特性類 (とくせいるい、: Characteristic class) は、位相群を構造群とするファイバーバンドル不変量であり、(十分性質がよい)位相空間Xを底空間とするファイバーバンドル

に対し、Xコホモロジー群の元を対応させる対応関係

で、「自然な」ものである。

原理的には任意のファイバーバンドルに対して特性類を定義できるが、研究が進んでいるのは主にベクトルバンドルに対する特性類である。ベクトルバンドルの特性類は以下の数学の分野に応用がある:


またX可微分多様体であれば、X接バンドルTXの特性類をX自身の不変量とみなす事ができる。接バンドルTXXの可微分構造に依存しているので、ミルナーTXの特性類を利用する事により、7次元球面と位相同型だが微分位相同型ではない可微分多様体英語版の存在を示した。


1935年の多様体上のベクトル場についてのエドゥアルト・シュティーフェル (Eduard Stiefel) とハスラー・ホイットニー (Hassler Whitney) の仕事より、特性類の考え方が発生した。

定義と基本的な性質 編集

定義 編集

以下、Fをファイバーに持つファイバーバンドルの事をF-バンドルと呼ぶこととし、全空間E、底空間Xおよび射影からなるF-バンドルをと表記する。特性類の概念を厳密に定義するには圏論の概念を使う必要があるので、まずは若干厳密性を犠牲にした定義を以下に述べる:

定義 (特性類) ― G位相群とし、FGが作用する位相空間とし、Aアーベル群とし、さらにqを非負整数とする。このとき次数qA係数特異コホモロジー群におけるGに関する特性類とは、CW複体を底空間とし構造群Gを持つF-バンドルにコホモロジー群の元を対応させる「対応関係」

で、任意のCW複体XY、構造群Gを持つY上の任意のF-バンドル、および任意の連続写像

に対し、

が成立するものの事をいう。またF-バンドルcによる像の事をξの(cに関する)特性類と呼ぶ[1]

上の定義における記号の意味を説明すると、における左辺のは、fがコホモロジーに誘導する写像

の事であり、右辺のX上のF-バンドルfによる引き戻しによって定義されるY上のF-バンドルの事である。

注意点 編集

上の定義に関して2つの注意点を述べる。第一に、上の定義におけるバンドル写像fは構造群GFへの作用と両立するもののみを考えている。したがって例えばn次元実ベクトルバンドルを構造群として持つ-バンドルとみなしたとき、各点のファイバー上にバンドル写像fを制限したは線型同型写像でなければならず、行列式が0になってはならない。逆に言えば、いずれかの点で行列式が0になるfに対してはが成立する必要はないし、次元が異なるベクトルバンドル間の写像に関してもこの性質が成立する必要はない。

第二に、本項では多くの教科書と同様、ファイバーバンドルの底空間BCW複体である場合に限定して特性類を定義したが、より一般の空間、例えばパラコンパクトな位相空間に対しても特性類を定義できる[2]。ただしこの場合本項で述べる性質のいくつかは成立しない[2]。なお幾何学における多くの用途ではCW複体を対象にすれば十分である。実際、任意の可微分多様体は単体的複体、したがってCW複体と位相同型になる事が知られており[3]、(可微分とは限らない)位相多様体もコンパクトな場合はCW複体とホモトピー同型になる事が知られている[3]。さらにいえば任意の位相空間はCW複体と弱ホモトピー同型英語版である[4]

また本項では底空間Bに対してはCW複体である事を要求したものの、構造群G、ファイバーF、全空間Eは(CW複体とは限らない)任意の位相群、位相空間でよい。

ホモトープな写像の特性類 編集

構造群を持つファイバーバンドルの性質として以下が知られている:

定理 ― XYを位相空間とし、を位相群Gを構造群として持つF-バンドルとし、さらに2つの連続写像

ホモトープであるとする。このときfgによる引き戻しは自然に同型である。 よって特に任意の特性類cに対し、

すなわち特性類を考える上では、底空間の間の写像はホモトピークラスのみを考慮すればよい。

厳密な定義 編集

以上では特性類の定義に「対応関係」という未定義の言葉を使ったが、圏論の概念を使えばこうした未定義の語に頼らずに特性類の概念を定義できる:

定義 (特性類の厳密な定義) ― GAq上の定義と同様に取る。対象をCW複体、射を連続写像のホモトピークラスとする圏CWをとし、さらにSetを集合の圏とし、 反変関手

を以下のように定義する:

  • CWの対象Xに対し、Xを底空間とするF-バンドル(でGを構造群に持つもの)のホモトピーによる同型類全体の集合[注 1]b(X)と定義する
  • CWの対象間の射に対し、と定義する。ここではホモトピークラスであり、はバンドルの引き戻しである。

このとき、次数qA係数コホモロジー群における構造群Gを持つF-バンドルに関する特性類とは、反変関手から反変関手

への自然変換の事である。また構造群Gを持つF-バンドル(の同型類)のcによる像の事をξの(cに関する)特性類と呼ぶ。

なお、上述の特性類の定義において圏CWの射は連続写像としたが、下記の定理より、これを胞体写像に変えても定義は同値になる:

定理 (胞体近似定理: cellular approximation theorem)) ― XYをCW複体とすると、 任意の連続写像は胞体写像(: cellular map)とホモトープである[5]

特性類に登場するコホモロジーとして、特異コホモロジーより簡便な(だが特異コホモロジーと同値である)胞体コホモロジーを用いる場合は議論に胞体写像を用いる必要があるのでこの定理は有用である。

ファイバーバンドルとその主バンドルの関係 編集

以下の事実は特性類を具体的に定義する上で鍵となる重要な性質である:

定理 ― 構造群GのファイバーFへの作用が効果的であれば[6]、構造群Gを持つF-バンドルと、構造群G を持つG-バンドルと1対1対応する[7]

この定理と特例類の定義からファイバーバンドルの特性類と主バンドルの特性類が1対1対応するという重要な事実が明らかに従う:

定理 ― GFに効果的に作用しているとき、以下が成立する

  • 構造群Gを持つF-バンドルに対応する主G-バンドルをとし、cを主G-バンドルの特性類とすると、は構造群Gを持つ-Fバンドルの特性類である。
  • 逆に主G-バンドルに対応するF-バンドルをとすると、dを構造群Gを持つF-バンドルの特性類とすると、は主G-バンドルの特性類である。

