荒木 舜庵(あらき しゅんあん)は、江戸時代末期の人物。近江長浜の人で、父は吉川三左衛門義東(三助)。

羽柴秀吉の命を受け長浜城下町作りに貢献した、長浜三年寄吉川三左衛門の子孫。

荒木寿山の養子となり、江戸芝神明町(現浜松町)で漢方医となる。漢方医長谷川友尚、漢方医木村友春(後に長谷川友尚の娘と結婚、友尚の養子となり、その後、嘉永6年(1853年荻野山中藩医となる)、高橋栄次郎(後に日本橋通油町の硝子・眼鏡問屋加賀屋(加賀吉)を営む山岸家の養子となる)とともに、京都から上京。後に長谷川友尚が妻せいと離縁した後せいと結婚し、3児を儲ける。娘庸の夫が根付師尾崎谷斎、長男が尾崎紅葉