詩に巧みで片山北海の『日本詩選』にその詩が選出されている。また書画もよくし、来舶清人の伊孚九門下となり、篆刻も丁書厳・徐兆行に直接教えを受けている。また董三橋にも刀法を授かったという。明末に編集された『酣古集』に掲載されている大印を摹刻し、古印屏風と称され評価が高まった。のちに京都の古体派の人からも尊敬を集めている。
篆刻の門弟に石崎融思がいる。大城石農は伯民に私淑して篆刻を独学した。
- 『養和堂印譜』宝暦6年(1756年)
- 『雕蟲館印譜』序文:大潮元皓・高君秉 宝暦6年(1756年)
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