この事実からファイバーバンドルに対して特性類を定義するには主バンドルに対して特性類が定義できる事が必要十分である事がわかる。そこで以下、おもに主バンドルにフォーカスして特性類の議論をすすめる事とする。

なお上の定理ではGFに効果的に作用している事を仮定しているが、多くの場合この仮定は必須ではない。実際、Fが十分性質の良い空間、たとえはCW複体であれば、GFへの作用が連続である必要十分条件は、GFへ作用のから定まる写像が(コンパクト開位相を入れたとき)連続になる事である[6]。よってGの作用が忠実ではない場合であっても、写像カーネルで割った位相群Fへ忠実かつ連続に作用するので、F-バンドルの特性類を定義するには主-バンドルの特性類を定義すれば良い。

分類空間 編集

本節では位相群の分類空間のいう概念を導入し、分類空間の概念を用いて主バンドルの特性類の概念を全く別の角度から特徴づける。この分類空間を用いた特性類の定義は、後の節で特性類の具体例を構築する上で非常に有益である。

定義と性質 編集

定義 編集

分類空間の概念を定義するため、まず以下の概念を定義する。

定義 ― 位相空間X弱可縮英語版であるとは、任意の自然数nに対し、n次のホモトピー群0になる事である。

弱可縮の概念を用いて、分類空間の概念は以下のように定義される:

定義 ― Gを位相群とする。を主G-バンドルでPが弱可縮なものとするとき、Bの事をG分類空間: classifying space)といい、を(あるいは単にPを)普遍G-バンドル: universal G-bundle)という[8]

「分類空間」という名称の由来は次節に回すが、分類空間は必ず存在し、本質的に一意である:

定理 (普遍G-バンドルの存在性と本質的な一意性) ― 任意の位相群Gに対し、分類空間とその上の普遍G-バンドルが存在する。しかも分類空間はcanonicalなホモトピー同型を除いて一意であり、普遍G-バンドルもG-ホモトピー同型を除いて一意である。さらに分類空間としてCW複体を取る事が可能である[8]

記号の定義 ― Gの(ホモトピー同型を除いて)一意に存在する分類空間、普遍G-バンドルをそれぞれBGPGと表記する。

上述したように、分類空間はホモトピー同型を除いて一意ではあるものの、同一の位相群に対し位相同型ではない複数の分類空間が存在しうる。このため位相群に対する個々の分類空間の事を分類空間のモデル: model)という[8]

分類定理 編集

分類空間はその名称が示す通り、与えられた底空間上のG-バンドルは、底空間から普遍G-バンドルへの写像のホモトピークラスにより完全に分類される:

定理 (分類定理) ― Gを位相群とし、を主G-バンドルとする。 さらにXを任意のCW複体とし、XからBへの連続写像のホモトピークラス全体の集合とし、X上の主G-バンドルの同型類の集合とする。

このときが普遍G-バンドルである必要十分条件は任意のCW複体Xに対し、

が全単射な事である[8]。ここでによるPXへの引き戻しである。

なお、上の定理において写像well-definedな事は、ホモトープな2つの写像が引き戻したバンドルは互いに同型な事だというすでに見た事実から従う。

上記の定理から、X上の任意の主G-バンドルξに対し、写像がホモトピー同値を除いて一意に定まる。このfの事をξ分類写像: classifying map)という[9]

構造群Gを持つファイバーバンドルと主G-バンドルは1対1対応するので、上記の定理から一般のファイバーバンドルに対する分類定理が系として従う:

 (ファイバーバンドルに対する分類定理) ― Gを位相群とし、を普遍G-バンドルとし、FGが忠実に作用する位相空間とし、に随伴するF-バンドルとする。さらにCW複体Xに対し、構造群Gを持つX上のF-バンドル全体の集合をとする。

このとき、任意のCW複体Xに対し、

が全単射である[10]

分類定理の場合と同様、X上のF-バンドルξに対応する写像ξ分類写像: classifying map)という[9]

離散群の分類空間 編集

Gが離散群である場合は、定義より明らかに次が成立する:

定理 ― 離散群Gに対し、Gアイレンベルグ・マックレーン空間英語版(: Eilenberg-Maclane space)、およびその普遍被覆空間Gの分類空間、普遍Gバンドルである[11]

この意味において、分類空間とは離散群におけるアイレンベルグ・マックレーン空間の概念を位相群に拡張したものである。

準同型から誘導される写像 編集

2つの位相群GHの間の連続な準同型写像が与えられたとき、φから分類空間の間の写像を定義できる。

この事を見るために主バンドルの一般論を簡単に復習する。を主G-バンドルとし、を連続準同型写像とするとき、

を同値関係

で割った空間とする事で、バランス積balanced product[12])と呼ばれるX上の主H-バンドル

を構成できる。そこでを次のように定義する:

記号の定義 ―  GHを位相群とし、を連続準同型写像とする。 普遍G-バンドルから主H-バンドルを構成すると、分類定理よりこの主H-バンドルに対応する(ホモトピー同値を除いて一意に定まる)分類写像を

と表記する[13]

実はこの対応関係は関手になっている:

定理 ― 以下のようにBを定義すると、Bは位相群の圏からCW空間のホモトピー同値類の圏への関手である[13]

  • 位相群GBGを対応させる
  • 連続準同型写像を対応させる。

分類空間の性質 編集

本節では、後で特性類を計算するとき必要となる分類空間の性質を述べる。

分類空間の関手Bは直積に関して以下のように振る舞う。

定理 (直積の分類空間) ― GHを位相群とするとき、

が成立する[14]

ここで「」は位相空間としての直積であり、「」はBGBHの位相空間としての直積から誘導されるコンパクト生成位相英語版を入れた位相空間である。「」は自然なホモトピー同値であり、「」は自然な弱ホモトピー同値英語版である[14]。 ここで弱ホモトピー同値とは、任意のnに対しホモトピー群πnが同型になる事を指す。

なお圏論的に言えば、「」はコンパクト生成位相空間の圏における圏論的な直積になっている[14]


定理 (部分群の分類空間) ― Gを位相群とし、Hをその部分位相群とする。このときBGBHのモデルを適切に選ぶと、包含写像が誘導する写像は各ファイバーがと位相同型なファイバーバンドルになる[15]。特にHGの正規部分群であれば、-主バンドルになる。

分類空間による特性類の特徴づけ 編集

分類空間の概念を用いる事により、主バンドルに対する特性類の概念を以下のように特徴づける事ができる:

