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未接触部族(みせっしょくぶぞく、英語: Uncontacted peoples)[1]、あるいは非接触部族[2](ひせっしょくぶぞく)とは、近隣のコミュニティや様々な国民国家の世界共同体 (ワールドコミュニティー[3])との継続的な接触を持たずに暮らす、または、自主的に孤立している先住民の集団のことである[4]。自らの選択または周囲の状況によって、ファーストコンタクトや、より巨大な文明(特に現代文明)との、生活に大きな影響を与える接触を行っていない部族のことである。

2012年にアクレ州ブラジル)で空撮されたアマゾン熱帯雨林に居住する未接触部族。

世界の一体化により、その数は21世紀を迎えるまでに極めて少数となっている。国連米州人権委員会非営利団体サバイバル・インターナショナルは、非接触部族の数は、100〜200部族ほどで、部族民の全人口は、最大10,000人と推定している[5][6][7]

概説 編集

先住民の保護活動を行うNGO「サバイバル・インターナショナル[8]」によると、2013年時点で全世界には未接触部族が100以上あると推定されている[6]

未接触部族が居住する地域は、いずれも国民国家領土となっている。非接触部族問題に対して、2009年に国連人権理事会[9]、2013 年に米州人権委員会が、自己隔離を選択する先住民の権利を含むガイドラインを導入した[10][11][12]

国連が定義する「先住民の権利」(2007年)には「孤立したまま暮らす権利」も含まれており[13]、未接触部族が望まない接触は彼らの自己決定権を侵害するものであると先住権英語版問題の活動家は主張している[14]

未接触部族は、飛行機の頭上通過を含めて何らかの形で外部との接触を持っており、「サバイバル・インターナショナル」の職員は彼らが外部者の存在を十分に認識していると述べている。その上で未接触部族が外部者との接触を拒否する理由として、人類学者は過去の歴史によって部族が外部に対する恐怖を持っているからだと考えている。アメリカ大陸インディアンのように、孤立した部族はしばしば外部から殺害ないし奴隷化され、外部者を恐れることを学んだ部族はそのメッセージを口頭で伝承してきたのである[14]

孤立した部族に対する攻撃は21世紀に入っても確認されており、南アメリカ大陸では違法な森林伐採や石油・ガスの採掘で非接触部族が生活地を失ったり、外部者による虐殺行為が発覚したりしている[14]。一方で接触を試みる外部者に対し積極的な反撃を行う非接触部族もおり、侵略者とみなした外部者を弓矢で攻撃して死傷させた事例[15]や、未接触部族の調査のために居住地の上空を飛行した飛行機に矢を放った事例[16]もある。

一方で、未接触部族の側から外部へ接触してくるケースも報告されている。未接触部族は「謎に満ちた部族」と扱われることもあるが、言葉が似通った部族が仲介することでコミュニケーションを取ることができる部族もおり、ペルーマシコ・ピロ族のように研究が進んでいる部族もある[2]。ただし、未接触部族は感染に対する免疫力が不足している可能性があり、未接触部族にとって文明側との接触は病気の伝染によって大幅に構成員を減少させるリスクがある[5][17]。実際、非接触部族の見学を目的とした観光客が病原体を持ち込んだため、マシコ・ピロ族で病気が蔓延する問題が生じている[18]

定義 編集

未接触民族は、近代的な国民国家や政府からほぼ独立して、伝統的なライフスタイルを、現在に至るまで維持している先住民を指す。 近代のヨーロッパの探検と植民地化により、世界中のほとんどの先住民は、植民地の開拓者や探検家をはじめ、他の民族と何らかの形で接触を持ってきた。 したがって、「未接触」とは、現時点で非先住民との継続的な接触が欠如していることを意味する[19]

近年では、これらの先住民が、遭遇、短い会話、道具の盗難など、偶発的な接触を通して、部族外部との関係を維持していることも明らかになってきており、「未接触」という概念は説得力を失っており、「孤立した先住民 (pueblos indígenas aislados)」と呼ばれるようになっている[20]

米州人権委員会は、未接触民族を、同族以外の者との接触を一般的に拒否し、「自主的に孤立している先住民」と定義する。これには、非先住民と接触したこともあったが、孤立状態に戻ることを選択したグループも含まれる[10]。そのため、未接触部族は自然状態に住んでいるのではなく、現代の同時代人として理解されている[21]

2009年の国連報告書では、主流社会と定期的にコミュニケーションを取り、統合され始めている人々を、イニシャルコンタクトピープル(初期接触部族)と分類する[9]

世界自然保護基金(WWF)は、「自主的に孤立した先住民」と呼ぶことを強調したうえで、非接触部族、またはヒドゥンピープル(hidden peoples 隠れた人々 )とも呼んでいる[4]

未接触部族を「失われた部族」と認定する捉え方には、植民地主義思想、孤立したキリスト教王国のプレスター・ジョン伝説[22][23]イスラエルの失われた10支族伝説からの歴史的な影響があるとも指摘されている[12]

