植村家利

日本の江戸時代後期の大名。大和高取藩6代藩主植村家道四男で高取藩8代藩主。従五位下出羽守・右衛門佐。奏者番を勤める

植村 家利(うえむら いえとし)は、大和高取藩の第8代藩主

 
植村家利
時代 江戸時代中期
生誕 宝暦9年9月25日1759年11月14日
死没 天明5年8月24日1785年9月27日
改名 六三郎(幼名)、家利
戒名 観山道勇到岸院
墓所 東京都港区の如来寺
官位 従五位下、出羽守、右衛門佐
幕府 江戸幕府
大和国高取藩
氏族 植村氏
父母 父:植村家道、母:おゆの
養父:植村家久
兄弟 家久家長佐野義行家利、要之助、隼太
正室:伊達村候の娘・於貞
男(即心院)
養子:家長
テンプレートを表示

宝暦9年(1759年)9月25日、第6代藩主・植村家道の四男として高取で生まれる。安永7年(1778年)12月に兄の第7代藩主・家久が死去したため、その養子として翌安永8年(1779年)に跡を継いだ。天明4年(1784年)5月15日に奏者番となった。

天明5年(1785年)8月24日に死去した。享年27。兄の家長が養子となって跡を継いだ。

一説に、家利の死は遊女との入水自殺と言われる。そして江戸屋敷の留守居役がその情報を抑えて病死として届けたため、兄の家長が急遽養子となって継いだものといわれている。