定理 (分類空間による特性類の特徴づけ) ― を位相群Gの分類空間とし、FGが効果的に作用する位相空間とし、さらにAをアーベル群とする。

このとき構造群Gを持つF-バンドルの特性類とBGのコホモロジー群の元は1対1対応する[1]

上述の定理の1対1関係は具体的に以下のようにかける。すでに述べたように構造群Gの忠実な作用を持つ任意のF-バンドルの特性類は主G-バンドルの特性類と主G-バンドルの1対1対応するのでこの場合に話を限定する。 まず主G-バンドルの任意の特性類cに対し、

が対応する。逆にを任意に選ぶと、主G-バンドルに対し、分類定理により分類写像がホモトピーを除いて一意に定まるので、Xcに対する特性類を

により定義できる。

上の定理から、の元を普遍特性類(: universal characteristic class)という事がある。上の定理は普遍特性類と特性類が1対1対応する事を意味している。

定理の証明は以下の通りである:

ベクトルバンドルの構造群の分類空間 編集

特性類の概念は原理的には任意の位相群の主バンドルに対して定義できるが、研究が進んでいるのはベクトルバンドル(の主バンドル)に対する特性類である。

そこでベクトルバンドルの特性類について記述するための準備として、本節ではベクトルバンドルの構造群の分類空間を具体的に記述する。

すなわち本節ではに対し、一般線型群の分類空間を記述する。さらにの場合にはベクトルバンドルに向き付けが定義可能なので、向き付け可能な上ベクトルバンドルの構造群であるの分類空間についても記述する。ここで行列式が正の上可逆行列のなす群である。


本節ではさらに、ユニタリ群直交群回転群の分類空間についても記述する。後述するようにの分類空間は、実はそれぞれの分類空間と等しい。

スティーフェル多様体とグラスマン多様体 編集

GLn(K)の分類空間を記述する為、本節ではスティーフェル多様体英語版グラスマン多様体英語版を定義する。

後述するようにこれらはそれぞれ普遍GLn(K)-バンドルの全空間、分類空間になる。

定義 (スティーフェル多様体) ― とし、K計量ベクトル空間とする。

n個の一次独立なベクトルの組を上のn-フレームという。さらにn個のベクトルがすべて長さ1で互いに直交しているものをn-正規直交フレームという。

n-のフレーム

とし、さらに

上のn-正規直交フレーム

の場合)、もしくはの場合)と書く事にする。

の事をW上のn次元スティーフェル多様体英語版: Stiefel manifold)という[16][注 2]

Wが次元mの有限次元ベクトル空間の場合は、は集合として自然に

という同一視ができ[注 3]、上式右辺には多様体としての構造が入る事がリー群の一般論[注 4]から従うので、スティーフェル「多様体」と呼ぶ。Wが無限次元の場合はは有限次元多様体にはならないが、言葉を混用してこの場合もスティーフェル「多様体」と呼ぶ。

定義 (グラスマン多様体) ― を上と同様に取り、Wn次元部分ベクトル空間全体の集合W上のn次元グラスマン多様体英語版: Grassmannian)という[16]。 また、のとき、Wの向きづけられたn次元部分ベクトル空間全体の集合W上のn次元向きづけられたグラスマン多様体: oriented Grassmannian)という[16]

スティーフェル多様体と同様、Wが次元mの有限次元ベクトル空間であれば、

および

という同一視ができ、この同一視により、に多様体としての構造が入る。

GLn(K)の分類空間の具体的記述 編集

スティーフェル多様体の元であるn-フレームにそのフレームの貼る部分空間を対応させる事で商写像

を定義できる。も同様に定義できる。

定理 (GLn(K)、U(n)、O(n)、SO(n)の分類空間) ― とし、K上の任意の計量ベクトル空間とする。このとき、

はそれぞれ主GLn(K)-バンドル、主U(n)-バンドル、主O(n)-バンドル、主SO(n)-バンドルである。 さらに包含写像

帰納的極限

とし、WKの場合を考えると、これらはそれぞれ普遍GLn(K)-バンドル、普遍U(n)-バンドル、普遍O(n)-バンドル、普遍SO(n)-バンドル(のモデルの1つ)である[17]

上記の定理に関する留意点を述べる。に対するGLn(K)の分類空間はU(n)、O(n)の分類空間と同一な空間である

これはCW複体上の任意のベクトルバンドルには必ず内積が定義でき、グラム・シュミットの正規直交化法によりGLn(K)U(n)、O(n)に可縮である事が理由である[18]

普遍n-平面バンドル 編集

分類定理で述べたように、GnK上の主GLn(K)-バンドルVnKに随伴するn次元ベクトルバンドルは、任意のCW複体X上のn次元ベクトルバンドルを分類する上で有益である。このためVnKに随伴するn次元ベクトルバンドルの事を普遍n-平面バンドル: universal n-plane bundle[19]と呼ぶ。

バンドルの一般論から、普遍n-平面バンドルはと表記できるが、より具体的に表記する事も可能である。


グラスマン多様体GnKmKmn次元部分ベクトル空間全体のなす多様体なので、グラスマン多様体の元V=ベクトル空間上のファイバーとして、V自身を取ったベクトルバンドルを定義でき、これをグラスマン多様体のトートロジカル・バンドル英語版と呼ぶが、GnKのトートロジカル・バンドルが普遍n-平面バンドルになっている。


具体的には

とし、第一成分への射影によりGnKm上のベクトルバンドルとみなしたものがGnKmのトートロジカル・バンドルであり、m→∞に関する帰納的極限をとった

が普遍n-平面バンドルになっている[19]

複素ベクトルバンドルの特性類:チャーン類 編集

本章では、複素ベクトルバンドルの特性類であるチャーン類について述べる。これまでの議論からわかるように、複素ベクトルバンドルの整数係数の特性類とは分類空間

のコホモロジーの元と1対1対応するので、の具体的構成を調べる事で複素ベクトルバンドルの特性類を決定できる。チャーン類は、の生成元である。

H*(BU(n);)の具体的記述 編集

チャーン類について記述するため、まずの具体的構成を調べる。に対しては以下が成立する:

補題 ―  カップ積に関して次数付き環とみなしたとき、あるが存在し、

が成立する[注 5]。ここでは変数に関するに関する多項式環である。

なお、上の補題においては偶数次のコホモロジーの元なので、上カップ積は可換であるため、が可換環であるという事実と矛盾しない。

一般のnに対しての具体的構造を求めるため、連続準同型写像[注 6]

