稲村ジェーン

日本の映画作品

稲村ジェーン』(いなむらジェーン、英語: Inamura Jane)は、1990年9月8日に公開された日本映画。主演は加勢大周。監督・音楽は桑田佳祐1965年鎌倉市稲村ヶ崎を舞台としている。

稲村ジェーン
Inamura Jane
監督 桑田佳祐
脚本 康珍化
製作 森重晃
製作総指揮 大里洋吉
高山登
出演者 加勢大周
金山一彦
的場浩司
清水美砂
音楽 桑田佳祐
主題歌 サザンオールスターズ真夏の果実
撮影 猪瀬雅久
編集 鈴木歓
製作会社 アミューズ・シネマ・シティ
配給 東宝
公開 日本の旗 1990年9月8日
上映時間 120分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 18.3億円[1]
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2021年8月にはニッポン放送およびTOKYO FMにて、主人公のヒロシが2021年の夏を生きていたらという展開で物語が始まる内容のラジオドラマが放送された[2]

概要 編集

サザンオールスターズのバンドマスターとして活動している桑田佳祐の初監督作品[3][4]。桑田が「何もない青春を描きたい」とプロデューサーの森重晃に話したことがきっかけでストーリーや演出の構想が練られ製作が行われた[5]。1990年度の日本映画配給収入年間ランキング4位、累計配収額は18億3000万円[1]、観客動員数350万人を記録した[4]

公開翌年である1991年にレーザーディスクとVHSで作品ソフトが発売されたが、これらの絶版後は長きに渡りメディアでの視聴がほとんど不可能となっていた[6]。その後、サザンのデビュー43周年である2021年6月25日にBlu-ray・DVDが発売されることが決定した[7]。ソフトは30周年コンプリートエディションとして限定生産のBOX仕様で発売され、主人公の愛車であるダイハツ「ミゼット(MP5型)」のミニチュアモデル、当時のスタッフが保管していた桑田直筆の撮影コンテなどを掲載したフォトブックが付属される[8]

桑田の地元である神奈川県茅ヶ崎市で開催される茅ヶ崎映画祭にて「茅ヶ崎映画祭開催10周年記念特別招待作品」に選出され、2021年6月25日に茅ヶ崎市を含む全国6都市での同時上映会が開催された[9]

あらすじ 編集

1964年に行われた東京オリンピックの翌年、1965年の鎌倉市稲村ヶ崎を舞台に、変わりゆく時代の渦中を生きる若者たちのサーファーのひと夏を描いた作品[4][10]。稲村ヶ崎に帰ってきたヒロシ(加勢大周)、伊勢佐木町のチンピラ・カッチャン(的場浩司)、ラテン・バンドのリーダー・マサシ(金山一彦)の前に横須賀の波子(清水美砂)というとびきりイイ女が現れ、波子を中心にヒロシ、マサシ、カッチャンに奇妙な友情が生まれる[11]

評価 編集

興行収入面では成功し、使用された楽曲への評価は現在も高いものの、映画そのものの内容に関しては著名人や評論家から批判された[12][13]

映画監督の肩書きも持つビートたけしは、自身の映画批評本『仁義なき映画論』にて本作を「半分もみないうちに逃げ出したくなっちゃって、こんなに長く感じた映画は初めてだね」と酷評した。ただ、「オレは非難しているんじゃない。誤解しないように。」と述べていたり「音楽映画なのに邪魔なセリフがありすぎて音楽を殺している。」「音楽と絵でやったほうがインパクトの強いものになる。」「この映画は音楽だけ」「テレビのスポットの『稲村ジェーン』は見事なもの」など、音楽面については高く評価した。しかし、最初の酷評の文章だけしか読んでいなかった当時の桑田は「つまらないというのは感性が足りないから。武さんは若者の気持ちが分かっていない」と述べている[14][13][12]。たけしは翌年、サーフィンに熱中する若者の恋愛模様を描くセリフがほとんどない映画『あの夏、いちばん静かな海。』を発表したが、これは本作に触発されたのではという批評も存在する[15]。その一方、たけしはミュージシャンとしての桑田を「大した天才だと思う」と語り認める主旨の発言をしており[16]、サザンの「SEA SIDE WOMAN BLUES」を『足立区のたけし、世界の北野』(フジテレビ)でエンディングテーマとしてカバーしていた。この曲については元々たけしが歌う想定で制作された楽曲であることが語られている[17]。また、2000年秋に発売された『Free & Easy』の取材を受けた際には「真夏の果実」をカラオケのレパートリーにしていることを公言している[18]。桑田も芸人としてのたけしを認めており、2000年に発表されたサザンの楽曲「HOTEL PACIFIC」のダンスにはたけしのギャグ「コマネチ」のポーズが盛り込まれている[19]。 また、2016年にタイタン主催のライブ「TITAN LIVE 20YEARS anniversary」にたけしが『立川梅春』名義で出演し落語『人情八百屋』を披露した際には、太田光爆笑問題)の誘いで桑田・原由子夫妻が観客として会場に訪れており、終演後に桑田は「本当に素晴らしかったです。たけしさんが出てきたときには、神々しくて。から涙ぐみました」といったメールを太田に送っている[20]。2004年に桑田の父親が死去した際には、たけしから生花が送られている[21]。この関係性を知らない者から現在も桑田とたけしが不仲であると誤解されたことも度々あり、たけしは「桑田佳祐の映画でいろいろあったのなんて、もうずいぶん昔のことなんだよ。もしも仲が悪かったら映画『浅草キッド』の主題歌に桑田佳祐の曲[注釈 1]を使ったりしないだろう」とコメントしている[23]

