kg⋅m)/1,600 - 2,600rpm
変速機 5速MT (F4W81A)
サスペンション
ダブルウィッシュボーン式
縦置リーフ式
車両寸法
ホイールベース 2,865mm
全長 4,690mm
全幅 1,660mm
全高 1,650mm
車両重量 1,510kg - 1,850kg
最大積載量 2,100kg(発表値)
その他
ブレーキ 前:ディスクブレーキ
後:ドラムブレーキ
トレッド 前:1,405mm
後:1,400mm
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  • 1970年、イラクでのノックダウン生産が始まった。このとき中東向けに、サーイパー・Z24という名前が与えられた。
  • 1983年、イランのサーイパーと日産が提携[12]。この時期に日本での生産が終了したのに伴い、ザミャドがジュニアの生産設備を買収し、イラクでの生産がそのまま続いた。
  • 1986年、生産ラインはサーイパーに移り[12]ダットサントラックのZ24型エンジンが搭載された[13]
  • 1998年、生産をザミャドに移管する[12]。ザミャドは日産が製造していたZ型エンジンの「Z24i」[14]と2.8リッターディーゼルエンジンを引き続き使用していた。ザミャドは、Z24と同じピックアップトラックの「Shooka」も生産している[15]
  • 2003年、名前がザミャド・Z24に変更され、ザミャドブランドの車として販売されるようになった。
  • 2006年後半に、燃料供給装置を1998年から続いたキャブレターから、インジェクターによるものに変更された。
  • 2008年、ザミャドはいすゞの4JB1のターボ付きエンジンをベースに製造された、FAW製ディーゼルエンジンの使用を開始した。
  • 2015年、変速機が従来の4速MTから5速MTに変更された。なお、変速機の型式番号は変更されていない。また公式サイトに関しては、2014年5月時点ではなかったディーゼルエンジン搭載車が、2015年9月には復活している[16]

尚、2023年現在もライセンス生産が継続している。

イラクからの輸出

サーイパーはZ24の右ハンドル仕様車を、パキスタンケニアに輸出した。その高い積載量やメンテナンスの容易さ、安価なスペアパーツ、現地のニーズに適切なトラック用タイヤとシャーシの採用により、この車は輸出先の他の競合するピックアップとの区別を図っている[17]

ジュニア マイクロバス(1959年- ) 編集

  • 派生車種として、関連会社の民生ディーゼル製のマイクロバスが販売されていた。 
  • このモデルでは、東都日産民生自動車等の民生系の販売会社で取り扱われていた[18]ディーゼル車のみとなり、右ハンドル専用の為国内専売となる。

参考文献 編集

  1. ^ Kurumamaniacs (2009年8月26日). “旧車・日産・ジュニア(40型)”. 旧車カタログコレクション. 2024年3月10日閲覧。
  2. ^ a b c ニッサン ジュニア 消防車”. 日産ヘリテージコレクション. 2024年3月7日閲覧。
  3. ^ 小関和夫『日本のトラック・バス 1918~1972』三樹書房、2007年、98頁。ISBN 978-4-89522-494-9 
  4. ^ a b 小関(2007), p. 99
  5. ^ 小関(2007), p. 103
  6. ^ a b c d Bent, Alan. “1962 Nissan Junior 40 Truck”. Earlydatsun.com. 2011年2月10日閲覧。
  7. ^ Bent, Alan. “1966 Nissan Junior 41 Truck”. Earlydatsun.com. 2011年2月10日閲覧。
  8. ^ 小関(2007), p. 112
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o ジュニア 2000”. 2024年3月6日閲覧。
  10. ^ 「Nissan Junior」『自動車ガイドブック』第25巻、日本自動車工業会、日本、1978年10月10日、220頁、0053-780025-3400。 
  11. ^ Z24 Pickup” (英語). Zamyad. 2021年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月6日閲覧。
  12. ^ a b c inQue (2013年1月12日). “Zamyad Z24のこと”. みんカラ. 2024年3月6日閲覧。
  13. ^ Nissan Fact File 2002/2003, Nissan, (2003), pp. 14–15, http://www.nissan-global.com/EN/DOCUMENT/PDF/FF/2002/ff2002_09.pdf 
  14. ^ World of Cars 2006·2007. Warsaw, Poland: Media Connection Sp. z o.o.. (2006). p. 157 
  15. ^ Products: Shooka
  16. ^ Z24 Pickup” (英語). Zamyad. 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月6日閲覧。
  17. ^ وانت نیسان در تدارک حضور در قاره آفریقا [日産のピックアップトラックは、アフリカ大陸でのプレゼンスに向けて準備を進めている]” (ペルシア語). خبرگزاری جمهوری اسلامی [イスラム共和国通信社] (2023年10月17日(イラン暦:1402年7月25日)). 2024年3月6日閲覧。
  18. ^ 日産ジュニア マイクロバスの謎”. 403 forbidden. 2024年3月10日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集