を考える。ここでn×n行列の対角成分に配置したの元である。(なおリー群の観点からは、極大トーラスである)。このとき以下が成立する。

補題 (Splitting Principle) ―  が誘導する写像

は単射環準同型である。ここでαii番目のの生成元である。

なお、上式においてコホモロジー環における積はカップ積である。また上式の値域における同型は直積に対する分類空間の振る舞いKünnethの公式英語版、および上記の補題から従う。

以上の事実から、後はによる像がのどのような部分集合に落ちるかを決定すれば、を具体的に書きあらわす事ができる。

の像を決定するため、主バンドル一般に対して成立する以下の事実を利用する:

命題 ―  任意の位相群G、および任意のに対し、G上の内部自己同型BGに誘導する写像

恒等写像とホモトープである。

に対し上の内部自己同型とすると、上述の命題より、がコホモロジー群に誘導する写像

は恒等写像である。単射によりの部分群とみなし、正規化群

中心化群

で割ったを考え、

と定義する[注 7]とこの定義はWell-definedである。ここでは同値類を表す。

このとき次の事実が従う事が知られている:

定理 ― 写像

は環同型である[20]

一般に連結コンパクトリー群Gに対し、Gの極大トーラスをTとするとき、T正規化群中心化群で割った群

の事をGワイル群という。なお極大トーラスは共役を除いて一意に定まる事が知られているので、ワイル群は極大トーラスの取り方によらず同型になる。またTの極大性から中心化群Z(G)は実はT自身に等しい。

明らかに前述のWのワイル群に相当する。後はのワイル群を決定しさえすれば、の構造が決定できる。

チャーン類 編集

を第i成分と第j成分を入れ替える行列とすると、明らかにである。この事実を利用すると、以下の事実が示せる:

定理 ― のワイル群置換群と群同型であり、Wの成分の入れ替えとしてに作用する。

位相群に分類空間を対応させる関手Bと位相空間にコホモロジー環を対応させる関手H*が直積を保つので、上述の定理からWを入れ替える形でに作用する。よって

対称多項式全体の集合に一致する。よく知られているように、任意の対称多項式は基本対称式の多項式として書けるので、以上の事実からチャーン類を以下のように定義する:

定義 (チャーン類) ―  上の第i基本多項式

による逆像

iチャーン類: i-th Chern class)と呼ぶ[20]

紛れがなければ添字を省略し、を単にと書く。

分類空間の元と特性類は1対1でするので、第iチャーン類に対応する特性類

をベクトルバンドルξiチャーン類という。分類空間の元と区別したいときは、i普遍チャーン類: i-th universal Chern class)という。

なお、を「0次の基本対象式」とみなし、を第0チャーン類と呼ぶ。また次以上の基本対称式は存在しないので、に対しては、第mチャーン類をと定義する[注 8]

またチャーン類は埋め込みを使って定義されており、この埋め込みはの正規直交基底の取り方に依存している。しかし正規直交基底の取り替えにより、の内部自己同型との合成に置き換わるだけなので、前述した命題から、チャーン類は正規直交基底の取り方によらずwell-definedである。

以上で見たように各α1,...,αnは対称多項式のに相当するものなので、α1,...,αnの事をチャーン根[訳語疑問点]Chern root[21])という。


これまでの議論とチャーン類の定義から明らかに以下の事実が従う:

定理 ― :

規約 編集

チャーン類の定義において、α1,...,αnの代わりに単元をこれらに掛けたをチャーン根とするようにチャーン類を定義する事もできるため、チャーン類の定義には単元uの選び方だけ自由度がある事になる。

そこで何らかの規約を置くことでこの自由度を消す必要があるが、どのような規約を置くかは分野による。代数的位相幾何学では普遍1-平面バンドルに対し、のcanonicalな生成元になるという規約を置く事が多いが[22]代数幾何学ではの双対ベクトルバンドルに対してのcanonicalな生成元になるという規約を置く事が多い[22]

区別のため代数幾何学の方のチャーン類をと書くことにすると、代数的位相幾何学のチャーン類とは

という関係を満たす[22]。本稿では以下、特に断りがない限り、代数的位相幾何学の規約を採用するものとする。

チャーン類の公理的特徴づけ 編集

定理・定義 (チャーン類の公理的特徴づけ) ― 特性類の組n次元複素ベクトルバンドルの元を対応させるもの

で以下の性質を満たすものが一意に存在する。n次元ベクトルバンドルの第iチャーン類と呼ぶ[23]

以下でXは任意のCW複体、ξηX上の任意の複素ベクトルバンドル、nmはそれぞれξηのファイバー(であるベクトル空間)の次元であり、「」はベクトルバンドルのホイットニー和である:

  • 次元公理[訳語疑問点]: dimension axiom[24]):
  • ホイットニー和の公式(: Whitney sum formula[25]):
  • 正規化公理[訳語疑問点]: normalization axiom[25]):普遍1-平面バンドルに対し、のcanonicalな生成元である。

前節で定義したチャーン類が次元公理と正規化公理を満たすのは明らかである。ホイットニー和の公式の証明は下記のとおりである。

一方、上記の公理を満たす特性類の一意性は数学的帰納法により容易に示せる。

チャーン多項式 編集

チャーン類を取り扱う上で、下記のチャーン多項式を考えると便利である:

定義 (チャーン多項式、全チャーン類) ― 上と同様に記号を定義するとき、変数tに対し、

ξチャーン多項式: Chern polynomial)といい[26]、特に

全チャーン類[27]: total Chern class)という。

なお、チャーン類の定義より、チャーン多項式はチャーン根を使って形式的に

と因数分解できる。

チャーン多項式を用いると、ホイットニー和の公式は以下のように言い換えられる:

定義 ― 上と同様に記号を定義するとき、以下が成立する:

チャーン多項式の性質 編集

チャーン多項式は以下の性質を満たす。なお文献によっては以下の性質をチャーン類の公理として入れているものもあるが[28]、実は他の公理から従うので[29]、公理に入れる必要はない。

命題 ― CW複体X上の自明な直線バンドルεと任意のベクトルバンドルηに対して以下が成立する:

  • 安定性: stability[24]):

実ベクトルバンドルの特性類 編集

本節以降、実ベクトルバンドルの特性類を記述していくが、その記述は複素ベクトルバンドルのそれと比べかなり複雑であるので、詳細は次節以降に譲り、本節では実ベクトルバンドルの特性類の概要を述べる。

