田中文雄 (実業家)

日本の経営者

田中 文雄(たなか ふみお、1910年7月29日 - 1998年1月6日)は、日本の経営者王子製紙社長、会長を務めた。

経歴・人物 編集

長野県南佐久郡平賀村(現佐久市)出身[1]旧制野沢中学を経て、1935年九州帝国大学農学部林学科を卒業し、同年に王子製紙に入社した[1]1956年に取締役に就任し、常務、副社長を経て、1968年に社長に就任[1]。社長在任中は、北日本製紙日本パルプ工業との合併を実現させ、紙パルプ業界の国際化に尽力した[2]1981年に会長に就任し、1989年から取締役相談役を務めた[1]1982年には病気療養中の市村修平社長に代わり、社長を一時代行した[1]

1979年から1987年までに日本経営者団体連盟副会長を務め、1981年には日本製紙連合会会長に就任した[1]1983年勲一等瑞宝章を受章した[2]

1998年1月6日心不全のために死去[2]。87歳没。叔父に小山邦太郎がいる[3]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f 「現代物故者事典 1997-1999 p369
  2. ^ a b c 1998年 1月7日 日本経済新聞 朝刊 p39
  3. ^ 長野県人名鑑 p.307

参考文献 編集

先代
熊澤貞夫
王子製紙社長
1968年 - 1981年
次代
市村修平