荒汐部屋

荒汐部屋(あらしおべや)は、日本相撲協会の所属で時津風一門の相撲部屋。

沿革

1987年(昭和62年)1月場所限りで現役引退した時津風部屋所属の小結・大豊は、年寄荒汐を襲名して部屋付き親方として尽力していたが、2002年(平成14年)6月1日に時津風部屋から分家独立して荒汐部屋を創設した。

一時期は弟子が1人となり、その弟子もいつ引退するかわからぬ状態で部屋存続の危機を迎えたが、中国内モンゴル自治区から蒼国来をスカウトし、また荒汐夫人がホームページを通して部屋の飾らない日常を報じてアピールに努めた。その結果、弟子の過半数がホームページを見て入門を決めており、人材難に悩む角界におけるスカウトの成功例としてマスコミにも取り上げられるなど、注目されている。

2010年初場所に蒼国来が十両に昇進し、創設から7年半にして部屋初の関取が誕生したが、2011年の大相撲八百長問題にて蒼国来が八百長に関与したとされ解雇された。蒼国来は幕内力士としての地位確認訴訟を相撲協会に起こしており、荒汐部屋関係者が6月28日に相撲協会を相手どり、蒼国来の幕内力士としての地位確認などを求める本訴を東京地裁に起こした[1]

所在地

師匠

旧荒汐部屋

荒汐の年寄名跡は雷部屋殿り政五郎が継承し、大正時代から部屋を経営していた。1943年(昭和18年)1月場所後、部屋を閉じて双葉山道場に弟子を譲った。そのときの弟子に、十両で新入幕直前の常陸海、幕下以下には後の小結潮錦十両豊ノ花などがいた。荒汐の名跡は後に豊ノ花が継いだが部屋は興さず、時津風部屋所属の大豊に名跡を譲った。

脚注

  1. ^ “荒汐部屋の関係者”が相撲協会を訴える 2011年6月28日 スポーツ報知

外部リンク