実ベクトルバンドルの特性類が複雑になる理由は2つある:

  1. 実ベクトルバンドルの主バンドルの分類空間は複素ベクトルバンドルの主バンドルのと違い、-捩れ部分群を持つ。この捩れ部分群が「悪さ」をするため、を簡単に記述する事ができない。
  2. 実ベクトルバンドルの場合は複素ベクトルバンドルと違い、向き付けの概念がある。このため向き付けのない場合の分類空間と向き付けのある場合の分類空間の両方を考察しなければならない。


1つ目の問題を回避するために、以下ではを直接考察するのを諦め、の2つを別々に考察することにする。ここでΛ2の逆元を持つ任意の可換環[注 9]である。ボックシュタインスペクトル系列英語版を使う事でからを計算できるので、実用上はこの2つに対する特性類が把握できていれば十分である。


2つ目の問題に関しては、とは環構造が異なるので、この2つを両方とも考察する必要がある。

係数環が2の場合 編集

係数環がの場合の特性類の記述は比較的簡単であり、の差はさほど大きくなく、

という形で両者を記述できる。ここでスティーフェル・ホイットニー類と呼ばれる特性類で、このようなの存在はチャーン類の場合と類似した方法で証明できる。ただし第iチャーン類が2iのコホモロジー群に属するのに対し、第iスティーフェル・ホイットニー類はiのコホモロジー群に属するので注意が必要である。

係数環が2-1Λを満たすΛの場合 編集

それに対し係数環がを満たすΛの場合はより複雑である。に関しては、

の形で記述でき、ポントリャーギン類という。(4iのコホモロジー群に属する)。ここで床関数である。 具体的にはポントリャーギン類は実ベクトルバンドルを複素化する事で得られる複素ベクトルバンドルのチャーン類を使って

と書ける。(なお、実ベクトルバンドルの複素化の場合、奇数次のチャーン類を満たし、よって係数環がΛの場合は必ずになる)。

一方、nが偶数か奇数で形が異なり、

と書ける。ここでは前述のポントリャーギン類であり、χオイラー類と呼ばれる特性類である。または多項式環においてχ2pnと同一視して得られる環を表す。すなわちを単項イデアルで割った環である。


以上をまとめると、実ベクトルバンドルの分類空間のコホモロジーは以下のように記述できる:

係数環 分類空間 コホモロジー
を満たすΛ
s.t. nは奇数
s.t. nは偶数

スティーフェル・ホイットニー類 編集

本節ではの構造を具体的に決定し、それをもとにスティーフェル・ホイットニー類を定義する。

の構造の決定方法やスティーフェル・ホイットニー類の定義は、基本的にはの構造の決定方法やチャーン類の定義と同様である。一点大きく違うのは、チャーン類の場合はを満たすが2次のコホモロジー群に属していたのに対し、スティーフェル・ホイットニー類の場合はそのような元が1次のコホモロジー群に属する事である:

補題 ―  あるが存在し、以下が成立する:

この違いが原因でチャーン類は偶数次のコホモロジー群にしか登場しなかったが、スティーフェル・ホイットニー類は奇数次のコホモロジーにも登場する。

なお、コホモロジーの係数がなので、カップ積は奇数次のコホモロジーにおいても可換である。

H*(BO(n);2)の具体的記述 編集

自然数に対しの具体的形を調べるため、チャーン類のときと同様、連続準同型写像

によりの部分群とみなす。ここで「」は対角線上に行列を並べる演算である。


を内部自己同型とする。チャーン類の時と同様、の正規化群

中心化群

で割ったを考え[注 10]

と定義するとこの定義はWell-definedである。ここでは同値類を表す。このとき次の事実が従う:

定理 ― 写像

は全単射である[30][31]

ここでβii番目のの生成元である。

定理 ― Σ置換群と群同型であり、Σの成分の入れ替えとしてに作用する。

スティーフェル・ホイットニー類の定義 編集

スティーフェル・ホイットニー類を以下のように定義する:

定義 (スティーフェル・ホイットニー類) ―  上の第i基本多項式

による逆像

iスティーフェル・ホイットニー類: i-th Stiefel–Whitney class class)と呼ぶ[30]

紛れがなければ添字を省略し、を単にと書く。

分類空間の元と特性類は1対1でするので、第iスティーフェル・ホイットニー類に対応する特性類

をベクトルバンドルξiスティーフェル・ホイットニー類という。分類空間の元と区別したいときは、i普遍スティーフェル・ホイットニー類: i-th universal Stiefel–Whitney class class)という。


チャーン類のときと同様、 for と定義する。


明らかに以下の事実が従う[32]

定理 ― :

公理的特徴づけ 編集

チャーン類と同様スティーフェル・ホイットニー類も公理的に特徴づける事ができる:

定理・定義 (スティーフェル・ホイットニー類の公理的特徴づけ) ― 特性類の組n次元実ベクトルバンドルの元を対応させるもの

で以下の性質を満たすものが一意に存在する。n次元ベクトルバンドルの第iスティーフェル・ホイットニー類と呼ぶ[33][34]

以下でXは任意のCW複体、ξηX上の任意の実ベクトルバンドル、nmはそれぞれξηのファイバー(であるベクトル空間)の次元であり、「」はベクトルバンドルのホイットニー和である:

  • 次元公理[訳語疑問点]
  • ホイットニー和の公式
  • 正規化公理[訳語疑問点]:1次元実射影空間上の普遍1-平面バンドルに対し、

性質 編集

全チャーン類と同様、全スティーフェル・ホイットニー類を定義でき、全チャーン類と同様の性質を示す事ができる[注 11]

定義・定理 (全スティーフェル・ホイットニー類) ― : ξ全スティーフェル・ホイットニー類: total Stiefel Whitney polynomial)といい[35]、以下が成立する:

  • 安定性: stability[24]

自然な写像が誘導する写像は単射であり、の生成元αの自乗α2βに移る事が知られている[36]。したがって に移るが、上ではになので、以下が成立する:

定理 ―  実ベクトルバンドルに対しその複素化をとすると、任意の非負整数iに対して以下が成立する[37]

in

逆に複素ベクトルバンドルから複素構造を忘れて英語版実ベクトルバンドルとみなしたものを脱複素化: decomplexification: realification)と呼び、と書くと任意の非負整数iに対して以下が成立する事が知られている:

