蜜蝋

ミツバチの巣を構成する物質

蜜蝋(みつろう、Beeswax、Cera alba)はミツバチ(働きバチ)の英語版を構成するを精製したものをいう[1]蜂蝋(はちろう)とも呼ぶ[2]

蜜蝋

蝋は、働きバチが蜂蜜の糖分を脂肪細胞で代謝した脂肪などを、第4‐7節腹板にある蝋分泌腺(蝋腺)から鱗状に分泌したもので、口で柔らかくこねて巣材とする[3][4][5]。当初は透明であるが、巣を構成し、巣が使用されるにつれて花粉プロポリス、幼虫の繭、さらには排泄物などが付着していく[1]

養蜂において蜜蝋以外のものを基礎として巣を構築させた場合、それらが蜜蝋に混入する可能性もある[1]。精製の方法には太陽熱を利用する陽熱法と、加熱圧搾法とがあり、効率の点では加熱圧搾法のほうが優れている[6]

成分・性質 編集

融点は62 - 65℃、酸価17 - 24、エステル価70 - 80、ケン化価90 - 100、比重0.93 - 0.97[1]。融点の高さを活かし、化粧品の原料として用いられることが多い[7]ジエチルエーテルクロロホルム四塩化炭素植物油に溶け、鉱物油には溶けない[1]

一般に化学組成は複雑で、重量にして1%以上を占める成分は21種類あり、代表的なものはモノエステル(35%)、炭化水素(14%)、ジエステル(14%)、遊離酸(12%)、ヒドロキシモノエステル(8%)である[6]。成分の多くは精製の過程で生じる可能性がある[6]。巣を作ったミツバチの種類によって成分の比率に違いが生じる[† 1][6]

香りの成分はアルデヒド類(ノナナールデカナールなど)、ケトン類(2-ウンデカノンなどの)など数十種類を数える[7]

色は、ミツバチが持ち運んだ花粉の色素の影響を受け、鮮黄色ないし黄土色をしている[6]

用途 編集

イタリア南部のカヴァロ洞窟英語版で見つかった4万5000‐4万年前の三日月形石器から蜜蝋を接着剤として使った形跡が見られることから、古代からの利用が確認される[8][9]

化粧品 編集

最大の用途はクリームや口紅などの原料[7]

蝋燭 編集

パラフィンワックス製のものに融点を高める目的で混ぜられる場合も多い。パラフィンワックスが発明される以前の中世ヨーロッパでは教会用の蝋燭の原料として盛んに用いられた[7]。日本でも奈良時代にから伝来したばかりの蝋燭は蜜蝋燭であった。

カトリック教会では、教義の思想から蜜蝋で作られたロウソクが推奨されている[10]

養蜂 編集

巣礎の材料となる[11]。巣礎とはロウでできた板で、ミツバチはこの上に蜜蝋を盛り、巣房(ミツバチの巣を構成する六角形の小部屋)を構成する[12]

医療用途 編集

サラシミツロウ(white beeswax)として、軟膏基剤や整形外科手術などで切除した骨の断端に詰めるなどして利用する。

食用 編集

花粉由来ビタミン類、鉄分およびカルシウムなどミネラル類、蜜蝋本来の脂溶性ビタミン類といった栄養成分が含まれているため、食用に巣のままの状態で健康食品としてコムハニー英語版という名目で販売されているほか、カヌレガムなどの洋菓子にも使用される。かつて欧州ではバターが量産普及する以前ではバター同様に調理用油脂として用いられた。また古くから中世にかけて蜂蜜の精製方法が普及されていない時期は欧州や中東地域、中国周辺地域、アフリカ大陸、南北アメリカ大陸では蜂蜜と巣を共に摂取するという形で蜜蝋は常食されてきた。特に欧州では蜜蝋のままでもカロリーが高い飢救食物としても利用された[要出典]

ヨーロッパでは、食品添加剤の分類番号E番号にてE901とされている。毒性は無視できる程度である。人間の消化器官では分解されないため栄養価はほとんどない[13]