部族の居住分布 編集

 
未接触部族が居住する地域。出典はウィキメディアコモンズの該当ページに記載された「Summary」欄を参照のこと。

先住民の保護活動を行うNGO「サバイバル・インターナショナル」[8]によると、2013年時点で未接触部族が確実に居住している地域は、アマゾン熱帯雨林を中心とする南アメリカ大陸イリアンジャヤニューギニア島インドネシア統治地域)、及びアンダマン諸島の3か所である。マレー半島中部アフリカにも居住している可能性があるが、確認が取れていない[6]

国別にみると、ブラジルは未接触部族の存在が最も多く確認されている国で、ブラジル政府とナショナル ジオグラフィックは、ブラジル北部に77から84の部族が住んでいると推定している[24]Korubo, himerima, massaco, zo'e, pipiticua, awá, caru, araribóia, kampa, menkragnoti, machineri, jaminawa, maku-nadeb, akurio, jandiatuba, piriuititi, jamamadi, kayapó puró, tupi, waiapiianeana などがブラジルの孤立した先住民である[20]

ペルーにはおよそ15の部族が存在し、インドネシアには数十、ブラジル・ペルー以外の南米諸国に少数、インドには2つの部族がいると考えられている[6]

ペルーの孤立した先住民は、20から30であり、エクアドル、ブラジル、コロンビアと国境を接するアマゾン地域にyine, yora, pano,cashibo-cacatiabo, matsiguenga, yora y ashaninka, sharanahua, yaminahua, chiltonahua, cuñarejo, mashcopiro-iñapari, kugapakori, nahua, murunahua, iconahuaa などが居住している[20]

エクアドルにはワオラニと類縁関係をもつ孤立した先住民としてtagaeritaromenaneが居住している[20]

ボリビアでは、taromona, nahua, mbya-yuki, ayoreo pacahuara の5つのグループに属する孤立した親族グループの数は、20に及ぶ可能性がある[20]

コロンビアプレ川流域にyuri またはcaraballo という孤立した先住民の存在が認められている[20]

パラグアイではボリビアとの国境地帯を移動生活している ayoreo に属するいくつかのグループが知られている[20]

ベネズエラでは孤立した先住民はもういないようだが、yanomami、hoti、sapéの中には、孤立したグループが存在する可能性もなくはない[20]

他に、マレーシアに居住する一部のテミアル族Temiar People)が熱帯雨林の奥深くで外部と未接触の生活を送っている[25]が、「サバイバル・インターナショナル」は彼らを未接触部族と認定していない。

代表的な未接触部族 編集

マシコ・ピロ族
ペルーマヌー国立公園に数百人いるといわれている。未接触部族ではあるが、周辺のイネ族などの先住民たちと共通の言語を持っており、コミュニケーションを取ることは可能。周囲の村に移り住んでいるマシコ・ピロ出身者もいる。また、ペルー政府職員が接触するルートもある[2]
センチネル族
アンダマン諸島北センチネル島に住む部族。人口は50ないし400程度[26]と考えられている。島民は排他意識が非常に強く、2004年のスマトラ島沖地震には救援物資輸送のヘリコプターが矢で攻撃された。2006年には島に漂着したインド人2名が殺害され、遺体の回収に向かったヘリコプターまでも攻撃を受けたため、現在も回収に至っていない。インド政府およびアンダマン・ニコバル諸島当局は、この島は「治外法権」だと考え、今後とも干渉しない方針である。
2018年11月には、地元漁師を雇った米国人宣教師が接触を試みたものの、矢を射られて退却。11月16日に再び北センチネル島に接近し、漁師たちに「船には戻らない」と告げて島に上陸したが、3度目の上陸で島民によって殺害された。翌朝、漁師たちは先住民が宣教師の遺体を引きずって運び、海岸に埋めるところを目撃しており、島に接近するのを手引きした罪で7人の漁師がインド当局に逮捕された[27]