定理 ―  複素ベクトルバンドルに対し、以下が成立する[37]

in

ポントリャーギン類とオイラー類 編集

本節ではを満たす可換環Λに対し、の構造を決定し、これをもとにポントリャーギン類とオイラー類を定義する。

定義 編集

本節ではコホモロジー環の構造し、これをもとにポントリャーギン類とオイラー類を定義する。そのために利用するのは、チャーン類のときと同様、ワイル群に関する議論である。そこでSO(n)の極大トーラスを記述するため、nが偶数であるか奇数であるかに応じてn=2mn=2m+1として

により定義する[38]。ここで「」は対角線上に行列を並べる演算であり、R(θ)は2次元の回転行列

である。によるSO(2)mの像はSO(n)の極大トーラスである事が知られている。さらに自然な埋め込みを考える。

そしてこれら2つの写像が分類空間のコホモロジーに誘導する写像を考える:

上式の最後の同型「」は、リー群としてである事からチャーン類のときの議論により従う。ここで「」は環としての同型であり、の積はカップ積である。

またγjj番目のの生成元であり、γjは次数2のコホモロジーに属している。(これらもチャーン類のときの議論により従う)。

なお、の生成元γの選び方は、Λの単元倍の自由度があるので、この自由度をなくす為、以下の規約を置く:

規約 ―  の生成元γとして、第一チャーン類を選ぶ。

上で自然な同型を用いた。このように規約を決めると、チャーン類の定義から整数係数のコホモロジーに属する事になるのが利点である。

本項の目標は、を用いる事での構造を特定し、これをもとにポントリャーギン類とオイラー類を定義する事である。

詳細は後回しにし、先に結論を述べる。

定理 (の構造) ―  は単射であり、の基本対称式を

とし、

とするとき、以下が成立する[39][38][40]

ポントリャーギン類とオイラー類を以下のように定義する:

定義 (ポントリャーギン類、オイラー類) ―  上の定理と同様に記号を定めるとき、

を第iポントリャーギン類: i-th Pontryagin class)といい、のとき、

オイラー類: Euler class)という。

紛れがなければ、を単にと書く。

分類空間の元と特性類は1対1でするので、第iポントリャーギン類やオイラー類eに対応する特性類

をそれぞれベクトルバンドルξiポントリャーギン類オイラー類という。分類空間の元eと区別したいときは、eをそれぞれi普遍ポントリャーギン類: i-th universal Pontryagin class)、普遍オイラー類: universal Euler class)という。


なぜ上述の定理が成立するのかについては後述する。

定理の証明のアイデア 編集

本節では、前述したH*(BSO(n);Λ)H*(BO(n);Λ)の構造を記述した定理がなぜ成立するかを次の3つの場合に分けて説明する:

  • nが偶数の場合のH*(BSO(n);Λ)の構造
  • nが奇数の場合のH*(BSO(n);Λ)の構造
  • H*(BO(n);Λ)の構造

準備 編集

定理を示すにはチャーン類の場合と同様、ワイル群を用いる事でH*(BSO(n);Λ)の構造を決定する。そのためにBorelによる以下の一般的な定義を用いる:

定理 (Borelの定理) ―  p素数とし、G連結コンパクトリー群で整数係数コホモロジーp-捻れ部分群を持たないものとする。

さらにTG極大トーラスとし、WGのワイル群とし、の元でWに関して不変なもの全体の集合とする。とみなすと[注 12]、包含写像がコホモロジーに誘導する写像

は環同型である[41]

のねじれ元を持たない事を利用して、以下の命題を示せる:

命題 (H*(BSO(n),Λ)のワイル群による表現) ― 写像

は環同型である。

上述の命題ではBorelの定理で「」であったところが「Λ」に代わっているが、普遍係数定理を用いる事で「Λ」に代えてよい事が容易に示せる。


以上の事からSO(n)のワイル群W=W(SO(n))の具体的な形と

の具体的な形を決定すればの具体的な形が決定できる事になる。

nが偶数の場合のH*(BSO(n),Λ)の構造 編集

n=2mとし、ワイル群の具体的な形を決定するため、実ベクトル空間としてという同一視をし、以下の2種類の行列を考える[38][44]

  • Pσの成分を置換に従って入れ替える置換行列。すなわちに写す行列。
  • Ciyiの符号を反転する写像。すなわちに写す行列[注 13]。ここでδi,jクロネッカーのデルタである。

Pσの方はxiyiがセットになって置換されるので上の空間の向きを保ち、SO(n)に属するが、Ciの方は空間の向きを反転するのでO(n)には属するもののSO(n)には属さない。しかしCi偶数個かけ合わせたものSO(n)に属する[38]

命題 ―  ワイル群の任意の元はCi偶数個かけ合わせたものとPσを使って書ける[44]

よって上に誘導する写像を特定すれば、の構造が決定できるが、これらの写像は以下の通りである:

補題 ―  上に誘導する写像は、それぞれに写す写像、に代える写像である[38]

よって、以下が成立する:

命題 ―  nが偶数のとき、上のワイル群の作用は、を置換する写像と、偶数個のを符号反転する写像で生成される[45]

これらの事実を用いると、基本対称式を用いて、

と書ける事がわかる。

nが奇数の場合のH*(BSO(n),Λ)の構造 編集

n=2m+1とし、ワイル群を具体的に求めるため、実ベクトル空間としてという同一視をし、PσCinが偶数の場合と同様に取る[注 14]。さらに以下の行列を考える:

  • Mを対応させる写像。

Mは明らかに位数2の元であり、しかもCiと可換である。そして埋め込みの定義からMによる共役は上恒等写像になる。


nが偶数の場合と同様の議論により、ワイル群の任意の元はの偶数個の積とPσとの積により書ける事がわかるが、Mに着目するとさらに簡単な表現も得られる。

実際、Mによる共役は上恒等写像なので、変換に影響するのはM以外の(とPσ)のみである。そしてこれらの積が偶数個の積であっても奇数個の積であっても、

とすると、は必ず偶数個の元の積である。よって以下が成立する:

命題 ―  ワイル群の元は偶数個または奇数個かけ合わせたものとPσを使って書ける[44]

nが偶数の場合と同様、上に誘導する写像は、それぞれに写す写像、に代える写像である。またMによる共役は恒等写像なので、上に誘導する写像もに代える写像である。よって以下が成立する。

命題 ―  nが奇数のとき、上のワイル群の作用は、を置換する写像と、任意個のを符号反転する写像で生成される[45]

