緑髭効果(みどりひげこうか、Green beard effectまたはGreen beard)とは遺伝子中心の進化観、いわゆる利己的遺伝子論に基づいて想定された、仮定の進化的効果である。W.D.ハミルトンが考案した。

概説 編集

利己的遺伝子論は、対立遺伝子(あるいは連鎖した一連の対立遺伝子群)の表現型効果がその対立遺伝子の複製を確実にするようなものであれば自然選択によって頻度を増すと仮定する。利他的行動が同じ遺伝子を共有する別の個体へ優先して向けられるならば、その利他的行動”のための”遺伝子は自然選択によって選択される。その代表的なメカニズムが血縁選択である。

一般的に血縁選択説が適用できるのは、家族集団を作る生物に限られる。そのような生物では定義上、同一集団内では血縁の近さが保障されているから、同一集団の個体に対して利他的行動をとることは自分と同じ遺伝子にとっては利益となる。しかし、同一の遺伝子を保持している個体は同一集団、同一の家系に含まれるとは限らない。そこで、もし同じ遺伝子を持っていることが外から見分けられるのなら、それを守る行動は遺伝子にとっては利己的であり、したがって自然選択の結果、頻度が増大するというのがこの説の要点である。

緑髭効果の遺伝子とは次の3つの表現型効果を生じるもののことである。

  1. 互いに認識できる特徴(例えば緑色の髭)
  2. 他個体のその特徴の認識
  3. それを持つ個体への優先した利他行動

このばあい遺伝子は自身の複製の存在を血縁性に関係なく認識する。より正確に言えば「そのような緑髭利他主義は、核酸分子が自分のコピーを増やすことなど意識していないとしても集団中で頻度が増加する」。必要なのは対立遺伝子(群)が上の三つの表現型効果を同時に生じることである。

血縁選択も緑髭効果も包括的適応の一種である。両者の違いは、どのようにして利他的行動が同じ利他的な変異を持つ個体へ重点的に差し向けられるかである。

実例 編集

このアイディアはハミルトンが1964年の論文で提案して、1976年にリチャード・ドーキンスが彼の古典『利己的な遺伝子』で「緑髭効果」と名付けた。彼らは理論的にはこの仮定は成り立つが、現実に存在する可能性は疑った。しかし実際に1998年に最初の緑髭遺伝子がヒアリSolenopsis invictaで発見された[1]

さらにデイビッド・ケラーらは2003年に細胞性粘菌の一種キイロタマホコリカビで単一の対立遺伝子によってもたらされる緑髭効果を発見した[2]。キイロタマホコリカビは、栄養が豊富なときは単細胞で生活しているが、貧栄養になると集合し、胞子群とそれを支える柄からなる多細胞子実体になる。このとき、胞子に分化した細胞は繁殖できるが、柄になったものはそのまま死んでしまう。したがって、柄になるのは自らの繁殖成功を下げる利他行動である。細胞が集まるときには、csAと呼ばれる遺伝子のつくるタンパク質によって細胞間に粘着性が生じる必要がある。csAを持たない個体は柄にならない(利他行動をしない)が、同時に粘着性を持たないために集合の過程で取り残され、子実体に入ることができない。したがって、csAは、同じcsAを持つ個体に対してだけ、柄として支えるという利他行動を行う緑髭遺伝子である[3]

脚注 編集

  1. ^ Keller & Ross. "Selfish genes: a green beard in the red fire ant", Nature 394: 573-575, August 6, 1998.
  2. ^ Queller,D.C. et al.Single-Gene Greenbeard Effects in the Social Amoeba Dictyostelium discoideum Science 3 January 2003:Vol. 299. no. 5603, pp. 105 - 106
  3. ^ 辻和希「血縁淘汰・包括適応度と社会性の進化」『行動・生態の進化』岩波書店、pp.113-114頁。ISBN 4000069268 

関連文献 編集