李 騰芳(り とうほう、1573年 - 1633年)は、末の政治家。字は子実、号は湘洲。長沙府湘潭県の出身。

李 騰芳
生誕 1573年
長沙府湘潭県
死没 1633年(59 - 60歳没)
北京
民族 漢族
職業 政治家
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李 騰芳
各種表記
繁体字 李 騰芳
簡体字 李 腾芳
拼音 Lĭ Téngfāng
和名表記: り とうほう
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生涯 編集

万暦16年(1588年)の挙人。万暦20年(1592年)、進士及第を果たし、しばらくは官途に就いた。李騰芳は内閣首輔の王錫爵の門下である。左諭徳に就任。万暦47年(1619年)、礼部右侍郎を務めました。天啓年間、李騰芳は崔呈秀の弾劾で罷免された。崇禎年間、李騰芳は礼部尚書として北京で亡くなりました。

作品 編集

  • 『李湘洲集』十巻

家族 編集

  • 祖父:李紹郁
  • 父:李孚

参考文献 編集

  • 龍剣宇 (1998-10-01). “第二章 湘潭——地霊人傑”. 烏石寨攬勝——彭徳懐故里紀行. 重慶市: 西南師範大学出版社. p. 36. ISBN 7-5621-2044-7 
  • 張廷玉 (2015) (中国語). 『明史』. 216. 北京市: 中華書局. ISBN 9787101003277