これらの写像で不変な元はの対称式なので、基本対称式を用いて、

と書ける事がわかる。

H*(BO(n),Λ)の構造 編集

である事から、部分群の分類空間に関する定理より、包含写像が誘導する写像

-主バンドルである[38]

BSO(n)への作用は、への作用を誘導する。の作用により不変なの元の集合をとすると以下が成立する事が知られている:

定理 ― 

は環同型である[38]

上述の定理から特に、

は単射である事が従う。この単射におけるの像は、前述Ciの(偶数個または奇数個の)積が作用が誘導する写像、Pσが誘導する写像で不変でなければならないので、H*(BSO(n),Λ)のときと同様の議論により、

が従う。

性質 編集

前述の定理が成り立つ理由の説明は後回しにし、本節ではポントリャーギン類とオイラー類の性質を述べる。

ポントリャーギン類はチャーン類との間に以下の関係を満たす:

定理 (チャーン類との関係) ―  実ベクトルバンドルに対し、ξの複素化を とすると、任意の非負整数に対し、以下が成立する[38]

in

上の定理がΛ係数のコホモロジーに関するものである事に注意されたい。チャーン類は整数係数のコホモロジーに属するが、整数係数の場合はが成立するとは限らない。しかしである事は言える[注 16]。実際、一般に複素ベクトルバンドルの複素共役バンドルとすると、が成立し、しかも実ベクトルバンドルの複素化はその複素共役バンドルと同型なので、

が成立する。

またチャーン類は整数係数のコホモロジーに属している事から、以下の系も従う:

 ―  ポントリャーギン類は整数係数コホモロジーに属する。すなわち任意のiに対し、

の像には属している。

は単射ではない(位数2の元が0に移る為)が、この写像によるの逆像としてを選べば、が整数係数のコホモロジーに属するというのが上記の定理の意味である。以下、整数係数のコホモロジーにおけるポントリャーギン類によって定義する。

チャーン類の場合と同様以下の定義をする:

定理 ― n次元実ベクトルバンドルξに対し、ξポントリャーギン多項式

により定義し、全ポントリャーギン類

により定義する。

チャーン類に対するホイットニー和の公式からポントリャーギン類のホイットニー和の公式が従う:

定理 (ホイットニー和の公式) ― X上の実ベクトルバンドルに対し、整数係数のコホモロジーにおけるポントリャーギン類は

in

を満たす[46]

上の定理では整数係数のコホモロジーを考えているので、両辺についている「2」を消すことはできない[注 16]を満たす可換環Λを係数とするコホモロジーにおいては両辺に2の逆元をかける事で、

in

が成立する事がわかる。

また複素ベクトルバンドルから複素構造を忘れて英語版実ベクトルバンドルとみなしたものを脱複素化: decomplexification: realification)と呼び、と書く。を再び複素化したベクトルバンドルと同型になる事が知られている[47]。ここでωの共役バンドルである。 よって、チャーン類のホイットニー和の公式からチャーン多項式がを満たす事がわかる。成分で書くと、

である。ここでnωのファイバーの次元である。

右辺の形から、右辺の(4の倍数+2)次のコホモロジーは0になるので、左辺も(4の倍数+2)のコホモロジーは04の倍数次のみ生き残る。よって整数係数のポントリャーギン類の定義から以下が結論付けられる:

定理 ―  ωを複素ベクトルバンドルとし、nをそのファイバーの次元とすると、以下が成立する[47]

前節で述べたようにオイラー類はにより誘導される写像を使ってと定義されていた。よって明らかに以下が成立する:

定理 ― 同じ底空間Xを持つX上の実ベクトルバンドルに対し、以下が成立する[48]

in

すでに述べたように、実ベクトルバンドルに対し、においてが成立する。よってポントリャーギン類の定義より以下が成立する。

定理 ― を実ベクトルバンドルとするとき、任意の非負整数iに対し、以下が成立する:

in

オイラー類の満たす式「 in 」と上記の「 in 」から、整数係数コホモロジーの元で、

in in

を満たす元が一意に存在する。ここでnのファイバーの次元である。このような整数係数コホモロジーにおけるオイラー類と呼ぶ。以下、紛れがなければの事を単にと書く。

本項では、Λ係数のコホモロジーからスタートしてオイラー類を定義したため、整数係数コホモロジーにおけるオイラー類は上記のように人工的なもののになったが、トムの同型定理英語版を使って整数係数コホモロジーにおけるオイラー類を直接的に定義する事もできる。詳細はオイラー類の項目を参照。

X上の実ベクトルバンドルに対し、それぞれのファイバーの次元をnmとすると、ホイットニー和の公式から in なので、前述したΛ係数のオイラー類の直和に対する振る舞いと合わせて、整数係数コホモロジーにおけるオイラー類に対しても下記の定理が成り立つことが分かる:

定理 ― 同じ底空間Xを持つ実ベクトルバンドルに対し、以下が成立する[49]

in

歴史 編集

特性類は、反変性を持ち、本質的にコホモロジー論的な現象である。ベクトル束の切断は空間上の函数の一種で、変更を必要とする切断の存在から反変性を導く。ホモロジー論ホモトピー論は空間への写像を基礎とする共変な理論であり、反変な理論であるコホモロジー論はその後に発見された。障害理論英語版(obstruction theory)の一部として特性類の理論が生まれた1930年代において、ホモロジー論の「双対」な理論を構築しようとする大きな理由として特性類の理論がある。曲率不変量に対する特性類のアプローチは、一般化されたガウス・ボネの定理を証明するための理論を作ることが目的であった。

特性類の基礎が確立した1950年ごろ、当時知られていた基本的な特性類(スティーフェル・ホイットニー類チャーン類ポントリャーギン類)は、古典線型群や極大トーラス(maximal torus)の構造を反映していることが明らかとなった。さらには、グラスマン多様体英語版(Grassmannian)のシューベルトの計算英語版(Schubert calculus)や、代数幾何学のイタリア学派英語版(Italian school of algebraic geometry)の業績の中にすでにチャーン類により記述されるべきものが存在することがわかった。

このような経緯で、特性類の基本的な構造は次のように認識された。空間 X とその上のベクトル束が与えられると、適切な線型群 G に対して、ホモトピーカテゴリ(homotopy category)の中で、X から分類空間 BG への写像が存在する。コホモロジー H*(BG) が計算することで、反変性により同じ次数の H*(X) の中にバンドルの特定類が定義される。ホモトピー論に対し、適切な情報は G直交群(orthogonal group)やユニタリ群のようなコンパクトな部分群によりもたらされる。例えば、チャーン類は偶数次元の次数付きの成分を持った一つの類である。

