浅野吉次郎

尾張国名古屋出身の発明家

浅野 吉次郎(あさの きちじろう、1859年 - 1926年)は、尾張国名古屋出身の発明家

浅野吉次郎

人物 編集

尾張藩の御用桶業者の浅野文六の次男として、1859年上畠町において生まれる[1]。次男ではあったが、家業を13歳で継ぐこととなる[1]イギリス製の茶箱に着想し、木材板の製造を志す[2]1907年(明治40年)、マッチの軸木製造機を元にロータリー式ベニヤ板(浅野式合板)の製造に成功する[2]。この発明に成功した日は11月3日とされており、この日は合板の業界団体である日本合板工業組合連合会NPO法人木材・合板博物館が共同で「合板の日」として制定している[3]1910年(明治43年)に特許を取得した[2]。浅野木工場は吉次郎の死後、1930年昭和5年)に閉鎖されている[2]

脚注 編集

  1. ^ a b 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 405.
  2. ^ a b c d 上田藤十郎 1954, p. 53.
  3. ^ 「合板の日」記念式典の開催について”. 日本合板工業組合連合会. 2017年2月20日閲覧。

参考文献 編集

  • 上田藤十郎 著「浅野合板工場址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、53頁。 
  • 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0