桑田と対談した村上龍はこの映画の実音がないラフ編集版を見たうえで、「荒い編集だけど、頑張ったね」と感想を述べている[24]

お笑い芸人永野は「公開当時映画館で観た時は意味が分らなかったが、30年くらい(2021年)経ってから観たら最高だった。頭から離れなくなった」「”青春”って言った時に一つも無かったんですよ、当てはまるものが。(中略)ここまでリアルに『あの気分(何も無かった時期)』を体現した映画ってない」「見ようによっちゃ環境映像に見えますよね。『これはミュージック・ビデオじゃん』っていう意見も分かるけど、ミュージック・ビデオじゃないよね」「この映画見た後他の映画がちょっと見れないですもん。全部がわざとらしすぎて、事が起こりすぎて、結末に向かいすぎて」とした上で、「この映画はバイブル、落ち込んでる人を救う映画」「当時酷評していた人達に言いたいのは、桑田佳祐が早すぎた」「(自分の人生で)無駄だと思ってた時間が『全部無駄じゃなかった』って教えてくれる、本当に奇跡の映画」などと大絶賛している[25][26]

桑田本人は「自分の作品の出来に、内心では確固たる自信が持てなかった“後ろめたさ”もあった」と話しており、DVD・Blu-ray発売に伴うコメントでもそれをネタ的に自虐している。一方でサウンドトラックとして使用された楽曲を制作できたことや、多くのスタッフやサポートミュージシャンに出会えたことに対しては感謝する発言をしている[12][4]

キャスト 編集

ぶっきらぼうで冷めた性格だが、どこか心優しい一面も持ち合わせる本作の主人公[2]
ヒロシの親友[2]
ヤクザ[2]
すべてを見透かすような大人びた発言をする本作のヒロイン[2]

スタッフ 編集

  • 監督:桑田佳祐
  • 製作:山本久 / 出口孝臣 / 横山元一 / 岩田廣之
  • 製作総指揮:大里洋吉 / 高山登
  • プロデューサー:森重晃 
  • 脚本:康珍化
  • 撮影:猪瀬雅久
  • 音楽:桑田佳祐
  • 主題曲:サザンオールスターズ「真夏の果実」(タイシタレーベル
  • 振付:南流石
  • 美術:細石照美
  • 編集:鈴木歓(J・K・S)
  • 録音:山田均
  • スチル:原田大三郎
  • 助監督:伊藤聡
  • 照明:丸山文雄
  • 製作プロダクション:アミューズ・シネマ・シティ

音楽 編集

本映画のサウンドトラックが1990年9月1日にビクター音楽産業(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)から発売され、累計133.7万枚(オリコン調べ)を記録するミリオンセラーとなった[27]

主題歌「真夏の果実
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:サザンオールスターズ / 小林武史
歌:サザンオールスターズ
挿入歌「忘れられたBig Wave
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:サザンオールスターズ / 小林武史
歌:サザンオールスターズ
挿入歌「希望の轍
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:桑田佳祐 / 小林武史
歌:サザンオールスターズ
他、数曲。

ラジオドラマ 編集

稲村ジェーン2021~それぞれの夏~』(いなむらジェーン にせんにじゅういち それぞれのなつ)は、ニッポン放送およびTOKYO FM / JFN系列37局で放送されるラジオドラマ。主演は林遣都[28]

ニッポン放送では、2021年8月23日から26日の23:50から24:00の間、TOKYO FM / JFN系列37局では2021年8月29日の13:00から13:55の間に放送された[28]