幾何学においてさらなる構造を理論に組み込むこと有益である。1955年以降、K-理論コボルディズム論英語版といった新たなコホモロジー理論に対しても、特性類の定義において文字 H を適切に変更するだけでそれらの理論における特性類を定義できる。

特性類は、後日、多様体の葉層構造英語版(foliation)の中でも発見された。(葉層に対してはある特異点を許容するように意味を変更すると)特性類はホモトピー論の中に分類空間の理論を持っている。

さらに20世紀後半における数学と物理学の再接近の結果として、ドナルドソンとコチックにより新しい特性類がインスタントン英語版(instanton)の理論の中で発見された。またチャーン(S. S. Chern)の観点と業績も重要であると認識された。チャーン・サイモンズ形式チャーン・サイモンズ理論を参照のこと。

参照項目 編集

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ a b #Bruner p.21.
  2. ^ a b #Mitchell pp.24-25.
  3. ^ a b #Friedl p.10.
  4. ^ #Davis p.186.
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  6. ^ a b #Maxim p.2.
  7. ^ #Maxim p.10.
  8. ^ a b c d #Mitchell pp.13-14.
  9. ^ a b #Bruner p.21.
  10. ^ #Bruner p.19.
  11. ^ #Mitchell p.15.
  12. ^ #Mitchell p.4.
  13. ^ a b #Mitchell p.15.
  14. ^ a b c #Mitchell pp.17-18.
  15. ^ #Cohen pp.59-60.
  16. ^ a b c #Bruner p.17、#Mitchell pp.14
  17. ^ #Bruner p.18.
  18. ^ #Mitchell pp.14,19.
  19. ^ a b #May pp.188-189.
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  23. ^ #Bruner p.33. #Behrens p.1. #Walton p.6.
  24. ^ a b c #Behrens p.1.
  25. ^ a b #Walton p.6.
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  27. ^ #森田 p.237.
  28. ^ #Bruner p.33. #Behrens p.1.
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  33. ^ #Selick pp.50-51.
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  35. ^ #Milnor pp.39-40.
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  37. ^ a b #Bruner p.45.
  38. ^ a b c d e f g h i j k #Bruner pp.57-61.
  39. ^ #May p.200.
  40. ^ #Milnor pp.179-180
  41. ^ #Borel p. 411.
  42. ^ #Dieck p.297.
  43. ^ #Milnor p.73-83
  44. ^ a b c d #Conrad pp.1-4.
  45. ^ a b #Borel p.413.
  46. ^ #Milnor p.175.
  47. ^ a b #Milnor pp.176-177.
  48. ^ #Bruner p.57.
  49. ^ #Bruner p.77.

注釈 編集

  1. ^ F-バンドルの定義によってはX上のF-バンドル全体は集合ではなく真のクラスになってしまうという問題を抱える。しかし例えばは開集合から作る事ができるF-バンドルのみ考える定義を採用すれば、主F-バンドル全体は集合となり、したがってこのこの同型類も集合になるので問題が回避できる。
  2. ^ 文献によりの事をスティーフェル多様体と呼ぶもの、の事をスティーフェル多様体と呼ぶもの、双方をスティーフェル多様体と呼ぶものがある。
  3. ^ に対するこの同一視の詳細は下記の通り。も同様。 Wの基底を1つfixすると、写像の元とWm-フレーム(すなわちWのの基底)が1対1に対応する。 写像m-フレームの後ろm-n本のベクトルを「忘れる」写像により、m-フレームにn-フレームを対応させる事ができる。 この2つを合成したを考える事で、n-フレーム全体の集合に推移的に作用するが、この作用のkernelはであるので、と同一視できる。
  4. ^ 一般に、リー群Gを閉部分リー群Hで割った等質空間G/HにはGから多様体としての構造が誘導される。
  5. ^ より厳密に言うと、多項式環からへの写像でを満たすものがあり、しかもそれが環同型写像であるという事である。
  6. ^ 埋め込みの取り方はの基底の取り方に依存する。しかしこれらの埋め込みは上の内部自己同型で互いに移り合う関係にある(これは極大トーラスが内部自己同型を除いて一意だというリー群の一般論からも従う)ので、後述する補題により、どの埋め込みもコホモロジー間に同一の写像を誘導する。よって特に、後述するチャーン類の定義はの基底の取り方によらずwell-definedである。
  7. ^ への制限上の(自己同型ではあるが)内部自己同型ではないので、に誘導する写像
    は恒等写像ではない事に注意されたい。
  8. ^ すなわち、m>nのときは基本対象式の定義における和が空和になるので、m次の基本対象式を0とみなすという事である。
  9. ^ 例えばp≠2に対するや、有理数体など。なお、普遍係数定理があるので、の場合だけ考えれば十分である。
  10. ^ の極大トーラスではないので、チャーン類のときと違い、はワイル群ではない。
  11. ^ チャーン類の場合と同様、原理的には全スティーフェル・ホイットニー類のみならず、スティーフェル・ホイットニー多項式が定義できるはずだが、スティーフェル・ホイットニー多項式を定義している文献がほとんどなかったため、説明を省いた。
  12. ^ 一般にはは等しくなく、前者が後者に包含される事しか言えない。例えば上の「90度回転」によって生成される群がワイル群であった場合、なのでには属さず、よってにも属さないが、なので、には属する。
  13. ^ なお、xiの方の符号を反転する行列は、Ciと90度回転の組み合わせで書く事ができるので、ワイル群の生成元を議論する際にはCiの方だけあれば十分である。なお本項では[44]に合わせてCiを用いる事にしたが、[38]ではCiの代わりにを用いている。しかしこれもワイル群上ではCiと同一の元を表すので、どちらを用いても問題ない。
  14. ^ すなわち、Pσを対応させ、Ciを対応させる。
  15. ^ ここで添字の「!」は通常期待されるのと逆向きの写像である事を表す。en:Shriek mapを参照。
  16. ^ a b は2-捻れ元を持つので、であってもであるとは限らない。

文献 編集

参考文献 編集

特性類関連 編集

この書籍のappendix "Geometry of Characteristic Classes" には、特性類の考え方の発展について非常に整理された深い入門が記載されている。


その他 編集