脚注 編集

  1. ^ “新たに確認、アマゾン未接触部族”. ナショナルジオグラフィック. (2011年7月6日). http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/4538/ 
  2. ^ a b c Nadia Drake (2015年10月27日). “「非接触部族」マシコ・ピロ族、頻繁に出没の謎”. ナショナルジオグラフィック. https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/b/101900042/ 2018年11月26日閲覧。 
  3. ^ World Community、様々な国民国家の国際的な集合体
  4. ^ a b Granizo, Tarsicio. “Guardians of the forests...or refugees? Indigenous peoples in voluntary isolation in the Amazon”. 2020年4月4日閲覧。
  5. ^ a b “Isolated tribe spotted in Brazil”. BBC News. (2008年5月30日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/7426794.stm 2013年8月5日閲覧。 
  6. ^ a b c d Bob Holmes (2013年8月22日). “How many uncontacted tribes are left in the world?”. ニュー・サイエンティスト. https://www.newscientist.com/article/dn24090-how-many-uncontacted-tribes-are-left-in-the-world/ 2018年12月20日閲覧。 
  7. ^ Report of the Regional Seminar on indigenous peoples in voluntary isolation and in initial contact of the Amazonian Basin and El Chaco, Santa Cruz de la Sierra, Bolivia (20–22 November 2006), presented by the Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights (OHCHR) and the International Work Group on Indigenous Affairs (IWGIA), E/C.19/2007/CRP.1, March 28, 2007, para 1.
  8. ^ a b Survival International
  9. ^ a b United Nations Human Rights Council, 2009,Guidelines on the Protection of Indigenous Peoples in Voluntary Isolation and in Initial Contact of the Amazon Basin and El Chaco
  10. ^ a b Indigenous Peoples in Voluntary Isolation and Initial Contact in the Americas: Recommendations for the Full Respect of Their Human Rights”. Inter-American Commission on Human Rights (2013年12月30日). 2022年2月16日閲覧。
  11. ^ Gregg, Benjamin (April 2019). “Against Self-Isolation as a Human Right of Indigenous Peoples in Latin America”. Human Rights Review 20 (3): 313–333. doi:10.1007/S12142-019-0550-X. https://www.researchgate.net/publication/332482756 2020年11月12日閲覧。. 
  12. ^ a b Kirsch, Stuart (1997). “Lost Tribes: Indigenous people and the social imaginary.”. Anthropological Quarterly 70 (2): 58–67. doi:10.2307/3317506. JSTOR 3317506. 
  13. ^ Roberto CORTIJO (2015年3月30日). “なぜ今?アマゾンの密林を出る孤立先住民族、ペルー政府困惑”. AFPBB News. https://www.afpbb.com/articles/-/3044000 2018年11月26日閲覧。 
  14. ^ a b c Nuwer, Rachel (2014年8月4日). “Future – Anthropology: The sad truth about uncontacted tribes” (英語). BBC. 2018年12月20日閲覧。
  15. ^ “宣教師を殺害したインド孤立部族、侵入者拒む歴史”. ナショナルジオグラフィック. (2018年12月1日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/113000522/ 2018年12月21日閲覧。 
  16. ^ “新たな写真が公開、アマゾン孤立部族”. ナショナルジオグラフィック. (2011年2月4日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3762/ 2018年12月21日閲覧。 
  17. ^ “Close camera encounter with 'uncontacted' Peruvian tribe” (英語). ニュージーランド・ヘラルド. (2012年2月2日). http://www.nzherald.co.nz/world/news/article.cfm?c_id=2&objectid=10782787 2018年12月20日閲覧。 
  18. ^ Jason Koebler (2014年8月4日). “Tourists on 'Human Safaris' Are Harassing Uncontacted Peruvian Tribes” (英語). Vice Media. https://motherboard.vice.com/en_us/article/xywapk/tourists-on-human-safaris-are-harassing-uncontacted-peruvian-tribes 2018年12月21日閲覧。 
  19. ^ Anthropology: The sad truth about uncontacted tribes”. BBC. 2022年2月16日閲覧。
  20. ^ a b c d e f g h Rivas Toledo, Alex,LOS PUEBLOS INDÍGENAS EN AISLAMIENTO:EMERGENCIA, VULNERABILIDAD Y NECESIDAD DE PROTECCIÓN, Cultura y representaciones sociales (año 1, número 2, marzo de 2007) pp.73-90. アレックス・リバス・トレド/山本 誠・訳「孤立した先住民 -緊急性、脆弱性、そして保護の必要性-」四天王寺大学紀要 第 48 号(2009 年 9 月)
  21. ^ The Uncontacted Frontier”. Survival International. 2022年1月1日閲覧。
  22. ^ Knobler, A. (2016). Mythology and Diplomacy in the Age of Exploration. European Expansion and Indigenous Response. Brill. ISBN 978-90-04-32490-9. https://books.google.com/books?id=ztKYDQAAQBAJ 2021年12月5日閲覧。 
  23. ^ Crotty, Kenneth (2004). The role of myth and representation in the origins of colonialism (Thesis). Maynooth University. 2021年12月5日閲覧
  24. ^ “More than 100 tribes exist totally isolated from global society” (英語). (2018年3月8日). https://www.independent.co.uk/news/people/100-uncontacted-tribes-amazon-rainforest-peru-indonesia-jarawa-a8245651.html 2021年10月5日閲覧。 
  25. ^ “Temiar”. Native Planet. https://nativeplanet.org/indigenous/ethnicdiversity/asia/malaysia/indigenous_data_malaysia_temiar.shtml 2018年12月21日閲覧。 
  26. ^ George Weber. “The Andamanese - Chapter 8: The Tribes(英語)”. pp. part 6. The Sentineli. 2013年3月6日閲覧。
  27. ^ “米宣教師を殺したセンチネルは地球最後の「石器人」”. Newsweek日本版 (Newsweek). (2018年11月27日). https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/11/post-11344_1.php 2018年12月2日閲覧。 

関連項目 編集