その他 編集

ワックスクレヨン、接着剤、ガムリトグラフエッチングろうけつ染めなどにも用いられる[7]。初期のシリンダー型蓄音機の円筒型レコードにも用いられた。ほかに手紙や書簡を封泥のようにシーリングする封蝋にも古来から用いられてきた。雅楽の楽器であるの調律にも用いられるが、その場合は松脂と混ぜ合わせて用いる。筆記用の蝋板

古代エジプトのミイラ用防腐処理剤に含まれる[14]

6,500年前の人骨の歯から、蜜蝋の詰め物が発見されている[15]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ たとえば、セイヨウミツバチの蜜蝋はトウヨウミツバチのものよりも酸価が高く、エステル価が低い[6]

出典 編集

  1. ^ a b c d e 佐々木1994、122頁。
  2. ^ 『広辞苑』(第四)岩波書店、1991年、2070頁。ISBN 4000801015 
  3. ^ A Closer Look: Beeswax, Wax Glands” (英語) (2015年3月31日). 2023年10月17日閲覧。
  4. ^ Sanford, Malcolin T.; Dietz, Alfred (1976). “THE FINE STRUCTURE OF THE WAX GLAND OF THE HONEY BEE (APIS MELLIFERA L.)”. Apidologie 7 (3): 197–207. doi:10.1051/apido:19760301. ISSN 0044-8435. http://www.apidologie.org/10.1051/apido:19760301. 
  5. ^ ハチ博士のミツバチコラム第5回ロウソクと蜜蝋(みつろう) サイト:京都市 著:坂本文夫
  6. ^ a b c d e f 佐々木1994、123頁。
  7. ^ a b c d e 佐々木1994、124頁。
  8. ^ Sano, Katsuhiro; Arrighi, Simona; Stani, Chiaramaria; Aureli, Daniele; Boschin, Francesco; Fiore, Ivana; Spagnolo, Vincenzo; Ricci, Stefano et al. (2019-10). “The earliest evidence for mechanically delivered projectile weapons in Europe” (英語). Nature Ecology & Evolution 3 (10): 1409–1414. doi:10.1038/s41559-019-0990-3. ISSN 2397-334X. https://www.nature.com/articles/s41559-019-0990-3. 
  9. ^ ネアンデルタール人絶滅の謎の解明に手がかり サイト:東北大学 発表日:令和元年9月26日
  10. ^ CATHOLIC ENCYCLOPEDIA: Altar Candles”. www.newadvent.org. 2023年10月17日閲覧。
  11. ^ 角田1997、164頁。
  12. ^ 角田1997、51-52頁。
  13. ^ Beeswax (E 901) as a glazing agent and as carrier for flavours - Scientific Opinion of the Panel on Food additives, Flavourings, Processing aids and Materials in Contact with Food (AFC)” (英語). www.efsa.europa.eu. 欧州食品安全機関(EFSA) (2007年12月20日). 2023年10月17日閲覧。
  14. ^ 考古学:古代エジプトの遺体防腐処置に関する新知見”. www.natureasia.com. 2023年10月17日閲覧。
  15. ^ Bernardini, Federico; Tuniz, Claudio; Coppa, Alfredo; Mancini, Lucia; Dreossi, Diego; Eichert, Diane; Turco, Gianluca; Biasotto, Matteo et al. (2012-09-19). Bondioli, Luca. ed. “Beeswax as Dental Filling on a Neolithic Human Tooth” (英語). PLoS ONE 7 (9): e44904. doi:10.1371/journal.pone.0044904. ISSN 1932-6203. PMC PMC3446997. PMID 23028670. https://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0044904. 

参考文献 編集

  • 佐々木正己『養蜂の科学』サイエンスハウス〈昆虫利用科学シリーズ5〉、1994年。ISBN 4915572668 
  • 角田公次『ミツバチ 飼育・生産の実際と蜜源植物』農山漁村文化協会〈新特産シリーズ〉、1997年。ISBN 4540961160