緑のダム(みどりのダム)とは、広義には、森林の持つ多面的な機能のうち、洪水緩和、渇水緩和、水質保全の3つの機能(特に洪水緩和と渇水緩和の機能)をダムに例えた表現[1]。ただし、学術的な用語ではなく、後述のように使う人や使われた時代によって必ずしも一定ではない[1]

概念 編集

一般に森林の土壌は、スポンジのような多孔質であり、降雨時には空隙に大量の水を蓄え、降雨後に徐々に放出する機能を持つ。雨が降ると、木のないところでは雨水は土と共に地面をそのまま流れてしまうが、森林ではまず木の葉などでいったん雨水を遮断し、森林の土壌に一度蓄えられ、地下水となって徐々にしみ出し河川に流出する[2]。「緑のダム」という名称は首都圏水不足が問題とされていた1970年代、「森林の保水力」も大切だということを伝えるために、コンクリートダムと対比して考え出された[3]。ただし、先述のように、「緑のダム」は学術的な用語ではなく、使う人や使われた時代によって必ずしも一定ではないと指摘されている[1]

太田威『ブナの森は緑のダム』(あかね書房、1988年)のように、かつては「森のダム」は必ずしもすべての森林にみられる機能と捉えられていたわけではなく、特にブナなどの森を指して用いられ、ブナなどの天然林がスギヒノキなどの人工林に置き換わることを「緑のダムの破壊」と捉える主張が見られた[1]。しかし、次第に「緑のダム」の概念は、あらゆる森林がもつ降った雨を地中に蓄えてゆっくりと流し出す機能の意味でも使われるようになった[1]。さらに森林そのものの水消費も含めたトータルとしての機能を重視し、森林の多面的機能のうち、水源涵養機能(洪水緩和、渇水緩和、水質保全の3つの機能)またはこれから水質保全を除いた洪水緩和と渇水緩和の機能と定義されることもある[1]

日本の山岳地帯は勾配のきつい地域が多く、降水は地表を流れて、そのまま河川へと流れ込みやすい。しかし、森林では地表に落ち葉や枯れ枝などが積み重なることで、雨水をおだやかに土の表面へと導き、腐葉土など給水性高い森林の土壌が雨水を浸透させ、土壌に浸透した水は地下水流を経て谷川などに滲出していくことで、川が一気に増水する氾濫を食い止める治水能力が生まれており、森林の持つ公益機能としても評価されている保水能力を、土の厚さを1メートルとして換算した場合に日本全国の森林で400億トン以上と試算され、国内最大の奥只見貯水池の総貯水量が約6億トンで重力式コンクリートダムでは国内最大級の黒部ダム宮ケ瀬ダムの総貯水量が約2億トンであることをあげ、森林の治水能力がいかに優れているかがわかるとされている[4]

ただ、あらゆる森林がもつ降った雨を地中に蓄えてゆっくりと流し出す機能という意味と、森林そのものの水消費も含めたトータルとしての機能という意味では、「緑のダム」の性質に対する評価に差異が生じるといわれている[1]。洪水緩和の場合、ゆっくり流す機能も森林の水消費も洪水の緩和に寄与すると考えられる[1]。一方、渇水緩和の場合、森林は自らの成長のためにも水を使うため森林からの蒸発散量が大きくなり川への流出量を減じてしまい、渇水緩和にはならないと考えられる[5]。渇水時にも豊富な水量を維持している河川はあるものの、渇水が特に顕著で葉を落としたり葉が枯れるなどの現象がみられる場合は森林にも水は多くは蓄えられておらず、多くの場合は地形や岩石の性質によるものとされており、対象とする流域の個性に応じて個別に検討する必要があるとされている[1]。しかし、洪水緩和の場合も、流量をコントロールできず、急な大雨に対応できないこと[6]、また、降水量が大きくなりすぎると土壌中の水分量が飽和し、水をためられなくなることがある[5]

世界的には河川管理と土地利用管理は密接に関連しているとして、統合的水資源管理(IWRM)、統合的流域管理(IWM)が主流になっており、ダムと森林の関係を切り離して考えるべきではないという主張もある[1]

論点 編集

森のダムの機能については評価をめぐって様々な意見がある。

森林面積と洪水・渇水との関係
森林面積が十分でも洪水は発生するため森林の整備だけでは不十分とする立場と、森林面積は同じでもスギやヒノキの植林地の増加など質に大きな変化があり森林の適切な管理で洪水を軽減できるとする立場の違い[1]
治水計画との関係
治水計画には森林の保水機能を織り込み済みであるとする立場と土地被覆の変化が織り込まれていないとする立場の違い[1]
大雨の際の機能
治水計画の対象となるような大雨で山の貯水容量が飽和した際の森林の機能の評価についての問題[1]
森林と渇水時の河川流出量の関係
森林の成長による樹木からの蒸発散量と渇水時の河川流出量の減少の関係についての問題[1]。農林水産省林野庁林業試験場信州大学農学部森林水文学を長年研究していた中野秀章博士は、全国の林業試験場・森林理水試験地の長年の観測データを分析して、森林伐採をしたほうが、雨が降らない時期の河川流量が増えることを確認しており、このため森林の水源涵養機能という概念とは幾分異なる結果を長年にわたって報告している。

このほか人工的なダムと比べた時の利点として挙げられるのは人工的なダムと環境破壊利権の面で比べた時の利点があげられること、例えばダムがなければ川を遮ることがないことで魚や水生動物の遡上を妨げないこと、適量の土砂や栄養分が下流に流れ続けることで三角州や海岸線の縮小・後退(海岸侵食)や磯焼けなど、下流域や海で起きている問題を軽減できるとする考えで同時にダムで問題になる堆砂とは無縁になること、ダム建設時に集落の水没問題が起こらず住み慣れた土地を去るいったことがない点が利点になろう、という人工ダムそのものの欠点をあげるものである。

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 蔵治光一郎. “森林の「緑のダム」機能の実態と将来展望”. 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林. 2021年6月4日閲覧。
  2. ^ Q19.「森林は緑のダム」と言われるのはなぜですか?”. 北海道森林管理局. 2021年6月23日閲覧。
  3. ^ 蔵治光一郎+保屋野初子編 『緑のダム――森林・河川・水循環・防災』 築地書館、2004年、iii頁、252頁
  4. ^ 住 博『自然をケアする仕事がしたい!―現場の本音を聞いて資格と仕事を選ぶ本』 (オフサイド・ブックス) 彩流社 ISBN 978-4882026280、2003年
  5. ^ a b 虫明功臣 太田猛彦『ダムと緑のダム 狂暴化する水災害に挑む流域マネジメント』日経BP、2019年12月9日、46-52頁。 
  6. ^ 日本学術会議 (2001). 地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申): 91頁. 

関連項目 編集

外部リンク 編集