あらすじ 編集

物語は75歳になったヒロシがある女の子に偶然出会った。その女の子は、1965年にヒロシが幻想のような“暑かったけど、短かった夏”をともに過ごしたひとりの女の子のことを思い起こさせられた場面から始まる[2]

キャスト 編集

その他 編集

  • 桑田は当時ニューヨークでアメリカ映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を見て感銘を受けており、『稲村ジェーン』の制作が決定した際に「僕もモノクロで撮りたい」と提案したが、制作側から「興行的に不利だからダメ」と却下された[30]
  • 桑田はこの映画の制作にあたり親交がありまた『ビッグ・ウェイブ』の音楽監督を務めていた山下達郎に相談をしており、そこで康珍化を紹介され脚本を依頼した[31]
  • 挿入歌として使用された「忘れられた BIG WAVE」は先述の『ビッグ・ウェイブ』の影響で制作されたもの[30]。当初は『稲村ジェーン』の主題歌にする予定だったが、映画のクランクアップ後に「真夏の果実」に変更された。それに伴い映画の追加撮影を行った[5]
  • 桑田がスペイン語で歌唱する楽曲や劇中のワンシーンにハングル文字が書かれた看板やラマが登場するなど、随所に異国情緒を感じさせるシーンがあるが、桑田は「ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白いし、どこまでズレられるか」といったことを考えていたといい、「(時代設定が)昭和40年でしょう、(中略)24~25年前というのは全く今(制作当時)と一緒なんだもん、ファッションとか。昭和40年ていえばこれでいいじゃない」「(歴史的検証はともかく、スペイン語やハングルが桑田のイメージの中にあるのはなぜかと佐伯に質問され)今の時代なんじゃないかな。あと日本人のルーツ探しというのが一番行われている時代なんじゃないかと思うんだけどな」とも述べている[32]
  • サーフィンを題材にした映画であるものの、主演の加瀬大周及び監督の桑田はサーフィン経験がなかった[30]。特に桑田はサーフィンを夜も出来るものと思っていたため、夜にサーフィンをするシーンを設定するなど作画上の失敗を起こした[33]
  • 1990年9月1日には撮影・レコーディング・ライブの舞台裏や当時の桑田の心境、当時の桑田のスケジュール(1989年9月1日[34]から1990年6月30日[35]まで)やコンテ・レシートなどの細かな記録で綴る桑田の一年間と、村上龍との対談[36]が収録された書籍『桑田佳祐「平成NG日記」』が講談社から発売された。構成とインタビュアーは佐伯明が担当している。タイトルの由来はインタビュー時期(平成元年から平成2年まで)とこの本の内容をそのまま表したものだった[37]
  • 桑田と同じ事務所で後輩の福山雅治はこの映画の主演のオーディションを受けていたが、落選している[38]
  • サザンオールスターズの野沢秀行は、桑田のオファーを受けて海浜組合員役で出演し、撮影もしたが、最終の編集段階で大幅に尺を縮めざるを得なかったことで、本編から出演シーンがカットされた。なお、幻の出演シーンは本編エンドロールに一部収録されている[28]

