池田宿(いけだじゅく)は、千国街道(糸魚川街道)の宿場。現在の長野県北安曇郡池田町池田に位置する。

長野県道51号大町明科線八十二銀行池田支店前

概要 編集

古くから塩の道として利用され、武田氏の統治下で伝馬宿として整備された。慶長13年(1608年)には伝馬役が200石の石役を割り当てられている。江戸時代の絵図によると、南北6町48間で、宿場の真ん中を高瀬川から引水した町川が流れ、橋を架けて両側の町家の行き来を可能にしていた。南北の桝形にはそれぞれ如意輪観音堂があった。

元和5年(1619年)、松本城松平康長が、分知を計画して池田宿に「若松城」の築城を着工したが、寛永6年(1629年)に沙汰止みとなった。跡地には「御他屋」と称する藩の出張陣屋が置かれた。享保10年(1725年)の「池田組高辻帳」によると、東西8間3尺、南北10間4尺の敷地に板葺きの建屋があった。御他屋の門は現存し、池田八幡神社の社務所に移築されている。

天明8年(1788年)には池田学問所が開設され、学問が隆盛した。

参考文献 編集

  • 『信州の文化シリーズ 街道と宿場』 信濃毎日新聞社、1980年
  • 『池田町誌 歴史編1』1992年

隣の宿 編集

千国街道

穂高宿 -(2里半)- 池田宿 -(2里半)- 大町宿

関連項目 編集