受賞歴 編集

脚注 編集

注釈 編集

出典 編集

  1. ^ a b 1990年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  2. ^ a b c d e f g h i j k 桑田佳祐監督作品、映画『稲村ジェーン』のラジオドラマに林遣都、恒松祐里ら豪華キャストが出演決定 THE FIRST TIMES 2021年8月16日配信, 2021年8月19日閲覧。
  3. ^ 加勢大周逮捕で出演ドラマ『キッパリ!!』が放送打ち切りに オリコン 2008年10月6日配信, 2021年4月23日閲覧
  4. ^ a b c d 桑田佳祐が監督&音楽担当した映画「稲村ジェーン」30年のときを経てBlu-ray / DVD化 音楽ナタリー 2021年4月22日配信, 2021年4月23日閲覧
  5. ^ a b サザン桑田監督映画『稲村ジェーン』が初のBlu-ray & DVD化、撮影裏話を映画プロデューサーが語る Billboard JAPAN 2021年6月29日配信, 2021年6月30日閲覧
  6. ^ 桑田佳祐監督の伝説的映画『稲村ジェーン』が約30年越しに初Blu-ray&DVD化! pen 2021年6月18日配信, 2021年6月20日閲覧。
  7. ^ 「真夏の果実」「希望の轍」が生まれた桑田佳祐監督作品『稲村ジェーン』30年ぶりに発売 オリコン 2021年4月22日配信, 2021年4月23日閲覧
  8. ^ 桑田佳祐の監督作「稲村ジェーン」公開から30年を経て初Blu-ray/DVD化 映画ナタリー 2021年4月22日配信, 2021年4月23日閲覧
  9. ^ 伝説の音楽映画『稲村ジェーン』が“茅ヶ崎映画祭開催10周年記念特別招待作品”に Screen Online 2021年6月11日配信, 2021年6月11日閲覧。
  10. ^ 「稲村ジェーン」30年ぶり復活 桑田佳祐伝説の映画Blu-ray&DVD化 デイリースポーツ 2021年4月22日配信, 2021年4月23日閲覧
  11. ^ 桑田佳祐監督『稲村ジェーン』30年を経て初ブルーレイ&DVD化 シネマトゥデイ 2021年4月22日配信, 2021年6月20日閲覧。
  12. ^ a b c 「平成サザン」を生んだ『真夏の果実』大ヒットの時代背景FRIDAY DIGITAL 2020年8月2日配信, 2021年3月30日閲覧
  13. ^ a b 北野武が桑田佳祐監督の映画を痛烈批判! 一触即発の事態になった過去 2016年4月20日, 2021年4月23日閲覧
  14. ^ 北野武が桑田佳祐監督の映画を痛烈批判! 一触即発の事態になった過去 エキサイトニュース 2016年4月20日配信, 2021年4月23日閲覧
  15. ^ 《後編》タレント出身監督が撮った映画はなぜつまらないのか!? エキサイトニュース 2014年4月12日
  16. ^ ビートたけし 桑田佳祐は「大した天才だと思う」と発言 livedoor NEWS 2015年10月27日閲覧
  17. ^ お笑いBIG3にも楽曲提供!桑田佳祐が有名人へ提供した名曲たちミドルエッジ 2017年6月21日配信, 2023年8月11日閲覧
  18. ^ Free & Easy 2000年9月号 P102
  19. ^ 【HOTEL PACIFIC/サザンオールスターズ】茅ヶ崎に実在したホテルがモデル!歌詞の意味は?!”. otokake(オトカケ). 2021年5月20日閲覧。
  20. ^ 太田光が桑田佳祐からのメールに驚き「偽ベッキーを連れて行きます」 ライブドアニュース 2016年2月17日
  21. ^ 桑田が目を真っ赤にはらし…”. テレビ朝日 (2004年3月10日). 2018年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月10日閲覧。
  22. ^ 桑田佳祐「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」MV公開、大泉洋×柳楽優弥主演『浅草キッド』主題歌に Billboard JAPAN 2021年9月14日配信, 2021年9月14日閲覧。
  23. ^ 『人生に期待するな』 北野武 2024年 扶桑社 P21 - 22。
  24. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P181、講談社、1990年。
  25. ^ (日本語) 【天才桑田佳祐】30年ぶりに観た稲村ジェーンは青春映画の傑作!早すぎた奇跡の名作だった!, https://www.youtube.com/watch?v=gEtQme2Je_A 2022年9月8日閲覧。 
  26. ^ 「ラッセンおじさん」芸人・永野の正体は最強のロック野郎 (2021年11月14日) - エキサイトニュース(3/6)”. エキサイトニュース. 2022年9月8日閲覧。
  27. ^ サザンオールスターズ 売上別TOP10&主な記録 オリコン 2015年1月22日閲覧。
  28. ^ a b c ラジオドラマ『稲村ジェーン』に林遣都/恒松祐里が出演、サザン野沢秀行も Billboard JAPAN 2021年8月16日配信, 2021年8月19日閲覧。
  29. ^ サザンオールスターズ会報誌『代官山通信 vol.156』p17
  30. ^ a b c サザンオールスターズ応援団会報 「代官山通信」Vol.155 P10 – 11。
  31. ^ 桑田佳祐、サザンデビュー43周年を迎え感謝「サザンオールスターズという仲間がいるからね」『稲村ジェーン』の秘話も!エキサイトニュース 2021年5月11日配信, 2021年8月20日閲覧
  32. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P14 - 17、講談社、1990年。
  33. ^ 桑田佳祐がファンへ感謝「『真夏の果実』『希望の轍』を歌い続けてこれたからこそ、新たな気持ちで『稲村ジェーン』と再会することが出来た」エキサイトニュース 2021年5月11日配信, 2021年8月20日閲覧
  34. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P10、講談社、1990年。
  35. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P162、講談社、1990年。
  36. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P181 - 187、講談社、1990年。
  37. ^ 『平成NG日記』桑田佳祐 P189、講談社、1990年。
  38. ^ 魂ラジBLOG 3月23日 デビュー20周年Revolution/Evevolution① ニッポン放送 2010年3月23日, 2021年3月14日閲覧。

外部リンク 編集